【完結】檻の中の劣等種

天白

文字の大きさ
上 下
42 / 74

12

しおりを挟む

 昼休みが終わり、午後からの授業が始まった。国語は好きだ。モノクロの文字ばかりを眺めていられるから。でもその日の最後の授業が体育だった。俺は出席することができない。もしも大怪我を負った場合、普通の病院にかかれないことや、輸血などの騒ぎになった場合、すぐに血液が用意されないことがあると、シキに言われたからだ。

 特に身体を動かすことが好きなわけではないし、かといってラジオ体操くらいは毎朝やっているから運動不足のわけでもない。学校側には何て説明してあるのか知らないけれど、俺は体操着に着替えて他の生徒と共にグラウンドへ向かった。

 隣のクラスと合同なので、もちろん武虎と一緒だ。俺は参加できないけれど、運動神経の良い武虎がバスケをやっている姿を眺めるのは楽しいし、決してつまらなくはない。

 それが今日から、「冬に体操着だけで見学は風邪を引くだろうから」と体育教師に言われ、一人保健室で見学をすることになった。あそこにも窓はあるし、グラウンドは見られるからと、俺は渋々保健室へ向かった。

 保健室に着くと、そこには馬野先生ではなく別の先生がいた。聞けば馬野先生は早退したらしい。理由は聞かされなかった。

 シトラスの香りは殆ど消えていた。



 ――――…



 学校が終わると、珍しく武虎が一緒に帰ろうと俺を誘った。不思議に思いながらも、俺は言われるがまま、武虎と一緒にシキの待つ車の下まで向かった。

 シキはいつもの路地で車を駐めて待っていた。後部座席へ乗り込むと、武虎も一緒にそこへ乗り込んだ。その瞬間から、武虎は羽柴さんになり、俺に学ランを脱ぐよう促した。やはり言われるがまま、俺は学ランを脱いでワイシャツ姿になる。その上から何かを確認するように身体を触られた。ワイシャツの袖を捲られて肘の内側も調べられる。

 どうしたの? と聞いても何も言わない。そして俺の右側の人差し指を見て、羽柴さんは運転席側にいるシキに何かを耳打ちした。

 不安になって二人を交互に見ていると、羽柴さんが俺に質問を始めた。

「今日は保健室で馬野から何をされましたか?」

「何って……」

 そんなの、「聴いて」いて知っている筈なのに、どうして確認をするんだろう? そう思いながらも、俺は彼の質問へ正直に答えた。

「チュロスをもらった。あと、低血糖かもしれないからって、その検査を……」

 駄目だったんだろうか? 羽柴さんの質問は続いた。

「今日は学校で何を食べましたか?」

「えっと……イチゴ牛乳とチュロス……あと、板のチョコレート」

 あれだけ甘いものばかりを食べた後に、俺は購買でこっそりと板チョコを買っていた。食べ過ぎている自覚はある。もしかして、怒られるのかな……

 昼に買ったサンドウィッチは結局、食べずに終わってしまった。ますます不安になる俺に、運転席側にいるシキが小さく笑った。

「すっかり甘党だね」

「ごめんなさい……」

 怒られたわけではない。けれど、内心呆れられているんだろう。俺は無表情のまましょんぼりと肩を落とした。

 羽柴さんは俺の肘まで捲ったワイシャツを直しながら、先程よりも口調を和らげた。

「怒っているわけではありませんよ。滴様のことが心配なだけなんです」

「うん……」

「ちなみに、今は何が食べたいですか?」

「今?」

「ええ、正直にお答えください」

 怒らないから。そう言っているように聞こえた。

 俺は少し考えた後、本当に食べたいものを吐露した。

「昼に食べたチュロス。あと、ドーナツとか、クッキーとか、噛み応えがある甘いもの」

 板チョコは甘くて美味しかった。でも食べ応えがなくてあまり満足できずにいた。パンや焼き菓子のような噛み応えのある甘いものが食べたいのかもしれない。

 すると羽柴さんは怒ることなく頷いてみせた。

「わかりました。希望に添えるものをご用意しましょう」

「いいの?」

「砂糖ばかりだとシキの言うように、身体に負担をかけてしまいますから。甘味料は変えて、甘くて美味しいものを作ります。そうですね。メープルシロップのかかったブレッドプディングなど如何でしょう?」

「ぶれっどぷでぃんぐ?」

「卵と牛乳を使った甘い液を、パンに染み込ませて焼いたものになります。外側がカリッとしていて、中はとろとろ。甘くて温かくて美味しいですよ」

「うん!」

 聞いているだけで美味そうなそれに、俺は大きく頷いた。そんな俺に、運転席側にいるシキがまたも小さく笑った。

「おやおや。こんなに喜ばれるとはね」

「作り甲斐があります」

「でも、シキは? シキもブレッドプディング?」

「私は何でも食べられるからね」

「貴方には別で食事を作りますよ」

 俺はブレッドプディング、そしてシキは別メニューの食事と、今夜の献立が決まった。

 脱いだ学ランを背中にかけられると、シキがバックミラー越しで俺に言った。

「滴。羽柴がしばらく、お前の為にこうして食事を作ってくれるそうだから、これから購買で菓子パンやチョコレートを買ったり、保健室でドーナツやチュロスを貰ったりしないこと。それだけは約束できるかな?」

「あ…………うん。がん、ばる」

「そう。偉いね」

「焼き菓子も作って持たせますから。食べたくなったらそれを口にしてください」

「うん」

 二人とも、俺の急な変化に怒ることなく応えてくれる。全部が我が儘だというのに、それでも俺の身体のことを考えながら協力してくれるんだ。

 そんな心遣いが嬉しい反面、心苦しかった。

 羽柴さんは俺にシートベルトを装着させると、シキがそれを確認してサイドブレーキを解除し、ゆっくりと車を発進させた。

 俺はシートベルトを両手で握りながら、ポツリと呟いた。

「俺、変だよね……。もしも低血糖だったり、別の病気とかだったりしたら……どうしよう……」

 不安に煽られてしょうがない。つい悪い方へと考えが及んでしまう。

 そんな俺に羽柴さんが自身のエピソードを語ってくれた。

「だとしても、生活はできますよ。私も一時期、菓子ばかりを食べて過ごしていたものです。ドーナツは一日五個、おはぎなら十個。それだけ食べても足りないくらいでした」

「えっ、そんなに?」

「何処かの誰かが、無理難題ばかりを投げつけてきましたからね。そうでもしないとやっていられませんでした」

「それは苦労したね、羽柴」

「ええ、全くです」

 これ、きっとシキのことだよね? それでシキもわかっていてとぼけているんだよね?

 なんだか可笑しい二人のやり取り。でも不思議と、その間だけ不安が霧散していった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売しています!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...