【完結】檻の中の劣等種

天白

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 昼休みが終わらない内にと、食べかけのメロンパンとコーヒー牛乳を持った俺は馬野先生と一緒に移動し、先生の持ち場である保健室へと通された。

 さぞ消毒液の独特な匂いが充満しているのだろうと思っていたそこは意外や意外、スーッと鼻が通る爽やかな匂いに満ちていた。でも初めて嗅ぐ匂いだ。何か焚いているのかな。

「ティートゥリーは平気か?」

「ティートゥリー?」

「アロマオイルだよ。いつも薬品の匂いばかりじゃ気が滅入るからね」

 芳香剤みたいなものかな。なんだかすごく落ち着く香りだ。心なしか気分が良くなってきた気がする。

「そこへどうぞ。ドーナツを用意する」

 馬野先生は近くのソファへ座るよう促した。俺はソファへ腰を下ろすと、その前にあるローテーブルにコーヒー牛乳と食べかけのメロンパンを置いた。

 改めて中を見渡すと、結構広い。ソファ二台とその間に挟まるローテーブル、その向こうには先生用の机に椅子、薬品やら何やらが収納されている棚が数台。そして壁側にはベッドが四台も入っているというのに、広々としたゆとりがある。

 隅には観葉植物まであるし、視覚的にも落ち着く場所だ。それに先生の見目も良い。細目だけど優しげな顔立ちはきっと生徒に受けがいいだろう。俺はメロンパンを食べながら、そんな感想を抱いた。

 それよりも、ここですぐにドーナツを出せるなんて生徒用の物じゃないよな。もしかして先生の個人的なおやつかな。

 棚から小皿を取り出している馬野先生に、俺は尋ねた。

「先生は甘いもの、好きなんですか?」

「毎食後にデザートをつけるくらいにはね」

 なるほど。甘党ってやつか。そういえば、あの羽柴さんが入っていたという天才を育てる養成機関の同期だって言っていたし、頭の良い人は糖分を常に欲していると聞くからそれもあるのかも。

 馬野先生は冷蔵庫から取り出したドーナツを小皿に乗せると、それを持って俺の座るソファの向かいに自分も腰を下ろした。

「どうぞ」

 差し出されるのは言われていた通り、チョコレートがコーティングされた揚げドーナツ。穴の空いた典型的なドーナツ型のそれに半分だけチョコレートがかかっているものだった。

 メロンパンを食べたばかりだというのに、口の中の唾液が一気に増えたのを感じつつ、俺は手を合わせた。

「頂きます」

 ドーナツを手に取って、チョコレートがかかった部分を口にする。ふわぁ……うま~い。

 チョコレートが冷えているけれど、甘ったるくてすげぇ美味い。ドーナツも砂糖がたっぷりで……ああ、最高。

 あまりの美味さに夢中になってパクパク食べていると、俺を見つめている馬野先生に気がついた。見つめているというより、ジーッと観察するような目つきでいる。何か言いたそうな顔をしているな。何だろ?

 俺と目が合うと、馬野先生は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ドーナツは、口に合わないか?」

 どうしてそんな聞き方をするんだろ? 夢中になるくらい美味いのに。俺は首を横に振った。

「美味いです」

「そ、そうか」

 今度は呆気に取られたって顔をする先生。どうしたんだろ? 何かおかしいことでも言っただろうか?

 首を傾けると、俺が疑問に思っていることが伝わったんだろう。馬野先生は気まずそうに、自身のふわりとした茶色の髪を手で掻きながら答えてくれた。

「いや、表情を変えずに黙々と食べているものだから、美味しくもないのに我慢して食べているのかなと……でも、口に合ったのなら良かった」

 ああ、そうか。俺の感情はいつも、あの二人に隠せないくらい伝わっているからそれに慣れ、頼ってしまっているところがあった。他者から見れば、にこりともしない人間が可愛げもなくドーナツを食べているだけに過ぎないだろう。

 俺はドーナツを食べる手を休めると、奥底にある悩みを打ち明けた。

「昔から……上手く笑えなくて」

 感情表現を上手く出せない。その中でも、笑みを作ることが最も苦手だった。

 その内、できるようになる日がくるかもしれない。だから焦らなくていい。そんなシキの言葉に甘えていたせいもあるかもしれない。努力なんてしてこなかった。

 馬野先生はそれを聞いて、神妙そうに「そうか」と呟いた。

 すると、何かに気づいた様子で再び俺の顔を観察する。今度は何だ?

「君は確か、赴任して早々私と会っているな。確か……」

 武虎と一緒にいた時に出会ったことを思い出したのか。というか、忘れていたのか。無理もないな。ここには学ランを着た生徒なんてうじゃうじゃといるんだから。

 なかなか名前が出てこない先生に、俺は改めて自己紹介をした。

「葛城です。葛城滴」

「ああ、そうだったな。あのシキという有名人と一緒だった。重ねてすまない」

 ペコペコと頭を下げられた。この先生、なんだか面白い。

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