【完結】檻の中の劣等種

天白

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 俺もシキに続いて手を合わせ、頂きますと挨拶をしてから箸を取った。玉子焼きを半分に割ると、断面からジュワリと微かに出汁が滲んだ。うん。本当に美味しそうだ。出来立てということもあるのかもしれない。

 下半分を取ってそれを口に放り込む。もぐもぐと噛んで舌に乗る味を確かめた。でも……

「……?」

 俺は首を傾げた。勢いのあった咀嚼が止まり、ゆっくりと噛みつつもそれを嚥下した。

 俺の様子を見ていた二人が互いに顔を見合せると、羽柴さんの方が俺に尋ねた。

「どうしました? 滴様」

 俺は持っていた箸を箸置きに乗せ、しばし考えてから二人を交互に見た。そして……

「シキ、羽柴さん。これ、本当に美味しい?」

 と、二人からの合格判定を疑うように質問する。尋ねられた二人は驚いたように目を僅かに見開くと、再び互いの顔を見合せた後で先程と同様に羽柴さんが回答した。

「美味しかったですよ。何故ですか?」

 失礼な質問にも関わらず、羽柴さんは俺に優しく微笑んだ。俺はそれを聞いてもやはり首を傾げたまま、だし巻き玉子を見つめてボソボソと理由を口にした。

「なん、だろ……この玉子焼き。味が、何か……」

 何と言えばいいのかわからない。不味い、というわけではないのだけど、あまり美味しく感じられない。薄いわけでもないし、濃いわけでもなく。少なくとも俺の口には合わない。

 もしかしたら、二人が俺を褒める為にわざと美味しいと言ってくれているのではと疑ったんだけど、様子を見ている限り嘘を吐いているようではなさそうだ。

「思っていた味と違ったのかな?」

「……かも」

 黙り込む俺に、シキが尋ねた。再度、彼は自分の皿のだし巻き玉子を口の中へ入れると、味を確かめるようにゆっくりと咀嚼する。

 そして先程と同じように、俺に向かって感想を口にした。

「うん。何度食べても味は変わらないし、私はこれを美味しいと思う。嘘は吐いていないよ。そうは言っても、私は滴の作るものなら全て美味しく頂くけれどね。しかし、この羽柴が美味しいと言っているのなら間違いはない」

 だろう? と、シキが羽柴さんに振る。羽柴さんも頷きながら俺に向かって断言した。

「料理に関して、私は妥協しませんからね」

「うん……」

 二人がそう言うのなら、嘘じゃないんだろう。

 味覚が変わったのかな? そう思うことにして、俺は残りのだし巻き玉子を食べた。

 やはり、美味しいとは感じられなかった。

 その後。だし巻き玉子の味が自分の口に合わず、そのことが気掛かりとなってしまったからなのか、白いご飯やお味噌汁といった他の料理もあまり美味しく感じられなかった。それらは俺ではなく、羽柴さんのお手製だというのに。どころか胸焼けまで起こしてしまい、折角の朝食を殆ど残してしまった。

 気分が悪く、しばらくトイレにこもっていると、心配した羽柴さんが学校を休もうと提案してくれた。こんな程度のことで学校を休むなんて情けないと、俺は首を横に振って身支度を始めた。シキは何も言わなかった。あくまで俺に選択を委ねてくれる。

 遅刻は避けられないけれど、気分も落ち着いてきた俺はシキに送迎をお願いした。シキは快く車を出してくれた。

 道中、特に何か会話をするわけでもなく、俺は窓から外の景色を眺めていた。ただぼんやりと眺めていて、何も考えずにいる内に車はいつもの路地で停車された。それにも気づかずにいると、シキが俺の額に手を当てた。

 唐突なことにビクリと肩を震わせると、シキが俺を見つめて額に手を当てたまま動かない。

 何をされているのか、しばらくわからずにいるとシキはほっと息を吐いて俺から手を離した。そして俺の頬を手の甲で撫でながら、その口元を綻ばせる。

「絶好調ではないようだけど、発熱は大丈夫だね」

「熱?」

 ああ、そうか。体温を測ってくれていたのか。

 ようやく気づいた俺は急に恥ずかしくなって俯いた。

 何だろう、今日は。集中力が欠けている。いくら劣等種とはいえ、落ちているのは視力と表情筋くらいだと思っていたのに。これで他の能力まで落ちてしまっては、いくらシキでも俺に呆れてしまうかもしれない。そうなったら、俺は捨てられてしまうかもしれない。

 それは…………嫌だ。

「学校、行ってくる」

「いってらっしゃい。でも滴。これだけは約束だよ」

 車から出ようとする俺に、シキはいつもの短い挨拶の後に言葉を続けた。

「無理だけはしないこと。わかった?」

 柔らかな口調なのに、青い目だけは普段よりも真剣だった。それはきっと、俺の心を読み取った上での言葉なんだと、とろい俺でもその真意が伝わった。

「……うん」

「いい子だ」

 シキは俺の頭を撫でた。

 こんな子供のような俺が、あと半月もすれば二十歳になる。本当の誕生日じゃないから、実際は二十歳なのかどうかも怪しいけれど。

 ちゃんと大人になれるのか、不安が俺の背中で燻り始めた。
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