28 / 74
武虎
16
しおりを挟む
「しまったな~。シキから土地と豪邸の話を振られた時、両方とも貰っときゃ良かった! そうしたら滴と二人で豪邸に……っとと」
突然、武虎が左耳を抑えた。痛そうに眉を顰めながら、耳から何か小さな物を引き抜いた。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫、大丈夫」
気にしないで、と武虎は耳から引き抜いた物をポケットの中に入れた。何だろう?
「まあ、そんなわけだからさ。俺はこれで結構楽しくやってるよ。勉強はできても、学校にちゃんと通ったことはなかったから、仕事とはいえ今更だけど学生ってのをやらせてもらってるし」
「俺と同じなんだね」
「そうだよ。滴とおんなじ」
そう言ってニパッと笑う武虎に、俺はじんわりと胸が熱くなった。
何処かいつも、俺だけが取り残されている気がしていた。周りの学生を見ると、みんな楽しそうに笑っている。この人達が笑っていられるのは「普通」の生活を送ってきているからなのか、俺も「普通」の生活を送っていたらこうなれていたのか、と。そう考えたこともあった。
そして、クラスの中心でみんなの人気者の武虎を見て、すごいなと思うのと同時に、この人は俺とは違うんだと、遠い存在のように思えて寂しく感じたこともあった。
でも今の話を聞いて、俺と一緒と言ってくれる武虎を見て、ずっと引っかかっていたものがするりと落ちた気がした。
劣等種の俺なんかと一緒にしては駄目だと、ずっとそう思ってきていたから……
そうだ。きっと俺は今、嬉しいんだ。
俺の右手は自然と上がり、シャツ越しでぎゅっと自分の胸を握り締める。武虎は自身を指差しながら、名前について教えてくれた。
「ちなみに羽柴は母方の姓ね。武虎は母方の曾祖父さんの名前から取ったの」
「渋いなって思ってた」
「だろ~?」
元の名前はわからないけれど、武虎って言い慣れたからかな。こっちの方がしっくりくるや。……あ、そういえば。
「馬野先生は?」
気になっていたことのもう一つを聞いてみた。すると、こちらもあっさりと教えてくれた。
「ああ、馬野は入っていた例の養成機関の同期だよ。つっても、クラスが違ったからそんなに仲良いわけでもなかったけど。さすがに俺のことを知ってる奴に会うとは思いもしなかったから、あの時はビビったわ~」
「そうなんだ……」
武虎が動揺していたから、何かもっとあるのかと思っていた。それこそあの……
「元カレじゃなくて残念?」
「そ、そんなことは……」
「いや、あん時の滴、盛大に吹いてたからさ。もしかしたらほんとにそー思われてんのかと」
「う……」
だってあれは武虎が……武虎が悪い。うん。
俺は口ごもると同時に、自然と唇を尖らせる。
そんな俺の頭に、武虎はポンポンと手を乗せた。子供の頃ならいざ知らず、もう二十歳前なんだけど俺。少しだけ睨むように視線だけを彼に向けた。
「悪い悪い。そんなかわいー顔、しないの」
「……違うの?」
「違う、違う。そもそも俺、無性愛者だもん」
「むせいあいしゃ?」
初めて聞く単語だ。どういう字を書くんだろう?
そのまま聞き返す俺に、武虎は少し考えるようにしてから教えてくれた。
「簡単に言うと、男や女相手に好きって感情を抱かない。セックスの欲求はあっても、したいって思わないってこと」
セックスは人間の欲求の一つだと聞く。しかしそれは人間の、引いては動物としての本能がないということなのか?
これまでの話からすると、今の武虎は二十六歳くらいの筈だから……
「じゃあ、武虎は童貞なの?」
「んーん。羽柴はもう卒業しちゃってるよ~」
「???」
言っていることがわからない。セックスしたいと思わないのに、童貞は卒業できるの? それはどうやってやるものなの? ん? そもそも、セックスしたいってどういう時に思うものだっけ? えっと俺がする場合は……
俺の場合はシキが…………あれ?
なんだろ、これ。何か、考えると……胸の奥が熱くなる感じがする。何、これは。
突然、武虎が左耳を抑えた。痛そうに眉を顰めながら、耳から何か小さな物を引き抜いた。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫、大丈夫」
気にしないで、と武虎は耳から引き抜いた物をポケットの中に入れた。何だろう?
「まあ、そんなわけだからさ。俺はこれで結構楽しくやってるよ。勉強はできても、学校にちゃんと通ったことはなかったから、仕事とはいえ今更だけど学生ってのをやらせてもらってるし」
「俺と同じなんだね」
「そうだよ。滴とおんなじ」
そう言ってニパッと笑う武虎に、俺はじんわりと胸が熱くなった。
何処かいつも、俺だけが取り残されている気がしていた。周りの学生を見ると、みんな楽しそうに笑っている。この人達が笑っていられるのは「普通」の生活を送ってきているからなのか、俺も「普通」の生活を送っていたらこうなれていたのか、と。そう考えたこともあった。
そして、クラスの中心でみんなの人気者の武虎を見て、すごいなと思うのと同時に、この人は俺とは違うんだと、遠い存在のように思えて寂しく感じたこともあった。
でも今の話を聞いて、俺と一緒と言ってくれる武虎を見て、ずっと引っかかっていたものがするりと落ちた気がした。
劣等種の俺なんかと一緒にしては駄目だと、ずっとそう思ってきていたから……
そうだ。きっと俺は今、嬉しいんだ。
俺の右手は自然と上がり、シャツ越しでぎゅっと自分の胸を握り締める。武虎は自身を指差しながら、名前について教えてくれた。
「ちなみに羽柴は母方の姓ね。武虎は母方の曾祖父さんの名前から取ったの」
「渋いなって思ってた」
「だろ~?」
元の名前はわからないけれど、武虎って言い慣れたからかな。こっちの方がしっくりくるや。……あ、そういえば。
「馬野先生は?」
気になっていたことのもう一つを聞いてみた。すると、こちらもあっさりと教えてくれた。
「ああ、馬野は入っていた例の養成機関の同期だよ。つっても、クラスが違ったからそんなに仲良いわけでもなかったけど。さすがに俺のことを知ってる奴に会うとは思いもしなかったから、あの時はビビったわ~」
「そうなんだ……」
武虎が動揺していたから、何かもっとあるのかと思っていた。それこそあの……
「元カレじゃなくて残念?」
「そ、そんなことは……」
「いや、あん時の滴、盛大に吹いてたからさ。もしかしたらほんとにそー思われてんのかと」
「う……」
だってあれは武虎が……武虎が悪い。うん。
俺は口ごもると同時に、自然と唇を尖らせる。
そんな俺の頭に、武虎はポンポンと手を乗せた。子供の頃ならいざ知らず、もう二十歳前なんだけど俺。少しだけ睨むように視線だけを彼に向けた。
「悪い悪い。そんなかわいー顔、しないの」
「……違うの?」
「違う、違う。そもそも俺、無性愛者だもん」
「むせいあいしゃ?」
初めて聞く単語だ。どういう字を書くんだろう?
そのまま聞き返す俺に、武虎は少し考えるようにしてから教えてくれた。
「簡単に言うと、男や女相手に好きって感情を抱かない。セックスの欲求はあっても、したいって思わないってこと」
セックスは人間の欲求の一つだと聞く。しかしそれは人間の、引いては動物としての本能がないということなのか?
これまでの話からすると、今の武虎は二十六歳くらいの筈だから……
「じゃあ、武虎は童貞なの?」
「んーん。羽柴はもう卒業しちゃってるよ~」
「???」
言っていることがわからない。セックスしたいと思わないのに、童貞は卒業できるの? それはどうやってやるものなの? ん? そもそも、セックスしたいってどういう時に思うものだっけ? えっと俺がする場合は……
俺の場合はシキが…………あれ?
なんだろ、これ。何か、考えると……胸の奥が熱くなる感じがする。何、これは。
0
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる