【完結】檻の中の劣等種

天白

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武虎

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「しまったな~。シキから土地と豪邸の話を振られた時、両方とも貰っときゃ良かった! そうしたら滴と二人で豪邸に……っとと」

 突然、武虎が左耳を抑えた。痛そうに眉を顰めながら、耳から何か小さな物を引き抜いた。

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫、大丈夫」

 気にしないで、と武虎は耳から引き抜いた物をポケットの中に入れた。何だろう?

「まあ、そんなわけだからさ。俺はこれで結構楽しくやってるよ。勉強はできても、学校にちゃんと通ったことはなかったから、仕事とはいえ今更だけど学生ってのをやらせてもらってるし」

「俺と同じなんだね」

「そうだよ。滴とおんなじ」

 そう言ってニパッと笑う武虎に、俺はじんわりと胸が熱くなった。

 何処かいつも、俺だけが取り残されている気がしていた。周りの学生を見ると、みんな楽しそうに笑っている。この人達が笑っていられるのは「普通」の生活を送ってきているからなのか、俺も「普通」の生活を送っていたらこうなれていたのか、と。そう考えたこともあった。

 そして、クラスの中心でみんなの人気者の武虎を見て、すごいなと思うのと同時に、この人は俺とは違うんだと、遠い存在のように思えて寂しく感じたこともあった。

 でも今の話を聞いて、俺と一緒と言ってくれる武虎を見て、ずっと引っかかっていたものがするりと落ちた気がした。

 劣等種の俺なんかと一緒にしては駄目だと、ずっとそう思ってきていたから……

 そうだ。きっと俺は今、嬉しいんだ。

 俺の右手は自然と上がり、シャツ越しでぎゅっと自分の胸を握り締める。武虎は自身を指差しながら、名前について教えてくれた。

「ちなみに羽柴は母方の姓ね。武虎は母方の曾祖父さんの名前から取ったの」

「渋いなって思ってた」

「だろ~?」

 元の名前はわからないけれど、武虎って言い慣れたからかな。こっちの方がしっくりくるや。……あ、そういえば。

「馬野先生は?」

 気になっていたことのもう一つを聞いてみた。すると、こちらもあっさりと教えてくれた。

「ああ、馬野は入っていた例の養成機関の同期だよ。つっても、クラスが違ったからそんなに仲良いわけでもなかったけど。さすがに俺のことを知ってる奴に会うとは思いもしなかったから、あの時はビビったわ~」

「そうなんだ……」

 武虎が動揺していたから、何かもっとあるのかと思っていた。それこそあの……

「元カレじゃなくて残念?」

「そ、そんなことは……」

「いや、あん時の滴、盛大に吹いてたからさ。もしかしたらほんとにそー思われてんのかと」

「う……」

 だってあれは武虎が……武虎が悪い。うん。

 俺は口ごもると同時に、自然と唇を尖らせる。

 そんな俺の頭に、武虎はポンポンと手を乗せた。子供の頃ならいざ知らず、もう二十歳前なんだけど俺。少しだけ睨むように視線だけを彼に向けた。

「悪い悪い。そんなかわいー顔、しないの」

「……違うの?」

「違う、違う。そもそも俺、無性愛者だもん」

「むせいあいしゃ?」

 初めて聞く単語だ。どういう字を書くんだろう?

 そのまま聞き返す俺に、武虎は少し考えるようにしてから教えてくれた。

「簡単に言うと、男や女相手に好きって感情を抱かない。セックスの欲求はあっても、したいって思わないってこと」

 セックスは人間の欲求の一つだと聞く。しかしそれは人間の、引いては動物としての本能がないということなのか?

 これまでの話からすると、今の武虎は二十六歳くらいの筈だから……

「じゃあ、武虎は童貞なの?」

「んーん。羽柴はもう卒業しちゃってるよ~」

「???」

 言っていることがわからない。セックスしたいと思わないのに、童貞は卒業できるの? それはどうやってやるものなの? ん? そもそも、セックスしたいってどういう時に思うものだっけ? えっと俺がする場合は……

 俺の場合はシキが…………あれ?

 なんだろ、これ。何か、考えると……胸の奥が熱くなる感じがする。何、これは。
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