【完結】檻の中の劣等種

天白

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武虎

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 震える俺をシキはどう思ったのか、彼はあそこから指を引き抜いた。でも後に続いた言葉は優しくなかった。

「嫌だという割に、お前の身体はいたく反応しているね。本当に嫌なら、あそこが濡れはしない筈だけれど」

「……っ」

 どうしてそんな言い方をするんだろう? シキが抱く時、意地悪になることは多々ある。でも、今この場で放つ言葉は俺をナイフで突き刺すようだ。

 好きで反応しているわけじゃないのに。そう思うと途端に悲しくなる。下唇を噛んで俯くと、シキが俺の頬に手を宛がって自分の目と合わせた。

 澄んだ青が、氷のように冷たく感じた。

「ねえ、滴? お前は今、私によって触れられているけれど……こういうことを羽柴ともしたい?」

「……え?」

 唐突な発言に、思わず聞き返してしまった。何故、そこで羽柴さんが出るんだろう? 俺はシキに触れられ抱かれることはあっても、羽柴さんとそうしたことはない。

 考えたことすらないのに、どうして俺が羽柴さんとしたいと思うのか。

 俺がシキを見つめたままでいると、シキは「違うな」と言い方を変えた。

「羽柴というよりは武虎の方かな。お前と一緒に学校へ通う方のアレだ。お前は彼を煩く思いつつも気に入っているだろう? どう?」

 どう? と、聞かれて「じゃあ、お願い」と言えるような内容じゃない。羽柴さんだろうが武虎だろうが、彼が彼であることに変わりはない。シキとするのと同じようなことを、彼としたいと俺が一度でも言っただろうか?

 そんなこと……そんな、ことを……

「お前が望むなら、今すぐ彼を呼ぼうか。お前の為なら彼は何を差し置いてでも駆けつけてくる。そういう男だからね」

「ど……して?」

「ん?」

「どうして、そんなこと言うの? 俺はシキのものなのに」

 目頭がグッと熱くなった。目の前が何かで滲んでシキの顔がよく見えない。でも、目の前のシキからあの穏やかな笑みが消え去ったことだけは感じ取れた。

 俺が今、どんな顔をしているのかわからない。ただ目元が熱く何かが身体の奥から込み上げてくる。声も震えてはっきりとものが言えない。でも、これだけはシキに伝えたかった。

「シキがそうしたいならそれでもいいよ……羽柴さんに抱かれろと言うのなら、俺はそうする。でも、俺が……俺の方からそれを望むことなんて、ない……よ」

 キスをされたいと思うのも、触れられたいと思うのも、抱かれたいと思うのも、シキだけだ。

 怯えて、震えて、何もできずにいた俺にじっくりと時間をかけて傍に寄り添ってくれた。羽柴さんも俺を優しく扱ってくれたけれど、俺を抱き上げて膝に乗せ、髪を優しく櫛で梳いてくれたのはシキだ。

 あの檻から出してくれた、シキだけなんだよ。

「シキ以外の人に触れられたいなんて……思うわけ、ない」

 喉から絞り出すように言い終えると、ポタリと頬を伝って何かが溢れた。汗? 湯船に浸かって体温が上がったから?

 目元が熱い。熱くて熱くて……その熱を冷ますように水になったものがポタポタと零れる。

 なんだろう、これは。次から次へと溢れて止まらない。でも昔はもっと、ここからたくさん溢れていた気がする。状況は全然、違う筈なのに。

 痛いわけじゃない。悲しいわけじゃない。けれど、シキが俺のことをわかってくれていない。ただそれだけのことがこんなにも辛いなんて思わなかった。

 悔しいなんて、思わなかった。

 ああ、嫌だな。何も見えない。視力がどんどん落ちていく。今持っている眼鏡じゃきっと見えないや。今朝言われた二十歳のお祝い、やっぱり新しい眼鏡にしてもらおうかな。

 濡れた手の甲で目元を拭うと、ぎゅっと何かに包み込まれた。強くて温かくて、俺が安心する感覚に。

「悪かった」

「シ、キ……?」

「意地の悪いことを言って、悪かった」

 シキの逞しい胸。俺は彼に抱き締められていた。

 少しだけびっくりした。抱き締められたこともそうだけど、いつも余裕のある冷静なシキの声が、僅かに震えている。

 パチパチと瞬きを繰り返し、目元に溜まった水分を落とすと、シキが俺の頭を優しく撫でた。

 ああ、落ち着く。ついさっきまで色んな感情が合わさってぐちゃぐちゃだったのに、シキにこうされると不安が霧散して安心する。

 何を言われても、何をされても。

 シキに抱かれると、安心する。

「シキ……」

「わかっていた筈なのに……大人気なかったな」

 どういうこと? 頭を動かすと、シキは苦笑しつつ心の内を明かしてくれた。

「卑屈になっていただけだ。今朝、お前は私に結婚をして欲しいと言って、まるで私に関心がないようだったから」

「そんなこと……」

「加えて武虎と親密にしていただろう。お前達の互いの距離が近くなってそれは喜ばしいことなのに……同時に腹立たしかったんだ。すまない」

 頭が追いつかない。こんなシキ、初めてだ。

 こんな風に謝ることもそうだけど……腹立たしかった? 何故? どうして?

 わからない。わからない、けど……

「シキ……」

 身体を動かして、俺はシキの唇に自分のそれを重ねた。そっとそこに触れてから、啄むようにしてすぐに離れた。

 そして青い目を覗き込んで、俺はシキにおねだりをする。

「シキ…………抱いて?」
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