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武虎
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朝食を終えると、俺は制服に着替えて学校へ行く支度をした。後ろの髪が伸びてすっかり首元を隠してしまっているのを少しだけ鬱陶しく思いながら櫛で梳かし、忘れ物がないか指差しをして確認を終えると、リュックを背負ってシキと共にエレベーターへと乗り込んだ。羽柴さんは別で登校するから一緒には行かない。俺はシキによって車で学校近くまで送迎される。
シキは有名人だから、普通ならサングラスとか、マスクとか、帽子とか、何かしらの変装が必要じゃないかと進言したことがある。でもシキ曰く、人は隠せば隠すほど興味を抱いて風呂敷の中身を広げたくなるものだけれど、最初から広げてある風呂敷には目がいかないものだと言って何もしない。
事実、通学中に騒がれたことは一度もない。また車から降ろされる時は人通りの少ない路地で停車してくれるからか、声をかけられたことすらない。送迎の際の車種が低価格の国産車、というのも理由の一つかもしれないけれど。
いってきます、いってらっしゃい、の短い挨拶を交わして俺は一人歩いて登校する。しばらく歩くと大通りに出て他の生徒達と合流し、人の流れに沿って校門を潜り校舎内へと入る。男子だけで千人近くを収容する私学ともなると、その敷地面積は阿呆なくらい広い。さすが金持ち学校だ。
下駄箱で靴を履き替え、二年五組を目指し歩いていると背後からドン! と誰かに抱きつかれた。誰か、というのは振り返らずともすぐにわかった。わざわざ俺に抱きつく人なんて、この校内には一人しかいない。
俺は長い溜め息を吐きながら彼の名前を呼んだ。
「おはよう、武虎。重い……」
「はよー! 滴っ! 元気ー!?」
ついさっき、朝食の支度をしてくれた人が何を言うか……そう口にしたいのを飲み込みつつ、「元気だよ」と短く返した。
ニパッと屈託のない笑みをその顔に貼りつけ、武虎は俺の肩に腕を回したまま歩を進める。
シキほどじゃなくとも俺より十センチも高い身長の武虎は、実は筋肉質な体躯をしている。当然と言えば当然なのか、シキの警護に回ることもある為、最低でも毎日三十分は身体を鍛えているらしい。
シキは力が強いから一人でなんとかやれちゃう気もするけれど……そうポロリと言ったことがあった。
すると武虎――羽柴さんはこう返した。
『今は滴様を守る為に、日々鍛えております』って。
「羽柴ー! そんなに抱きついちゃ、転校生がかわいそーだろー!」
「なになに、羽柴ちゃーん! 実はソッチ系なの~?」
「ひゅーひゅー! おっあつ~いことですねー!」
「いやーん! バレちゃった~!? 実は俺、葛城とラブラブなの~♪」
男子達の冷やかしに武虎がテンション高く、身体を大きくくねらせる。これで本業がシキの部下で俺より歳上なんて、嘘だろ。もうクラスの中心どころか学年の中心……いや、学校中を掌握しているんじゃないのか。
俺が武虎から離れようとするも、しかし武虎は俺を離すつもりがないらしい。がっちりとホールドしたその腕はズルズルと俺を引き摺っていく。
今回、俺は武虎と別のクラスに配属された。といっても、すぐ隣だから体育の時間などは合同で行われるし、なんやかんやで関わることが多い。まあ、体育は俺、出られないんだけどね。
だからそれを理由に俺と親しくなるのもおかしくないわけなんだけど……何だろう? 俺に何か話したいことでもあるのかな。
「どうしたの、武虎。俺に何か用?」
「ん~? なになに、用がなきゃ滴に抱きついちゃダメなわけ~?」
「いや、いいけど……」
いいんだけど、でも何かあるんでしょ?
眼鏡越しからジッと見上げると、武虎は周囲に愛敬を振り撒きつつも俺に尋ねた。
「今朝のさ~、どういう意味だったのかな~って! 武虎ちゃん、気になっちゃって♪」
「今朝?」
今朝の、というのは何のことだろう? もともと、朝食でオムレツを作る筈がスクランブルエッグになってしまってシキに提供したことは、羽柴さんが隠蔽済みだし。二十歳のお祝いについては俺が希望を言うことなく終わってしまったし。
俺が黙り込むと、武虎がヒントをくれた。
「結婚のこと♪」
「ああ……」
それか。
「俺が二人に聞いたこと、だよね。単純に気になっただけ、なんだけど……」
明確な理由を聞かれると困る。特に意味はないのだから。
でも、武虎が聞きたいのはそうではないらしい。
「あの人に結婚して欲しいって、言ったっしょ?」
「あー……うん」
どうやら、結婚をするのかどうかを聞いたことではなく、シキが自分に結婚をして欲しいのか? と尋ねたことについて俺が頷いた理由を聞きたいらしい。
確かに、羽柴さんはあの時、聞きたそうな顔をしていたかも。言ってもいいけど、これってシキに筒抜けなんだよね。本人に聞かれるの、ちょっとどころでなく気恥ずかしいんだけど。
「こういうの、オフにできる?」
「もうしてる~♪」
さすが武虎。俺に抱きついたままなのはそういうことらしい。
シキは有名人だから、普通ならサングラスとか、マスクとか、帽子とか、何かしらの変装が必要じゃないかと進言したことがある。でもシキ曰く、人は隠せば隠すほど興味を抱いて風呂敷の中身を広げたくなるものだけれど、最初から広げてある風呂敷には目がいかないものだと言って何もしない。
事実、通学中に騒がれたことは一度もない。また車から降ろされる時は人通りの少ない路地で停車してくれるからか、声をかけられたことすらない。送迎の際の車種が低価格の国産車、というのも理由の一つかもしれないけれど。
いってきます、いってらっしゃい、の短い挨拶を交わして俺は一人歩いて登校する。しばらく歩くと大通りに出て他の生徒達と合流し、人の流れに沿って校門を潜り校舎内へと入る。男子だけで千人近くを収容する私学ともなると、その敷地面積は阿呆なくらい広い。さすが金持ち学校だ。
下駄箱で靴を履き替え、二年五組を目指し歩いていると背後からドン! と誰かに抱きつかれた。誰か、というのは振り返らずともすぐにわかった。わざわざ俺に抱きつく人なんて、この校内には一人しかいない。
俺は長い溜め息を吐きながら彼の名前を呼んだ。
「おはよう、武虎。重い……」
「はよー! 滴っ! 元気ー!?」
ついさっき、朝食の支度をしてくれた人が何を言うか……そう口にしたいのを飲み込みつつ、「元気だよ」と短く返した。
ニパッと屈託のない笑みをその顔に貼りつけ、武虎は俺の肩に腕を回したまま歩を進める。
シキほどじゃなくとも俺より十センチも高い身長の武虎は、実は筋肉質な体躯をしている。当然と言えば当然なのか、シキの警護に回ることもある為、最低でも毎日三十分は身体を鍛えているらしい。
シキは力が強いから一人でなんとかやれちゃう気もするけれど……そうポロリと言ったことがあった。
すると武虎――羽柴さんはこう返した。
『今は滴様を守る為に、日々鍛えております』って。
「羽柴ー! そんなに抱きついちゃ、転校生がかわいそーだろー!」
「なになに、羽柴ちゃーん! 実はソッチ系なの~?」
「ひゅーひゅー! おっあつ~いことですねー!」
「いやーん! バレちゃった~!? 実は俺、葛城とラブラブなの~♪」
男子達の冷やかしに武虎がテンション高く、身体を大きくくねらせる。これで本業がシキの部下で俺より歳上なんて、嘘だろ。もうクラスの中心どころか学年の中心……いや、学校中を掌握しているんじゃないのか。
俺が武虎から離れようとするも、しかし武虎は俺を離すつもりがないらしい。がっちりとホールドしたその腕はズルズルと俺を引き摺っていく。
今回、俺は武虎と別のクラスに配属された。といっても、すぐ隣だから体育の時間などは合同で行われるし、なんやかんやで関わることが多い。まあ、体育は俺、出られないんだけどね。
だからそれを理由に俺と親しくなるのもおかしくないわけなんだけど……何だろう? 俺に何か話したいことでもあるのかな。
「どうしたの、武虎。俺に何か用?」
「ん~? なになに、用がなきゃ滴に抱きついちゃダメなわけ~?」
「いや、いいけど……」
いいんだけど、でも何かあるんでしょ?
眼鏡越しからジッと見上げると、武虎は周囲に愛敬を振り撒きつつも俺に尋ねた。
「今朝のさ~、どういう意味だったのかな~って! 武虎ちゃん、気になっちゃって♪」
「今朝?」
今朝の、というのは何のことだろう? もともと、朝食でオムレツを作る筈がスクランブルエッグになってしまってシキに提供したことは、羽柴さんが隠蔽済みだし。二十歳のお祝いについては俺が希望を言うことなく終わってしまったし。
俺が黙り込むと、武虎がヒントをくれた。
「結婚のこと♪」
「ああ……」
それか。
「俺が二人に聞いたこと、だよね。単純に気になっただけ、なんだけど……」
明確な理由を聞かれると困る。特に意味はないのだから。
でも、武虎が聞きたいのはそうではないらしい。
「あの人に結婚して欲しいって、言ったっしょ?」
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どうやら、結婚をするのかどうかを聞いたことではなく、シキが自分に結婚をして欲しいのか? と尋ねたことについて俺が頷いた理由を聞きたいらしい。
確かに、羽柴さんはあの時、聞きたそうな顔をしていたかも。言ってもいいけど、これってシキに筒抜けなんだよね。本人に聞かれるの、ちょっとどころでなく気恥ずかしいんだけど。
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