【完結】檻の中の劣等種

天白

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シキ

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 ズキズキと痛む腹を撫でながら俺はコンビニから徒歩五分の、シキの持つタワーマンションへと向かった。一年くらい前に、このタワーマンションを買ったとさらりと言われた時には、さすがに声を出して驚いた。部屋を買ったのではなく、マンション自体を買ったのだから驚くなと言う方が無理な話だ。

 向かう先はその八階。シキが自宅としているエリアだ。何故八階なのかと言えば、最上階は俺の耳がやられてしまうからだという。

 その他のフロアは全てシキの仕事場となった。もちろん、使われていないエリアもあるわけだけど、他者及び他社へ貸し出すことはしないとのこと。自分が認めたもの以外の侵入が不快だという、実にシキらしい理由だった。

 エントランスを通るとコンシェルジュのお姉さんに挨拶をしてエレベーターホールへ向かう。お姉さんはすぐに立ち上がろうとしたけれど、俺が自分でやれるからと手を翳して遮った。ポケットからカードキーを取り出して壁に嵌め込まれているリーダーに翳すと、二つある内の右の方のボタンが青色に点灯する。それを押すと間もなくしてエレベーターは到着した。

 雑誌の入ったビニール袋を掲げたまま中へ乗り込むと、八階と表示された回数ボタンを押す。俺を乗せたエレベーターは静かに稼働を始めた。

 金持ちって本当にすごい。タワーマンションを買ってしまったこともだけど、二台の内のエレベーター一台を丸々シキの自宅専用に変えてしまったのだから。それにこの直通のエレベーターに乗れるのは持ち主であるシキと俺、それから羽柴さんだけだ。そういえば、エレベーターホールで他の人間と鉢合わせたことってないな。俺が学校以外であまり外に出ないせいかもしれないけれど、ここがシキの仕事場ならそれに関わる人間が出入りしていてもおかしくない筈なのに。

 あまり深く考えるのはやめよう。シキのことだから、それすらも操作している可能性がある。

 シキは俺を気に入っている。その一言では決して言い表せないほどに。

 エレベーターのアナウンスで八階に着いたことがわかると、間もなくして扉が開いた。エレベーターから降りてすぐが玄関となっている。俺は履いていた靴を脱いで隣の靴箱へ片づけると、靴下のままスタスタとリビングへ向かった。スリッパは躓くから好きじゃない。しかしリビングへと辿り着く前に、俺はその身を大きな腕によって包み込まれる。

「おかえり、滴」

「た…………だいま、シキ」

 びっくりした。突然、物音無く書斎から出てくるから思わず悲鳴を上げそうになった。上げそうになったところで、やっぱり俺の表情は変わらないままなんだけれど。

 ツーテンポほど遅れて、俺はシキへ挨拶を返した。

 逞しい大きな身体。その胸にすっぽりと収まる俺の頭を、シキは優しく撫でた。髪越しだけど彼のゴツゴツしている指が気持ちいい。実に男らしい、こんな手に俺は憧れる。

「何処へ行っていたの?」

「駅前のコンビニだよ。聞かなくても知ってるだろ」

 目を細めて答える俺に、シキは頭上でクスリと笑う。

「滴の口から聞きたいんだよ」

 俺にはよく理解ができない。だってシキは俺の行動を知っている。俺が今日着ている服……プリントシャツにパーカー、それからジーンズにベルトというシンプルなものだけど、そこに発信機でもつけているのか、俺が何処へ行こうとも、何をしていようとも、シキには全て把握されている。はじめは何も疑問に思わなかったけれど、今ではそれが金持ちなりの過保護なんだということを知った。

 首輪のようなものだ。だからって、先日の学校の件みたいなこともあるから、嫌だとも言えないけれど。

「それで、滴はコンビニで何を買って……珍しいな。雑誌?」

 シキが俺の手元にある雑誌を目にする。俺は口元だけを動かした。

「シキが特集だったから」

「そんなものを買わずとも、私のことなら滴が一番よく知っている筈だろう?」

「一番……」

 そうだろうか? 俺は六年もシキの傍にいるのに、未だに彼のことを何も知らない。ギャンブラーだったことも、今やっている仕事のことも、総資産額のことも、出生のことも。こうして上げてみると知らないことだらけだな、俺。

 でも、世間の人が知らないシキの顔を知っているのは事実だと思う。雑誌で飾る表紙のシキは格好いい。でも、俺が知っているシキは優しい目をしている。

 表情も、声も、仕草も全てが優しい。出会った時から今日までずっと……俺が知っているのは、きっと「シキ様」ではなく「シキ」なんだ。

 だからシキのことを一番よく知る人間は俺かって?

 ううん。それはたぶん……

「シキのことを一番よく知っている人は、羽柴さんじゃないの?」

 細めていた瞼を持ち上げながら、俺は顔を上げシキを見つめた。だって羽柴さんはずっとシキの傍にいる。俺よりも長い時間を共に過ごしているんだ。シキに直接聞けないことも羽柴さんに聞いて代わりに教えてもらっているくらいだし。俺なんかより、ずっとシキのことをわかっている。

 この俺の回答にシキはうっすらと目を見開いたけれど、すぐにそれを細めて口端を持ち上げた。そして俺の下唇に自身の親指を添えると……

「この口はつれないことを言うね」

「……ん、ふ……」

 そのまま滑らせ、俺の口の中にゆっくりと埋めた。その顔は、口振りとは違って意地悪だった。

 シキの親指を咥え、くぐもる声を出す俺を見下ろしながら、彼は俺の目元にある眼鏡を取り去った。

 あ……機嫌を損ねた。そう気づいた時にはもう遅い。シキの指が俺の口を犯し始めた。同時に、俺の手から雑誌の入ったビニール袋がずり落ちる。

 舌の上を擽るように指の腹で押され、それが徐々に喉奥へと侵入してくる。圧迫される苦しさで、鼻から抜ける声が少しだけ荒くなった。

「……んっ、うぐ……むぅ……」

 チュパチュパと粘つきのある水音と、俺のくぐもる声をシキはどういう感情で聞いているのだろう? 眼鏡を外されたことに加えジワリと滲む涙でシキの表情が読み取れない。

 シキの指は俺の舌だけでなく口蓋や歯にまで触れてきた。さっき急いで食べてきたアイスクリームの味がシキの指に移るのでは……そんなことを頭の片隅で思いながら俺は喘いだ。

 ズクンズクン、と腹の下が熱くなる。シキに触れられるといつもこうだ。ジワリと何かが滲むのを感じながら、俺はシキの腰に手を回ししがみつく。

 それを見て、シキは俺の口から指をゆっくりと引き抜いた。一気に口から入り込む酸素に、俺は自分の意思とは関係なく肩を大きく上下させる。

「はあっ……ん、シキ……」

「いい顔をするね、滴は」

「んっ……んんぅ」

 そう言って、シキは俺の口を再び塞ぐ。けれど今度は自分のそれで、だ。

 絡みつく舌はまるで俺を味わうよう……少しだけ苦味を感じるのはきっと直前までコーヒーを飲んでいたからだろう。シキはコーヒーが好きだから。

「ん……んっ、はあっ……シキ、やっ……」

 腹の辺りが涼しくなったと思えば、シキが俺のシャツを下から捲り上げていた。キスをしながら手だけは別で動くこの器用さは俺には真似ができない。片方では俺の腰をがっちりと固定し、もう片方では俺の薄っぺらい胸を露にする。

 男同士だというのに、こんな姿を見られることが何だか恥ずかしい。シキのように男らしくもないこんな身体だ。劣等感を抱かずにはいられない。

 そんな俺の感情をシキは蔑ろにするかのように、俺の胸の突起を弄り出した。きゅっと摘ままれる右側のそれ。それだけでプツンと尖りを見せると、今度はほぐすように指の腹で撫でられる。ぞわぞわとした何かが胸元から走って、俺の腰は引けてしまう。でも逃げることは許されない。シキの力はとても強いから。

 キスをされていた口元が少しだけ離れると、その隙に俺は自然と……とてもやらしいことを口走っていた。

「そっち……だけ、や…………は、反対、も……触って……」

 その懇願に、シキはクスッと笑う。ちゅっと唇を吸われると、シキは俺の耳元で「いい子」と囁いた。ビクン、と身体が大きく揺れる。頭がぼうっと、熱を持ち始めた。

「シャツが下がらないよう、ちゃんと自分で上げてなさい」

「う、ん……」

 シキの言う通り、俺は両手を使い捲られているシャツを胸の上で押さえた。傍から見れば俺がシキに自分の胸を見せつけているようだ。実際、そうだけど。

 シキは身体を屈めると、その唇を俺の胸元へと落とした。はあ……、と。俺の口から吐息が漏れる。

 右側はそのまま指で弄られながら、反対の方はシキの口で弄られ出した。シキは突起を唇で軽く食むと、そこから舌で丹念に舐め転がす。ザラリとした感触が気持ちいい。俺が声を出しながら喘ぎ始めると、シキがその反応を面白がるように突起へ歯を当てた。

「……んっ、はあ……や、噛まな……で……」

「嘘はいけないよ、滴。お前はこうして苛められる方が好きだろう?」

「ちが……あぅっ!」

 否定しようとすると、シキがキュッと前歯でそれを噛んだ。ジン……と痛みが走りつつも、歯が離される瞬間が気持ち良かった。それがシキには見透かされている。噛んだ後のそこを、今度は慰めるように唇で吸われた。

「んん……シ……キ……きもち、い……あ、ん……」

「そう。素直でいい子だ」

「ん……」

「こんなに甘い顔をさせて……本当におねだりが上手になったね」

 シキはそう言うと、俺の首元に吸いつきつつ腰のベルトへ手を伸ばし、片手で器用に外した。そして俺の昂るアレを解放する為、ジーンズのジッパーを下ろすとそのまま下着ごと一緒に下ろした。

 反り立つ陰茎からは既に先走りが溢れている。どうしてこんなにも堪らなくなるのか、自制の効かない自分が嫌だった。でも、シキはそれが愉しいのか、俺のそんな様を見ても静かに笑うだけだ。

 シキが俺の脚の間に自身の右脚を挿し込むと、下ろした俺のジーンズと下着を踏みつけた。俺はシャツから手を離すと、シキの両肩に手を添えてそこから脚を交互に引き抜く。

 ああ、今日はするんだ……そう思うと、陰茎の奥にあるあの部分から何かが溢れた気がした。アイスクリームを食べたせいでそれまで痛かった腹も、気にならなくなっていた。

 早く触れて欲しい。気持ちが昂ってしょうがなかった。
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