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シキ
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しおりを挟むそれまで自分の姿を目にしたことがなく、俺を愛でる老人しか人を知らなかった俺にとって、シキは初めて目にした他の人間だった。
黒い髪に、青い瞳。そして老人とは違うハリのある肌色。
老人によって裸にされ、身体を犯されている状態の俺を目にして、シキは蔑んだ目をしていた。
俺を愛でる邪魔をされた老人がシキに向かって何かを喚いていた気がする。正確な台詞は覚えていない。
「これは私のものだ」「邪魔をするな」「誰にも渡さん」
そう言ってシキの前に立ちはだかり、これでもかと怒鳴り散らかしていた。
シキの傍には羽柴さんがいた。今では冷静沈着な彼がこの時は歯を食い縛り、怒りのような悲しみのような、そんな感情が入り混ざった顔で俺を見ていた。
ぼんやりとその光景を眺めていると、気づけば老人がその場で倒れていた。何が起きたのかわからなかった。
ああ、そこで寝ては駄目だよ。老人に対してそんなことを思いながら、やっぱりぼんやりと椅子に座ったままでいると、シキが俺に近づいた。顔を上げると、それまで冷たい目をしたシキがうっすらと微笑んだ。
あの頃、読んでいた絵本のライオンに彼が似ていたからか。綺麗だな……そう思った。
そしてシキは俺を腕に包んで抱き上げてくれた。生まれて初めての他人からの行為だった。
「初めまして。私はシキ。さあ、ここから出ようね」
ここから出る。
俺はこの台詞の意味がわからなかった。何故なら俺にとっての世界は、この檻の中で終わっていたからだ。
だから俺は……。
「僕を食べても、きっと美味しくないよ」
初めてこの人にかけた言葉がそれだった。だって絵本の中のライオンは人間を攫ってパクパクと食べていたから。
シキによって外に出された後すぐのことは、よく覚えていない。
俺は見知らぬ人間に戸惑い恐怖を覚え、ずっと震えていた。シキは俺が怖がらないよう、優しく背中を撫でてくれていたというのに。
いったい何処へ連れていかれるのか。今度は何をされるのか。俺は未知に怯えていた。
それでも、あれほど毎日眺めていた空がなんだか急に近くなったような……そんな気はしていた。
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