【完結】檻の中の劣等種

天白

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 ――――…



 翌朝。

「へー……目玉焼きって、焼いてる最中に水を入れるんだ」

「入れない作り方もありますが、滴様はまずこのやり方を覚えましょうね」

「うん。覚えた」

 羽柴さんがキッチンで俺に目玉焼きの作り方を教えてくれた。昨日は一人で目玉焼きを作ったが故に黒焦げにした上、フライパンそのものも駄目にしてしまったからだ。

 きっと料理本を読んで勝率が五分と言った俺に、これではシキの腹がやられてしまうと危惧したんだろう。

 ちなみに俺は黒焦げにした時点で食べられないと判断して、卵に謝ってから残飯用のゴミ箱に入れようとしたんだけどね……シキが俺のお手製だからって食べちゃったんだよ。だから俺は悪くない。うん。

 今日からしばらく、次の転校先が決まるまで学校はない。それは羽柴さんも同様で、昨日までの学生としての姿はない。スーツに身を包み、本来の姿で接してくれる。時間に余裕があるから、こうして朝からシキの住まいに来て俺に料理を教えてくれるんだ。

 しかしすごいな、羽柴さんは。何でもできるんだな。

「羽柴さんができないことってあるの?」

「たくさんありますよ」

「たくさん?」

「ええ。たくさん」

 とてもそうは思えない。余裕の返し方。これが大人か。

「羽柴さんって、何歳だっけ?」

「滴様より上で、シキより下ですね」

「……むう」

 シキもだけど、羽柴さんも謎が多い。

「それよりも、滴様。つかぬことをお聞きしますが」

 羽柴さんが真ん丸な半熟目玉焼きをフライパンから皿に乗せると、それを俺に手渡しながら尋ねた。

「何?」

「身体の方は大丈夫なのですか?」

「身体?」

 そう聞かれて俺は自分の額に手を当てる。熱はない。朝もちゃんと起きられたし、不調なところはない筈だ。

「絶好調」

「さようですか」

 にこりともしない俺に、羽柴さんは苦笑する。うん。ムードメーカーな武虎も嫌いじゃないけど、こっちの羽柴さんは静かで落ち着くな。

「シキが無理を強いるようでしたら、私に連絡してくださいね。滴様の為ならばすぐに駆けつけます」

 そう言って、ニコリと微笑んでくれた。

「ああ。賑やかだと思えば、羽柴が来ていたのか」

 ちょうどシキが起きてリビングへとやって来た。朝はいつも俺の方が早くて、シキは少しだけお寝坊さんだ。でも俺と違って欠伸をしながら入ったりはしない。起き抜けだというのに、シキからはだらしなさを感じない。

 羽柴さん、そして俺の順にシキへと挨拶する。

「おはようございます。シキ」

「おはよう、シキ」

「おはよう。滴」

 けれどシキは羽柴さんには何も言わず、俺だけに挨拶を返した。そして俺に近づくと、腰を抱いて自分に引き寄せながら目玉焼きの乗った皿を見た。

「これは滴が作ったの?」

「ううん。これは……」

「滴様でございます」

 俺が皿を持っていたからだと思うけど、シキが勘違いをしてそう尋ねた。俺がやったのは皿に卵を割って、フライパンを熱しただけ。後は羽柴さんが俺にやり方を教えてくれたから、これは間違いなく羽柴さんのお手製なんだけど……何故か俺のお手製になってしまった。

 シキが俺から皿を取り上げ、嬉しそうに笑った。

「そう。昨日の目玉焼きも斬新で味わい深かったけど、これは私のよく知るものだね。楽しみだな」

 昨日の失敗したあれ、シキには美味しかったのかな?

 シキに促されて共にダイニングテーブルへ向かい、いつも座る自分の椅子に腰を下ろすと、羽柴さんが給仕をしてくれた。流れるような手際でその他のおかず――サラダにスープ、それからトーストを並べられて、見事な朝食ができ上がる。

 うわぁ。こんなに豪勢で美味そうな朝食、久しぶりかも。

 ホカホカのそれらを前にして、俺とシキが手を合わせて食べ始めるのを確認すると、羽柴さんがスマホのスケジュール画面を確認しながらシキへと伝えた。

「シキ。これから一時間後に取材が入っています。朝食を済ませたら、早めの準備を」

「ああ、わかっている」

 シキは羽柴さんに見向きもせずに答えた。そういえば、取材ってどういう取材なんだろう? シキがたくさん仕事をしているのは聞いたことがあるけれど、どんな仕事をやっているのか多過ぎてよくわかっていない。テレビはこの家にはないから芸能ニュースにも疎いし。

 思いきって聞いてみようか。

「ねえ、シキ。前の学校で女子が雑誌を見て騒いでいたよ。シキは何の雑誌に出ているの?」

 俺が尋ねると、シキは食事の手を止めて頤に手を添えながら宙を見上げた。

「さあ、何だったかな」

 それは忘れるくらい、いろんなのに出ているってこと? それとも、シキが忘れっぽいだけ?

 トーストを齧ると、羽柴さんが俺にある提案をしてくれた。

「お知りになりたいのであれば、午後から私と本屋へ行きましょうか。きっとびっくりされますよ」

「びっくり?」

 首を傾げるとシキが「それはいいね」と言った。何だろう?

 シキは艶やかな笑みを浮かべた。

「ふふ。滴に見られると思うとゾクゾクするね」



 「滴」END
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