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滴
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しおりを挟む「し……」
「嘘っ!? カツラギシキ!?」
シキの名を呼ぼうとしたところ、何故か驚く桜木に遮られた。でも、彼女の口からは今朝方女子が騒いでいたあの桂木シキの名前が……ん? ああ、そうか。ようやく気がついた。
あまりにもカツラギと連呼しているから勝手に桂木と思い込んでしまっていたけれど、彼女達が堂々と間違えていただけなのか。
そしておそらく、当人であるシキ自身もそのことに気づいたんだろう。彼女の間違いにシキは……
「クズシロをカツラギと思い込むなど……愚鈍だな」
「えっ?」
俺には絶対にかけることのない低い声音で一蹴した。
すると俺の後孔に指を挿れていた男子がそれを引き抜き、ベッドから降りてシキへと近づいた。
「し、き……」
「おいおい。誰だよ、コイツ……がっ!?」
ドン! と壁に何かが当たる大きな音。ゆっくり体を起こすと、俺を犯していた男子が床に倒れていた。ピクピクと身体を痙攣させ、口から泡のような白い液体を吐いている。
さらに仮眠室のドア付近にはもう一人、別の男子が倒れていた。さっきの短い悲鳴はあのカメラを向けていた男子か。
「あ……ああっ……」
残った男子が床に尻餅をついてシキを見上げ、口をパクパクと開閉させた。シキは彼を見下ろすと、
「口が閉まらないのか? まるで壊れた玩具だな」
そう言って容赦なく下から顎を蹴った。声にならない悲鳴を上げて、その男子もまた床に倒れ込んだ。
聞いたことのない音がした。顎の関節が壊れたのかもしれない。とても痛そうだ。
倒れる三人を憐れに思っていると、シキが俺の頬に手を宛がい、顔を上げさせた。
「可哀想に。痛かっただろう」
ああ……いつもの優しいシキだ。その優しい微笑みに俺は、心の中で安堵の息を吐く。
シキは自分の着ていたコートを脱いで俺に被せると、そのまま俺を抱きかかえた。もう子供じゃないのに。内心、そう思いながらも俺はシキの首に腕を回した。
「シキ……」
「車を校舎裏に駐めてある。さあ、帰ろうね」
「うん」
俺の耳元で優しく囁く声が心地良い。シキの匂いと体温が俺の頭を溶かしていく。
そんな多幸感を味わい始めたばかりだというのに、
「う、うぁ……いやあああっ!」
桜木が悲鳴を上げながら部屋を飛び出していった。
あ、どうしよう。彼女のスマホには俺の裸が……
「シキ。彼女のスマホに俺の……」
「大丈夫だよ。すぐに彼が来るから」
俺を抱いたまま優雅に歩き出すシキ。転がる一人の脚を踏みつけボキリという音を鳴らしながら仮眠室を出ると、桜木が生徒会室の外――廊下向こうにいる誰かに向かって助けを求めていた。
「た、助けて! 羽柴君っ!」
「武虎?」
廊下には武虎がいた。桜木は彼のブレザーにしがみついて懇願している。
一方、シキに抱きかかえられた俺の姿を武虎が目にするや否や、彼は嘆息しながら目を伏せた。
「公ちゃん……」
「羽柴君っ、お願い! たすけ……ぎゃっ!?」
言い終える前に桜木の身体が撥ね飛ばされた。少なくとも、俺の目にはそう映った。
鈍い音と共に地面へ倒れ込む桜木。そして彼女は腹を手で押さえながら、盛大に吐瀉物を撒き散らした。
「うえっ、うっ、げええっ!」
身体が弛緩して口からだけでなく下からも漏らしてしまったらしい。汚物に塗れ苦しむ桜木の姿を見下ろす武虎は、クラスのムードメーカーとは思えない程の冷酷な顔つきで彼女に言い放った。
「気安く私に触れるな。下衆が」
武虎は彼女を尻目に俺達の下まで来ると、シキに向かって頭を下げる。
「羽柴。運転を」
「はい。シキ」
武虎はブレザーを脱ぎ、前髪を掻き上げると学生としての顔を取り去った。そして本来の、葛城シキの直属の部下としての羽柴武虎へと戻る。
「たけ……羽柴さん」
「校内では武虎とお呼びくださいませ、滴様」
そこにはもう、ムードメーカーとしての人懐こい笑みはない。その代わりに、俺だけに向ける柔らかな表情を向けてくれた。
学生に扮しつつもシキの部下として働くなんて、やっぱり阿呆なくらいタフでないとやっていられないんだろうな。
――――…
校舎裏に駐めてある車に乗り込むまでに、学校の理事長やら校長やらが出てきて、みんな汗を拭きつつ矢継ぎ早にシキへと話しかけた。けれど、シキの「後にしてくれないか」の一言で彼らはあっさりと引き下がった。後に続く武虎――羽柴さんが代わりに何かを指示すると、彼らもまた他の先生方に向けて何かを指示していく。事態の収拾だろうけど、まるで伝言ゲームだ。
移動する間、たくさんの視線を浴びせられた。シキの腕の中にいる俺を覗く人達から逃れたくて、彼の胸に顔を埋めた。そんな様子の俺にシキは、「大丈夫だよ」と言って俺の頭に口づける。
駐車場へ着き、シキは車の後部座席に俺を乗せると、彼もまたその隣へ乗り込んだ。羽柴さんもまた流れるような早さで運転席へ乗り込むと、すぐに車のエンジンをかけた。
シキが俺の顔を優しく持ち上げ、被せるように唇を重ねた。
「……んぅ」
何も言わずにシキは俺の唇の間に舌を挿し込んだ。口の中を切っているからか、いつもよりうんと優しく扱われる。
「ん……んんっ……」
時折角度を変えて、シキは俺の口の中を味わうように舌を絡ませた。ザラリとした感触が擽ったくてもどかしい。シキの行為が俺の腹の下を刺激する。
ズクン、と俺の中で何かが弾けた。
「ん、ぁ……シ、キ…………んっ、ん……」
次第に息が詰まりそうになる。でもシキの舌が放してくれない。シキの胸を押さえようとすると、逆に腰を強く引き寄せられた。
トロリと流れる温かな液体が口から溢れて首筋へと伝った。それすらもシキは自分のものにしようと、一瞬だけ唇を離して零れる先から舐め取った。
弾む呼吸を繰り返す俺に再び唇を重ねると、今度は啄むように唇を当てて、ようやく俺を解放する。
すっかり湿った俺の唇に親指を添えると、拭うように優しく撫でてくれた。
「頑張ったね」
カッと胃の辺りが熱くなる。シキの微笑みがそうさせた。
いつの間にか発進していた車にも気づかず、俺は自分の口元を手で覆い隠しながらシキから視線を逸らした。
「……水で濯いでない」
誰のものかもわからない射精を俺は口で受け止めた。吐いたとはいえ、口腔は臭いとか不味いとか、そういうレベルではない最悪の状態だ。
それをわかっていて、シキは全部を拭う為にこうしたんだろう。サラリと言える彼が不思議で仕方ない。
「帰ったら私が濯いであげよう」
シキは俺の頭を撫でた。でも、もう一方の腕は……
「ん……シキ、ここ……」
「全く……こんな紛い物をお前に使うとは」
「あっ……」
先程まで男子に犯されていた俺の後孔へと指を埋める。クチュクチュと粘つく水音が、車内で静かに響いた。
羽柴さんが運転しているから僅かに車のモーター音が聞こえるとはいえ、この水音は彼の耳にも入っていることだろう。
けれど羽柴さんは何も言わない。シキがする全てに対し、彼は何も言わない。この車内に確かに存在するというのに、彼は自分の存在感を消していた。
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