【完結】檻の中の劣等種

天白

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 ――――…

「うん。そう……だから今のところもこれ以上は無理みたい。ごめんなさい」

 昼休憩。教室外の渡り廊下にある電灯から少し外れた場所で一人、携帯電話片手にした俺がいた。クールぶっているつもりはないけれど、謝るのなら少しでもいいから申し訳なさそうにすればいいのにと、自分で自分に突っ込んだ。

 電話向こうの相手は「謝ることはないよ」と優しさを乗せた声で言葉を紡ぐ。淡々と伝える俺とは違い、感情の度合いを声だけで伝えられる人間はすごいな。常々そう思う。

 通話を終えると、俺はシキからもらった携帯電話を眺めた。

 俺ももっと感情を表に出せるようになれれば、人間らしくなるのだろうか? この数年、何度か試してみようとするものの、なかなか上手くできないでいる。若い筈なのに、既に表情筋が死んでしまっているのではないかとさえ思う。

 やはり劣等種だからなのか。周りに誰もいないのをいいことに、盛大に溜め息を吐いた。

 劣等種とは、稀少種の男性のことを指す時に用いられる俗称だ。血液型がX2マイナスかつ男性として生を受ければ、問答無用で劣等種の烙印を押される。その理由は二つあり、うち一つは生殖能力を持たないことに起因する。稀少種の女性は生殖能力に問題はないのに対し、何故か男は子を成せない身体で産まれる。原因は明らかとなっていない。

 もう一つは能力の欠落。どのような例があるのか、これはその例すら明らかにされていない。X2マイナスの血液型を持つ俺自身でいえば感情表現の欠落。これのように思う。あとは視力か。

 口端を両指で押さえ、少しだけ持ち上げてみる。

「……難しい」

 みんなどうやってこれを自然にやってんの。大きな溜め息を吐いた……その時。

「おい、クズ」

「……え?」

 何だと振り返ると三人の男子学生がいた。ブレザーの制服なのに三人ともノーネクタイ。ガタイは良いが素行はどう見ても良くない方だろう。髪色も、茶髪の武虎よりも人工的に明るくしている。校章は一学年先輩の紫色。道理で見たことのない顔だと思った。で、誰?

「何か、用ですか?」

「クズってのは、お前か?」

「は?」

 いつの間に俺は初対面の相手に屑呼ばわりされるほど落ちぶれてしまったというのか。違いますと答える前に、もしやと思い当たることを口にした。

「あの、俺はクズじゃなくてクズシ……」

 しかし言うや否や、いきなり胸倉を掴まれ、無理やり相手側へと引き寄せられた。

 グンと近づく顔。ヤニ臭い口元に思わず眉を顰めた。

「な、なに……」

「ちょっとツラ、貸せよ」

 俺がいったい何をしたというのか。

 この、ツラ貸せよって台詞に、良い思いをした試しがない。

 その後、三人に連れていかれた先は、この時間は使われていない生徒会室。ファイルや資料がラックに整頓された、いかにもな仕事部屋だ。でも目的はここじゃなく、その先にある部屋。俺はその中へ押し込められるように背中を押された。

 手をついて床に倒れ込むと、後ろからせせら笑う声が俺を囲んだ。

「なあ、本当にいいんだよな?」

「ああ」

「じゃあ手っ取り早く済ませっか」

 手を痛めて立てないでいる俺の腕を連中が強引に掴み上げると、その近くにある簡易ベッドへ押し倒す。なるほど。ここは仮眠室なのか。

 それがわかるのと同時に、俺はかけていた眼鏡を乱暴に取られた。その時に額の皮膚を引っ掻かれたらしい。ピリッと焼けるような痛みが走る。

 ぼんやりとした視界には三人の男がいるということ以外、はっきりとわからなくなった。「へぇ」と感心した声が誰かの口から漏れる。

「アイツの言っていたこと、ホントだったんだな」

「うっは……これなら俺、イケるわ」

「けどよ、野郎だろ? 無理だって……」

「じゃあ、てめえはそこでスマホでも用意しとけよ」

 リーダー格っぽい男の声が俺の上に落とされた。ついでに跨るように身体も乗っけてきた。この三人がどちらの行動を選んだのか、それがようやくわかると俺の腰に巻いているベルトが外され始めた。そして別の男が俺の頭辺りに近づくと、「歯を立てたら殺す」と言って俺の口に何かを突っ込んだ。

「んぐっ!?」

 むあっと鼻が曲がるような酷い臭いが、口から鼻にかけて込み上げた。舌にはゴリゴリとヒダのようなものが前後するように押し当てられ、口端から唾液が溢れ始めた。

 腹の下ではスラックスのジッパーが下ろされ、穿いている下着と共に脚から乱暴に引き剥がされる。急に下肢が冷たさを覚え、反射的に内股になるも、それを強引に割り開かれて臀部を持ち上げられた。

「ははっ。おい、見てみろよ。コイツのアレ、ちっせーの!」

「はぁっ……カメラっ、写真と……動画、撮っとけよっ……」

「ハアハア言ってんじゃねえよ。きめーよ」

 カシャカシャと鳴るタップ音。スマホのカメラで俺の局部は何枚も撮られているらしい。おいおい、勘弁してくれ。

 喉奥にゴツゴツと男のアレを押しつけられて胃の方から嘔吐感が込み上げる。昼に何も食べなくて良かった……切にそう思った。

「なあ、ここにローションとか、代わりになるもんねえか?」

「それならここにあるわよ」

 三人の男子以外に、聞き慣れた女の声が耳に入ってきた。誰だと思う間もなく、「彼女」はクスクスと笑って俺に嘲笑を浴びせた。

「ひっどい顔。流石はクズね」

「おい、桜木。お前、ここに来ていいのかよ。コイツと同じクラスだろ」

「あら、何の為にカメラを用意してんのよ」

「ひっでぇ女! 稀少種ってのはこんなんばっかかよ」

「その女のお陰で美味しい思いをさせてあげてるの、忘れてないわよね?」

 ああ、やっぱり朝のあれは見間違えじゃなかったのか。

 桜木公。彼女は俺と目が合うと誰にも聞こえないよう、僅かに唇だけを動かした。

『クズ』

 それは俺の名字を揶揄して言ったものではなく、どうやら人を貶す方の意味合いだったらしい。これが同じ稀少種なのかと思うと涙が出てくる……あ、もう既に出ているか。

「んんっ……ぐっ、んむう……!」

「はっ、はっ……ああ、やべっ……なんかも……出そっ……」

「は? 早くね、お前……」

「やべ、イくっ……くうっ!」

 射精された。臭いなんてものじゃない。ズルリとアレを引き抜かれるのと同時に、俺は口の中の物を吐き出した。

「おえっ……げほげほっ」

「きったねえな! 吐いてんじゃねえよ!」

 バシッと顔を殴られる。ぐわんぐわんと目の前が回った。結構、痛い。

「酷い顔に不細工が増したわね。壁紙にしよっかな~」

 桜木が愉快そうにスマホを俺に向けた。性悪なんてものじゃない。彼女は性根が腐っている。

 だらりと垂れる唾液に赤い鮮血が混じっているのが見えた。口の中を切ったらしい。痛さが増した気がした。

 ぐったりする俺を気にする様子は誰にもなく。どころかさらに事を進めようと、俺の後孔にヌルリとした何かを塗りつける。滑りの良くなった指を孔の中に埋められ、小さな声が俺から漏れた。

「あっ……っ、はあっ……」

「おいおい……コイツ、まさか感じてんのか?」

「きっも!」

「でも……カメラ越しだけどコイツ……なんかイイ、よ」

「うっは! 何、お前。目覚めちゃった?」

「ちげえよ! そうじゃねえ……そうじゃねえ、けど……」

 ゴクリと誰かの喉が鳴った。でも、そんなのどうでもいい。抜き挿しされる指が気持ち悪い。何だ、この異物感。

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪いっ。

「なあ、ホントいいのかよ? 後で訴えられたりとか……」

「アンタ、馬鹿なの? その為に撮ってんでしょ。それにこのクズ……劣等種だもの。私程じゃないけど、顔だけはそこそこいいのよ。それ以外に何の取り柄もない。社会の役にも立たないようなクズもクズよ。少しは稀少種と呼ばれる私の暇潰し程度には役に立って欲しいわよ」

 桜木が何かほざいている。劣等種だから何だって?

 確かに俺には何もない。何もないどころか、シキには面倒をかけてばかりだ。感情もロクに表に出せない。金ばかり出させてしまっていて、料理だって勝率は五分。改めて考えると相当酷い。

 それでもシキは俺を手離さない。感情を表に出せなくても、俺に代わってシキが微笑みかけてくれる。金だって惜しまれたことはない。今朝だって黒焦げにした目玉焼きを、全部食べてくれた。

 劣等種の俺を受け入れてくれた。檻の中から引き摺り出してくれた、あの時から。

「……し……き」

「何か言った?」

「さあ? それよりこのローション、すべえ滑って……あ? 何だ、コレ」

「どうしたの?」

「いや……コイツのケツの前に何か……」

 ゴッ!

「ぎゃっ!?」

 ……何、だ?

 誰かの悲鳴が聞こえた。たぶん、男子の誰か。その前に、すごく鈍い音が聞こえた気もするけれど……

 うっすらと開く瞼。視線を泳がせると、キラリと光る青が二つ。俺の目に飛び込んだ。

「迎えに来たよ。滴」

 全身黒ずくめの、長身の男。特徴は青い目だった。

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