4 / 74
滴
3
しおりを挟む――――…
「うん。そう……だから今のところもこれ以上は無理みたい。ごめんなさい」
昼休憩。教室外の渡り廊下にある電灯から少し外れた場所で一人、携帯電話片手にした俺がいた。クールぶっているつもりはないけれど、謝るのなら少しでもいいから申し訳なさそうにすればいいのにと、自分で自分に突っ込んだ。
電話向こうの相手は「謝ることはないよ」と優しさを乗せた声で言葉を紡ぐ。淡々と伝える俺とは違い、感情の度合いを声だけで伝えられる人間はすごいな。常々そう思う。
通話を終えると、俺はシキからもらった携帯電話を眺めた。
俺ももっと感情を表に出せるようになれれば、人間らしくなるのだろうか? この数年、何度か試してみようとするものの、なかなか上手くできないでいる。若い筈なのに、既に表情筋が死んでしまっているのではないかとさえ思う。
やはり劣等種だからなのか。周りに誰もいないのをいいことに、盛大に溜め息を吐いた。
劣等種とは、稀少種の男性のことを指す時に用いられる俗称だ。血液型がX2マイナスかつ男性として生を受ければ、問答無用で劣等種の烙印を押される。その理由は二つあり、うち一つは生殖能力を持たないことに起因する。稀少種の女性は生殖能力に問題はないのに対し、何故か男は子を成せない身体で産まれる。原因は明らかとなっていない。
もう一つは能力の欠落。どのような例があるのか、これはその例すら明らかにされていない。X2マイナスの血液型を持つ俺自身でいえば感情表現の欠落。これのように思う。あとは視力か。
口端を両指で押さえ、少しだけ持ち上げてみる。
「……難しい」
みんなどうやってこれを自然にやってんの。大きな溜め息を吐いた……その時。
「おい、クズ」
「……え?」
何だと振り返ると三人の男子学生がいた。ブレザーの制服なのに三人ともノーネクタイ。ガタイは良いが素行はどう見ても良くない方だろう。髪色も、茶髪の武虎よりも人工的に明るくしている。校章は一学年先輩の紫色。道理で見たことのない顔だと思った。で、誰?
「何か、用ですか?」
「クズってのは、お前か?」
「は?」
いつの間に俺は初対面の相手に屑呼ばわりされるほど落ちぶれてしまったというのか。違いますと答える前に、もしやと思い当たることを口にした。
「あの、俺はクズじゃなくてクズシ……」
しかし言うや否や、いきなり胸倉を掴まれ、無理やり相手側へと引き寄せられた。
グンと近づく顔。ヤニ臭い口元に思わず眉を顰めた。
「な、なに……」
「ちょっとツラ、貸せよ」
俺がいったい何をしたというのか。
この、ツラ貸せよって台詞に、良い思いをした試しがない。
その後、三人に連れていかれた先は、この時間は使われていない生徒会室。ファイルや資料がラックに整頓された、いかにもな仕事部屋だ。でも目的はここじゃなく、その先にある部屋。俺はその中へ押し込められるように背中を押された。
手をついて床に倒れ込むと、後ろからせせら笑う声が俺を囲んだ。
「なあ、本当にいいんだよな?」
「ああ」
「じゃあ手っ取り早く済ませっか」
手を痛めて立てないでいる俺の腕を連中が強引に掴み上げると、その近くにある簡易ベッドへ押し倒す。なるほど。ここは仮眠室なのか。
それがわかるのと同時に、俺はかけていた眼鏡を乱暴に取られた。その時に額の皮膚を引っ掻かれたらしい。ピリッと焼けるような痛みが走る。
ぼんやりとした視界には三人の男がいるということ以外、はっきりとわからなくなった。「へぇ」と感心した声が誰かの口から漏れる。
「アイツの言っていたこと、ホントだったんだな」
「うっは……これなら俺、イケるわ」
「けどよ、野郎だろ? 無理だって……」
「じゃあ、てめえはそこでスマホでも用意しとけよ」
リーダー格っぽい男の声が俺の上に落とされた。ついでに跨るように身体も乗っけてきた。この三人がどちらの行動を選んだのか、それがようやくわかると俺の腰に巻いているベルトが外され始めた。そして別の男が俺の頭辺りに近づくと、「歯を立てたら殺す」と言って俺の口に何かを突っ込んだ。
「んぐっ!?」
むあっと鼻が曲がるような酷い臭いが、口から鼻にかけて込み上げた。舌にはゴリゴリとヒダのようなものが前後するように押し当てられ、口端から唾液が溢れ始めた。
腹の下ではスラックスのジッパーが下ろされ、穿いている下着と共に脚から乱暴に引き剥がされる。急に下肢が冷たさを覚え、反射的に内股になるも、それを強引に割り開かれて臀部を持ち上げられた。
「ははっ。おい、見てみろよ。コイツのアレ、ちっせーの!」
「はぁっ……カメラっ、写真と……動画、撮っとけよっ……」
「ハアハア言ってんじゃねえよ。きめーよ」
カシャカシャと鳴るタップ音。スマホのカメラで俺の局部は何枚も撮られているらしい。おいおい、勘弁してくれ。
喉奥にゴツゴツと男のアレを押しつけられて胃の方から嘔吐感が込み上げる。昼に何も食べなくて良かった……切にそう思った。
「なあ、ここにローションとか、代わりになるもんねえか?」
「それならここにあるわよ」
三人の男子以外に、聞き慣れた女の声が耳に入ってきた。誰だと思う間もなく、「彼女」はクスクスと笑って俺に嘲笑を浴びせた。
「ひっどい顔。流石はクズね」
「おい、桜木。お前、ここに来ていいのかよ。コイツと同じクラスだろ」
「あら、何の為にカメラを用意してんのよ」
「ひっでぇ女! 稀少種ってのはこんなんばっかかよ」
「その女のお陰で美味しい思いをさせてあげてるの、忘れてないわよね?」
ああ、やっぱり朝のあれは見間違えじゃなかったのか。
桜木公。彼女は俺と目が合うと誰にも聞こえないよう、僅かに唇だけを動かした。
『クズ』
それは俺の名字を揶揄して言ったものではなく、どうやら人を貶す方の意味合いだったらしい。これが同じ稀少種なのかと思うと涙が出てくる……あ、もう既に出ているか。
「んんっ……ぐっ、んむう……!」
「はっ、はっ……ああ、やべっ……なんかも……出そっ……」
「は? 早くね、お前……」
「やべ、イくっ……くうっ!」
射精された。臭いなんてものじゃない。ズルリとアレを引き抜かれるのと同時に、俺は口の中の物を吐き出した。
「おえっ……げほげほっ」
「きったねえな! 吐いてんじゃねえよ!」
バシッと顔を殴られる。ぐわんぐわんと目の前が回った。結構、痛い。
「酷い顔に不細工が増したわね。壁紙にしよっかな~」
桜木が愉快そうにスマホを俺に向けた。性悪なんてものじゃない。彼女は性根が腐っている。
だらりと垂れる唾液に赤い鮮血が混じっているのが見えた。口の中を切ったらしい。痛さが増した気がした。
ぐったりする俺を気にする様子は誰にもなく。どころかさらに事を進めようと、俺の後孔にヌルリとした何かを塗りつける。滑りの良くなった指を孔の中に埋められ、小さな声が俺から漏れた。
「あっ……っ、はあっ……」
「おいおい……コイツ、まさか感じてんのか?」
「きっも!」
「でも……カメラ越しだけどコイツ……なんかイイ、よ」
「うっは! 何、お前。目覚めちゃった?」
「ちげえよ! そうじゃねえ……そうじゃねえ、けど……」
ゴクリと誰かの喉が鳴った。でも、そんなのどうでもいい。抜き挿しされる指が気持ち悪い。何だ、この異物感。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪いっ。
「なあ、ホントいいのかよ? 後で訴えられたりとか……」
「アンタ、馬鹿なの? その為に撮ってんでしょ。それにこのクズ……劣等種だもの。私程じゃないけど、顔だけはそこそこいいのよ。それ以外に何の取り柄もない。社会の役にも立たないようなクズもクズよ。少しは稀少種と呼ばれる私の暇潰し程度には役に立って欲しいわよ」
桜木が何かほざいている。劣等種だから何だって?
確かに俺には何もない。何もないどころか、シキには面倒をかけてばかりだ。感情もロクに表に出せない。金ばかり出させてしまっていて、料理だって勝率は五分。改めて考えると相当酷い。
それでもシキは俺を手離さない。感情を表に出せなくても、俺に代わってシキが微笑みかけてくれる。金だって惜しまれたことはない。今朝だって黒焦げにした目玉焼きを、全部食べてくれた。
劣等種の俺を受け入れてくれた。檻の中から引き摺り出してくれた、あの時から。
「……し……き」
「何か言った?」
「さあ? それよりこのローション、すべえ滑って……あ? 何だ、コレ」
「どうしたの?」
「いや……コイツのケツの前に何か……」
ゴッ!
「ぎゃっ!?」
……何、だ?
誰かの悲鳴が聞こえた。たぶん、男子の誰か。その前に、すごく鈍い音が聞こえた気もするけれど……
うっすらと開く瞼。視線を泳がせると、キラリと光る青が二つ。俺の目に飛び込んだ。
「迎えに来たよ。滴」
全身黒ずくめの、長身の男。特徴は青い目だった。
0
お気に入りに追加
133
あなたにおすすめの小説
【完結】ワンコ系オメガの花嫁修行
古井重箱
BL
【あらすじ】アズリール(16)は、オメガ専用の花嫁学校に通うことになった。花嫁学校の教えは、「オメガはアルファに心を開くなかれ」「閨事では主導権を握るべし」といったもの。要するに、ツンデレがオメガの理想とされている。そんな折、アズリールは王太子レヴィウス(19)に恋をしてしまう。好きな人の前ではデレデレのワンコになり、好き好きオーラを放ってしまうアズリール。果たして、アズリールはツンデレオメガになれるのだろうか。そして王太子との恋の行方は——?【注記】インテリマッチョなアルファ王太子×ワンコ系オメガ。R18シーンには*をつけます。ムーンライトノベルズとアルファポリスに掲載中です。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~
ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。
*マークはR回。(後半になります)
・毎日更新。投稿時間を朝と夜にします。どうぞ最後までよろしくお願いします。
・ご都合主義のなーろっぱです。
・第12回BL大賞にエントリーしました。攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。
腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手)
・イラストは青城硝子先生です。
宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
【完結】恋愛経験ゼロ、モテ要素もないので恋愛はあきらめていたオメガ男性が運命の番に出会う話
十海 碧
BL
桐生蓮、オメガ男性は桜華学園というオメガのみの中高一貫に通っていたので恋愛経験ゼロ。好きなのは男性なのだけど、周囲のオメガ美少女には勝てないのはわかってる。高校卒業して、漫画家になり自立しようと頑張っている。蓮の父、桐生柊里、ベータ男性はイケメン恋愛小説家として活躍している。母はいないが、何か理由があるらしい。蓮が20歳になったら母のことを教えてくれる約束になっている。
ある日、沢渡優斗というアルファ男性に出会い、お互い運命の番ということに気付く。しかし、優斗は既に伊集院美月という恋人がいた。美月はIQ200の天才で美人なアルファ女性、大手出版社である伊集社の跡取り娘。かなわない恋なのかとあきらめたが……ハッピーエンドになります。
失恋した美月も運命の番に出会って幸せになります。
蓮の母は誰なのか、20歳の誕生日に柊里が説明します。柊里の過去の話をします。
初めての小説です。オメガバース、運命の番が好きで作品を書きました。業界話は取材せず空想で書いておりますので、現実とは異なることが多いと思います。空想の世界の話と許して下さい。
俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!
汀
BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる