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滴
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しおりを挟む「きゃー! シキ様カッコいい~!!」
ドキッとした。ちょうどシキの顔を思い浮かべていたところに、女子の甲高い声が轟いた。
横目で様子を窺えば、机の上で雑誌を広げて見開きいっぱいの写真に向かってうっとりしている。好きな芸能人でも載っているんだろうか? ここからじゃよく見えない。
「もうカッコよすぎっ……!」
「尊いよぉ!」
「カツラギシキ様~!」
カツラギ? 桂木か? シキはシキでもシキ違いか。俺の同居人は桂木じゃない。桂木シキ……カツラギシキ……そんな芸能人がいるのか?
まあいいや。俺は再び料理本を読み始める。だし巻き玉子の出汁の合わせ方で止まっていた。……ああ、早く食べたい。
しかしちょうど予鈴が鳴り始め、俺は小さく舌打ちする。武虎の絡みと女子の悲鳴さえなければだし巻き玉子は完成したというのに……仕方ない。続きは授業後だな。
本を閉じて机の中に片づける。周りはなおも談笑していた。教師が来るまでなら自由にしていても構わないということか。男子達と盛り上がっている武虎も戻る様子を見せないでいるし……。
そして先程の女子達も、雑誌の中の桂木シキとやらに頬を赤らめたままでいた。
「ホントに同じ人間なの? シキ様に抱かれるなら死んだっていいっ」
「顔も良くてスタイルも良くて背も高いだなんて! その上超がつく程のお金持ち……最高だわ! 結婚した~い!」
「アンタが結婚? おこがましいわよ! シキ様は稀少種から生まれたお方なんだから!」
稀少種。
その単語に、ピクリと指が反応した。これもシキと出会うまで知らなかったことだ。
稀少種とは、ヒト科でありながらヒト科と少しだけ異なるとされる人間のこと。白人や黒人、黄色人といった人種とはまた別で、違いの一つにその人間の持つ能力がある。
能力とはいっても念力や霊感といった類いの超能力ではない。それは五感がずば抜けて優れていたり、身体能力または知能指数が平均以上に高かったりと、もともと備わっている能力がより優れているだけのことだ。また人によって優れている能力は様々で、一貫して稀少種がこういう人間だとは定義できないまだまだ未知の存在ではあるものの、判断の共通項として体内に流れる特殊な血液型があった。
稀少種のみにしか流れない――X2マイナスタイプ。この血液型の人間は等しく稀少種として括られた。
現存している稀少種のはっきりとした人数はまだわかっておらず、都心の学校に一人いたらレアだと喜んでいいらしい。またその稀少種が子を宿してもその血液型がそのまま遺伝するわけではないものの、何代か後に突然生まれることもある為、謎が多い存在だ。
そしてこの桂木シキは稀少種から生まれた人間だという。稀少種の血を受け継ぐことはなくとも、稀少種から生まれたというだけで並みの人間より能力は優れている場合が多い。この桂木シキも雑誌に載るような人間だ。きっと何かしら秀でているんだろう。普段は気位の高い部類の子達がうっとりしているくらいだからな。
「やっぱり普通の人間と違うよね~。纏っているオーラが違うっていうか」
「稀少種ってみんな顔がいいって言うもん。これもやっぱりお母様の遺伝なのよ!」
「ほんと。これがもしも劣等種なんて言ったら……」
「そんなわけないじゃない! シキ様は最高傑作よ! 劣等種なんて二度と口にしないで!」
「わ、わかってるわよ。そんなに怒らないでよ……」
よくもまあ、他人事でこうも熱くなれるもんだな。直接の知り合いでもないだろうに、憶測だけで話が進められるなら退屈なんてものとは無縁なんだろうな。
しかし劣等種ね。抱かれたいだの、結婚したいだの言っているから桂木シキは男なんだろうけど……ないな。その桂木シキが本当に劣等種なら、雑誌に載るどころかその存在自体を消されていることだろう。
何故なら、劣等種は……
「もう、みんな。席に着いて。先生、とっくに来てるわよ」
「桜木さん~!」
凛とした声が教室内に響き渡った。
桜木公。古風な名前の彼女は真珠を上からまぶしたような綺麗な黒髪と、一度見たら忘れられないような可愛らしい顔の持ち主だ。成績は常にトップクラスでありながらそれを決してひけらかしたりはしない武虎同様クラスの……いや、校内きっての人気者。男子にとっては高嶺の花。
そして彼女に対して、みんなが一目置く最大の理由が。
「シキ様は劣等種ではないわ。だって私、直接お会いしたんだもの」
「えっ!? 本当!?」
「シキ様に!?」
ふーん。芸能界のアイドルデビューも目前っていうあの噂、ホントなのか。いや、桂木シキが何処で何をしてらっしゃる人なのか、全く知らないけど。
桜木はふんわりと柔らかい笑みを浮かべ、しかし毅然と言い切った。
「もしもシキ様が劣等種なら匂いでわかるわ。確かに男性だけど、シキ様は違うの。だから安心して。ね?」
「桜木さんがそう言うのなら間違いないわね」
「なんたって稀少種だもの」
そう。学校に一人いればレアだと喜んでいいその一人が彼女だ。例の如く桜木は五感が優れており、自称犬並みの嗅覚で桂木シキを劣等種ではないと判断したらしい。すごいな。
「公ちゃん、サイコー! 俺と付き合って♪」
「残念だけど羽柴君。お断りよ♪」
「冷たいっ! でもそこがいいっ!」
ホント、武虎は朝からテンション高いな。これで一日持つのってどうなの。阿呆じゃないの。
「はいはい。みんな、着席しなさい。授業を始めますよ」
教師のかけ声でみんながそれぞれ席に着き始める。半泣きの武虎が渋々席に着く様子を、頬杖つきながら眺めていると、こちらに向ける別の視線に気がついた。
桜木だった。目が合うと、彼女がにっこりと微笑みを浮かべた。何だ? 彼女の口元が動く。
「○○」
すぐに彼女は自分の席へ着いたけれど……
「ヤバいな……」
俺が劣等種だってこと、匂いで気づかれたか?
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