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第二章
ようこそ、異世界へ 1
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ーーーー…
(今日で、最後になるんだな……)
シャキン、シャキン、と。交差し擦れる刃物の音が、レイヴンの背後へとにじり寄る。刃は目の前の自分を映すほどの光沢感を乗せており、見るからによく手入れがされてある。指の一本くらいは容易く切り落とすことができるだろうと、レイヴンは想像しただけで、背筋に妙な緊張感が走った。ゴクリ、と喉が鳴る。
今のレイヴンは、椅子に座る形で身体を固定されている。それは接着剤をつけられているわけでも、縄で縛られているわけでもないが、首から下にまるで拘束具のように全身を覆う布地が巻きつけられている為、身動きが取れないでいる。その上、両腕はそれぞれの肘置きに乗せられ、布地の上からギュッと他者の手で押さえられていた。
シャキン、と刃物が自身の後頭部に添えられる。ビクッと肩を竦めると、咎めるような声が下から飛んだ。
「うごかない」
「……っ」
手元には、全身が緑色の矮躯な人物達が、揃って金色の目をギョロリとこちらへ向けた。呼吸自体は許されているはずなのだが、レイヴンは息を止めるように下唇を軽く噛んだ。
「め、とじる」
言われるがまま、続けてレイヴンは両目を強く瞑った。
「きる。はじめる」
抑揚のないその掛け声とともに、背後からシャキン、と再び刃物が交差する音が鳴り響いた。
シャキン、シャキン。シャキッ、シャキッ、シャキッ。
その時間は永遠のようにも、一瞬のことのようにも感じられた。
自身の周りをぐるりと一周した刃物は、レイヴンから重さを取り除いていった。自分から自分の一部だったものが、バサバサと地に落ちていく。レイヴンには、上がらないはずの悲鳴が聞こえる気がしていた。
痛みはないが、切られたものは布地越しに肩や腕を伝った。無情にも次々と切り落とされていくのを肌で感じながら、レイヴンは複雑な感情を抱いた。それは寂しいようでもあり、哀しいようでもあり、嬉しいようでもあったからだ。
シャキン、と。それはレイヴンの額で鳴り止んだ。
「あい。できあがり」
ふと、背後から満足そうな声が上がった。レイヴンは閉じていた瞼をそっと開ける。すると、目の前には懐かしさを感じさせる自身の姿があった。
「おお。バッサリいったなぁ」
少し離れたところから、聞き馴染みのある声が感嘆の声を上げた。レイヴンは声の主を視認すると、「はい」と小さく頷いた。
押さえられていた手が外れ、頭同様に軽くなる。身体に掛けられていた布地も取り外され、レイヴンは全身を映す姿見を見つめながら、涼しく感じる自身の首筋に触れた。
「こんなに短くなったのは、四年ぶりです……」
鴉の濡羽色のような黒い髪。そこから名付けられたレイヴンという呼び名だった。そんな自身を縛り続けた鎖のような長いそれを、たった今、切り落とした。自身の象徴とも言うべきそれと、決別したのだ。
不揃いだった前髪も、眉より少し下のところで切り揃えられ、視界が明るく感じられた。後ろは項を隠す程度には長さを残してもらったが、それは正解だったとレイヴンは口元を緩ませる。あまり短すぎては、軽くてどこかへ飛んでいってしまいそうな気がしたからだ。
コツコツと革靴の底を鳴らしながらレイヴンへと近づく人物は、赤い髪の毛先をくるりと指先に絡ませながら、納得したように頷いた。
「やっぱりオレが切るよりも、ゴブリンがやって正解だったな。うん。よく似合っているよ」
「まおーさま、へた。ごぶりん、じょうず。まかせる」
「はいはい。どうせオレは下手ですよ」
そう言う彼ーーシンの口元は、緩やかな弧を描いている。
(今日で、最後になるんだな……)
シャキン、シャキン、と。交差し擦れる刃物の音が、レイヴンの背後へとにじり寄る。刃は目の前の自分を映すほどの光沢感を乗せており、見るからによく手入れがされてある。指の一本くらいは容易く切り落とすことができるだろうと、レイヴンは想像しただけで、背筋に妙な緊張感が走った。ゴクリ、と喉が鳴る。
今のレイヴンは、椅子に座る形で身体を固定されている。それは接着剤をつけられているわけでも、縄で縛られているわけでもないが、首から下にまるで拘束具のように全身を覆う布地が巻きつけられている為、身動きが取れないでいる。その上、両腕はそれぞれの肘置きに乗せられ、布地の上からギュッと他者の手で押さえられていた。
シャキン、と刃物が自身の後頭部に添えられる。ビクッと肩を竦めると、咎めるような声が下から飛んだ。
「うごかない」
「……っ」
手元には、全身が緑色の矮躯な人物達が、揃って金色の目をギョロリとこちらへ向けた。呼吸自体は許されているはずなのだが、レイヴンは息を止めるように下唇を軽く噛んだ。
「め、とじる」
言われるがまま、続けてレイヴンは両目を強く瞑った。
「きる。はじめる」
抑揚のないその掛け声とともに、背後からシャキン、と再び刃物が交差する音が鳴り響いた。
シャキン、シャキン。シャキッ、シャキッ、シャキッ。
その時間は永遠のようにも、一瞬のことのようにも感じられた。
自身の周りをぐるりと一周した刃物は、レイヴンから重さを取り除いていった。自分から自分の一部だったものが、バサバサと地に落ちていく。レイヴンには、上がらないはずの悲鳴が聞こえる気がしていた。
痛みはないが、切られたものは布地越しに肩や腕を伝った。無情にも次々と切り落とされていくのを肌で感じながら、レイヴンは複雑な感情を抱いた。それは寂しいようでもあり、哀しいようでもあり、嬉しいようでもあったからだ。
シャキン、と。それはレイヴンの額で鳴り止んだ。
「あい。できあがり」
ふと、背後から満足そうな声が上がった。レイヴンは閉じていた瞼をそっと開ける。すると、目の前には懐かしさを感じさせる自身の姿があった。
「おお。バッサリいったなぁ」
少し離れたところから、聞き馴染みのある声が感嘆の声を上げた。レイヴンは声の主を視認すると、「はい」と小さく頷いた。
押さえられていた手が外れ、頭同様に軽くなる。身体に掛けられていた布地も取り外され、レイヴンは全身を映す姿見を見つめながら、涼しく感じる自身の首筋に触れた。
「こんなに短くなったのは、四年ぶりです……」
鴉の濡羽色のような黒い髪。そこから名付けられたレイヴンという呼び名だった。そんな自身を縛り続けた鎖のような長いそれを、たった今、切り落とした。自身の象徴とも言うべきそれと、決別したのだ。
不揃いだった前髪も、眉より少し下のところで切り揃えられ、視界が明るく感じられた。後ろは項を隠す程度には長さを残してもらったが、それは正解だったとレイヴンは口元を緩ませる。あまり短すぎては、軽くてどこかへ飛んでいってしまいそうな気がしたからだ。
コツコツと革靴の底を鳴らしながらレイヴンへと近づく人物は、赤い髪の毛先をくるりと指先に絡ませながら、納得したように頷いた。
「やっぱりオレが切るよりも、ゴブリンがやって正解だったな。うん。よく似合っているよ」
「まおーさま、へた。ごぶりん、じょうず。まかせる」
「はいはい。どうせオレは下手ですよ」
そう言う彼ーーシンの口元は、緩やかな弧を描いている。
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