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第一章
蜂蜜よりも甘いもの… 6
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ーーーー…
部屋中に独特な乳臭さと甘みを帯びた匂いが充満する中、コトコトと煮込まれた鍋の肉を食べながら、シンがしみじみと感想を口にする。
「なるほど。これが野趣あふれる味というやつか。アクもたくさん出たし、レイヴンの言う通り鍋と別に茹でて正解だったな」
「もう少し長く煮れば、もっと柔らかくなったかも……ですね」
「充分、美味いよ。出汁もよく出たし、山菜やキノコともよく合っている。しかし余った肉をどうするか……」
「あ、燻製にするのはどうですか?」
「そうしよう。保存もできるし、旨味も凝縮される」
初めて食する熊鍋は歯応えがあり、野性味のあるものだった。旨味が強く、好みがはっきりと分かれそうなものだが、好き嫌いのないレイヴンと、何でも「美味い」と言って食べるシンは、夢中で鍋を平らげた。珍しく、少食のレイヴンも箸が止まらなかったほどだ。
岩魚に続き、普段ならば食すどころか得ることもできない豪華な食事を口にしたこともそうだが、何より誰かと共に食事をすることが、レイヴンにとってより美味しく感じられた理由だろう。
出涸らしの温かい茶を啜りながら、シンは自身の腹を擦った。
「食った、食った。ごちそうさま」
「はい。ごちそうさまでした」
「すっかり腹の傷も良くなってきたことだし、これならあと三日……いや、二日くらいでここから出られそうだな」
レイヴンは一呼吸分を置いてから、「良かった」と微笑みを乗せて返した。
「随分と世話になった。ありがとうな」
「いいえ」
礼を言うシンに首を振ってから、レイヴンは目の前の食器を片付け始めた。
あと二日。共にいられる残りの日数をシンの口から改めて聞かされ、表情に翳りを見せるレイヴン。はじめは助けたい一心で小屋に連れ込んだだけのシンの存在が、次第に心休まるものへと変わっていった。怪我が治り次第、すぐに村から出て行って欲しいと願っていたというのに、今ではその逆を望んでいる自分に腹が立つ。身勝手で利己的な欲を満たす為だけに、優しいシンを利用したのだ。願っていいはずがなかった。
空となった椀を重ね、箸を二膳掴んだ。その時だった。
「レイヴン……」
ふと、顔の上に影が落ちた。見上げるとシンの顔がすぐそこにある。
神妙な面持ちで近づく彼を前に、ドキンと心臓が跳ねた。
「あ、あの……何か?」
またキスをされるのだろうか? そんな予想が頭を過ぎり、両頬が熱を持ったように赤くなる。おずおずとシンを見つめつつ、ぎゅっと箸を握り込んだ。
すると、シンはレイヴンの顔から逸れると、彼の耳元へと唇を寄せて囁くように言った。
「……外のやつは、知り合いか?」
「え……?」
聞かれるや否や、小屋の扉を破かれんばかりにドンドン! と激しく叩かれた。「ヒッ!」と小さな悲鳴がレイヴンから上がるも、その口を両手で塞ぎつつ、そろりと背後を振り返った。
連続で容赦なく叩かれるそれは、明らかに人為的に行われている。動物によるものでないことに安堵しつつ、今度はそれを誰が行っているのかという不安が押し寄せた。
部屋中に独特な乳臭さと甘みを帯びた匂いが充満する中、コトコトと煮込まれた鍋の肉を食べながら、シンがしみじみと感想を口にする。
「なるほど。これが野趣あふれる味というやつか。アクもたくさん出たし、レイヴンの言う通り鍋と別に茹でて正解だったな」
「もう少し長く煮れば、もっと柔らかくなったかも……ですね」
「充分、美味いよ。出汁もよく出たし、山菜やキノコともよく合っている。しかし余った肉をどうするか……」
「あ、燻製にするのはどうですか?」
「そうしよう。保存もできるし、旨味も凝縮される」
初めて食する熊鍋は歯応えがあり、野性味のあるものだった。旨味が強く、好みがはっきりと分かれそうなものだが、好き嫌いのないレイヴンと、何でも「美味い」と言って食べるシンは、夢中で鍋を平らげた。珍しく、少食のレイヴンも箸が止まらなかったほどだ。
岩魚に続き、普段ならば食すどころか得ることもできない豪華な食事を口にしたこともそうだが、何より誰かと共に食事をすることが、レイヴンにとってより美味しく感じられた理由だろう。
出涸らしの温かい茶を啜りながら、シンは自身の腹を擦った。
「食った、食った。ごちそうさま」
「はい。ごちそうさまでした」
「すっかり腹の傷も良くなってきたことだし、これならあと三日……いや、二日くらいでここから出られそうだな」
レイヴンは一呼吸分を置いてから、「良かった」と微笑みを乗せて返した。
「随分と世話になった。ありがとうな」
「いいえ」
礼を言うシンに首を振ってから、レイヴンは目の前の食器を片付け始めた。
あと二日。共にいられる残りの日数をシンの口から改めて聞かされ、表情に翳りを見せるレイヴン。はじめは助けたい一心で小屋に連れ込んだだけのシンの存在が、次第に心休まるものへと変わっていった。怪我が治り次第、すぐに村から出て行って欲しいと願っていたというのに、今ではその逆を望んでいる自分に腹が立つ。身勝手で利己的な欲を満たす為だけに、優しいシンを利用したのだ。願っていいはずがなかった。
空となった椀を重ね、箸を二膳掴んだ。その時だった。
「レイヴン……」
ふと、顔の上に影が落ちた。見上げるとシンの顔がすぐそこにある。
神妙な面持ちで近づく彼を前に、ドキンと心臓が跳ねた。
「あ、あの……何か?」
またキスをされるのだろうか? そんな予想が頭を過ぎり、両頬が熱を持ったように赤くなる。おずおずとシンを見つめつつ、ぎゅっと箸を握り込んだ。
すると、シンはレイヴンの顔から逸れると、彼の耳元へと唇を寄せて囁くように言った。
「……外のやつは、知り合いか?」
「え……?」
聞かれるや否や、小屋の扉を破かれんばかりにドンドン! と激しく叩かれた。「ヒッ!」と小さな悲鳴がレイヴンから上がるも、その口を両手で塞ぎつつ、そろりと背後を振り返った。
連続で容赦なく叩かれるそれは、明らかに人為的に行われている。動物によるものでないことに安堵しつつ、今度はそれを誰が行っているのかという不安が押し寄せた。
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