37 / 68
第一章
蜂蜜よりも甘いもの… 4
しおりを挟む
その後すぐ、レイヴンは持参していた水で傷口を濯ぐと、手拭いを巻いて簡単な止血を施した。レイヴンの治癒能力を以ってしても、自分自身の傷は癒せない。なんとも皮肉な能力だとシンが苦笑するも、当の本人はあまり気にしていなかった。
レイヴンとシンは小屋へ戻った。さほど重くならなかった籠を背負うレイヴンは、熊を仕留めたシンをどうやって手伝おうかと思案した。自分の何倍もの重さがある熊を、橇も台車もない状況で山の上まで運ぶなど、無謀にも程がある。
(そもそも、どうやってここまで運んできたんだろう?)
一応、シンに尋ねると彼からの回答は実にシンプルなもので、「引き摺っていく」の一択だった。仮にそれを行ったとして、踏ん張りでもしたらせっかく閉じた傷口がまた開いてしまうのではないかと、レイヴンは内心冷や冷やした。それが杞憂に終わったのは、シンが予想に反して軽々と熊を引き摺り、呼吸を乱すことなく小屋の前まで着いた後だったが。
まるで重力など無視しているかのような不思議な光景に、レイヴンは驚くと同時に感心していた。思い返せば、シンは最初から不思議な人間だった。驚異的な回復力を見せたり、占い師のような予知能力を発揮したりと、普通の人間ならばありえないことを平然とやってのける。
もしかしたら、自分のような特別な力がシンにもあるのかもしれない……そう考えつつも、シン本人に尋ねることが躊躇われた。
真実を知ったところで、シンはこの村を出ていく身だ。変な仲間意識が芽生えないよう、意識的に制止をかけていた。
「さて」
熊から手を離したシンは、近くの川から汲んだ水を盥に張ると、小屋の中から包丁を一本取り出した。
「今から熊を捌くんだが……やったことあるか?」
「僕は魚と、蛙や兎くらいしか経験がないです……」
「だろうな。じゃあ、オレがやるから。レイヴンには鍋の支度をお願いするよ」
言いながら、シンは着物を脱ぎ、元から穿いていた下衣を残して上体の肌を顕にする。丈の合っていないそれが熊を捌くのに煩わしかっただけかもしれないが、わざわざ丁寧に折り畳むその様子に、父の形見を汚さまいとする気遣いを感じたレイヴンは、密かに心和んだ。
腹の傷口も痕は目立つものの、ほとんど塞がっている。これならば、あと三日もあれば完治するだろう。
レイヴンは斜め上を見上げた。
「えっと……熊のお鍋って、山菜やキノコとも合うんでしょうか?」
「ん~……」
初めて食すものに対するふとした疑問に、今度はシンが宙を見上げた。
お互いがしばし考え込むも、諦めたのかシンの出した結論が。
「肉なら何でも合うんじゃねえの?」
と、身も蓋もないものだったせいか、レイヴンは一瞬きょとんとした後、くしゃりと破顔した。
「ふっ……ふふっ。あははっ!」
口元を両手で抑えつつもクスクスと笑うその様は、花が咲いたようだった。
レイヴンとシンは小屋へ戻った。さほど重くならなかった籠を背負うレイヴンは、熊を仕留めたシンをどうやって手伝おうかと思案した。自分の何倍もの重さがある熊を、橇も台車もない状況で山の上まで運ぶなど、無謀にも程がある。
(そもそも、どうやってここまで運んできたんだろう?)
一応、シンに尋ねると彼からの回答は実にシンプルなもので、「引き摺っていく」の一択だった。仮にそれを行ったとして、踏ん張りでもしたらせっかく閉じた傷口がまた開いてしまうのではないかと、レイヴンは内心冷や冷やした。それが杞憂に終わったのは、シンが予想に反して軽々と熊を引き摺り、呼吸を乱すことなく小屋の前まで着いた後だったが。
まるで重力など無視しているかのような不思議な光景に、レイヴンは驚くと同時に感心していた。思い返せば、シンは最初から不思議な人間だった。驚異的な回復力を見せたり、占い師のような予知能力を発揮したりと、普通の人間ならばありえないことを平然とやってのける。
もしかしたら、自分のような特別な力がシンにもあるのかもしれない……そう考えつつも、シン本人に尋ねることが躊躇われた。
真実を知ったところで、シンはこの村を出ていく身だ。変な仲間意識が芽生えないよう、意識的に制止をかけていた。
「さて」
熊から手を離したシンは、近くの川から汲んだ水を盥に張ると、小屋の中から包丁を一本取り出した。
「今から熊を捌くんだが……やったことあるか?」
「僕は魚と、蛙や兎くらいしか経験がないです……」
「だろうな。じゃあ、オレがやるから。レイヴンには鍋の支度をお願いするよ」
言いながら、シンは着物を脱ぎ、元から穿いていた下衣を残して上体の肌を顕にする。丈の合っていないそれが熊を捌くのに煩わしかっただけかもしれないが、わざわざ丁寧に折り畳むその様子に、父の形見を汚さまいとする気遣いを感じたレイヴンは、密かに心和んだ。
腹の傷口も痕は目立つものの、ほとんど塞がっている。これならば、あと三日もあれば完治するだろう。
レイヴンは斜め上を見上げた。
「えっと……熊のお鍋って、山菜やキノコとも合うんでしょうか?」
「ん~……」
初めて食すものに対するふとした疑問に、今度はシンが宙を見上げた。
お互いがしばし考え込むも、諦めたのかシンの出した結論が。
「肉なら何でも合うんじゃねえの?」
と、身も蓋もないものだったせいか、レイヴンは一瞬きょとんとした後、くしゃりと破顔した。
「ふっ……ふふっ。あははっ!」
口元を両手で抑えつつもクスクスと笑うその様は、花が咲いたようだった。
1
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】
しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。
歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。
【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】
※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。
※重複投稿しています。
カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614
小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる