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第一章
少しだけ、穏やかな日々 4
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そして目の前の男はそれに当てられていないかのように、けろりとしながらレイヴンへ指摘する。
「その場しのぎとはいえ、できない約束はするもんじゃないな」
「……っ」
一層低い声音で言われ、レイヴンはぎくりとした。図星だったからだ。
キスをして回復を促すくらいなら、身体を裂いて血を分け与える方が何倍も気が楽で、慣れているからだ。ことそれが村の男相手なら、間違いなく後者一択だ。
(キスは嫌だ……したくない。でも……シンさんのは……)
同じ行為でも、村の男達とシンのそれは、天と地ほども差があった。
心地よく、気持ちよく、同時にあんなに甘えたような声が出るのかと知って恥ずかしかった。知らない自分を引きずり出され、戸惑いよりも羞恥の方が勝る。
それなのに不思議と、不快ではなかった。
「なあ」
「は、はい……」
「なんか、焦げ臭くない?」
「え!?」
慌てて暖炉へ振り返ると、鍋からはプスプスと煙が上がっていた。
暖炉から鍋を離しつつ中身を確認すると、やはりというべきか底が黒く焦げ付いてしまっている。レイヴンは落胆を含ませた息を吐き、かろうじて無事だった上澄みの部分を掬って深めの椀に盛り付けた。その上から卵を割り入れるも、ところどころに焦げが混じり、見栄えが悪い。
それでも一人分は無事だったことに安堵しつつ、シンに差し出した。
「ちょっと焦げちゃいましたけど、もう食べられます」
「面白いくらい黒いな。この辺とか」
「すみません。なるべく取り除いたんですが……」
慎重に調理をしていたレイヴンの邪魔をしたのはシンなのだが、レイヴンはペコペコと頭を下げる。
起きてしまったことを悔やんでいても仕方がない。レイヴンは自身の昼食を諦め、代わりに山羊の乳を温めることにしたのだが……。
「はい。ここ」
匙と椀を持ったシンがベッドの際に座り、レイヴンを呼び寄せる。トントン、と指で示されるのは割り開かれたシンの脚だ。
それが何を意味するのか、即座にわかったレイヴンはフルフルと首を振った。
「だ、駄目です。だって、僕……」
子供じゃない。そう言いたかったが、「何?」と言わんばかりのシンの顔に、レイヴンは反論するだけ無駄だと悟り、渋々といった様子でシンの下まで近付いた。
「その……ほん、とうに?」
シンを窺うと、「おいで」と誘いざなわれた。諦めたレイヴンは「失礼します」と断りを入れてから、シンの片脚の上に腰を下ろした。
シンから向かって横向きに座るレイヴン。緊張よりも申し訳無さが先に立つせいか、シンの前で元より小さな身体をさらに縮こませた。
「僕……重くない、ですか?」
「全然」
依然、変わらぬ態度で椀の中身を匙で掬うシンは、黒く焦げた部分が入ったそれを、冷ますことなく口の中へと入れた。
「うん。香ばしくて美味いな、これ」
苦いだろうに、心底味を楽しんでいるかのようにそれを咀嚼しつつ、もう一匙分を掬う。しかし今度は焦げた部分が入っていないそれを、息を吹きかけてからレイヴンの口元まで近付ける。
「あの、これ……」
「ほら、レイヴン。あーん」
「へっ!?」
予想だにしなかったシンの行動に、レイヴンは驚いて声を上げた。
あからさまに戸惑うレイヴン。シンの顔と差し出されるそれを交互に見比べていると、「ほら、冷めるから」と急かされ、控えめながらも口を開け、差し出される匙を咥えた。
「あむ…………もぐもぐ……」
シンはレイヴンの口からゆっくりと匙を引き抜くと、咀嚼しつつも口元を綻ばせる彼を見て、自身もまた微笑みを浮かべた。
「その場しのぎとはいえ、できない約束はするもんじゃないな」
「……っ」
一層低い声音で言われ、レイヴンはぎくりとした。図星だったからだ。
キスをして回復を促すくらいなら、身体を裂いて血を分け与える方が何倍も気が楽で、慣れているからだ。ことそれが村の男相手なら、間違いなく後者一択だ。
(キスは嫌だ……したくない。でも……シンさんのは……)
同じ行為でも、村の男達とシンのそれは、天と地ほども差があった。
心地よく、気持ちよく、同時にあんなに甘えたような声が出るのかと知って恥ずかしかった。知らない自分を引きずり出され、戸惑いよりも羞恥の方が勝る。
それなのに不思議と、不快ではなかった。
「なあ」
「は、はい……」
「なんか、焦げ臭くない?」
「え!?」
慌てて暖炉へ振り返ると、鍋からはプスプスと煙が上がっていた。
暖炉から鍋を離しつつ中身を確認すると、やはりというべきか底が黒く焦げ付いてしまっている。レイヴンは落胆を含ませた息を吐き、かろうじて無事だった上澄みの部分を掬って深めの椀に盛り付けた。その上から卵を割り入れるも、ところどころに焦げが混じり、見栄えが悪い。
それでも一人分は無事だったことに安堵しつつ、シンに差し出した。
「ちょっと焦げちゃいましたけど、もう食べられます」
「面白いくらい黒いな。この辺とか」
「すみません。なるべく取り除いたんですが……」
慎重に調理をしていたレイヴンの邪魔をしたのはシンなのだが、レイヴンはペコペコと頭を下げる。
起きてしまったことを悔やんでいても仕方がない。レイヴンは自身の昼食を諦め、代わりに山羊の乳を温めることにしたのだが……。
「はい。ここ」
匙と椀を持ったシンがベッドの際に座り、レイヴンを呼び寄せる。トントン、と指で示されるのは割り開かれたシンの脚だ。
それが何を意味するのか、即座にわかったレイヴンはフルフルと首を振った。
「だ、駄目です。だって、僕……」
子供じゃない。そう言いたかったが、「何?」と言わんばかりのシンの顔に、レイヴンは反論するだけ無駄だと悟り、渋々といった様子でシンの下まで近付いた。
「その……ほん、とうに?」
シンを窺うと、「おいで」と誘いざなわれた。諦めたレイヴンは「失礼します」と断りを入れてから、シンの片脚の上に腰を下ろした。
シンから向かって横向きに座るレイヴン。緊張よりも申し訳無さが先に立つせいか、シンの前で元より小さな身体をさらに縮こませた。
「僕……重くない、ですか?」
「全然」
依然、変わらぬ態度で椀の中身を匙で掬うシンは、黒く焦げた部分が入ったそれを、冷ますことなく口の中へと入れた。
「うん。香ばしくて美味いな、これ」
苦いだろうに、心底味を楽しんでいるかのようにそれを咀嚼しつつ、もう一匙分を掬う。しかし今度は焦げた部分が入っていないそれを、息を吹きかけてからレイヴンの口元まで近付ける。
「あの、これ……」
「ほら、レイヴン。あーん」
「へっ!?」
予想だにしなかったシンの行動に、レイヴンは驚いて声を上げた。
あからさまに戸惑うレイヴン。シンの顔と差し出されるそれを交互に見比べていると、「ほら、冷めるから」と急かされ、控えめながらも口を開け、差し出される匙を咥えた。
「あむ…………もぐもぐ……」
シンはレイヴンの口からゆっくりと匙を引き抜くと、咀嚼しつつも口元を綻ばせる彼を見て、自身もまた微笑みを浮かべた。
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