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第一章
少しだけ、穏やかな日々 1
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当初は飄々と軽口を叩いていたシンも、容態が悪くなった後はあっという間に深い眠りへついた。
自分を抱いたまま眠ってしまったシンからなんとか逃れたレイヴンは、その後も付きっきりでシンを看病した。その間も、日が暮れる頃には村へ足を運び、男達に抱かれては小屋へ戻ることを繰り返した。疲労を感じる身体に鞭を打ち、死んだように眠るシンの身体に触れる日々を過ごした。
次にシンが目覚めたのはそれから三日後のことだった。いくらレイヴンが力を使っているとしても、身体を構築する血や肉の源となるものは食事からでしか得られない。彼がいつ目覚めても栄養のある食事をとれるよう、高価な卵や山羊の乳はレイヴンに懸想する村の男からこっそりと分けてもらっていた。もちろん、その代償もタダではない。
見目の良いレイヴンは、顔を傷つけられることがあまりない。一部の男が感情的になって力任せにレイヴンを殴ることもあるが、腫れ上がって誰だかわからない顔になってしまっては興醒めだとして、傷をつける場合は服の下にするよう男達の間で取り決めがなされていた。
シンと出会った時にあった顔の腫れはすでに引き、茹でた卵のような白い肌へと戻っている。しかし、その代わりとも言うべき新しい生傷は、服の下で増えつつあった。
前世の自分は、聖女の力に目覚めてから僅か二年で息を引き取った。今の自分は、力に目覚めてから四年を過ぎたばかりだ。幼少の頃よりも長く感じられる年月だが、過去には最長で八年を生きている為、生を諦めるにはまだまだ早い。
それに今、死を望んだところで救われるわけではない。自分の罪はその次の、さらに次の自分へと受け継がれていく。一時の苦しみから逃れただけでは、真の解放とはならない。そしてそれは、いつ訪れるともわからないのだ。
もうこのまま一生、逃れられないのかもしれない……。すっかり何もかもを諦めているレイヴンだが、今はほんの僅かな希望を抱いていた。シンとの出会いだ。
偶然とはいえ、目の前で大怪我を負ったシンと出会い、聖女としての力を発揮することができた。本来の役目を果たすことで、この世へ生まれてきたことに対する意義を感じられた。
シンを救うことが、村人達への罪滅ぼしになるわけではない。また、この程度のことで自身の罪が許されるとも思っていない。
だが、シンを救うことで、レイヴンは持って生まれたこの力に、初めて誇りと感謝を感じられるような気がしたのだ。
本音を言えば、身体は以前よりも辛いと悲鳴を上げている。以前のような、ただ罰を受けるだけの毎日の方が、気力も体力も残るだろう。
それでも、必要としてくれる人間が自分の帰りを待ってくれていることが、苦境にいるレイヴンの心の支えとなっていた。
しかし五日後の今……
「あの…………シンさん」
「何だ?」
「う……動き辛い……です……」
「そうか。そりゃ大変だな」
「うぅ~……」
目覚め、歩けるようになったシンは厄介だった。レイヴンが食事の用意をしようと作業台の前に立って魚や野菜を切る間、背後に立ってぴったりとくっつき離れない。手元の邪魔にはならないよう最低限の気は配っているつもりなのか、シンの両手はレイヴンの腰に巻かれている。この状況で、普段ならすでに切り終えている材料も、レイヴンは倍の時間をかけて支度していた。
シンの回復にはまだまだ時間がかかるとはいえ、始終傍で触れていなければならないわけではない。それについては口頭でも説明したというのに、シンは「レイヴンの願いを叶える為だから」と言って抱きついてくるのだ。
「それで、今日の昼は何?」
「えっと……いつもの魚とキノコと野草スープに、卵を頂いたのでそれとお米を入れて一緒に煮ようかと……」
「へえ、美味そう」
レイヴンの口から説明される献立に、シンはニコニコと嬉しそうに笑う。
強く言わなきゃ離れない、とレイヴンは心の中でわかっていつつも、常に貼り付いているシンの笑みが口を噤ませてしまうのだ。
結局は今もされるがまま、手にする包丁を食材に向けて等間隔に落としていくしかなかった。
自分を抱いたまま眠ってしまったシンからなんとか逃れたレイヴンは、その後も付きっきりでシンを看病した。その間も、日が暮れる頃には村へ足を運び、男達に抱かれては小屋へ戻ることを繰り返した。疲労を感じる身体に鞭を打ち、死んだように眠るシンの身体に触れる日々を過ごした。
次にシンが目覚めたのはそれから三日後のことだった。いくらレイヴンが力を使っているとしても、身体を構築する血や肉の源となるものは食事からでしか得られない。彼がいつ目覚めても栄養のある食事をとれるよう、高価な卵や山羊の乳はレイヴンに懸想する村の男からこっそりと分けてもらっていた。もちろん、その代償もタダではない。
見目の良いレイヴンは、顔を傷つけられることがあまりない。一部の男が感情的になって力任せにレイヴンを殴ることもあるが、腫れ上がって誰だかわからない顔になってしまっては興醒めだとして、傷をつける場合は服の下にするよう男達の間で取り決めがなされていた。
シンと出会った時にあった顔の腫れはすでに引き、茹でた卵のような白い肌へと戻っている。しかし、その代わりとも言うべき新しい生傷は、服の下で増えつつあった。
前世の自分は、聖女の力に目覚めてから僅か二年で息を引き取った。今の自分は、力に目覚めてから四年を過ぎたばかりだ。幼少の頃よりも長く感じられる年月だが、過去には最長で八年を生きている為、生を諦めるにはまだまだ早い。
それに今、死を望んだところで救われるわけではない。自分の罪はその次の、さらに次の自分へと受け継がれていく。一時の苦しみから逃れただけでは、真の解放とはならない。そしてそれは、いつ訪れるともわからないのだ。
もうこのまま一生、逃れられないのかもしれない……。すっかり何もかもを諦めているレイヴンだが、今はほんの僅かな希望を抱いていた。シンとの出会いだ。
偶然とはいえ、目の前で大怪我を負ったシンと出会い、聖女としての力を発揮することができた。本来の役目を果たすことで、この世へ生まれてきたことに対する意義を感じられた。
シンを救うことが、村人達への罪滅ぼしになるわけではない。また、この程度のことで自身の罪が許されるとも思っていない。
だが、シンを救うことで、レイヴンは持って生まれたこの力に、初めて誇りと感謝を感じられるような気がしたのだ。
本音を言えば、身体は以前よりも辛いと悲鳴を上げている。以前のような、ただ罰を受けるだけの毎日の方が、気力も体力も残るだろう。
それでも、必要としてくれる人間が自分の帰りを待ってくれていることが、苦境にいるレイヴンの心の支えとなっていた。
しかし五日後の今……
「あの…………シンさん」
「何だ?」
「う……動き辛い……です……」
「そうか。そりゃ大変だな」
「うぅ~……」
目覚め、歩けるようになったシンは厄介だった。レイヴンが食事の用意をしようと作業台の前に立って魚や野菜を切る間、背後に立ってぴったりとくっつき離れない。手元の邪魔にはならないよう最低限の気は配っているつもりなのか、シンの両手はレイヴンの腰に巻かれている。この状況で、普段ならすでに切り終えている材料も、レイヴンは倍の時間をかけて支度していた。
シンの回復にはまだまだ時間がかかるとはいえ、始終傍で触れていなければならないわけではない。それについては口頭でも説明したというのに、シンは「レイヴンの願いを叶える為だから」と言って抱きついてくるのだ。
「それで、今日の昼は何?」
「えっと……いつもの魚とキノコと野草スープに、卵を頂いたのでそれとお米を入れて一緒に煮ようかと……」
「へえ、美味そう」
レイヴンの口から説明される献立に、シンはニコニコと嬉しそうに笑う。
強く言わなきゃ離れない、とレイヴンは心の中でわかっていつつも、常に貼り付いているシンの笑みが口を噤ませてしまうのだ。
結局は今もされるがまま、手にする包丁を食材に向けて等間隔に落としていくしかなかった。
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