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第一章
シンという男 5
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村のルールは厳格だ。この村が近隣より迫害されて以降、この村もまた、外からの人間の侵入を拒むようになった。目の前の男は明らかに他村……いや、他国の人間だろう。身元もわからない人間を勝手に助けたとなれば、最悪の場合、殺されてしまうかもしれない。
そしてそれを行ったレイヴン自身も。
(力も、使っちゃったし……)
裂いた親指を隠すように内側へぎゅっと握りしめる。相手の気が失われていたとはいえ、レイヴンは聖なる力を使った。だがその行為は、村が強いるルールの最重要事項。
レイヴンの力は今や、村の外では法度だった。
「止血されているけれど、大怪我をしていることに変わりはないので……あまり、無茶はしない方がいいと思います……」
できればこのまま、誰にも気づかれることなく村から出ていって欲しいところだが、下手に動けば塞がりつつある傷口が開いてしまう。
実際、レイヴンが施せたのは止血までだ。皮膚の表面ないし内部の傷は残ったままで、重傷であることに変わりない。出血が止まっているにしても、男のようにペラペラと話す体力は、本来ならないはずなのだ。
ましてや動くことなど、できるはずもないのだが……。
「よっ」
「嘘……」
男は岩を支えにして立ち上がった。それを目の当たりにしたレイヴンが、信じられないといった様子で呟いた。
「これはなかなか……絶景だな。天国と勘違いするのも無理ねえな」
そう言って目元にかかる前髪をかき上げながら景色を眺める男の顔は、少年のように無邪気だった。綺麗だと思っていた顔ががらりと変わり、可愛いという印象をレイヴンに与えた。
また、倒れている時には気づかなかったが、男はかなりの長身だった。並んで立ったとしても、レイヴンの頭二つ分は高いだろう。おそらく、村の男の誰よりも背が高い。その身体つきも細身であるものの、開いた服から覗く肌はくっきりと浮き上がる筋肉で覆われていた。肩幅も広く、胴体よりも脚が長い。
突如として現れた名前も知らない不思議な男。髪の色をはじめ、顔の形や瞳の色、骨格に加え纏う衣装。それらすべてが異なる彼は、異世界からやって来たのかもしれないと、レイヴンは静かに思った。
「住んでいる家は、この近くなのか?」
「あ…………はい」
「なら、早く帰った方がいい。天気が崩れるから」
空を見上げると明日まで続きそうなほど、いまだ青く晴れている。土の湿った匂いも感じられず、少なくとも、雨の降る様子は感じられない。
視線を戻すと、すでに男はザブザブと脚を動かし移動を始めていた。レイヴンは男の代わりにマントを持ち、慌てて後を追いかける。
「あのっ……どこへ?」
「オレがここにいちゃマズいんだろう? そっちも困っているようだし」
「それは……」
心の内を見透かされ、レイヴンはぐっと押し黙る。男の言う通りだったからだ。
今さら困るくらいならなぜ助けたのかと、レイヴンは葛藤する。
引き止める権利はない。しかし、自分の目の前で死んで欲しくないという身勝手な行動のせいで、男は傷も癒えないままこの山の中を彷徨おうとしているのだ。そうだとわかっていて止められないでいる自分を、歯痒く感じた。
「おっと」
バシャン! と、またも大きな水飛沫が上がった。男の脚が縺れ、倒れてしまったのだ。
「だ、大丈夫っ?」
「あー……まだ本調子じゃないっぽいな……」
「当たり前ですっ……! だって……刺されてるんですよ……?」
レイヴンは駆け寄り、男の腹部に手を当てた。幸い、傷口は開いていない。
ほっと胸を撫で下ろすと、男はなぜか嬉しそうにレイヴンの顔を覗き込んだ。
「串刺し痕は初めて?」
「そ、そんなこと、言ってる場合じゃ……!」
「悪い、悪い。でも、死にかけなんだわ」
怪我を負っている人間の台詞とは思えなかった。なぜ、この人間は笑っていられるのだろう? 今にも死んでしまいそうなほどの酷い状態だというのに、浮かべる笑みは清々しかった。
だが、男の怪我は確実に彼から命を削いでいった。彼は川底に尻餅をつき、レイヴンに向かって満足そうに微笑んだ。
「シン」
「し、ん?」
「オレの名前だよ」
そう言うと、男ーーシンはレイヴンの腫れた頬に手を添える。氷のように冷えたその手は、不覚にも心地よく感じられた。
「最後に出会ってくれて、ありがとうな」
そしてそれを行ったレイヴン自身も。
(力も、使っちゃったし……)
裂いた親指を隠すように内側へぎゅっと握りしめる。相手の気が失われていたとはいえ、レイヴンは聖なる力を使った。だがその行為は、村が強いるルールの最重要事項。
レイヴンの力は今や、村の外では法度だった。
「止血されているけれど、大怪我をしていることに変わりはないので……あまり、無茶はしない方がいいと思います……」
できればこのまま、誰にも気づかれることなく村から出ていって欲しいところだが、下手に動けば塞がりつつある傷口が開いてしまう。
実際、レイヴンが施せたのは止血までだ。皮膚の表面ないし内部の傷は残ったままで、重傷であることに変わりない。出血が止まっているにしても、男のようにペラペラと話す体力は、本来ならないはずなのだ。
ましてや動くことなど、できるはずもないのだが……。
「よっ」
「嘘……」
男は岩を支えにして立ち上がった。それを目の当たりにしたレイヴンが、信じられないといった様子で呟いた。
「これはなかなか……絶景だな。天国と勘違いするのも無理ねえな」
そう言って目元にかかる前髪をかき上げながら景色を眺める男の顔は、少年のように無邪気だった。綺麗だと思っていた顔ががらりと変わり、可愛いという印象をレイヴンに与えた。
また、倒れている時には気づかなかったが、男はかなりの長身だった。並んで立ったとしても、レイヴンの頭二つ分は高いだろう。おそらく、村の男の誰よりも背が高い。その身体つきも細身であるものの、開いた服から覗く肌はくっきりと浮き上がる筋肉で覆われていた。肩幅も広く、胴体よりも脚が長い。
突如として現れた名前も知らない不思議な男。髪の色をはじめ、顔の形や瞳の色、骨格に加え纏う衣装。それらすべてが異なる彼は、異世界からやって来たのかもしれないと、レイヴンは静かに思った。
「住んでいる家は、この近くなのか?」
「あ…………はい」
「なら、早く帰った方がいい。天気が崩れるから」
空を見上げると明日まで続きそうなほど、いまだ青く晴れている。土の湿った匂いも感じられず、少なくとも、雨の降る様子は感じられない。
視線を戻すと、すでに男はザブザブと脚を動かし移動を始めていた。レイヴンは男の代わりにマントを持ち、慌てて後を追いかける。
「あのっ……どこへ?」
「オレがここにいちゃマズいんだろう? そっちも困っているようだし」
「それは……」
心の内を見透かされ、レイヴンはぐっと押し黙る。男の言う通りだったからだ。
今さら困るくらいならなぜ助けたのかと、レイヴンは葛藤する。
引き止める権利はない。しかし、自分の目の前で死んで欲しくないという身勝手な行動のせいで、男は傷も癒えないままこの山の中を彷徨おうとしているのだ。そうだとわかっていて止められないでいる自分を、歯痒く感じた。
「おっと」
バシャン! と、またも大きな水飛沫が上がった。男の脚が縺れ、倒れてしまったのだ。
「だ、大丈夫っ?」
「あー……まだ本調子じゃないっぽいな……」
「当たり前ですっ……! だって……刺されてるんですよ……?」
レイヴンは駆け寄り、男の腹部に手を当てた。幸い、傷口は開いていない。
ほっと胸を撫で下ろすと、男はなぜか嬉しそうにレイヴンの顔を覗き込んだ。
「串刺し痕は初めて?」
「そ、そんなこと、言ってる場合じゃ……!」
「悪い、悪い。でも、死にかけなんだわ」
怪我を負っている人間の台詞とは思えなかった。なぜ、この人間は笑っていられるのだろう? 今にも死んでしまいそうなほどの酷い状態だというのに、浮かべる笑みは清々しかった。
だが、男の怪我は確実に彼から命を削いでいった。彼は川底に尻餅をつき、レイヴンに向かって満足そうに微笑んだ。
「シン」
「し、ん?」
「オレの名前だよ」
そう言うと、男ーーシンはレイヴンの腫れた頬に手を添える。氷のように冷えたその手は、不覚にも心地よく感じられた。
「最後に出会ってくれて、ありがとうな」
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