異世界での監禁デスゲームが、思っていたものとなんか違った

天白

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「ヘルボックス」5

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「問題ねーよ。ただし、勝手に抜いてその犬から怒られんのは、てめぇだぞ。おにーちゃん」

「怒……られる?」

 愉快そうに笑う黒幕の言葉に、手元がピタリと止まった。

 こんなに苦しそうなのに? 楽にして怒られるって、いったいどういうことだ?

 ますます混乱する俺に、黒幕は「それよりも」と、雅の口元を指差した。

「まず、口元のボールギャグを外してやったらどうだ?」

「あ……」

 それもそうかと、俺は言われるがまま、慣れない手つきで雅の口元から猿ぐつわを外した。唾液塗れのボールが糸を引いて離れ、肺にたっぷりの酸素を取り入れた雅は、盛大に咳込んだ。

 俺は大きく揺れる背中を擦りながら、改めて雅の身体を観察した。ゲームステージを退場してから、数時間しか経っていないというのに、雅が一回りほど小さくなったように感じた。それほど、過酷な状況に置かれていたのだろう。特に……

「まだ一日すら経っていないのに、こんなに髪の色が薄くなって……」

 過度なストレスによるものだろう。変わり果てた弟の姿に切なくなる。

 しかし……

「あー、それな」

 と、黒幕が何気ない調子で発した次の台詞に、俺は自分の耳を疑った。

「そいつは"三ヶ月前"から、この『ヘルボックス』にいるからな。日にも当たってないし、色素が抜けたんだよ」

「え……?」

「与えてやった敗者復活戦を、せっかくクリアしたってのによ。お前の弟は自分でここに残ることを決めた。今じゃ、『ヘルボックス』に堕ちた男どもの従順な犬だよ。もう四六時中、色んな種族とヤリま……」

「ちょっ、ちょっと……待ってくれ……!」

 俺は黒幕の言葉を遮った。

「何だよ? 弟がビッチになったことが、信じられないって?」

「ち、違う……聞きたいのは、そこじゃない……」

 今ここで問題なのは、雅が敗者復活戦をクリアしたことでも、あえてこの「ヘルボックス」に残っていることでも、ビッチになったことでもない。

「三ヶ月も前……だって?」

 声が不自然に震えてしまう。そんなはずはない。だって雅が拉致され、ここに閉じ込められたのは、俺やセル達と同じ日だったはずだ。

 ずっと一緒だったんだ。雅だけが三ヶ月も前から、この「ヘルボックス」に落ちるなんて、あり得ないじゃないか!

 それに……

「現に……ぼ、『ボーナス』で俺達に観せただろ! あの時の雅はまだ、髪もこんなに長くなかったし、色だって……!」

「んなもん、録画に決まってんだろ」

「ろ……ろく、が……?」

 元の世界でしか耳にしない単語に、呆然となる。

 いや……いや……だと、しても……。

 だとしても、雅は……弟は……俺達と一緒にいたんだ。それまで一緒だったのが、そっくりの別人でもない限り、そんなこと……そんなこと……!

「信じられないってんなら、本人に確かめてみるといいさ」

「……っ」

 声を機械で変えているとはいえ、嘘を吐いているようには感じられない。そんな黒幕の言葉に従うように、俺は雅に向き直ると彼の肩を揺さぶった。

「おい、雅っ……! 聞こえているかっ?」

「ぅ……」

「雅っ……!」

「う……うる、せぇ……よ……兄、貴……」

 おすわりのポーズで項垂れたままの雅は、その掠れた声に力強さや覇気はないものの、俺の呼びかけに答えてくれた。

 うん。間違いない。これは雅だ。姿は変わり果てていても、俺に対してぶっきらぼうなのは変わらない。俺は大きく安堵した。

「よかった……俺がわかるんだな、雅……!」

「だから……うるせえってんだよ、さっきから……」

「ご、ごめん……」

 反射的に謝る俺に、ジロリと睨む雅は、忌々しそうに言葉を吐き捨てた。

「なんで、兄貴が……ここにいんだよ。てめえ、みたいなグズが……選ばれるわけ、ねえだろが……」

「選ばれる? な、何のことだよ……?」

「……ぅ、者は……俺、だ……てめえが……なれる、わけ……」

 そこまで言うと、雅の身体はぐらりと傾いた。

「雅……!」

 咄嗟に、倒れそうになる彼を支えたものの、それが癪に障ったのか、俺は身体を突き飛ばされた。

「だから……る、せぇんだ……って……てめえは……」

 バランスを崩し、尻もちをついて雅を見つめると、彼はやはり俺を睨んだまま……

「弟の名前……間違えてんじゃねえよ……」

 頭を真っ白にさせる台詞を口にした。

 何……? 名前を……間違える……? 俺が? 弟の名前を……?

 いや……いやいやいや。

「み、雅……? お前、何を言って……」

「ゲホッ……み、"ミヤビ"は……」

 そして。

 雅は俺の後方を、スッと指差した。

「そこに……いる、じゃねえか……」

「え……?」

 瞬間、背中にツ……、と冷たい汗が流れ落ちた。

 何という悪い冗談を、と。俺は目を見開きながら、ゆっくりと背後を振り向いた。

 そこには……

「さて、と」

「……っ!?」

 心臓が止まりそうになった。突然、映画のキャラクターに扮した黒幕が現れた時も、これほど驚きはしなかったのに。

 俺はその顔からマスクを外して、黒ずくめの衣装を身体から取り去る黒幕の正体に驚愕する。

「なん……っ……なん、で……? なんで……!?」

 カチカチと鳴る上下の歯列の間から、俺はキツツキのように「何で」を繰り返す。

 対して、それまでの変声機越しではなく、よく聞き慣れた男の声が、高らかにその場を支配する。

「弟との感動の対面は果たしたな? ここからさらに過酷なゲームが始まるんだ。これはその、ちょっとしたご褒美さ」

「なんで……何で……!? どうして……どうして、雅がっ……二人もいるの!?」

 俺の必死の問いかけに、まるで勝ち誇ったかのようにニヤリとほくそ笑む黒幕の姿は、俺の弟……釘岡雅に瓜二つだった。

 わけがわからない。ここで酷く扱われている人間も雅で、目の前でゲームを仕切る人間も雅……。

 いったい、これは……。

「だが……」

「……っ?」

「勝手にゲームから降りようとしたあいつらは、このまま許すわけにはいかねえからな」

 頭が混乱の渦に飲まれそうになる中、黒幕の雅は自分のペースを崩すことなく、パチンと指を鳴らした。

 すると、それまで暗澹としていた彼の背後がスポットライトを当てられたように明るくなった。

 急な眩しさに目を細めるも、飛び込んできた異様な光景に、気づけば俺は叫んでいた。

「セルっ!? ルイスっ……バイロン!!」

 安否を気にしていた仲間の三人は、明かりの向こう側……それまで見えなかった谷を挟んだ、数十メートル先にいた。

 近くはないが、遠くもない。俺の叫び声は彼らに届いたはずだった。しかし、彼らから返事はない。

 なぜなら、彼らは谷底から無数に伸びる大木のような触手に捕らわれていたからだ。

 黒幕……雅は艶やかに微笑んだ。

「『ファイナルゲーム』スタートだ。おにーちゃん」

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