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「ゲーム3」1
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前回よりもあっという間に感じられたインターバルの後、『プレイヤーを交代しますか?』という声なき質問がバイロンへと向けられた。
「文字が変化したな」
「プレイヤーを交代しますか? って問われているんだ」
「プレイヤーを?」
かけた眼鏡のツルを持ちながらバイロンに教えると、「だからスグルは交代にならなかったのか」と、俺が生贄から変わらず続投していることを、納得したように呟いた。
そしてこちらを見下ろすと、俺の首元に手をあてがいながら、
「スグルが降りられないのなら、このまま俺も……」
と、プレイヤーを続ける旨を口にしかけたところで、俺は地から踵を浮かせて、バイロンの唇を両手で塞いだ。
「それは言っちゃ駄目だよ、バイロン。誰かと交代できるチャンスがあるなら、交代した方がいい。次は今以上の無茶を強いられるかもしれないんだ。だから……!」
体力が無尽蔵にあるようなバイロンであれど、気力は確実に削がれているはずだ。だからといって、他の誰かを犠牲にしていいわけではないけれど、俺のせいでここから抜け出すチャンスを潰すようなことだけはさせたくなかった。
バイロンは互いの眉を寄せて、しばし何かと葛藤するような表情をこちらに向けていたものの、必死な様子の俺に根負けしたのか諦めたのか、静かに「わかった」と頷いた。
そして自身を塞ぐ手を握り、口元からそっと剥がすと、前髪越しにある俺の額に唇を落とした。
「え……? 今……えっ!?」
「プレイヤーを交代する」
俺は自分の額に右手を当てて、困惑気味にバイロンを見上げるも、まるで最初からここにいなかったかのように、彼の姿はなくなっていた。やや遅れて、軽い何かが小気味良い音を立てて地面に落ちる。それは彼が首元につけていた例の首輪だった。首輪は俺の周りをくるくると円を描きながら回り、やがてカタン、と足の爪先へ寄り添うように倒れた。
俺は額に手を当てたまま、ゆっくりと身体を屈めると、反対の手で首輪を拾い上げる。
「今のは……き、キス、なのか……?」
ポツリと呟くと、硬質な首輪はたちまち、砂のように細かく崩れてなくなった。
なぜ……? なぜにバイロンさんは、俺の額にキスをされたの? 次も頑張れよ、とか。負けるなよ、とか。そういった意味合いの、まじないか何かなのか?
そもそも、帝国の英雄達はこのふざけたゲームに対してどうして躊躇いなく挑めるんだ? 最初は意気揚々としていた雅があんなに嫌がった内容だぞ。なのに、セルはセルで俺相手にさらっと濃厚なベロチューをぶちかますし、バイロンはバイロンで舐めなくてもいい範囲まで俺の身体をベロンベロンしてきたし。いくら軍人といえども、相手は俺よ?
順当にいけば、次のプレイヤーはルイスなんだろうけれど、この系統のゲームがまだなお続くなら、さすがに顔を顰めるだろうな。なんてったって、彼はエルフなんだから。
『おいおい、おにーちゃん。奴がエルフだからといって、肉欲が皆無というわけじゃないからな? むしろああいうタイプが腹ぐ……おっと、誰か来たようだ』
「えっ!?」
また、頭の中で声が聞こえた。反射的に首を左右へ振ると、予想通りルイスが首輪をつけてこちらへとやってきた。
「いったい、何なんだよ。この声……」
例の正体不明の声は気になったものの、俺はひとまずルイスのもとへ駆け寄った。
「ルイスっ」
「スグル」
「ルイス。このゲームのことだけど、セルから聞い……っ」
ゲームのこと、雅のこと、そして頭の中で聞こえる声のこと。それらすべてを話したくて口を開いたものの、すぐに噤んでしまった。普段は温厚なルイスが、珍しく眉間に皺を寄せるという険しい表情を顔に貼りつけ、こちらを見ていたからだ。
「ルイス……」
俺は胸の前で拳を作り、力を込めた。顔を顰めるだろうな、と予期していたのは自分だというのに、そんな彼を実際前にしてこんなに心が苦しくなるとは思わなかった。きっとどこかで、ルイスなら許してくれるだろうと思っていたんだろう。馬鹿だな。セルやバイロンが俺を責めず、受け入れてくれたからといって、彼らの優しさに胡座をかいていいわけじゃなかったのに。
これが聖者を失った護衛の、当然の反応だ。俺はこちらを見下ろす厳しい視線をひしひしと感じつつも、震える唇を動かし、言い訳がましい謝罪を始めた。
「ごめん。俺みたいなのを相手にするなんて、嫌だよな。それに雅のことだって……本当にごめんなさい。バイロンの服だって、本来なら俺なんかが気安く借りていいようなものじゃないのにな。本当に、本当に、ごめ……うわっ!?」
しかし突如、軽くも強い衝撃が身体に走ったことで、俺の謝罪は遮られた。同時に視界からルイスの姿がフッと消えた。
かと思えば、消えたはずの彼の悲痛そうな声が、耳元で囁いた。
「ああ、身体が冷たい。セルやバイロンは、こんな状態の君を癒やすことすらできなかったのか?」
「ルイ、ス?」
「文字が変化したな」
「プレイヤーを交代しますか? って問われているんだ」
「プレイヤーを?」
かけた眼鏡のツルを持ちながらバイロンに教えると、「だからスグルは交代にならなかったのか」と、俺が生贄から変わらず続投していることを、納得したように呟いた。
そしてこちらを見下ろすと、俺の首元に手をあてがいながら、
「スグルが降りられないのなら、このまま俺も……」
と、プレイヤーを続ける旨を口にしかけたところで、俺は地から踵を浮かせて、バイロンの唇を両手で塞いだ。
「それは言っちゃ駄目だよ、バイロン。誰かと交代できるチャンスがあるなら、交代した方がいい。次は今以上の無茶を強いられるかもしれないんだ。だから……!」
体力が無尽蔵にあるようなバイロンであれど、気力は確実に削がれているはずだ。だからといって、他の誰かを犠牲にしていいわけではないけれど、俺のせいでここから抜け出すチャンスを潰すようなことだけはさせたくなかった。
バイロンは互いの眉を寄せて、しばし何かと葛藤するような表情をこちらに向けていたものの、必死な様子の俺に根負けしたのか諦めたのか、静かに「わかった」と頷いた。
そして自身を塞ぐ手を握り、口元からそっと剥がすと、前髪越しにある俺の額に唇を落とした。
「え……? 今……えっ!?」
「プレイヤーを交代する」
俺は自分の額に右手を当てて、困惑気味にバイロンを見上げるも、まるで最初からここにいなかったかのように、彼の姿はなくなっていた。やや遅れて、軽い何かが小気味良い音を立てて地面に落ちる。それは彼が首元につけていた例の首輪だった。首輪は俺の周りをくるくると円を描きながら回り、やがてカタン、と足の爪先へ寄り添うように倒れた。
俺は額に手を当てたまま、ゆっくりと身体を屈めると、反対の手で首輪を拾い上げる。
「今のは……き、キス、なのか……?」
ポツリと呟くと、硬質な首輪はたちまち、砂のように細かく崩れてなくなった。
なぜ……? なぜにバイロンさんは、俺の額にキスをされたの? 次も頑張れよ、とか。負けるなよ、とか。そういった意味合いの、まじないか何かなのか?
そもそも、帝国の英雄達はこのふざけたゲームに対してどうして躊躇いなく挑めるんだ? 最初は意気揚々としていた雅があんなに嫌がった内容だぞ。なのに、セルはセルで俺相手にさらっと濃厚なベロチューをぶちかますし、バイロンはバイロンで舐めなくてもいい範囲まで俺の身体をベロンベロンしてきたし。いくら軍人といえども、相手は俺よ?
順当にいけば、次のプレイヤーはルイスなんだろうけれど、この系統のゲームがまだなお続くなら、さすがに顔を顰めるだろうな。なんてったって、彼はエルフなんだから。
『おいおい、おにーちゃん。奴がエルフだからといって、肉欲が皆無というわけじゃないからな? むしろああいうタイプが腹ぐ……おっと、誰か来たようだ』
「えっ!?」
また、頭の中で声が聞こえた。反射的に首を左右へ振ると、予想通りルイスが首輪をつけてこちらへとやってきた。
「いったい、何なんだよ。この声……」
例の正体不明の声は気になったものの、俺はひとまずルイスのもとへ駆け寄った。
「ルイスっ」
「スグル」
「ルイス。このゲームのことだけど、セルから聞い……っ」
ゲームのこと、雅のこと、そして頭の中で聞こえる声のこと。それらすべてを話したくて口を開いたものの、すぐに噤んでしまった。普段は温厚なルイスが、珍しく眉間に皺を寄せるという険しい表情を顔に貼りつけ、こちらを見ていたからだ。
「ルイス……」
俺は胸の前で拳を作り、力を込めた。顔を顰めるだろうな、と予期していたのは自分だというのに、そんな彼を実際前にしてこんなに心が苦しくなるとは思わなかった。きっとどこかで、ルイスなら許してくれるだろうと思っていたんだろう。馬鹿だな。セルやバイロンが俺を責めず、受け入れてくれたからといって、彼らの優しさに胡座をかいていいわけじゃなかったのに。
これが聖者を失った護衛の、当然の反応だ。俺はこちらを見下ろす厳しい視線をひしひしと感じつつも、震える唇を動かし、言い訳がましい謝罪を始めた。
「ごめん。俺みたいなのを相手にするなんて、嫌だよな。それに雅のことだって……本当にごめんなさい。バイロンの服だって、本来なら俺なんかが気安く借りていいようなものじゃないのにな。本当に、本当に、ごめ……うわっ!?」
しかし突如、軽くも強い衝撃が身体に走ったことで、俺の謝罪は遮られた。同時に視界からルイスの姿がフッと消えた。
かと思えば、消えたはずの彼の悲痛そうな声が、耳元で囁いた。
「ああ、身体が冷たい。セルやバイロンは、こんな状態の君を癒やすことすらできなかったのか?」
「ルイ、ス?」
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