29 / 60
「ゲーム2」4
しおりを挟む
ルールを読み、愕然とした。
今回のゲームは親切にも、クリアに二パターンの方法を用意してくれている。両方ではなく、どちらか一方を選べばいいというものだ。しかしそのどちらもが俺にとっては、ひいてはバイロンにとっては厳しいものだった。
爪を剥ぐか、身体を舐める。前者は痛みの想像がつきやすい、極めてシンプルな拷問。後者は痛みこそ伴わないものの、プレイヤーに大いなる負担を強いてしまう。
そしてどちらか一方を選ばないとプレイヤーが……今回はバイロンが、雅と同じ目に遭ってしまう。
拳を作る手に自然と力がこもる。顔が強張り、明らかに様子のおかしい俺に、バイロンが心配そうに声をかけた。
「スグル。あそこには何と書いてあるんだ? 教えてくれ」
「そ……それは……」
制限時間は三十分。「ゲーム1」と違って余裕があるとはいえ、うだうだと躊躇っている場合ではない。
正直、痛いのは嫌だ。とても嫌だ。殴る蹴るの暴力もそうだけれど、爪って剥がした後も治るまで痛いって聞くし……本当に嫌だ。やりたくない。やりたくないけれど……
雅はきっと、それ以上に苦しく、痛かっただろうから。
俺はゆっくりと拳を解くと、俯きながらバイロンの前で、静かに両手を差し出した。もちろん、爪を上にした状態で。
「スグル?」
「つ、爪を……」
「爪?」
「生贄の……両手か、両足の……爪を剥げ、って……書いてある……」
「なっ……!?」
バイロンは絶句した。酷く驚いているようで、そうさせてしまったことに俺は罪悪感を覚えた。
声と両手が震え出し、情けないなと自分自身に思いながら、引き続きバイロンへ伝える。
「せ、制限時間は、三十分……魔法の使用は可能って、書いてある……だ、だから……バイロンには、本当に申し訳ないんだけれど……できれば、痛くないように……魔法を使って……ひ、ひと思いに、やって欲しい……」
言っていて、一気に全部剥がされるのは、さすがに痛いだろうなと思った。ルイスほどではなくとも、バイロンも魔法が使えるから、痛みを和らげることくらいはできるだろうけれど、再び爪が生えるまで長い月日がかかる。その時まで、痛みと無縁に過ごせるわけではないし、爪の形も完全に元に戻るわけでもない。どうしたって、痛みがつきまとう。
でも、目の前で自分以外の誰かが傷つく姿を見るのは、もっと嫌だ。
しばしの間、黙っていたバイロンだったが、決心がついたのか、俺の右手を下から掬うように取った。ああ、利き手からいくのか、とぼんやり思いながら、俺は目を瞑った。
すると、右手の指先に柔らかい何かが触れた。
「ひゃっ」
驚いて瞼を開けると、バイロンが俺の右手を自身の口元に引き寄せていた。ま、まさか……歯を使って爪を剥ぎ取るの?
一瞬で、両目に溢れんばかりの涙が溜まる。せめて事が終わるまでは瞬きをしないようにしようと、心に決めた時だった。
バイロンはフッと、微笑んだ。
「悪いな。スグル。俺はこのゲームを降りるぞ」
「えっ!?」
かけられたのは予想外の言葉だった。だってそれは、バイロン自身が罰を受けることを意味していたから。
なぜ? どうして? といった疑問符が頭の中で飛び交いながら、俺はおずおずと彼に尋ねた。
「それは……魔法を使えないってこと……?」
バイロンは首を横に振った後、俺に真摯な眼差しを向けた。
「魔法を使って痛みを感じなくさせることはできる。だが、このルールはどちらにしても、お前を傷つけてしまう。それだけはしたくない」
「で、でも……ゲームをクリアしなきゃ、バイロンがっ……!」
「大切な仲間を傷つけるくらいなら、死んだ方がマシだ」
はっきりと言い切るバイロンの目に、迷いはなかった。駄目だ。このままだと、制限時間が過ぎてバイロンが罰を受けてしまう。
だが、どうする? 残る一方のクリア条件は、プレイヤーにとって爪剥ぎよりも厳しいぞ。これを言っていいのか? 言ったところでバイロンを悩ませるだけじゃないのか? でも言わなければ……言わなければ……バイロンが……!
「ルールはっ……! ルールは、もう一つあるんだっ……!」
堪らなくなった俺は叫ぶように言った。バイロンは怪訝そうに眉を動かし、「もう一つ?」と聞き返す。
俺は壁面を指さしながら、正直に答えた。
「このゲームのクリア条件は……二つあるんだ。一つは今言ったように、両手か両足の爪を剥ぐこと。そしてもう一つが……い、生贄の身体を……舐める、こと。そのどちらか一方を実行すれば、クリアになるって……そう、書いてある……」
「身体を、舐める……」
バイロンがきょとんとした顔で呟くように言った。
ああ、ほら。やっぱり戸惑っているじゃないか。こんなの、誰もやりたがらない。だからクリアするには、爪剥ぎを選ぶしかないんだよ。
俺は項垂れながら言葉を続けた。
「舐める範囲は……上半身か、下半身のどちらかでいいって書いてあるけれど…………そんなの、どっちもい……」
「何だ。そんな簡単なことでいいのか」
「へっ!?」
今回のゲームは親切にも、クリアに二パターンの方法を用意してくれている。両方ではなく、どちらか一方を選べばいいというものだ。しかしそのどちらもが俺にとっては、ひいてはバイロンにとっては厳しいものだった。
爪を剥ぐか、身体を舐める。前者は痛みの想像がつきやすい、極めてシンプルな拷問。後者は痛みこそ伴わないものの、プレイヤーに大いなる負担を強いてしまう。
そしてどちらか一方を選ばないとプレイヤーが……今回はバイロンが、雅と同じ目に遭ってしまう。
拳を作る手に自然と力がこもる。顔が強張り、明らかに様子のおかしい俺に、バイロンが心配そうに声をかけた。
「スグル。あそこには何と書いてあるんだ? 教えてくれ」
「そ……それは……」
制限時間は三十分。「ゲーム1」と違って余裕があるとはいえ、うだうだと躊躇っている場合ではない。
正直、痛いのは嫌だ。とても嫌だ。殴る蹴るの暴力もそうだけれど、爪って剥がした後も治るまで痛いって聞くし……本当に嫌だ。やりたくない。やりたくないけれど……
雅はきっと、それ以上に苦しく、痛かっただろうから。
俺はゆっくりと拳を解くと、俯きながらバイロンの前で、静かに両手を差し出した。もちろん、爪を上にした状態で。
「スグル?」
「つ、爪を……」
「爪?」
「生贄の……両手か、両足の……爪を剥げ、って……書いてある……」
「なっ……!?」
バイロンは絶句した。酷く驚いているようで、そうさせてしまったことに俺は罪悪感を覚えた。
声と両手が震え出し、情けないなと自分自身に思いながら、引き続きバイロンへ伝える。
「せ、制限時間は、三十分……魔法の使用は可能って、書いてある……だ、だから……バイロンには、本当に申し訳ないんだけれど……できれば、痛くないように……魔法を使って……ひ、ひと思いに、やって欲しい……」
言っていて、一気に全部剥がされるのは、さすがに痛いだろうなと思った。ルイスほどではなくとも、バイロンも魔法が使えるから、痛みを和らげることくらいはできるだろうけれど、再び爪が生えるまで長い月日がかかる。その時まで、痛みと無縁に過ごせるわけではないし、爪の形も完全に元に戻るわけでもない。どうしたって、痛みがつきまとう。
でも、目の前で自分以外の誰かが傷つく姿を見るのは、もっと嫌だ。
しばしの間、黙っていたバイロンだったが、決心がついたのか、俺の右手を下から掬うように取った。ああ、利き手からいくのか、とぼんやり思いながら、俺は目を瞑った。
すると、右手の指先に柔らかい何かが触れた。
「ひゃっ」
驚いて瞼を開けると、バイロンが俺の右手を自身の口元に引き寄せていた。ま、まさか……歯を使って爪を剥ぎ取るの?
一瞬で、両目に溢れんばかりの涙が溜まる。せめて事が終わるまでは瞬きをしないようにしようと、心に決めた時だった。
バイロンはフッと、微笑んだ。
「悪いな。スグル。俺はこのゲームを降りるぞ」
「えっ!?」
かけられたのは予想外の言葉だった。だってそれは、バイロン自身が罰を受けることを意味していたから。
なぜ? どうして? といった疑問符が頭の中で飛び交いながら、俺はおずおずと彼に尋ねた。
「それは……魔法を使えないってこと……?」
バイロンは首を横に振った後、俺に真摯な眼差しを向けた。
「魔法を使って痛みを感じなくさせることはできる。だが、このルールはどちらにしても、お前を傷つけてしまう。それだけはしたくない」
「で、でも……ゲームをクリアしなきゃ、バイロンがっ……!」
「大切な仲間を傷つけるくらいなら、死んだ方がマシだ」
はっきりと言い切るバイロンの目に、迷いはなかった。駄目だ。このままだと、制限時間が過ぎてバイロンが罰を受けてしまう。
だが、どうする? 残る一方のクリア条件は、プレイヤーにとって爪剥ぎよりも厳しいぞ。これを言っていいのか? 言ったところでバイロンを悩ませるだけじゃないのか? でも言わなければ……言わなければ……バイロンが……!
「ルールはっ……! ルールは、もう一つあるんだっ……!」
堪らなくなった俺は叫ぶように言った。バイロンは怪訝そうに眉を動かし、「もう一つ?」と聞き返す。
俺は壁面を指さしながら、正直に答えた。
「このゲームのクリア条件は……二つあるんだ。一つは今言ったように、両手か両足の爪を剥ぐこと。そしてもう一つが……い、生贄の身体を……舐める、こと。そのどちらか一方を実行すれば、クリアになるって……そう、書いてある……」
「身体を、舐める……」
バイロンがきょとんとした顔で呟くように言った。
ああ、ほら。やっぱり戸惑っているじゃないか。こんなの、誰もやりたがらない。だからクリアするには、爪剥ぎを選ぶしかないんだよ。
俺は項垂れながら言葉を続けた。
「舐める範囲は……上半身か、下半身のどちらかでいいって書いてあるけれど…………そんなの、どっちもい……」
「何だ。そんな簡単なことでいいのか」
「へっ!?」
52
お気に入りに追加
908
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる