13 / 60
チュートリアル 5
しおりを挟む雅が両手で扉を押し開けると、その先には一切の光がない暗闇が待っていた。こんな墨のような闇は初めて見た。少しでも気を抜くと、たちまち吸い込まれてしまいそうな深い闇色に、ゾッと怖気が走った。
気圧され怯んでいることがわかったのか、隣の雅が俺を嘲笑する。
「んだよ。恐えのか?」
少しムッとしたものの、反論はしなかった。それは図星をつかれたからこそだった。雅にしてみれば挑発も含んでいたんだろうけれど、ここで強がっていても意味はない。俺は恐怖を認め、おずおずと雅を見上げた。
「よく、平気だな……こんな先のわからないところ……お前は、怖くないのか?」
「べっつにぃ? こんなもん、聖者の俺には何の意味もねえよ」
「すごいな……」
弟の自信に、乾いた笑いしか出てこない。確かに、聖者の雅にとっては何の障害にもなりはしないんだろう。だが、俺は何の力もない人間だ。未知が怖い。恐ろしい。
こんな光のない閉鎖空間で、普通の人間はどれだけ正気を保っていられるのか。きっとすぐに時間間隔がわからなくなり、パニックを起こして最後には気が狂ってしまうのだろう。これから俺達が挑むゲームというのが、光のない極限状態下で行われるものなら、俺は駄目だ。あっという間に死んでしまうだろう。
改めて死を覚悟する俺に対し、雅はいつもと変わらぬ調子で一歩を踏み出した。
「さっさと行くぞ。突っ立ってても何も始まらねえ」
違いない。叫んでいた先ほどとは打って変わって冷静な雅に、少しだけ勇気づけられた。俺はぎゅっと拳を握りしめ、静かに覚悟を決めた。まだ死ぬとわかったわけじゃない。ただの人間でも、もしかしたら勝ち抜く術があるかもしれない。
もう当たって砕けろだ。どのみち、異世界転移なんてものに巻き込まれた時点で、俺は一度死んだようなものなのだから。
俺達が暗闇の中に飛び込み数歩歩くと、たちまち霧が晴れたかのように空間に光が射し込んだ。中は三人が待っている部屋同様灰色の壁に包まれたものだったが、中央にステージらしきリングがあった。アクション漫画に出てくる闘技場のようなものだ。その真ん中に、フワフワと浮いている黒い球体の何かがあり、俺達は誘われるがままリングへ上がった。
チラッと後方を見ると、俺達が使った扉はこつ然と消えていた。なるほど。外野は入れないよう、そこは徹底されているのか。これでは、俺がピンチになったとしても、あの三人に助けを求められない。雅は本当に助けてくれないだろうし、これはもう確実に詰みだ。
せめて辞世の句くらいは残しておくべきだったか? と、普段句など詠まないくせに一丁前のことを考えながら、視線を前方へと戻す。
リング上で浮いている球体は二つあった。正確には球体ではない。それはCの形をしており、首輪のように見えた。サイズは俺の手の平ほどで、それぞれ『プレイヤー』、『生贄』と書かれたタグがついている。
特に何も説明はないけれど、これってたぶん……
「それぞれ首に、つけろってこと?」
雅に尋ねるように言うと、彼は『プレイヤー』とタグのついたそれをむずと掴み取り、躊躇いなく自分の首に装着した。
「ちんたらすんな。さっさとつけろ」
急かされた俺は、慌てて『生贄』のそれを手に取った。感触は金属のようにつるりと硬く、少々の重みが感じられた。そして触れた途端、タグはスウッと消えてなくなった。便利な仕様だな、と思いながら、俺は雅が先に装着したように、首輪を輪の空いた部分から自分の首に巻きつけた。
すると、首輪はまるで生きているかのようにヌルリと動き、俺の首を締めない程度にピタリと貼りついた。ウッ、とした苦しさを感じたものの、呼吸はできるためすぐに慣れた。だが、違和感はある。首輪やチョーカーはもちろん、ネックレスすらしたことがないんだ。早々にこれを、この身から剥がしたくなった。
こちらの用意が終わると、タイミングを計ったようにパッと蛍光色の光が現れ、それは先ほどの部屋と同様に壁を走り、扉があったところの壁上に文字を出現させた。
同時に、隣で待機している三人の姿が現れた。三人の前にはガラスのような仕切りがあり、中に入場できないものの俺達の様子は窺えるようだ。バイロンが手を振り、俺達に向かって何かを叫んでいる。しかし声は届かない。完全に遮断されている。
「へえ。ご丁寧に鑑賞スペースまであんのか。あの三人に観られながらのプレイってわけね。……そんで? ゲームってのはいったい何をさせられるんだ?」
俺達は壁上の文章に目を通した。
『チュートリアル。このゲームステージでは、いかなる地位の方でもルールに従ってもらいます。ゲームをクリアするまで、ゲームステージからの退出は認めません。棄権も認めません。プレイヤーを交代する場合は、1ゲーム終了ごとに行ってください。すべてのゲームをクリアした者だけがこのマウスボックスからの退出を認められます。また、すべてのゲームをクリアした暁には、素敵なご褒美を差し上げます。ただし、ゲームをクリアできなかった場合はペナルティです。生贄の人、ざーんねん。とっても怖いお仕置きが、あなたを待っていますよ』
43
お気に入りに追加
908
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる