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んじゃ、好きにさせてもらおうか 2
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ともあれ、マオはこの世界の財界のトップに君臨することに変わりなく、今じゃ朧気の前世の記憶も参考にしつつ経済を回しているそうだ。
「通貨がエンなのは、前世の国が円だったから?」
「ドルでも良かったんだがな」
こうやって話していると、やはりこいつがあの神木と同一人物とは思えない。
俺はポロリと漏らした。
「全然、気づかなかった……」
「お前、成績も中の下だったからな」
そんなところは覚えているのかよ。忘れろよ、それは。
しかし、何百年も経つというのに俺のこと……前世での友だちを覚えてくれていたということが嬉しかった。こんなに姿形が変わってしまったというのに。
「よく気づいたよな、俺に」
すると、マオは不思議そうに首を傾げて自分の瞳を指差した。
「お前も髪色と瞳の色が違うくらいで、後は前世の姿と変わりなかったからな。俺と死に別れたあの頃の歳よりもさらに上だったら気づけなかったかもしれないが……」
「えっ? 俺、前世と変わらねえの?」
パチパチと目を瞬かせると、マオは呆れた様子で手の平から魔法で鏡を取り出した。
「見てみろ」
俺は鏡を手に取ると、改めて自分の顔を見つめた。
「そういや……こんな顔、してたかも……」
久方ぶりに鏡を覗き、俺は自分の顔をまじまじと見た。こっちじゃ奴隷だったから常に汚れていたし、痩せていたからな。それに、前世じゃろくに散髪にも行かず、くたびれたおっさんをやっていたわけだから、少年の頃を思い出せというのが無理な話だ。じゃあ、何だ? 俺って前世でも化け物の言う「上玉」に括られていたのか? 女の子たち、全然寄ってこなかったけど!
「それはお前が、あまりにも美人だったから近寄りがたかったんだろう」
「お、おう……」
そう言われると、なんだか照れるな。
しかし、なるほど……。だから、マオは俺に気づいて競り落としたのか……ん? それでどうして、俺を競り落としたんだ?
「なあ、マオ。俺はどうして……」
「エイシ。お前は人間だから今後も前世と同じ速度で身体は成長するだろうが、魔物と取引を繰り返した俺は今じゃ不老不死……もはや死ぬこともなければ、生まれ変わることもないだろう」
マオは俺の言葉をわざと遮ると、膝の上のゴブリンに配慮しつつ、俺の肩を抱き寄せ自分の胸に閉じ込める。
そして自身と俺の種族の差を話し出した。
どうしていきなりこんな話を? でもマオの口調はいつになく真剣だった。
肩を抱く力が、一層増した。
「お前が俺の血を飲めば、幾分かその速度を緩めることができる。不死とはいかずとも、不老くらいはできるだろう。しかし、逆を言えばそう簡単には死ねなくなる。そのリスクを知った上で、お前は今後どうしたい? 俺にできることなら、何でも叶えてやろう」
ああ、そうか。こいつ、不器用だったもんな。
俺はマオの真意がわかった。
競り落としたのも、俺を抱いたのも、何かの企みがあったわけじゃない。
ずっと一人で生きてきたんだよな。魔物たちを従者にしても、俺みたいな奴との出会いがなかったんだよな。
寂しかったんだよな。
マオはもう俺の知る神木ではないし、しかし俺のよく知る神木でもある。死んでからも俺のことは忘れず、ずっと生き続けて、そしてある日俺を見つけて……手に入れた。
でも俺は人間で、すぐに死んじゃうから……だから、俺がお前に気づかないのをいいことに、全くの別人を装って、俺に選択権を預けた。
お前と生きてもいいし、外で生きてもいいよって。だから屋敷の中に、あんな抜け穴を用意していたんだ。
友だちだもんな。……いや、違うか。
俺がお前を思っていたように、お前もまた俺を思ってくれていたんだな。意地悪で、最悪な抱き方だったけれど、お前の身体……すごくあったかいんだよ。
いつから気づいてた? なんて、無粋だよな。俺って考えていることが顔にすぐ出ちまうんだから……なら、前世でも、俺の気持ちにとっくに気づいていたはずだよな。
俺はマオの胸から顔を上げると、自分の前に人差し指を立てた。
「じゃあ、一個……すげえ、大事なこと」
「何だ?」
「その喋り方、やめてくんねえか? 俺、永遠にその喋り方をされると思うと、孫の手がいくつあっても足りねえよ」
そう言って自分の背中をポリポリ掻くと、マオは呆気にとられた様子で俺を見つめた。
「ははっ……あははっ! ふふっ……わかったよ。エイシ」
ああ、この笑い方……すげぇ久しぶりだな。
姿形が変わっても、お前の笑顔はムカつくくらいに清々しくて、格好いい。
『んじゃ、好きにさせてもらおうか』
どこの誰かは知らないが、そう言って俺をこの世界に生まれ変わらせてくれて、ありがとな。
「ああ、そうだ。土産だけど……お前、俺じゃなかったら煎餅なんて言ってもわからなかったぞ?」
そう言って、マオは魔法で手の平から小さな紙袋を出現させ、俺に手渡した。受け取ると、中には前世で食べていたものとは少し匂いが違うけれど、香ばしく焼かれた平たい菓子が入っていた。
「なあ、マオ……」
「何だ?」
「愛してる!」
そう言って俺は、こいつのほっぺにチューをした。
END.
「通貨がエンなのは、前世の国が円だったから?」
「ドルでも良かったんだがな」
こうやって話していると、やはりこいつがあの神木と同一人物とは思えない。
俺はポロリと漏らした。
「全然、気づかなかった……」
「お前、成績も中の下だったからな」
そんなところは覚えているのかよ。忘れろよ、それは。
しかし、何百年も経つというのに俺のこと……前世での友だちを覚えてくれていたということが嬉しかった。こんなに姿形が変わってしまったというのに。
「よく気づいたよな、俺に」
すると、マオは不思議そうに首を傾げて自分の瞳を指差した。
「お前も髪色と瞳の色が違うくらいで、後は前世の姿と変わりなかったからな。俺と死に別れたあの頃の歳よりもさらに上だったら気づけなかったかもしれないが……」
「えっ? 俺、前世と変わらねえの?」
パチパチと目を瞬かせると、マオは呆れた様子で手の平から魔法で鏡を取り出した。
「見てみろ」
俺は鏡を手に取ると、改めて自分の顔を見つめた。
「そういや……こんな顔、してたかも……」
久方ぶりに鏡を覗き、俺は自分の顔をまじまじと見た。こっちじゃ奴隷だったから常に汚れていたし、痩せていたからな。それに、前世じゃろくに散髪にも行かず、くたびれたおっさんをやっていたわけだから、少年の頃を思い出せというのが無理な話だ。じゃあ、何だ? 俺って前世でも化け物の言う「上玉」に括られていたのか? 女の子たち、全然寄ってこなかったけど!
「それはお前が、あまりにも美人だったから近寄りがたかったんだろう」
「お、おう……」
そう言われると、なんだか照れるな。
しかし、なるほど……。だから、マオは俺に気づいて競り落としたのか……ん? それでどうして、俺を競り落としたんだ?
「なあ、マオ。俺はどうして……」
「エイシ。お前は人間だから今後も前世と同じ速度で身体は成長するだろうが、魔物と取引を繰り返した俺は今じゃ不老不死……もはや死ぬこともなければ、生まれ変わることもないだろう」
マオは俺の言葉をわざと遮ると、膝の上のゴブリンに配慮しつつ、俺の肩を抱き寄せ自分の胸に閉じ込める。
そして自身と俺の種族の差を話し出した。
どうしていきなりこんな話を? でもマオの口調はいつになく真剣だった。
肩を抱く力が、一層増した。
「お前が俺の血を飲めば、幾分かその速度を緩めることができる。不死とはいかずとも、不老くらいはできるだろう。しかし、逆を言えばそう簡単には死ねなくなる。そのリスクを知った上で、お前は今後どうしたい? 俺にできることなら、何でも叶えてやろう」
ああ、そうか。こいつ、不器用だったもんな。
俺はマオの真意がわかった。
競り落としたのも、俺を抱いたのも、何かの企みがあったわけじゃない。
ずっと一人で生きてきたんだよな。魔物たちを従者にしても、俺みたいな奴との出会いがなかったんだよな。
寂しかったんだよな。
マオはもう俺の知る神木ではないし、しかし俺のよく知る神木でもある。死んでからも俺のことは忘れず、ずっと生き続けて、そしてある日俺を見つけて……手に入れた。
でも俺は人間で、すぐに死んじゃうから……だから、俺がお前に気づかないのをいいことに、全くの別人を装って、俺に選択権を預けた。
お前と生きてもいいし、外で生きてもいいよって。だから屋敷の中に、あんな抜け穴を用意していたんだ。
友だちだもんな。……いや、違うか。
俺がお前を思っていたように、お前もまた俺を思ってくれていたんだな。意地悪で、最悪な抱き方だったけれど、お前の身体……すごくあったかいんだよ。
いつから気づいてた? なんて、無粋だよな。俺って考えていることが顔にすぐ出ちまうんだから……なら、前世でも、俺の気持ちにとっくに気づいていたはずだよな。
俺はマオの胸から顔を上げると、自分の前に人差し指を立てた。
「じゃあ、一個……すげえ、大事なこと」
「何だ?」
「その喋り方、やめてくんねえか? 俺、永遠にその喋り方をされると思うと、孫の手がいくつあっても足りねえよ」
そう言って自分の背中をポリポリ掻くと、マオは呆気にとられた様子で俺を見つめた。
「ははっ……あははっ! ふふっ……わかったよ。エイシ」
ああ、この笑い方……すげぇ久しぶりだな。
姿形が変わっても、お前の笑顔はムカつくくらいに清々しくて、格好いい。
『んじゃ、好きにさせてもらおうか』
どこの誰かは知らないが、そう言って俺をこの世界に生まれ変わらせてくれて、ありがとな。
「ああ、そうだ。土産だけど……お前、俺じゃなかったら煎餅なんて言ってもわからなかったぞ?」
そう言って、マオは魔法で手の平から小さな紙袋を出現させ、俺に手渡した。受け取ると、中には前世で食べていたものとは少し匂いが違うけれど、香ばしく焼かれた平たい菓子が入っていた。
「なあ、マオ……」
「何だ?」
「愛してる!」
そう言って俺は、こいつのほっぺにチューをした。
END.
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