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まおうさま 2

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 中庭の少し歩いた先に、二人がけのベンチがある。本来は「魔王」が俺と一緒に休む為の物として使われる。俺はそこへ神木を連れて行くと、腰を下ろしてさっそく話しかけた。

「お前、いつからここにいるんだ? もしかして、死んでからずっと? こんなボロボロになって……もしかして、お前も奴隷なのか?」

 質問の連続ではあるが、先ほど鳥頭に捲し立てたほどじゃない。一旦、逸る気持ちを抑えると、まだ一言も発していない神木のあることに気がついた。

「なあ、お前……口、どうした?」

 神木の口を指で示すと、こいつはパカッとそれを開いた。そこには、本来あるべき器官が根こそぎ切除されていた。

「ひでぇ……」

 思わず、自身の口元を押さえた。舌がなければ話すことはおろか、食事さえもまともにできないだろう。呼吸はできるように上手く処理をされているからなのか、魔法のおかげなのか、神木はまだ生きている。しかしこの姿では……

「それ、誰にやられたんだ?」

 俺が尋ねると、神木は一旦視線を上げてから、人差し指を下に向けた。ここだ、と。そう告げていた。

 ここ。つまり、「魔王」が……神木に、こんなことを……

 俺は膝に置いた両手で拳を作り、それを強く握った。

 許せない。俺を買った目的は愛玩だけど、それ以外の人間は同じ形をしていてもなんとも思わないってのか。それも俺の大事な友だちに……!

 あまりにも酷い仕打ちに、俺は怒りが湧いてきた。 

 辺りを見渡すと、ベンチより五十メートルほど離れた場所で魔物が俺たちを監視している。行動は制限されているが、読唇術でも得ていない限り、言動までは把握しきれないだろう。俺は声を潜めて神木に言った。

「なあ、神木。ここから逃げよう? 真っ平なんだよ、こんなとこ……」

 そうだ。俺はここから逃げたかったんだ。あの男から逃れたいと望んでいた。そのきっかけと決意がここにできた。

 神木は何も「言わなかった」が、俺にコクリと頷いた。一緒に逃げよう。神木の赤い目は、そう言っていた。目が赤いせいか、ものすごく違和感があるが……

 俺はある場所を神木に指定した。そこは屋敷を探検した時に見つけた抜け穴で、辿っていけば屋敷の外に出られることを知っていた。監視のつかない神木ならそこに辿り着くのは容易いだろうが、俺には監視がある。なんとか隙をついていくしかない。

 それに、明日の朝には「魔王」が帰ってくる。逃げるなら、今夜だ。

 かなり粗な計画だったが、この屋敷に賢い奴はいないと確信している。人と同じ顔を持つ「魔王」がいれば即座にバレるだろうが、大丈夫。あいつは屋敷の遥か外だ。

 俺は耳に装着された通信魔法のことも忘れ、この世界で築く神木との未来に思いを馳せた。

 俺は神木と別れた後、ゴブリンと一緒に食堂へ向かった。おやつに用意されていたのは揚げパンで、以前「美味い」と口にしてからちょくちょく作ってくれた物だった。俺の好物と認識したんだろう。手作りだから見栄えは悪いが、腹に溜まるし好きだった。

 ゴブリンに礼を言うと、俺は入浴を済ませて身を整えた。怪しまれないように特別な格好はせず、けれど服の中にフォークやペン、そして残った揚げパンを詰め込んだ。シルバーは外で売れることを知っている。それに、いざという時の武器にもなる。人間だから、それで太刀打ちできるとは思わないけれど……無いよりかマシというやつだ。

 逃げ出すのは夜。就寝前だ。せっかく逃げてもすぐに気づかれ、追いつかれてしまったら意味がないからな。

 間食をした為、遅めの夕食を済ませると、俺はすぐに自室へ入った。疲れたから寝ることを伝えると、ゴブリンがベッドで横になる俺の身体にわざわざブランケットをかけてくれた。

 ありがとな、ゴブリン。俺はゴブリンの頭を撫でた。

 この屋敷に、それほど悪い奴がいないことはわかっている。むしろ人間の俺に対して優しい。「魔王」のペットだから加減をしてくれているのかもしれないが、以前のように虐げられることはなかった。

 それでも俺の決意は固かった。今いる場所よりも、ずっと思い続けてきた神木と一緒に生きたかったから。

 でも、何でだろう? 妙な胸騒ぎがする。「魔王」に見つかることを恐れてなのか、それとも他に懸念することがあるからなのか。

 とはいえ、決行は今夜と決めたんだ。次、「魔王」がいない時なんていつになるかわからない。

 今しかない。今じゃないと、駄目だ。

 それより延びてしまったら、きっと揺らいでしまうから。

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