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まおうさま 1
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「えーし! まって、えーし!」
必死に叫ぶゴブリンの制止も振り切り、気づけば俺は中庭へと走っていた。
この世界に神木がいたんだ。俺がずっと会いたかった男、神木が!
化け物たちに囲まれてチラッとしか見えなかったけれど、間違いない。人のツラなんて、ここじゃ悪目立ちするからな。
「神木っ……神木!」
中庭に出るなり、俺はその名を叫んだ。作業中の魔物たちが手を止め、次々と俺に視線をやる。それは新しく雇おうとする魔物たちを管理する鳥頭も同じで、「エイシ殿? 如何された?」と尋ねてきた。
ギョロギョロとしたおどろおどろしい目を、魔物たちは遠慮なく向けてくる。ああ、視線が煩い。そんな化け物染みた目で見下ろすな。
神木の姿が目に入らなかったら、こんなところに一人で飛び出したりはしない。後ろからゼエゼエと息を切らして駆けつけてくるゴブリンに悪いと詫びる余裕すらなく、俺は魔物たちを掻き分けた。
そして、神木はそこにいた。前世で最後に見た顔と同じ、十八歳の姿をしていた。
緑の髪の色と赤い目の色だけは、今の俺と同じく奇抜なものだったが、顔立ちや背丈、身体の肉づきは俺の記憶の中にある神木とほとんど変わらない。
嘘だろ? どうして神木がこんなところに……堕ちたのは俺だけじゃなかったってのか?
まだこちらに気づかない様子の神木に、俺はあいつの下の名前を叫んだ。
「シンゲン!」
神木シンゲン。漢字はどう書くのか忘れたが、あいつの下の名前は厳つかった。
神木には反応せずとも、名前の方には反応したのか。神木は視線を俺にやり、少しだけ首を傾げた。
俺は神木に近づくと、その逞しくもボロボロな両腕を掴んで必死に伝えた。
「わかるか? こんな見た目ですっかり変わっちゃったけど……俺だよ! 田畑瑛士だ!」
揺さぶりながら名前を言うと、神木はぼうっと俺を見つめた後、ふわりと微笑んで頷いた。
「ははっ……!」
神木の笑みに安心したのか、俺の目尻から涙が溢れた。
どうしよう。もう一度会えるなんて思いもしなかったから、すげえ嬉しい。
次から次へと溢れ出る涙に、追いついたゴブリンが心配そうに見上げ、俺のトレーナーの裾を握ってきた。
慌てて、濡らした目元を袖で拭うと、俺は「大丈夫」と言ってゴブリンの頭を撫でた。神木を確信したおかげで余裕を持てたのか、ゴブリンを置いて走り出したことを謝った。
そして、鳥頭の魔物に俺は向き合うと、あるお願いを口にした。
「なあ、この男だけど少しだけ借りていいか? 俺と同じ人間だから二人きりで話したいんだ」
すると、鳥頭は首を左右に振った。
「それはなりません。エイシ殿は主の大切なペットですから、我々の目から離れた場所には移せません。それもオスと二人きりなどと! 言語道断です」
なりません、と。鳥頭は許可をしなかった。
異性ならともかく、男が二人きりになったところで盛らねえよ。どうしてこの世界は同性でも盛るという図式が易々と成り立つんだ。
俺は唇を尖らせ視線を下ろすと、まだなお心配そうに見上げるゴブリンと目が合った。……あ、これだ。
俺はもう一度、しかし今度はゴブリンへとお願いを口にした。
「なあ、ゴブリン。俺、この男と話したいんだよ。お前は主から俺の願いを聞くよう命令されてるんだよな? 今、俺が欲しいのは、この人間と話す時間だ。だから話してもいいよな? な?」
「う~……」
「少しだけだよ。頼む!」
俺は両手を合わせて頭を下げた。ゴブリンは逡巡した後、俺と神木を交互に見てからコクンと頷いた。よっしゃ。俺の望みなら聞いてくれるって信じてたぜ!
後はこの鳥頭だ。頼む、そのツラ同様の鳥頭であってくれ!
「ほら、ゴブリンが許可してくれたぞ。それって主からの言いつけを守るってことだろ? なら、主からの命令を守ったってことだよな? 主の命令は絶対だろ? 俺は主の命令を守ってゴブリンに言いつけたんだ。俺の願いは主の願い。主の願いは俺の願いだ。俺はこの男と話したい、ただそれだけだ。主に逆らうことなんて、何一つない。ちゃんと守ってる。だろ? そうだよな?」
「う、うぅ……」
自分でも驚くくらいの屁理屈が並んだ。俺は自分の望みをゴブリンに言って、ゴブリンはそれを許可した。ただそれだけだが、そこにこじつけて「主」というワードと「命令」、そして「守る」というワードを重ねていった。
実際は、魔王から許可など一切下りていない。でも早口で捲し立ててこのワードを繰り返せば、混乱してくれるんじゃないかと読んだんだ。
結果、この魔物はそこまで賢くなかったらしい。目の届かない場所でなければ良い、という条件の下で俺は神木と話す時間を獲得した。
必死に叫ぶゴブリンの制止も振り切り、気づけば俺は中庭へと走っていた。
この世界に神木がいたんだ。俺がずっと会いたかった男、神木が!
化け物たちに囲まれてチラッとしか見えなかったけれど、間違いない。人のツラなんて、ここじゃ悪目立ちするからな。
「神木っ……神木!」
中庭に出るなり、俺はその名を叫んだ。作業中の魔物たちが手を止め、次々と俺に視線をやる。それは新しく雇おうとする魔物たちを管理する鳥頭も同じで、「エイシ殿? 如何された?」と尋ねてきた。
ギョロギョロとしたおどろおどろしい目を、魔物たちは遠慮なく向けてくる。ああ、視線が煩い。そんな化け物染みた目で見下ろすな。
神木の姿が目に入らなかったら、こんなところに一人で飛び出したりはしない。後ろからゼエゼエと息を切らして駆けつけてくるゴブリンに悪いと詫びる余裕すらなく、俺は魔物たちを掻き分けた。
そして、神木はそこにいた。前世で最後に見た顔と同じ、十八歳の姿をしていた。
緑の髪の色と赤い目の色だけは、今の俺と同じく奇抜なものだったが、顔立ちや背丈、身体の肉づきは俺の記憶の中にある神木とほとんど変わらない。
嘘だろ? どうして神木がこんなところに……堕ちたのは俺だけじゃなかったってのか?
まだこちらに気づかない様子の神木に、俺はあいつの下の名前を叫んだ。
「シンゲン!」
神木シンゲン。漢字はどう書くのか忘れたが、あいつの下の名前は厳つかった。
神木には反応せずとも、名前の方には反応したのか。神木は視線を俺にやり、少しだけ首を傾げた。
俺は神木に近づくと、その逞しくもボロボロな両腕を掴んで必死に伝えた。
「わかるか? こんな見た目ですっかり変わっちゃったけど……俺だよ! 田畑瑛士だ!」
揺さぶりながら名前を言うと、神木はぼうっと俺を見つめた後、ふわりと微笑んで頷いた。
「ははっ……!」
神木の笑みに安心したのか、俺の目尻から涙が溢れた。
どうしよう。もう一度会えるなんて思いもしなかったから、すげえ嬉しい。
次から次へと溢れ出る涙に、追いついたゴブリンが心配そうに見上げ、俺のトレーナーの裾を握ってきた。
慌てて、濡らした目元を袖で拭うと、俺は「大丈夫」と言ってゴブリンの頭を撫でた。神木を確信したおかげで余裕を持てたのか、ゴブリンを置いて走り出したことを謝った。
そして、鳥頭の魔物に俺は向き合うと、あるお願いを口にした。
「なあ、この男だけど少しだけ借りていいか? 俺と同じ人間だから二人きりで話したいんだ」
すると、鳥頭は首を左右に振った。
「それはなりません。エイシ殿は主の大切なペットですから、我々の目から離れた場所には移せません。それもオスと二人きりなどと! 言語道断です」
なりません、と。鳥頭は許可をしなかった。
異性ならともかく、男が二人きりになったところで盛らねえよ。どうしてこの世界は同性でも盛るという図式が易々と成り立つんだ。
俺は唇を尖らせ視線を下ろすと、まだなお心配そうに見上げるゴブリンと目が合った。……あ、これだ。
俺はもう一度、しかし今度はゴブリンへとお願いを口にした。
「なあ、ゴブリン。俺、この男と話したいんだよ。お前は主から俺の願いを聞くよう命令されてるんだよな? 今、俺が欲しいのは、この人間と話す時間だ。だから話してもいいよな? な?」
「う~……」
「少しだけだよ。頼む!」
俺は両手を合わせて頭を下げた。ゴブリンは逡巡した後、俺と神木を交互に見てからコクンと頷いた。よっしゃ。俺の望みなら聞いてくれるって信じてたぜ!
後はこの鳥頭だ。頼む、そのツラ同様の鳥頭であってくれ!
「ほら、ゴブリンが許可してくれたぞ。それって主からの言いつけを守るってことだろ? なら、主からの命令を守ったってことだよな? 主の命令は絶対だろ? 俺は主の命令を守ってゴブリンに言いつけたんだ。俺の願いは主の願い。主の願いは俺の願いだ。俺はこの男と話したい、ただそれだけだ。主に逆らうことなんて、何一つない。ちゃんと守ってる。だろ? そうだよな?」
「う、うぅ……」
自分でも驚くくらいの屁理屈が並んだ。俺は自分の望みをゴブリンに言って、ゴブリンはそれを許可した。ただそれだけだが、そこにこじつけて「主」というワードと「命令」、そして「守る」というワードを重ねていった。
実際は、魔王から許可など一切下りていない。でも早口で捲し立ててこのワードを繰り返せば、混乱してくれるんじゃないかと読んだんだ。
結果、この魔物はそこまで賢くなかったらしい。目の届かない場所でなければ良い、という条件の下で俺は神木と話す時間を獲得した。
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