16 / 28
まおうさま 1
しおりを挟む
「えーし! まって、えーし!」
必死に叫ぶゴブリンの制止も振り切り、気づけば俺は中庭へと走っていた。
この世界に神木がいたんだ。俺がずっと会いたかった男、神木が!
化け物たちに囲まれてチラッとしか見えなかったけれど、間違いない。人のツラなんて、ここじゃ悪目立ちするからな。
「神木っ……神木!」
中庭に出るなり、俺はその名を叫んだ。作業中の魔物たちが手を止め、次々と俺に視線をやる。それは新しく雇おうとする魔物たちを管理する鳥頭も同じで、「エイシ殿? 如何された?」と尋ねてきた。
ギョロギョロとしたおどろおどろしい目を、魔物たちは遠慮なく向けてくる。ああ、視線が煩い。そんな化け物染みた目で見下ろすな。
神木の姿が目に入らなかったら、こんなところに一人で飛び出したりはしない。後ろからゼエゼエと息を切らして駆けつけてくるゴブリンに悪いと詫びる余裕すらなく、俺は魔物たちを掻き分けた。
そして、神木はそこにいた。前世で最後に見た顔と同じ、十八歳の姿をしていた。
緑の髪の色と赤い目の色だけは、今の俺と同じく奇抜なものだったが、顔立ちや背丈、身体の肉づきは俺の記憶の中にある神木とほとんど変わらない。
嘘だろ? どうして神木がこんなところに……堕ちたのは俺だけじゃなかったってのか?
まだこちらに気づかない様子の神木に、俺はあいつの下の名前を叫んだ。
「シンゲン!」
神木シンゲン。漢字はどう書くのか忘れたが、あいつの下の名前は厳つかった。
神木には反応せずとも、名前の方には反応したのか。神木は視線を俺にやり、少しだけ首を傾げた。
俺は神木に近づくと、その逞しくもボロボロな両腕を掴んで必死に伝えた。
「わかるか? こんな見た目ですっかり変わっちゃったけど……俺だよ! 田畑瑛士だ!」
揺さぶりながら名前を言うと、神木はぼうっと俺を見つめた後、ふわりと微笑んで頷いた。
「ははっ……!」
神木の笑みに安心したのか、俺の目尻から涙が溢れた。
どうしよう。もう一度会えるなんて思いもしなかったから、すげえ嬉しい。
次から次へと溢れ出る涙に、追いついたゴブリンが心配そうに見上げ、俺のトレーナーの裾を握ってきた。
慌てて、濡らした目元を袖で拭うと、俺は「大丈夫」と言ってゴブリンの頭を撫でた。神木を確信したおかげで余裕を持てたのか、ゴブリンを置いて走り出したことを謝った。
そして、鳥頭の魔物に俺は向き合うと、あるお願いを口にした。
「なあ、この男だけど少しだけ借りていいか? 俺と同じ人間だから二人きりで話したいんだ」
すると、鳥頭は首を左右に振った。
「それはなりません。エイシ殿は主の大切なペットですから、我々の目から離れた場所には移せません。それもオスと二人きりなどと! 言語道断です」
なりません、と。鳥頭は許可をしなかった。
異性ならともかく、男が二人きりになったところで盛らねえよ。どうしてこの世界は同性でも盛るという図式が易々と成り立つんだ。
俺は唇を尖らせ視線を下ろすと、まだなお心配そうに見上げるゴブリンと目が合った。……あ、これだ。
俺はもう一度、しかし今度はゴブリンへとお願いを口にした。
「なあ、ゴブリン。俺、この男と話したいんだよ。お前は主から俺の願いを聞くよう命令されてるんだよな? 今、俺が欲しいのは、この人間と話す時間だ。だから話してもいいよな? な?」
「う~……」
「少しだけだよ。頼む!」
俺は両手を合わせて頭を下げた。ゴブリンは逡巡した後、俺と神木を交互に見てからコクンと頷いた。よっしゃ。俺の望みなら聞いてくれるって信じてたぜ!
後はこの鳥頭だ。頼む、そのツラ同様の鳥頭であってくれ!
「ほら、ゴブリンが許可してくれたぞ。それって主からの言いつけを守るってことだろ? なら、主からの命令を守ったってことだよな? 主の命令は絶対だろ? 俺は主の命令を守ってゴブリンに言いつけたんだ。俺の願いは主の願い。主の願いは俺の願いだ。俺はこの男と話したい、ただそれだけだ。主に逆らうことなんて、何一つない。ちゃんと守ってる。だろ? そうだよな?」
「う、うぅ……」
自分でも驚くくらいの屁理屈が並んだ。俺は自分の望みをゴブリンに言って、ゴブリンはそれを許可した。ただそれだけだが、そこにこじつけて「主」というワードと「命令」、そして「守る」というワードを重ねていった。
実際は、魔王から許可など一切下りていない。でも早口で捲し立ててこのワードを繰り返せば、混乱してくれるんじゃないかと読んだんだ。
結果、この魔物はそこまで賢くなかったらしい。目の届かない場所でなければ良い、という条件の下で俺は神木と話す時間を獲得した。
必死に叫ぶゴブリンの制止も振り切り、気づけば俺は中庭へと走っていた。
この世界に神木がいたんだ。俺がずっと会いたかった男、神木が!
化け物たちに囲まれてチラッとしか見えなかったけれど、間違いない。人のツラなんて、ここじゃ悪目立ちするからな。
「神木っ……神木!」
中庭に出るなり、俺はその名を叫んだ。作業中の魔物たちが手を止め、次々と俺に視線をやる。それは新しく雇おうとする魔物たちを管理する鳥頭も同じで、「エイシ殿? 如何された?」と尋ねてきた。
ギョロギョロとしたおどろおどろしい目を、魔物たちは遠慮なく向けてくる。ああ、視線が煩い。そんな化け物染みた目で見下ろすな。
神木の姿が目に入らなかったら、こんなところに一人で飛び出したりはしない。後ろからゼエゼエと息を切らして駆けつけてくるゴブリンに悪いと詫びる余裕すらなく、俺は魔物たちを掻き分けた。
そして、神木はそこにいた。前世で最後に見た顔と同じ、十八歳の姿をしていた。
緑の髪の色と赤い目の色だけは、今の俺と同じく奇抜なものだったが、顔立ちや背丈、身体の肉づきは俺の記憶の中にある神木とほとんど変わらない。
嘘だろ? どうして神木がこんなところに……堕ちたのは俺だけじゃなかったってのか?
まだこちらに気づかない様子の神木に、俺はあいつの下の名前を叫んだ。
「シンゲン!」
神木シンゲン。漢字はどう書くのか忘れたが、あいつの下の名前は厳つかった。
神木には反応せずとも、名前の方には反応したのか。神木は視線を俺にやり、少しだけ首を傾げた。
俺は神木に近づくと、その逞しくもボロボロな両腕を掴んで必死に伝えた。
「わかるか? こんな見た目ですっかり変わっちゃったけど……俺だよ! 田畑瑛士だ!」
揺さぶりながら名前を言うと、神木はぼうっと俺を見つめた後、ふわりと微笑んで頷いた。
「ははっ……!」
神木の笑みに安心したのか、俺の目尻から涙が溢れた。
どうしよう。もう一度会えるなんて思いもしなかったから、すげえ嬉しい。
次から次へと溢れ出る涙に、追いついたゴブリンが心配そうに見上げ、俺のトレーナーの裾を握ってきた。
慌てて、濡らした目元を袖で拭うと、俺は「大丈夫」と言ってゴブリンの頭を撫でた。神木を確信したおかげで余裕を持てたのか、ゴブリンを置いて走り出したことを謝った。
そして、鳥頭の魔物に俺は向き合うと、あるお願いを口にした。
「なあ、この男だけど少しだけ借りていいか? 俺と同じ人間だから二人きりで話したいんだ」
すると、鳥頭は首を左右に振った。
「それはなりません。エイシ殿は主の大切なペットですから、我々の目から離れた場所には移せません。それもオスと二人きりなどと! 言語道断です」
なりません、と。鳥頭は許可をしなかった。
異性ならともかく、男が二人きりになったところで盛らねえよ。どうしてこの世界は同性でも盛るという図式が易々と成り立つんだ。
俺は唇を尖らせ視線を下ろすと、まだなお心配そうに見上げるゴブリンと目が合った。……あ、これだ。
俺はもう一度、しかし今度はゴブリンへとお願いを口にした。
「なあ、ゴブリン。俺、この男と話したいんだよ。お前は主から俺の願いを聞くよう命令されてるんだよな? 今、俺が欲しいのは、この人間と話す時間だ。だから話してもいいよな? な?」
「う~……」
「少しだけだよ。頼む!」
俺は両手を合わせて頭を下げた。ゴブリンは逡巡した後、俺と神木を交互に見てからコクンと頷いた。よっしゃ。俺の望みなら聞いてくれるって信じてたぜ!
後はこの鳥頭だ。頼む、そのツラ同様の鳥頭であってくれ!
「ほら、ゴブリンが許可してくれたぞ。それって主からの言いつけを守るってことだろ? なら、主からの命令を守ったってことだよな? 主の命令は絶対だろ? 俺は主の命令を守ってゴブリンに言いつけたんだ。俺の願いは主の願い。主の願いは俺の願いだ。俺はこの男と話したい、ただそれだけだ。主に逆らうことなんて、何一つない。ちゃんと守ってる。だろ? そうだよな?」
「う、うぅ……」
自分でも驚くくらいの屁理屈が並んだ。俺は自分の望みをゴブリンに言って、ゴブリンはそれを許可した。ただそれだけだが、そこにこじつけて「主」というワードと「命令」、そして「守る」というワードを重ねていった。
実際は、魔王から許可など一切下りていない。でも早口で捲し立ててこのワードを繰り返せば、混乱してくれるんじゃないかと読んだんだ。
結果、この魔物はそこまで賢くなかったらしい。目の届かない場所でなければ良い、という条件の下で俺は神木と話す時間を獲得した。
10
お気に入りに追加
522
あなたにおすすめの小説
主人公にはなりません
negi
BL
俺は異世界転生したらしい。
しかも転生先は俺が生前プレイしていた18禁BLゲームの主人公。
主人公なんて嫌だ!ゲームの通りにならないようにするためにはどうしたらいい?
攻略対象者と出会わないようにしたいけど本当に会わずに済むものなのか?
本編完結しました。お気に入りもありがとうございます!
おまけ更新しました。攻め視点の後日談になりました。
初心者、初投稿です。読んだことあるような内容かもしれませんが、あたたかい目でみてもらえると嬉しいです。少しでも楽しんでもらえたらもっと嬉しいです。
成人の儀―特別侍従―
gooneone(ごーわんわん)
BL
「成人の儀―特別侍従―」の無料全文公開は終了いたしました。
お読みくださり、エールをくださった方も本当にありがとうございました!
王位継承者である第一王子は、成人する日に立会人の前で性行為が出来ることを証明する。
その相手役(特別侍従)に選ばれた田舎者のケネルは、教育役の見目麗しいリゲンスによっていやらしい身体に変えられていく。
成人の儀まで三か月。
いましめられた男根。
口淫の練習と、後孔の準備。
苦しい。肉欲を解放したい――しかし男根は、成人の儀の準備のために切除されてしまう。
慣れぬ城での生活にそっと寄り添ってくれるリゲンス。
ケネルは特別侍従としての仕事だけでなく、育ちの悪い野菜を救うべく畑に出る。
しかし城内にはケネルに不快感を示す者がいた。
その理由とは――。
「しかし性に不慣れな相手では、王子に性感を高めていただくことはできない。だからそなたにはそれまでに後孔での快楽を覚え、王子の気を高める手段を学んでもらうということだ。その方法はこれから私が指導する」
『絶頂したい。出したい。ここに来てから、村で自慰をしなくても平気だったのは単に本当の性感を知らなかっただけなのだと思い知った。甘かった。こんなふうに快楽を与えられながら達せないなんて苦しすぎる――。』
「慕う相手に他の男に抱かれてこいと言うのはつらかった。しかもそれを見ていなくてはならない。しかし成人の儀は絶対に行わなければならない」
「ああ。大切な男根を失ったというのに健気に膨らんでいる」
「ずっと……ずっとお慕いしております。愛しています。リゲンス様」
※本作は同人で完結済み、電子書籍で販売中です。
※グロシーンはありません。
眠れぬ夜の召喚先は王子のベッドの中でした……抱き枕の俺は、今日も彼に愛されてます。
櫻坂 真紀
BL
眠れぬ夜、突然眩しい光に吸い込まれた俺。
次に目を開けたら、そこは誰かのベッドの上で……っていうか、男の腕の中!?
俺を抱き締めていた彼は、この国の王子だと名乗る。
そんな彼の願いは……俺に、夜の相手をして欲しい、というもので──?
【全10話で完結です。R18のお話には※を付けてます。】
転生したらBLゲーの負け犬ライバルでしたが現代社会に疲れ果てた陰キャオタクの俺はこの際男相手でもいいからとにかくチヤホヤされたいっ!
スイセイ
BL
夜勤バイト明けに倒れ込んだベッドの上で、スマホ片手に過労死した俺こと煤ヶ谷鍮太郎は、気がつけばきらびやかな七人の騎士サマたちが居並ぶ広間で立ちすくんでいた。
どうやらここは、死ぬ直前にコラボ報酬目当てでダウンロードしたBL恋愛ソーシャルゲーム『宝石の騎士と七つの耀燈(ランプ)』の世界のようだ。俺の立ち位置はどうやら主人公に対する悪役ライバル、しかも不人気ゆえ途中でフェードアウトするキャラらしい。
だが、俺は知ってしまった。最初のチュートリアルバトルにて、イケメンに守られチヤホヤされて、優しい言葉をかけてもらえる喜びを。
こんなやさしい世界を目の前にして、前世みたいに隅っこで丸まってるだけのダンゴムシとして生きてくなんてできっこない。過去の陰縁焼き捨てて、コンプラ無視のキラキラ王子を傍らに、同じく転生者の廃課金主人公とバチバチしつつ、俺は俺だけが全力でチヤホヤされる世界を目指す!
※頭の悪いギャグ・ソシャゲあるあると・メタネタ多めです。
※逆ハー要素もありますがカップリングは固定です。
※R18は最後にあります。
※愛され→嫌われ→愛されの要素がちょっとだけ入ります。
※表紙の背景は祭屋暦様よりお借りしております。
https://www.pixiv.net/artworks/54224680
悪役令息アナ゠ルゥに転生したので、婚約者を奴隷にします
三谷玲
BL
ドスケベBLゲーム『たまたま』という男がたまごを産む世界の悪役令息アナ゠ルゥ(もちろん産める男だ!)に転生した俺。主人公ひいては国を害したと断罪されたあげく没落男娼白目アヘ顔ボテ腹エンドを回避すべく、婚約者であるサンラーン王国王太子ペニ゠スゥを襲うことにした。なんでって?食べ放題の生チンがそこにあるから!ただ襲うだけのはずが、ペニ゠スゥが足コキに反応したことで、俺の中でなにかが目覚める…っ!
前世アナニー狂いの性欲旺盛主人公が転生した世界で婚約者の王太子を奴隷にして、なぜか世界が救われる話。
たまごが産める男と産めない男しかいない世界です。
このBLゲームは難易度ハードの糞ゲーです。
ムーンライトノベルズ他でも公開しています。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
【R18】黒曜帝の甘い檻
古森きり
BL
巨大な帝国があった。
そしてヒオリは、その帝国の一部となった小国辺境伯の子息。
本来ならば『人質』としての価値が著しく低いヒオリのもとに、皇帝は毎夜通う。
それはどんな意味なのか。
そして、どうして最後までヒオリを抱いていかないのか。
その檻はどんどん甘く、蕩けるようにヒオリを捕らえて離さなくなっていく。
小説家になろう様【ムーンライトノベルズ(BL)】に先行掲載(ただし読み直しはしてない。アルファポリス版は一応確認と改稿してあります)
艶なる夜宴は湯けむりのなかで
餡玉
BL
江戸時代。町から離れた山あいに、『紅椿』という名の風呂屋があった。そこは、見目麗し い少年たちが性的な奉仕をしてくれる、甘く淫美な場所である。
【夢千代の秘密】
『紅椿』で働く湯男・夢千代は、その日二人の客を一人で相手にしていた。ここへ来る客は訳あり だ。そして夢千代にも、人には言えぬ、秘密がある。
【夢丸のお仕事】
ぼくのお仕事は、お風呂でお客さまをきれいにすることです。なのに、ぼくがこんなに気持 が良くなってしまって、良いのでしょうか......?
【護衛役はつらいよ】
夢二郎の護衛役・誠太郎の、甘い甘い苦労のお話。
【江戸城の片隅にて】
誠太郎×影武者・狗丸の、もだもだな恋愛事情。
◇2015〜2016年にこちらで連載していた作品の再掲です。元タイトルは『男色湯屋へようこそ!』
◇江戸時代が舞台の和風BLですが、コメディです。ほぼエロしかありません。
◇この物語はフィクションでありファンタジーです。実在の歴史的人物・団体等とは一切関係ありません。
◇他サイトにも掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる