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甘い蜜 己の罪 4
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どうして酷く扱ってくれないんだろう? ただの愛玩動物で、ただの性欲処理の相手だったらこんな感情を抱かないのに。
もっと残忍で、最低な野郎なら憎めたのに……。
優しくすんなよ。甘えさせんなよ。
ただでさえこんな状況で気が狂いそうなのに。
俺は、愛に飢えていた。人の温もりに飢えていた。
ずっと、ずっと飢えていた。
前世で友だちの神木を失ってから胸の中は空っぽで、それでも人並みに生きようと必死だったけれど……駄目だった。
俺は神木のことが好きだった。
あいつのことが好きで、好きで、でもそれはずっと言えなくて。誰にも言えなくて。
あいつが亡くなってからその思いは一層強くなって……
会いたい、会いたいって。ずっと願うようになって。
三十路を目前に控えたおっさんになっても、俺はあいつに会いたかった。
仕事を始めてからは、人恋しさも相まってしまったんだろう。今考えれば、まともな思考回路じゃなかった。
たとえ仕事が辛くとも、あいつがいれば耐えられたんじゃないかって、そう思ったこともある。
空虚で、追い詰められる辛い日々から逃れたかった。
……じゃあ、会いに行けばいいんじゃないか?
納期に間に合わせるべく三日完徹をしたその日の夜、ふとそんなことを思った。
誰かが囁いたようにも聞こえるそれは頭の中でぐるぐると、バターのように蕩けて無くなるまで回った。
そして……
「はあ……」
事故なのか、病死なのか、死因は今でもわからない。でも、拠り所を失くし、仕事という山に埋もれた頭は、望んじゃいけない活路を見出だしてしまった。
どうして死んだのか、その原因はわからなくとも、その理由はわかった気がした。
なんて弱い人間なんだろう。あいつより、長く生きて人生を謳歌してやろうと誓いを立てたっていうのに。心の底では、過去にずっと囚われていたなんて。
そして一番やってはいけないことをした。
あいつを理由に、死を望んでしまった。
それだけはやっちゃいけないことだったのに!
ごめん、神木。お前はあの笑った日の翌日も、生きようとしていたってのに。お前がいないってだけで、こんなにへたれて弱くなって……だから、ここにいるんだろうけれど。
わかっている。俺はきっと、神様が最も嫌う死に方をしたんだよな。
重罪人だから、ここに堕とされたんだよな。
罪を受けるべき人間。奴隷となって、虐げられるのがその罰だというのなら、受け入れよう。
……けれど、おかしいんだよ。神木。
どうして俺は、ここで甘やかされる日々を送ってるんだ?
俺は罰を受けるべきなのに。
あいつは……「魔王」は俺に優しくするんだ。扱いはペットのそれだけど、すごく優しいんだ。
夜は意地悪くなるのに、今じゃそれさえも優しく感じてしまう。俺ってマゾヒストだったんだろうか?
あいつに抱かれた当初は本当に嫌だったけれど、抱き締められた時に感じたのは確かに人の温もりだった。「魔王」なのにさ。おかしいだろ?
いつかは飽きて捨てられるだろう。俺はただの人間で、魔法も力もないポンコツだ。優しい言葉は今だけで、老いたら見向きもされないだろう。
覚悟はできている。だから早く捨ててくれ。お願いだから、愛情を押しつけないでくれ。俺を溺愛しないでくれ。こっちに来ないでくれ。もうこれ以上、踏み込まないでくれ。
俺をただの、過去に囚われるだけの憐れな男のままにしてくれ。
死ぬまでずっと、神木を思ってきたんだ。それを塗り替えようとしないでくれ。
頼むよ……!
「えーし。えさ、できた」
「うわっ!?」
「魔王」といい、ゴブリンといい。こいつらはいきなり現れることしかできないのか。
遠慮を知らない知能の低い俺付きの使い魔が、クイクイとトレーナーの裾を掴んで俺に食事の知らせを伝えに来た。
あれ? でも俺、昼は食ったばかりで食事はもう少し後のはず。なのに餌って……
「もしかして、おやつ?」
「う?」
どうやら、このゴブリンは俺の様子を見て何かを与えなきゃと思ったらしい。溜め息ばかりを吐いていたからな。
おやつという単語に首を傾げたが、それは甘い物? と尋ねると、ブンブンと首を縦に振った。
はじめは醜いだけの生き物に見えたゴブリンだったが、慣れとは恐ろしいもので、自分の背丈の半分くらいしかない鬼の顔をしたこの緑色の生き物がだんだんと可愛く見えてきた。物言いは端的だけど、俺の様子を気にしてあれこれと世話を焼いてくれる。あの「魔王」からの言いつけにしても、その行動は「魔王」のように鬱陶しくはない。
俺はゴブリンのツルツルとした頭を撫で、お礼を口にする。
「ああ、ありがとう」
ゴブリンは嬉しそうに微笑んだ。ああ、可愛い。まさか化け物に癒やされる日が来るとは思いもしなかったよ。
俺はゴブリンと共に部屋を出て食堂へ向かった。「魔王」がいる時はだいたい自室で食事をとるが、今は主がいない上にだだっ広い屋敷は使い放題ときている。少しは歩かないと身体が鈍ってしまうから、と。俺は調理場からさほど離れていない食堂での配膳をお願いしていた。
スタスタと廊下を渡ると、中庭が見えた。力仕事に向いているオークが庭師のごとくそこを手入れしている様子が見られ、フッと笑みを漏らした。オークは棍棒でも振り回しているイメージしかなかったのに、なかなかどうして似合っている。
その後ろにはぞろぞろと、見かけない複数の魔物たちが集団となって立っていた。その先頭には、この屋敷を「魔王」の代わりに仕切ることを任されている鳥頭の魔物がいる。何かを彼らに説明している様子が見受けられるが、これはいったい……
「あれは?」
ゴブリンに尋ねると彼は立ち止まり、その魔物たちを指差しながら説明してくれた。
「しよーしゃ。まおーさま、あたらしーのがほしーって、いってた。ほじゅーした」
「補充……」
まだ使用「人」を雇うのか。今でも結構な数の魔物が働いていると思うけれど。うーん、わからん。
十も満たないくらいの数の魔物たちを見渡し、頑張れよと静かなエールを送った。
しかし、そこに飛び込んできたのは……
「神、木?」
前世で、俺よりもずっと前に死んだはずの俺の友だち……神木がいた。
もっと残忍で、最低な野郎なら憎めたのに……。
優しくすんなよ。甘えさせんなよ。
ただでさえこんな状況で気が狂いそうなのに。
俺は、愛に飢えていた。人の温もりに飢えていた。
ずっと、ずっと飢えていた。
前世で友だちの神木を失ってから胸の中は空っぽで、それでも人並みに生きようと必死だったけれど……駄目だった。
俺は神木のことが好きだった。
あいつのことが好きで、好きで、でもそれはずっと言えなくて。誰にも言えなくて。
あいつが亡くなってからその思いは一層強くなって……
会いたい、会いたいって。ずっと願うようになって。
三十路を目前に控えたおっさんになっても、俺はあいつに会いたかった。
仕事を始めてからは、人恋しさも相まってしまったんだろう。今考えれば、まともな思考回路じゃなかった。
たとえ仕事が辛くとも、あいつがいれば耐えられたんじゃないかって、そう思ったこともある。
空虚で、追い詰められる辛い日々から逃れたかった。
……じゃあ、会いに行けばいいんじゃないか?
納期に間に合わせるべく三日完徹をしたその日の夜、ふとそんなことを思った。
誰かが囁いたようにも聞こえるそれは頭の中でぐるぐると、バターのように蕩けて無くなるまで回った。
そして……
「はあ……」
事故なのか、病死なのか、死因は今でもわからない。でも、拠り所を失くし、仕事という山に埋もれた頭は、望んじゃいけない活路を見出だしてしまった。
どうして死んだのか、その原因はわからなくとも、その理由はわかった気がした。
なんて弱い人間なんだろう。あいつより、長く生きて人生を謳歌してやろうと誓いを立てたっていうのに。心の底では、過去にずっと囚われていたなんて。
そして一番やってはいけないことをした。
あいつを理由に、死を望んでしまった。
それだけはやっちゃいけないことだったのに!
ごめん、神木。お前はあの笑った日の翌日も、生きようとしていたってのに。お前がいないってだけで、こんなにへたれて弱くなって……だから、ここにいるんだろうけれど。
わかっている。俺はきっと、神様が最も嫌う死に方をしたんだよな。
重罪人だから、ここに堕とされたんだよな。
罪を受けるべき人間。奴隷となって、虐げられるのがその罰だというのなら、受け入れよう。
……けれど、おかしいんだよ。神木。
どうして俺は、ここで甘やかされる日々を送ってるんだ?
俺は罰を受けるべきなのに。
あいつは……「魔王」は俺に優しくするんだ。扱いはペットのそれだけど、すごく優しいんだ。
夜は意地悪くなるのに、今じゃそれさえも優しく感じてしまう。俺ってマゾヒストだったんだろうか?
あいつに抱かれた当初は本当に嫌だったけれど、抱き締められた時に感じたのは確かに人の温もりだった。「魔王」なのにさ。おかしいだろ?
いつかは飽きて捨てられるだろう。俺はただの人間で、魔法も力もないポンコツだ。優しい言葉は今だけで、老いたら見向きもされないだろう。
覚悟はできている。だから早く捨ててくれ。お願いだから、愛情を押しつけないでくれ。俺を溺愛しないでくれ。こっちに来ないでくれ。もうこれ以上、踏み込まないでくれ。
俺をただの、過去に囚われるだけの憐れな男のままにしてくれ。
死ぬまでずっと、神木を思ってきたんだ。それを塗り替えようとしないでくれ。
頼むよ……!
「えーし。えさ、できた」
「うわっ!?」
「魔王」といい、ゴブリンといい。こいつらはいきなり現れることしかできないのか。
遠慮を知らない知能の低い俺付きの使い魔が、クイクイとトレーナーの裾を掴んで俺に食事の知らせを伝えに来た。
あれ? でも俺、昼は食ったばかりで食事はもう少し後のはず。なのに餌って……
「もしかして、おやつ?」
「う?」
どうやら、このゴブリンは俺の様子を見て何かを与えなきゃと思ったらしい。溜め息ばかりを吐いていたからな。
おやつという単語に首を傾げたが、それは甘い物? と尋ねると、ブンブンと首を縦に振った。
はじめは醜いだけの生き物に見えたゴブリンだったが、慣れとは恐ろしいもので、自分の背丈の半分くらいしかない鬼の顔をしたこの緑色の生き物がだんだんと可愛く見えてきた。物言いは端的だけど、俺の様子を気にしてあれこれと世話を焼いてくれる。あの「魔王」からの言いつけにしても、その行動は「魔王」のように鬱陶しくはない。
俺はゴブリンのツルツルとした頭を撫で、お礼を口にする。
「ああ、ありがとう」
ゴブリンは嬉しそうに微笑んだ。ああ、可愛い。まさか化け物に癒やされる日が来るとは思いもしなかったよ。
俺はゴブリンと共に部屋を出て食堂へ向かった。「魔王」がいる時はだいたい自室で食事をとるが、今は主がいない上にだだっ広い屋敷は使い放題ときている。少しは歩かないと身体が鈍ってしまうから、と。俺は調理場からさほど離れていない食堂での配膳をお願いしていた。
スタスタと廊下を渡ると、中庭が見えた。力仕事に向いているオークが庭師のごとくそこを手入れしている様子が見られ、フッと笑みを漏らした。オークは棍棒でも振り回しているイメージしかなかったのに、なかなかどうして似合っている。
その後ろにはぞろぞろと、見かけない複数の魔物たちが集団となって立っていた。その先頭には、この屋敷を「魔王」の代わりに仕切ることを任されている鳥頭の魔物がいる。何かを彼らに説明している様子が見受けられるが、これはいったい……
「あれは?」
ゴブリンに尋ねると彼は立ち止まり、その魔物たちを指差しながら説明してくれた。
「しよーしゃ。まおーさま、あたらしーのがほしーって、いってた。ほじゅーした」
「補充……」
まだ使用「人」を雇うのか。今でも結構な数の魔物が働いていると思うけれど。うーん、わからん。
十も満たないくらいの数の魔物たちを見渡し、頑張れよと静かなエールを送った。
しかし、そこに飛び込んできたのは……
「神、木?」
前世で、俺よりもずっと前に死んだはずの俺の友だち……神木がいた。
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