13 / 28
甘い蜜 己の罪 2
しおりを挟む
――――…
「は~あ……」
俺は部屋の窓から薄暗い外を眺め、長い溜め息を吐いた。今日も今日とて暗雲が垂れ込める、い~い天気ですね。
エイシこと田畑瑛士。「魔王」の愛玩動物となってから、早いもので三ヶ月が過ぎた。季節はわからん。この世界にはっきりとした四季は存在しない。
その日々は相変わらず、「魔王」に抱かれまくって地獄のようだというのに、対して身体はすこぶる好調だ。
雨風にさらされることなく、屋根つきの部屋で快適に過ごしていることや、ここで食える飯が適量で栄養豊富だということが大いにあるだろう。しかも美味い。
一ヶ月を過ぎた頃から、「魔王」は様々なことを許し始めた。屋敷内であれば好き勝手に徘徊してもオーケーで、外の庭は「魔王」か俺付きのゴブリンと共になら出てもいいことになった。
敷地外へ出されることはないけれど、最近じゃ一人で過ごす時間も長く感じられるようになった。ゴブリンに聞いたら、「魔王」は仕事が山のように溜まっているらしい。こっちに構ってないでとっととやれよ、仕事。
基本的に食事と睡眠と、「魔王」の性欲処理の時以外は暇な為、屋敷の中を探検したり、まるで図書館のような書斎にある書物を読んだりして過ごしている。奴隷の身分だったが、前の主が俺に識字を仕込んでくれていたおかげで楽しめる。
あと、衣類か。部屋の中では要らないだろ、と言われてほとんど裸で過ごしていたけれど、部屋の外にはいろんな魔物が「魔王」に仕えている。大事なペットの肌は、たとえ従者であっても晒したくないらしい。通気性が良く、触り心地のいい上質な布地でできた人用の服を何着か用意してくれた。下は紐で調整のできるズボンだが、上は前世で好んで着ていたトレーナーにデザインが似ている。しかもフード付き。学生時代はこれが楽で、制服以外はずっとトレーナーばかりだったんだよな。
靴もサンダルのような素足で履ける物を与えられたから、歩くのもいい運動になっている。身体だけは健康まっしぐらに進んでくれていた。身体だけはな。
心の方はというと、この屋敷から出たい気持ちが日に日に増していた。三ヶ月も経てば、あの男の執着心も落ち着くだろうと踏んでいたのに……甘かった。
「魔王」は俺に飽きるどころか、日に日にその愛情を増やしていった……というより、過保護になった。
俺を抱く時は相変わらずのサディストっぷりだが、それ以外は親のように世話を焼いてくる。俺の起床に間に合えば着せ替え人形のごとく服を着替えさせるし、俺が勝手に部屋を出る際はいちいち出てきて「服は着たか?」、「靴は履いたか?」と確認してくるし、食事の際は俺を自分の膝の上に乗せてせっせと食べさせる。赤ん坊じゃねえんだからとそれを拒むと、排泄の手伝いは我慢しているとか怖いことをほざくので、食事だけはされるがままにしている。
溺愛、というんだろう。かなり屈折しちゃいるが、あの男なりの愛し方なのかもしれない。
正直なところ、身体はすっかり慣れてしまった。この屋敷で掃除も洗濯も調理も配膳もすることなく、日がな一日を暇だと思いながら過ごすことに。
そして男に抱かれることにも……
手荒れだってない、風邪も引かない、空腹を感じる暇さえない。ここまで来れば、昔のような奴隷に戻ることの方が酷というもの。あとは俺の気持ちだけ。堕ちてしまえば、きっと楽だ。
だけど……
「……できるかよ、そんなの」
窓のガラスに拳を打ちつけ、誰に向けるでもなく呟いた。
苦しい。今、とても息苦しいんだ。
助けて。助けて。助けて。
助けて、かみ……
『エイシ』
「ひっ!?」
突然、俺の耳元で虫が湧いたようにあの男の声が囁いた。助けを求めたかった男の声ではなく、一番遠ざけたかった男のだ。
俺は自身の右耳朶に触れると、指を滑らせある物に触れる。少しだけ熱を感じるそれは、ピアス式で俺の耳朶に貫通し装着されている。しかし普段の生活に支障がないよう、耳朶からはみ出ることなく小さなガラス玉の形となっている。色は瞳の色と同じブルーだ。
聞こえた声は、ここから発せられた。俺は僅かな悲鳴を上げたものの返事はせず、男の次の言葉を待った。どうせ、悲鳴を上げた俺に不服だろう?
『そんなに怯えなくともいいだろう。通信魔法については一から説明したはずだが?』
ほらな。予想通り、こいつは……「魔王」は不満を乗せた声音で俺に話しかけた。
てめえだから怯えんだよ。つうか、いきなりかけてくんな。
「は~あ……」
俺は部屋の窓から薄暗い外を眺め、長い溜め息を吐いた。今日も今日とて暗雲が垂れ込める、い~い天気ですね。
エイシこと田畑瑛士。「魔王」の愛玩動物となってから、早いもので三ヶ月が過ぎた。季節はわからん。この世界にはっきりとした四季は存在しない。
その日々は相変わらず、「魔王」に抱かれまくって地獄のようだというのに、対して身体はすこぶる好調だ。
雨風にさらされることなく、屋根つきの部屋で快適に過ごしていることや、ここで食える飯が適量で栄養豊富だということが大いにあるだろう。しかも美味い。
一ヶ月を過ぎた頃から、「魔王」は様々なことを許し始めた。屋敷内であれば好き勝手に徘徊してもオーケーで、外の庭は「魔王」か俺付きのゴブリンと共になら出てもいいことになった。
敷地外へ出されることはないけれど、最近じゃ一人で過ごす時間も長く感じられるようになった。ゴブリンに聞いたら、「魔王」は仕事が山のように溜まっているらしい。こっちに構ってないでとっととやれよ、仕事。
基本的に食事と睡眠と、「魔王」の性欲処理の時以外は暇な為、屋敷の中を探検したり、まるで図書館のような書斎にある書物を読んだりして過ごしている。奴隷の身分だったが、前の主が俺に識字を仕込んでくれていたおかげで楽しめる。
あと、衣類か。部屋の中では要らないだろ、と言われてほとんど裸で過ごしていたけれど、部屋の外にはいろんな魔物が「魔王」に仕えている。大事なペットの肌は、たとえ従者であっても晒したくないらしい。通気性が良く、触り心地のいい上質な布地でできた人用の服を何着か用意してくれた。下は紐で調整のできるズボンだが、上は前世で好んで着ていたトレーナーにデザインが似ている。しかもフード付き。学生時代はこれが楽で、制服以外はずっとトレーナーばかりだったんだよな。
靴もサンダルのような素足で履ける物を与えられたから、歩くのもいい運動になっている。身体だけは健康まっしぐらに進んでくれていた。身体だけはな。
心の方はというと、この屋敷から出たい気持ちが日に日に増していた。三ヶ月も経てば、あの男の執着心も落ち着くだろうと踏んでいたのに……甘かった。
「魔王」は俺に飽きるどころか、日に日にその愛情を増やしていった……というより、過保護になった。
俺を抱く時は相変わらずのサディストっぷりだが、それ以外は親のように世話を焼いてくる。俺の起床に間に合えば着せ替え人形のごとく服を着替えさせるし、俺が勝手に部屋を出る際はいちいち出てきて「服は着たか?」、「靴は履いたか?」と確認してくるし、食事の際は俺を自分の膝の上に乗せてせっせと食べさせる。赤ん坊じゃねえんだからとそれを拒むと、排泄の手伝いは我慢しているとか怖いことをほざくので、食事だけはされるがままにしている。
溺愛、というんだろう。かなり屈折しちゃいるが、あの男なりの愛し方なのかもしれない。
正直なところ、身体はすっかり慣れてしまった。この屋敷で掃除も洗濯も調理も配膳もすることなく、日がな一日を暇だと思いながら過ごすことに。
そして男に抱かれることにも……
手荒れだってない、風邪も引かない、空腹を感じる暇さえない。ここまで来れば、昔のような奴隷に戻ることの方が酷というもの。あとは俺の気持ちだけ。堕ちてしまえば、きっと楽だ。
だけど……
「……できるかよ、そんなの」
窓のガラスに拳を打ちつけ、誰に向けるでもなく呟いた。
苦しい。今、とても息苦しいんだ。
助けて。助けて。助けて。
助けて、かみ……
『エイシ』
「ひっ!?」
突然、俺の耳元で虫が湧いたようにあの男の声が囁いた。助けを求めたかった男の声ではなく、一番遠ざけたかった男のだ。
俺は自身の右耳朶に触れると、指を滑らせある物に触れる。少しだけ熱を感じるそれは、ピアス式で俺の耳朶に貫通し装着されている。しかし普段の生活に支障がないよう、耳朶からはみ出ることなく小さなガラス玉の形となっている。色は瞳の色と同じブルーだ。
聞こえた声は、ここから発せられた。俺は僅かな悲鳴を上げたものの返事はせず、男の次の言葉を待った。どうせ、悲鳴を上げた俺に不服だろう?
『そんなに怯えなくともいいだろう。通信魔法については一から説明したはずだが?』
ほらな。予想通り、こいつは……「魔王」は不満を乗せた声音で俺に話しかけた。
てめえだから怯えんだよ。つうか、いきなりかけてくんな。
10
お気に入りに追加
518
あなたにおすすめの小説

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

【完結済み】準ヒロインに転生したビッチだけど出番終わったから好きにします。
mamaマリナ
BL
【完結済み、番外編投稿予定】
別れ話の途中で転生したこと思い出した。でも、シナリオの最後のシーンだからこれから好きにしていいよね。ビッチの本領発揮します。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね

騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる