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ペットじゃねえよ 4

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 オークやゴブリンなどと違い、この男は前世でも見慣れた人間の顔を模している。だからこそ、この顔面は俺にとって凶器だ。

 歪みのないアーモンド型の瞳の色は漆黒で、首元で揃えてある短めの髪はそれよりもさらに深みのある色をしている。また、綺麗な鷲鼻に肌荒れのない薄い唇という完璧なパーツが乗ったその顔立ちは、美麗という単語がムカつくほどよく似合っている。

 そして男なら一度は憧れるだろう、ボディービルダーのような体躯。二メートル近くある身体は大きく、逞しい筋肉をしっかりと装備している。

 芸能人でも見たことのない、恐ろしいほど端正な顔立ちを持つ完璧な男……「魔王」。中身は殴りたいほどムカつく野郎なのに、外見だけは惚れ惚れとしてしまう。

 しかし人間ではないらしい。なぜなら、俺と違って魔法を使えるからだ。

 オークやゴブリンたちも慄くほどの、強力かつ強大な魔法を。

 誰かに聞いたわけじゃない。実際、この目で見たんだ。

 ヘマをやらかした屋敷の魔物に、この男は容赦も慈悲もなかった。それなりに長く仕えていただろうに……一瞬で消し炭となった魔物の姿に非力な俺はもちろんのこと、周りの魔物連中もガタガタと全身を震わせていた。男の何倍も大きな図体を持つ強面の猪ですら、頭を垂れて跪いたくらいだ。

 そんな恐ろしい「魔王」だというのに、俺は目を逸らすだけでなく、自身の歯茎を見せつけるほど奥歯を強く噛み締める。

 およそ従順でない、奴隷らしからぬ態度。なのにこいつは優しげな声音を変えることなく尋ねてくる。

「エイシ。おはよう、は?」

 俺の口から挨拶が聞きたいらしい。唇に親指を宛てがわれ、色づくそこを緩やかに撫でられる。擽ったさに負けて、俺は僅かに唇を動かした。

「お、はよ…………ざい、ます……」

 カラッカラの乾いた口腔からなんとかひり出せた自分の声。掠れ具合が半端ない。昨夜、こいつに散々「遊ばれた」せいだ。

 嫌々な態度でする挨拶だが、「魔王」は嬉しそうに微笑んだ。ちなみに、俺はこいつの本名を知らない。教えてくれる奴がいないし、こいつ自身も教えてくれないからだ。わざわざ呼ぶこともないから、こちらから聞きもしないけれど。

 ともあれ、「魔王」は第一段階の挨拶を俺にさせると、次の段階を要求する。

 犬相手なら「お手」、「おかわり」、などの芸を仕込むような感覚だろう。その程度のものなら簡単なのに、こいつが俺に望むものは方向性がだいぶ違った。

「ん。それで? おはようのキスは?」

 やるわけねーだろ、そんなもん! どこの欧米人だよ! それも男同士で! 種族が違うなら同性でも気にならないってか!?

 首を左右に大きく振って、力強く拒んでみせる。すると、こいつは落胆の言葉を口にした。

「そうか。残念だな」

「うわっ!?」

 全く落ち込む様子のない声音を耳にして、俺はまたも悲鳴を上げた。いきなり視界がひっくり返り、後頭部を柔らかなベッドの上へと押しつけられたせいだった。
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