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ペットじゃねえよ 2

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 ハンマープライスは三億。人間が稀少で価値の高い動物とはいえ、これは相場の何百倍もの価格らしい。意味がわからん。

 オークション後、急に態度を変えやがった司会の豚は上玉と言っていた。俺はそこそこツラが整っているらしい。ろくに鏡を見たことがないから、その辺はいまいちわからんが、歳の若さは価値を上げる事由になる。だからって、ここまでの価値をつけられる謂れはないだろうに。俺はこの世界で最も価値のある人間となってしまった。ちなみに単位はエン。聞き慣れた金の単位ではあるが、きっと俺のよく知るあのエンとは異なるだろう。

 その三億もの値がついた俺はオークション終了後に新たな主へと引き渡され、逃げられないよう厳重な拘束魔法をかけられ、主が住み処としている屋敷の……今いる部屋へと放り込まれた。

 無駄にだだっ広く、白を基調とした明るいこの部屋は、主……「奴」が俺の為にわざわざ用意したものだ。前世の俺が住んでいた1LDKのアパートよりも断然広いここに時計こそないが、その目安となるよう日出と日没の役割を果たす空間魔法がかけられている。前世なら窓を開ければ簡単にわかったそれだが、この世界じゃ終始外にいても暗く濁り、淀んだ空を見渡すことになる。そんな劣悪な環境でもこの身体はしぶとく生きてきたわけだが、人間には陽の光が大事であるとヒト専門家とやらから聞いたらしい。この空間にいれば、たとえ屋根のある部屋の中でも日光を浴びた時と同じ効果が得られるという為、すっかり肌の調子は良くなった。時間を知る為というよりは、俺を健やかに育てる為のものだが、もうほんとスベスベの赤ちゃん肌。なんと都合のいい魔法。

 また、食べ物もタンパク質にビタミン、糖質に脂質などの様々な栄養バランスが考慮された物を与えられ、軽かった体重もちょうどいい重さにまで増えた。

 なんと羨ましい! どこかでそんな声が聞こえた気がするが、全くそんなことはない。この状況が羨ましいなら、喜んで替わってやるよ。

 俺は逃げたい。今すぐ、ここから。でもそれはできない。

 だって俺を競り落としたのは……

「起きたか? エイシ」

「……っ!?」

 ストン、と雫が落ちるように、はっきりとした低い声がこの部屋いっぱいに響いた。

 来やがった……!

 寝起きとはいえ、ベッドの上でうかうかとしていたせいで「奴」の気配に気づけなかった。いや、気をつけていたとしても、「奴」は敢えてそれを殺すだろう。

 ノックもなしに遠慮なく、「奴」はこの部屋の中へと入室する。当然か。この部屋の……ひいてはこの屋敷の主なのだから。

 後悔先に立たず。もう遅いとわかっていても、俺は再び頭からシーツを被り、ベッドの上で寝そべった。そして亀のようにうつ伏せになると、俺は「奴」に背を向けた。

 音のない足音と共に「奴」はこちらへ近づくと、ベッドの隅に腰を下ろし、俺の背中へそっと手を乗せた。

「エイシ」

 声音は酷く優しげ。とろんと脳味噌が蕩けそうになるほど心地いい。

 だが! 俺はそれを拒む。声をかけるな。あっちへ行け。

 俺は脳内で「奴」を追い払いながら、シーツの中で瞼を瞑った。

 なのに「奴」は俺を安心させるかのように、背中に乗せた手を優しく上下に動かし始めた。

 どういうつもりでこんな行動を取るのかは知らない。だけどな。こっちはこんなもんで落ち着けるほど人ができてねえんだよ。

 俺がこんなにも恐れている理由。それはこの身体に染み込んだ奴隷としての性と、ここ二週間ほどの俺への扱いにあった。

 三億もの値で俺を競り落とした「奴」こと俺の主。さぞ金持ちなのかと思いきや、オークション会場の豚や化け物たちが立ち去るこいつにひれ伏したり、屋敷の魔物たちが常に忙しなく動いていたりと、かなり身分の高い立場の者であることを知った。貴族だろうかと推測したが、実際はさらに身分の高い立場……というか、てっぺんだった。本当は俺に隠したかったらしいが、こいつに仕える魔物の一匹がうっかり「まおーさま」と口を滑らした。

 マジかよ。「まおーさま」って言ったらもうあれだろ? 魔王様だろ? マ・オウ様じゃねえだろ、絶対。マオ様、ならまだしもさ。こんな混沌とした闇の世界に君臨する「まおーさま」なんてただ一つしかねえだろ。しかもその翌日から、そのやらかしちゃった魔物の姿を見てねえもん。

 ガタガタと身体が震えるのはしょうがない。だってそうだろう? 魔物の奴隷はやれても、てっぺんの者のペットなんて俺に務まるわけがねえ。そこからずっと、変な胃痛が治まらねえもん。ストレスだろ。決して拾い食いで下したわけじゃねえよ。

 無理だわ。魔王なんて。非力な人間が勝てるわけねえし、逃げることすら不可能だろ。

 不憫で仕方ない。本当にどうして、俺をこんな形で生まれ変わらせたんだよ。
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