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オークション 3
しおりを挟む背後から屈強な腕に身体を掴まれる。振り返ると、人の四肢を持った緑色の猪が、俺を人形のように扱い始めた。
「やっ、さわるな……はなせっ、おい!」
俺は必死に抵抗した。だが、鎖が巻かれて腕が動かせず、芋虫のように身体を捩ることしかできない。
今の俺は非力な少年。そんな「オス」の人間を、この化け物たちが捕らえることなど、赤ん坊の手をひねるようなものなんだろう。
抵抗虚しく、人間の何倍もある強靭な体躯は、軽々と俺を抱きかかえた。そして周りの連中に見えるよう身体を正面にさせられると、両脚をパカッと大きく割り開かれた。
「うわああっ!?」
ハッピーベイビーのポーズ。ヨガをやっていたという会社の女の子が、酒の席でそんなのを披露していた。よくもまあ、そんなポーズをやったな。あの時の彼女はベロンベロンの泥酔状態だったからやれたというのはわかっている。でもこんな危機的状況で恥辱以外の何物でもない今の格好をさせられてみろ。しかも男が! ノーパンで!
叫ばずにいられるか!
「後ろの方、見えますか!? 見えませんね、そうでしょう! なんといっても本日の目玉商品です! お好みの『蕾』であるかどうかはぜひ、競り落とした後でたっぷりとご確認、ご堪能くださいませ!」
マジ、かよ……!
奴隷といっても俺は人間だ。奴らの目当ては俺を使って肉体労働をさせるか、食料として食うか、そのどちらかだろうと予想していた。それならば、アピールするのはこの身体に病気がない点と、その肉づきの良さのはず。
しかしわざわざ、照明を弱めて連中に見せたのは俺の局部……ではなく、その奥にある小さな小さな菊の門。
自身の奥歯が、カタカタと不自然に鳴り始めた。
俺がどういう用途で売られようとしているのか、この時はっきりとわかった。
嫌だ……嫌だ、嫌だ、いやだ!!
それだけは絶対に!!
「やめ、ろ……やめろぉっ……!」
喉が痛い。もしかしたら、この身体は俺が覚醒するまでずっと叫び続けていたのかもしれない。
きっとそうだ。この地獄のステージに上げられるまで、必死に抵抗を続けていただろうよ。
「おい、お前! 大人しくしてろ!」
「い、いやだっ……さわんなぁ!」
両脚をバタつかせ、猪の腕から逃れようと力づくで藻掻いた。
扱き使われるくらいなら社畜根性で耐えられたかもしれない。食われるくらいなら悪夢が一瞬で済んだって、むしろ喜んだかもしれない。
でもこれだけは嫌だ! だいたい俺は男だぞ! 種族が違うなら何をしてもいいってのか!?
化け物なんかに犯されるくらいなら、今すぐ舌を噛んで死んでやる!!
グワッと口を大きく開くと、俺は舌を出してそれを噛み千切ろうとした。
「あっ、バカッ……!」
ガブッ!
瞼を閉じて何かを噛みつけた。ああ、思い切ってやれば意外と痛くないんだな。ギリギリと食い縛り、バチンと音が鳴るのを待った。
でも、おかしい。これだけ力を込めているのに、肉は一向に噛み切れない。どころか、全く痛くない。変だな。何かを噛んでいるのは確かなのに、俺の舌……結構分厚いぞ。
ガッと頭を背後から掴まれるも、俺は口を離さず首を振った。落ちてきたのはあの司会の豚の声。けれど、さっきまでの余裕はどこへやら、その様子はかなり焦っていた。
「おいこら離せ! 誰の手を噛んでると思ってやがる!!」
手じゃなくて舌だ! と、俺は頭の中で否定した。いいからこのまま死なせてくれ!!
…………ん? 何て言った? 手?
「気に入った。これは俺が落とそう」
リン、と。男声なのにまるで鈴が鳴ったような美声が、頭上から落とされた。
驚きのあまり瞼を開けると、そこには「人」の手があった。褐色に近い肌色の健康的なその色は、俺のものではない。
人? しかも俺はそれを千切らんばかりに噛んでいた。
「ぷぁっ……!」
慌てて離すと、口の中に鉄のような味が広がった。
視線を上げると、真っ黒なローブに身を包んだ「一人」の男が立っていた。
「……っ、あ……」
思わず息を飲み込んだ。
下からのアングルで、男の顔を垣間見ることができたせいだ。そいつは今まで目にしたことがないくらい、綺麗な男だった。
男は赤い歯形のついた手を二回ほど振ってみせる。すると、一瞬でその歯形が消えて無くなった。
いったい、どんなマジックだ……? 俺が金魚みたいに、パクパクと口を開閉させるのを他所にして。豚と男の間で何かの取引が始まった。
「お……落とすと言っても旦那、今回は上玉なんでそう簡単には……」
「三億。ここにそれ以上のものを出せる輩がいるのなら、さらに倍を出そう」
「さ、三億ぅ!?」
途端、豚が悲鳴のような声を上げて尻餅を着いた。そして、三億という単語に周囲の者達がどよどよとざわつき始める。
「決まりだな」
男はニヤリと、そしてシニカルに笑った。
「このヒト、俺が貰う」
どこか懐かしさを覚える笑み。
しかし俺は、記憶を辿ろうとすることなくその男を見上げ続けた。
拘束する猪が、男の前で俺を解放した。だが、脚に力の入らない俺はその場で崩れ落ちてしまう。
地に身体が着く前、男の腕が俺を包み込んだ。
「名前はあるか?」
酷く優しげなその声に、俺の唇が緩む。
「たば……た……え……ぃし……」
田畑瑛士。前世での俺の名前だった。
「エイシ……ふむ。悪くない響きだな」
会社では名字、実家では「お兄ちゃん」だった。下の名前で呼ばれたのは、何年ぶりだろう? 転がすように紡がれたそれは、恥辱に塗れた心を少しだけ落ち着かせた。
マシな奴に競り落とされた。そう信じたかった。
その後に続く、最悪なセリフがなければ。
「可愛がってやる。一生な」
こうして俺の二度目の人生は、この男の愛玩動物として生きることが決定してしまったんだ。
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