【完結】「んじゃ、好きにさせてもらおうか」〜転生したら、「魔王」の愛玩動物になった話

天白

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 ――――…



「……ん、ぅ……?」

 あれ……? 何だか、さっきまでと感覚が違う? 何もなかった暗闇に突如、白っぽい光が覆い被さるように出現した。その眩い何かが俺の瞼を重くさせ、自然と眉間に力が入った。何も見えないせいで、辺りと状況を把握することができない。

「……!」

「……!!」

 しかし、音が聞こえる。耳障りなくらいガヤガヤと喧しい音が。何だ? 生活音じゃなくて動物……いや、人? 単語が聞き取れないせいで何を言われているのかわからないが、複数の色んな声のようなものが頭上で飛び交っているようだ。

 耳が機能している。それがわかるのと同時に、微かだが声も出せていることに気がついた。先ほどまでのとは違い、人として生きていた頃と同じ感覚を取り戻している。

 身体がある。そして五感が働いているということは、もしかして俺……生きて、る?

 頬が平らな何かに触れてひんやりと冷たい。どうやらこの身体は地面に横たわっているらしい。瞼も重いが、身体の方も鉛のようにズシリと重く感じる。指先に力を入れると、微かな反応を感じられた。

 もしかして、死んだと思ったのは俺の勘違いで、実はかろうじて生きていたとか? なら、周りがこれだけ騒がしいのも倒れている俺に驚いているんじゃ……

「はっ!? 目を覚ましたようですよ!」

 いってぇ。耳を劈くようにしゃがれた声が落とされた。

 ああ、なんだ。俺、生きてたんだ。ははっ。じゃあ、あれか。臨死体験ってやつ? すげえ目に遭ったな。

 ……ってことは、また社畜の日々に逆戻り? は~、マジかよ。全然嬉しくねんだけど。複雑な思いに駆られながら、俺は心の中で苦笑する。

 誰かはわからねえが、近くにいるのは声音からしておっさんらしい。こんな状態だからありがたいんだけれど……どうせ目覚めるんなら、非現実的な展開が待ち受けていて欲しかったな。例えば、異世界に転生した俺を勇者として育て上げる賢者たちがとり囲んでいるとか、ボンキュッボンのエルフ美女たちが俺の為にちやほやと介抱してくれるハーレム状態だとか……ま、ありえないな。

 頭の中でブツブツと呟きつつ、げんなりした気持ちを吹っ切るよう、俺は重い瞼を持ち上げた。

「…………え?」

 そして再び、思考が停止する。死んだとわかった時と同じ感覚を、二度も味わった。

 カラカラに乾いた喉から発せられるのは蚊の鳴くようなか細い声。だが、周りに聞こえなくてよかったのかもしれない。

 その問いに答えてくれそうなものは、誰「一人」としていなかったのだから。

「なん、だ……こ、こ?」

 喉が痛い。焼けつくようなそれが俺の疑問に邪魔をする。口内も渇いちゃいるが、乾燥とは思えないほど自分の声が掠れていた。こんな高い声、学生以来だ。

 いや、それよりも……ここは何だ? 少なくとも俺の知っている場所じゃない。床は粗さの目立つ灰色のコンクリート。天井は高くて屋根はなく、代わりに大きな幕状の物が鉄筋の骨組みを伝うように被さっている。数えるほどの照明が辺りをところどころと照らしていて、その一部が俺の頭目がけて落ちている。まるでサーカスのテントだ。

 それに何かがおかしい。人の気配を感じられない。周囲にわんさかいるというのに、全員フードのようなものを被っているせいか? さっきから背筋がゾクゾクする。誰がいるんだ? クソッ、照明が強められたせいで目が慣れない。

 身体もまだ重い。だがそれは俺が横たわっていたせいじゃなかった。その理由は首元にあった。

 社畜、社畜と自身を卑下したことは多々あれど、こんなのは初めてだ。こんな……こんな……

 まるで奴隷がするような、こんな鎖が首元に巻きつけられているなんて!

 何度使い古されたのか知れないヨレヨレの革ベルトが俺の首をぐるりと巻き、そこに取りつけられた鎖がさらに身体を拘束するようぐるぐると巻かれている。よく見れば、着ている衣類も見慣れたスーツなんかじゃなく、麻のような素材の布で首から下をすっぽりと覆っているだけの状態だった。

 脚なんか何も穿いちゃいない。靴下どころか下着すら身に着けていなかった。

 これは人に対する扱いじゃない。少なくとも、俺が生きてきた国でこの制度はとっくの昔に廃止されたはずだ。だって、これじゃまるで……

「ど、れ……」

 口にしようとして、最後まで言えなかった。ゴクン、と空気だけを飲み込んだ。愕然とするこの状況。項垂れた頭からは変な汗が噴き出し始めた。

 わからない。これは何だ? ここはどこだ? どうして俺はこんな目に遭っている?

 しかし無情にも、周囲の者たちは俺に考える時間を与えてくれなかった。

「ぅぐっ!?」

 グンと引っ張られる鎖が喉を圧迫する。予告なしにそれをされたせいなのか苦しいより……痛い! 首なんざ吊ったことないが、こんなところ絞めるもんじゃない。たった今、わかった。少なくとも人は死んじまう。俺は犬じゃねえ!

 少しでも苦痛から逃れたくてベルトの隙間に両手を挿し込もうとすると、傍のしゃがれた声が急に甲高く、そしてそこに興奮を乗せて「おっ始め」た。

「皆さま、長らくお待たせしました! それではご覧ください! 次の商品は何とも珍しい……『ヒト』です!」

 まるで司会進行者。マイクを持って独特な機械音と共に辺りの者たちへそれを伝える。この声はさっき俺を心配したおっさん、だよな。何か、臭う……。

 いやいやそれよりも……は? 人が珍しいって……

「ひっ!?」

 人、じゃなかった。俺の傍で、俺を紹介するように手を差し出すそのおっさんは。

 首から下はでっぷりしちゃいるが、人のような四肢を持って上質なタキシードまで着ているというのに、首から上に乗っていたのは人の顔ではなく……豚だった。

 それを踏まえて、改めて周囲を確認する。目が慣れてようやくフードの中身を把握できた。そして自分の直感が、人ではなく背筋が凍るような化け物の気配しか感じなかったことは当たっていた。

 周りは漫画やアニメでしか見たことのない、オークやゴブリンのオンパレードだった。

 錆びた鎖が、首元でじゃらりと鳴った。
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