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番外編「早すぎる倦怠期?」2
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「ぼくのえびさん、おっきくておいしいね~!」
「ふふ。それはよかった」
「ママはえびさん食べないの?」
「うん。ママは純の選んでくれた山菜にしたよ。すごく美味しい」
「ふふ~!」
場所は移り、ダイニングテーブルに用意された三人分の年越し蕎麦を前にして、それぞれふうふうと息を吹きかけながら蕎麦を啜る。やや薄味の醤油と鰹からしっかり出た出汁が、これまで酷使した肝臓にじわりと染みていく。つまり美味い。
いや、美味いのはいいんだ、美味いのは。問題はそこじゃない。結婚してからまだ半年も経ってないってのに、藍時がオレを避けていることが問題なんだ。
いつから、というのはわかっている。クリスマスというサンタミッションを終えた後からだ。正確にはセックスをするところまではオレが触れるのを拒まなかった。が、翌日から藍時がオレを避けるようになった。セックスはおろか、腰を抱くことでさえ拒まれる。いったい何が原因だ? 最後にしたセックスか? 確かに普段よりもねちっこくヤったことは認めるし、もう無理と泣いて懇願されたのにこれで最後だからとかなんとか言って二回も中出ししちまったのは良くなかっただろうが、腰が砕けて立てなくなった藍時を風呂場まで連れてって身体の隅々まで洗ったり、水を飲ませたりと、フォローはしっかりしたつもりだが……あー、駄目だ。考えたところでわからん。
「なあ、藍時」
「はい。おかわりですか?」
「それは後で頼む。だが今はそうじゃない」
「?」
「オレになんか怒ってるか?」
「え? いえ……そんなことはない、です……けど?」
藍時はなぜ、そんなことを尋ねてくるのか心底不思議な様子で答えた。視線も逸らさないし、嘘は吐いてないようだ。
「じゃあ、オレのことが嫌いになったとか?」
「え!? そ、そんなことないですっ。全然! まったく!」
今度は力強く否定した。両手を前にして、首を千切れんばかりに振っている。ここまで強く否定されるとは思いもしなかったので、聞いておいてなんだが少し驚いた。ガキみたいに単純だが、嬉しくも感じた。
じゃあ、何だ? いよいよわからんぞ。怒っているわけでも、嫌っているわけでもない。それ以外にオレを避ける理由って何があるんだ?
オレが黙ると、藍時は首を傾げながらも、再び蕎麦を啜り始めた。
「おかしいな。クリスマスの夜から今日まで、全然セックスしてねえんだけど」
「ぶっ!」
オレがボヤくと、今度は盛大に蕎麦を吹き出した。
隣で蕎麦を啜る純が、咳き込む藍時を心配して背中を擦った。
「ママ、大丈夫? おそばはゆっくり食べなきゃ、痛い痛いだよ」
「けほけほっ……そ、それはお餅の時……けほっ……」
しばし背中を丸めていた藍時は口元を拭いつつ、自身を心配してくれた純に礼を言うと、声を潜めてオレに苦言を呈してきた。
「なんて話を純の前でするんですかっ。せ、せ……せっ……っ……夜の営みを口にするなんて……!」
「そろそろ純にも、性教育が必要だろ」
「それは……然るべき年齢になったらするものであって……決して今ではなくて……」
「まあ、69の説明はさすがに早いか」
「ろっ……そうじゃなくて……!」
前回の情事を思い出したのか、藍時は耳まで真っ赤にさせてオレを睨んだ。あー、可愛い。Sっ気があることは自覚がある。
だが、さすがにこれ以上からかうと、さらに避けられそうだから、セックス関連の話はここらでやめておくかと、オレはしれっと話題を変えた。
「ところでこの後だけど、クマがおせちとケーキを用意してくれたから『L’oiseau』へ受け取りに行ってくる。他にいるもんがあれば教えてくれ。買ってくるから」
「え? ケーキ……ですか?」
「ん?」
すると、藍時が首を傾げて怪訝そうな表情を浮かべた。何でそこで不思議そうな顔をするんだ? と、オレもまた首を傾げた。
「大晦日って、ケーキを食べるものでしたっけ?」
「いやいや、誕生日っつったらケーキだろ」
「誕生日…………ぁ」
そこまで言うと、藍時は思い出したと言わんばかりの顔になった。大晦日と重なっちゃいるが、今日は藍時の誕生日だ。そんな大事な日を、自分自身は忘れていたらしい。
「おいおい」
「いや、あの……忘れてたというか……昔から、大晦日の翌日はお正月だから、そこでご馳走が出たりしていたので、ケーキなんて食べたことがなくて……」
藍時は慌てて、言い訳のように言葉を並べ立てた。施設育ちの藍時はそれまで誕生日と正月行事を一緒くたにされていたらしい。何だ、その施設は。大人ならまだしも、子どもにとっちゃ誕生日なんて一大イベントだぞ。オレは内心、藍時をぞんざいに扱った施設に対して憤りを覚えた。
「正月は正月。誕生日は誕生日だろ。たとえクリスマスと誕生日が重なっていたとしても、扇家じゃケーキ二つだぞ。なあ、純」
「ずるずる……う? うん! ケーキいっぱい食べるよ!」
蕎麦に夢中でこちらの会話を耳にしていなかった純は、ケーキという単語だけに反応して、声高らかに同意する。
そんなオレ達二人に、藍時は戸惑う様子を見せつつも目元を細めて照れたように笑った。
「ありがとうございます……嬉しいです。でも、俺は……」
「まだなんか心配ごとか?」
「……いえ、何でもありません」
歯切れが悪い。
藍時が何かを隠していることは、間違いなかった。
「ふふ。それはよかった」
「ママはえびさん食べないの?」
「うん。ママは純の選んでくれた山菜にしたよ。すごく美味しい」
「ふふ~!」
場所は移り、ダイニングテーブルに用意された三人分の年越し蕎麦を前にして、それぞれふうふうと息を吹きかけながら蕎麦を啜る。やや薄味の醤油と鰹からしっかり出た出汁が、これまで酷使した肝臓にじわりと染みていく。つまり美味い。
いや、美味いのはいいんだ、美味いのは。問題はそこじゃない。結婚してからまだ半年も経ってないってのに、藍時がオレを避けていることが問題なんだ。
いつから、というのはわかっている。クリスマスというサンタミッションを終えた後からだ。正確にはセックスをするところまではオレが触れるのを拒まなかった。が、翌日から藍時がオレを避けるようになった。セックスはおろか、腰を抱くことでさえ拒まれる。いったい何が原因だ? 最後にしたセックスか? 確かに普段よりもねちっこくヤったことは認めるし、もう無理と泣いて懇願されたのにこれで最後だからとかなんとか言って二回も中出ししちまったのは良くなかっただろうが、腰が砕けて立てなくなった藍時を風呂場まで連れてって身体の隅々まで洗ったり、水を飲ませたりと、フォローはしっかりしたつもりだが……あー、駄目だ。考えたところでわからん。
「なあ、藍時」
「はい。おかわりですか?」
「それは後で頼む。だが今はそうじゃない」
「?」
「オレになんか怒ってるか?」
「え? いえ……そんなことはない、です……けど?」
藍時はなぜ、そんなことを尋ねてくるのか心底不思議な様子で答えた。視線も逸らさないし、嘘は吐いてないようだ。
「じゃあ、オレのことが嫌いになったとか?」
「え!? そ、そんなことないですっ。全然! まったく!」
今度は力強く否定した。両手を前にして、首を千切れんばかりに振っている。ここまで強く否定されるとは思いもしなかったので、聞いておいてなんだが少し驚いた。ガキみたいに単純だが、嬉しくも感じた。
じゃあ、何だ? いよいよわからんぞ。怒っているわけでも、嫌っているわけでもない。それ以外にオレを避ける理由って何があるんだ?
オレが黙ると、藍時は首を傾げながらも、再び蕎麦を啜り始めた。
「おかしいな。クリスマスの夜から今日まで、全然セックスしてねえんだけど」
「ぶっ!」
オレがボヤくと、今度は盛大に蕎麦を吹き出した。
隣で蕎麦を啜る純が、咳き込む藍時を心配して背中を擦った。
「ママ、大丈夫? おそばはゆっくり食べなきゃ、痛い痛いだよ」
「けほけほっ……そ、それはお餅の時……けほっ……」
しばし背中を丸めていた藍時は口元を拭いつつ、自身を心配してくれた純に礼を言うと、声を潜めてオレに苦言を呈してきた。
「なんて話を純の前でするんですかっ。せ、せ……せっ……っ……夜の営みを口にするなんて……!」
「そろそろ純にも、性教育が必要だろ」
「それは……然るべき年齢になったらするものであって……決して今ではなくて……」
「まあ、69の説明はさすがに早いか」
「ろっ……そうじゃなくて……!」
前回の情事を思い出したのか、藍時は耳まで真っ赤にさせてオレを睨んだ。あー、可愛い。Sっ気があることは自覚がある。
だが、さすがにこれ以上からかうと、さらに避けられそうだから、セックス関連の話はここらでやめておくかと、オレはしれっと話題を変えた。
「ところでこの後だけど、クマがおせちとケーキを用意してくれたから『L’oiseau』へ受け取りに行ってくる。他にいるもんがあれば教えてくれ。買ってくるから」
「え? ケーキ……ですか?」
「ん?」
すると、藍時が首を傾げて怪訝そうな表情を浮かべた。何でそこで不思議そうな顔をするんだ? と、オレもまた首を傾げた。
「大晦日って、ケーキを食べるものでしたっけ?」
「いやいや、誕生日っつったらケーキだろ」
「誕生日…………ぁ」
そこまで言うと、藍時は思い出したと言わんばかりの顔になった。大晦日と重なっちゃいるが、今日は藍時の誕生日だ。そんな大事な日を、自分自身は忘れていたらしい。
「おいおい」
「いや、あの……忘れてたというか……昔から、大晦日の翌日はお正月だから、そこでご馳走が出たりしていたので、ケーキなんて食べたことがなくて……」
藍時は慌てて、言い訳のように言葉を並べ立てた。施設育ちの藍時はそれまで誕生日と正月行事を一緒くたにされていたらしい。何だ、その施設は。大人ならまだしも、子どもにとっちゃ誕生日なんて一大イベントだぞ。オレは内心、藍時をぞんざいに扱った施設に対して憤りを覚えた。
「正月は正月。誕生日は誕生日だろ。たとえクリスマスと誕生日が重なっていたとしても、扇家じゃケーキ二つだぞ。なあ、純」
「ずるずる……う? うん! ケーキいっぱい食べるよ!」
蕎麦に夢中でこちらの会話を耳にしていなかった純は、ケーキという単語だけに反応して、声高らかに同意する。
そんなオレ達二人に、藍時は戸惑う様子を見せつつも目元を細めて照れたように笑った。
「ありがとうございます……嬉しいです。でも、俺は……」
「まだなんか心配ごとか?」
「……いえ、何でもありません」
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