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決着 2
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藍時が「え……?」と小さく疑問の声をあげると、それまで怒鳴り散らしていた陸が、動揺したように裏返った声を出した。
「な、な、何を……何を言っている? わ、私はれっきとした男で……バース性は、ある……」
「βでしょう?」
「なっ……!?」
「えっ……?」
陸だけでなく、藍時までもが驚きの声をあげた。
(この人が……β?)
信じられない、という表情で口元を押さえながら陸を見ると、あんぐりと口を開けた彼は、頭から滝のような汗を流していた。
秀一は畳み掛けるように話を続けた。
「独占欲の強いあなたが、藍時を番にしない理由がそれしか思いつかなかったので、そこも調べさせてもらいました。あなたにはお兄様がいらっしゃる。そのお兄様こそ、αでいらっしゃるんですよね。互いのバース性が判明したことがきっかけで、あなたは性別にコンプレックスを抱くようになった。兄弟とはいえ、接し方にもあからさまに差をつけられるようになった。だから自分よりも下と見なすΩの藍時を手元に置き、支配することで己の自尊心を保ち、愉悦を覚えていた。違いますか?」
「そん、そんなこと……ぐっ!」
陸は口籠ってしまった。図星だったのだろう。
一方の藍時は、そんなことのために自分は利用されたのかと、虚しくなった。負った傷は決して消えることはない。それは目に見えるものだけでなく、目に見えない傷についても同様だ。
藍時が悔しそうに下唇を噛んだ。そんな彼を見て秀一は、
「ですが、あなたもよく知っての通り、藍時は賢く、器用で優しい。私や純と共に暮らしていた時にも、様々な才能を発揮し、見せてくれました。最近ですと、新しい話術を僅か一年ほどで自分のものにしたことでしょうか。この子は謙遜しますが、なかなかできることではありません。それがたとえ、αであっても」
慰めるのではなく、褒め称えた。藍時はどこまでも自分を人として対等に扱ってくれる秀一に、心の中で感謝しつつ、両目にいっぱいの涙を浮かべた。
「だからあなたは、藍時に激しく嫉妬した。自分よりも高い能力を引き出させないよう、常に暴言を浴びせ、暴力で封じ込めた。ですがそれは、裏を返せばこの子の才能を認めているということだ。この子があなたよりも、人間として優れているということをね」
秀一は以上、と言わんばかりに陸を見下ろした。反論があれば受けて立とうという姿勢で待ち構えていたのだが、当の陸は唾を飛ばし、激昂した。
「うるさいっ! うるさい、うるさい、うるさいぃぃ!」
「あらやだ」
陸は力任せに熊田の手を振り解くと彼からバールを奪い取り、秀一と藍時に向かって突進した。
「藍時ぃ!」
鈍器が大きく振り翳され、それが藍時の頭に目掛けて振り下ろされる。藍時は咄嗟に目を瞑った。
「ぎゃっ!?」
しかし、悲鳴があがったのは陸の口からだった。藍時が恐る恐る瞼を開くと、自身を抱く腕とは反対の手を拳の形にして突き出した秀一が、射殺すような鋭い眼光で、のたうち回る陸を見下ろしていた。
「痛いっ、痛いぃぃ!」
「うるせぇな。一発殴っただけだろうが」
聞いたこともないような凄まじい声が秀一の喉から発せられるのを、藍時は固まりながらも見守った。
すると、それまで傍観していた熊田が、自身の頬に手を添えながら、
「やあね、秀ちゃん。人を殴ったりしちゃって」
「正当防衛だ」
「それにしては痛そうよ?」
「藍時が受けてきた痛みに比べたら、ゴマ粒のようなもんだろ。それにお前も、オレから殴られるようわざと離しただろ」
「あら、そお? 私って非力なものだからわかんないわ~。でも仕方ないわよね。うん。立派な正当防衛だわ」
嘯く熊田は「よっこらせ」としゃがみ込み、再び陸を取り押さえた。
さすがに観念したのか、陸は折れ曲がった鼻で嗚咽を漏らしながら「藍時ぃ、藍時ぃ」と繰り返し呼んでいた。その顔は涙と鼻血と鼻水で、グチャグチャに崩れていた。
「うるせぇな。いつまでも……見苦しいぞ」
熊田が秀一に負けず劣らずの低い声音で、陸を叱責するように言った。大男二人から凄まれて、陸はついに黙り込んだ。
弱い男だ。そして同時に脆くも可哀想だと、少しだけ同情のような気持ちで、藍時は彼を見下ろした。
「じゃあ、こっちは私が片付けておくから、秀ちゃんとヒナちゃん……じゃなかった。藍時ちゃんは行きなさいね。本来なら事情聴取したいところなんだけど、藍時ちゃんの怪我が気になるから、早めに病院へ行った方がいいわ。また後日、話を聞かせてね」
遠くから鳴り響くサイレンはこちらに向かっているようだった。熊田がウインクをしながらそう言うと、秀一は「悪いな」と返して、藍時を連れてその場から立ち去った。
「な、な、何を……何を言っている? わ、私はれっきとした男で……バース性は、ある……」
「βでしょう?」
「なっ……!?」
「えっ……?」
陸だけでなく、藍時までもが驚きの声をあげた。
(この人が……β?)
信じられない、という表情で口元を押さえながら陸を見ると、あんぐりと口を開けた彼は、頭から滝のような汗を流していた。
秀一は畳み掛けるように話を続けた。
「独占欲の強いあなたが、藍時を番にしない理由がそれしか思いつかなかったので、そこも調べさせてもらいました。あなたにはお兄様がいらっしゃる。そのお兄様こそ、αでいらっしゃるんですよね。互いのバース性が判明したことがきっかけで、あなたは性別にコンプレックスを抱くようになった。兄弟とはいえ、接し方にもあからさまに差をつけられるようになった。だから自分よりも下と見なすΩの藍時を手元に置き、支配することで己の自尊心を保ち、愉悦を覚えていた。違いますか?」
「そん、そんなこと……ぐっ!」
陸は口籠ってしまった。図星だったのだろう。
一方の藍時は、そんなことのために自分は利用されたのかと、虚しくなった。負った傷は決して消えることはない。それは目に見えるものだけでなく、目に見えない傷についても同様だ。
藍時が悔しそうに下唇を噛んだ。そんな彼を見て秀一は、
「ですが、あなたもよく知っての通り、藍時は賢く、器用で優しい。私や純と共に暮らしていた時にも、様々な才能を発揮し、見せてくれました。最近ですと、新しい話術を僅か一年ほどで自分のものにしたことでしょうか。この子は謙遜しますが、なかなかできることではありません。それがたとえ、αであっても」
慰めるのではなく、褒め称えた。藍時はどこまでも自分を人として対等に扱ってくれる秀一に、心の中で感謝しつつ、両目にいっぱいの涙を浮かべた。
「だからあなたは、藍時に激しく嫉妬した。自分よりも高い能力を引き出させないよう、常に暴言を浴びせ、暴力で封じ込めた。ですがそれは、裏を返せばこの子の才能を認めているということだ。この子があなたよりも、人間として優れているということをね」
秀一は以上、と言わんばかりに陸を見下ろした。反論があれば受けて立とうという姿勢で待ち構えていたのだが、当の陸は唾を飛ばし、激昂した。
「うるさいっ! うるさい、うるさい、うるさいぃぃ!」
「あらやだ」
陸は力任せに熊田の手を振り解くと彼からバールを奪い取り、秀一と藍時に向かって突進した。
「藍時ぃ!」
鈍器が大きく振り翳され、それが藍時の頭に目掛けて振り下ろされる。藍時は咄嗟に目を瞑った。
「ぎゃっ!?」
しかし、悲鳴があがったのは陸の口からだった。藍時が恐る恐る瞼を開くと、自身を抱く腕とは反対の手を拳の形にして突き出した秀一が、射殺すような鋭い眼光で、のたうち回る陸を見下ろしていた。
「痛いっ、痛いぃぃ!」
「うるせぇな。一発殴っただけだろうが」
聞いたこともないような凄まじい声が秀一の喉から発せられるのを、藍時は固まりながらも見守った。
すると、それまで傍観していた熊田が、自身の頬に手を添えながら、
「やあね、秀ちゃん。人を殴ったりしちゃって」
「正当防衛だ」
「それにしては痛そうよ?」
「藍時が受けてきた痛みに比べたら、ゴマ粒のようなもんだろ。それにお前も、オレから殴られるようわざと離しただろ」
「あら、そお? 私って非力なものだからわかんないわ~。でも仕方ないわよね。うん。立派な正当防衛だわ」
嘯く熊田は「よっこらせ」としゃがみ込み、再び陸を取り押さえた。
さすがに観念したのか、陸は折れ曲がった鼻で嗚咽を漏らしながら「藍時ぃ、藍時ぃ」と繰り返し呼んでいた。その顔は涙と鼻血と鼻水で、グチャグチャに崩れていた。
「うるせぇな。いつまでも……見苦しいぞ」
熊田が秀一に負けず劣らずの低い声音で、陸を叱責するように言った。大男二人から凄まれて、陸はついに黙り込んだ。
弱い男だ。そして同時に脆くも可哀想だと、少しだけ同情のような気持ちで、藍時は彼を見下ろした。
「じゃあ、こっちは私が片付けておくから、秀ちゃんとヒナちゃん……じゃなかった。藍時ちゃんは行きなさいね。本来なら事情聴取したいところなんだけど、藍時ちゃんの怪我が気になるから、早めに病院へ行った方がいいわ。また後日、話を聞かせてね」
遠くから鳴り響くサイレンはこちらに向かっているようだった。熊田がウインクをしながらそう言うと、秀一は「悪いな」と返して、藍時を連れてその場から立ち去った。
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