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64 双子の過去

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 ティタとティオンは二人そろって孤児院の前に捨てられた捨て子であり、16歳までは孤児院で過ごしていた。そして二人の料理好きは孤児院に居る時からのもので、初めて二人で料理を作った時にシスターから美味しいと褒めてもらえたことがきっかけだった。それ以来もっと美味しい物を作りたいと、シスターから許可をもらっては毎日のように料理の練習をしていた。
 その努力を知っているからだろう。孤児院の院長は、自分のツテを駆使して多くのレストランを経営する穏やかな夫婦に双子の身元引受人を頼み、双子の料理の腕が買われて双子はその夫婦の所に引き取られた。その時にウェースの姓をもらった。
 双子は夫婦のもとで過ごしながら、夫婦が経営するレストランの見習いから始めた。初めて見る本格的な調理器具がそろう厨房に双子は感動し、ここで働けることに感謝した。
「ここで、料理が作れるんですか? すごい……!」
「こんなに綺麗で広いキッチン、見た事ない! すごくワクワクするね、ティタ」
「ハハッ、本当に君達は料理が好きなんだね。まずは見習いからになるけど、いずれ二人にも美味しい料理をお客様へ提供してもらうから、料理長の言う事を聞きながら腕を磨きなさい。グエン料理長、二人をよろしく頼みましたよ」
「はい。お任せください、オーナー。私達が二人を一人前の料理人にします」
 目を輝かせる双子に義父であるオーナーは期待を込めて二人の頭を撫で、グエン料理長は上品に笑いながらオーナーに頭を下げた。
 その日から双子は見習いコックとして毎日厨房に入り、給仕や雑用をこなしながら一流の料理人の技を盗もうとメモを取って勉強をし続けていた。ひたむきに料理に向き合う双子の姿は厨房にいる誰もが好ましく思い、双子に自分の技を快く教えていた。
 そんな日々が過ぎていき、双子は数年後には料理をお客に提供できるようになった。自らの手で料理を作れるようになった双子は、そこからさらに料理の腕が上達し、多くのお客から料理の味やクオリティが高く評価されるようになった。
「今日もティタとティオンの料理が褒められていたよ。二人はすごいねぇ」
「本当? やったね!」
「でも、やっぱりまだまだ先輩方には遠く及ばない。でも、フフ、嬉しいなぁ」
 毎日のように届くウェイターからの吉報は、双子にとって何よりも嬉しいものであり、高いモチベーションを保つ秘訣でもあった。
「当然だな! 俺達もうかうかしてたらティタとティオンに抜かれちゃうから、先輩風を吹かせ続けるためにこう見えても頑張ってるんだぜ」
「はははっ、確かにな。二人の努力に負けないように俺達も頑張らないと、いつの間にか追い抜かれていた、なんて悔しいもんな」
「みんな、笑ってる場合じゃない! 大変だ!」
 突如、ホールに出ていたウェイターが血相を変えて厨房に飛び込んできて、その慌てように皆なんだなんだとそのウェイターに注目した。
「どうした? 店内で何かあったのか?」
「お客様が暴れてるんだ!」
「おや、それはどうしてですか?」
 騒ぎを聞きつけた料理長が厨房の奥からウェイターの方へ歩いてきて、穏やかな口調ながら真剣な表情で詳細を促した。
「その、ティタとティオンの料理を食べたお客様に、この料理は誰が作った料理か聞かれたから、二人の名前を出したんです。そうしたら突然、その……孤児が作った料理なんて出すなと怒り出してしまって……。もう俺達の手では負えないので応援に来てほしくて」
「そうですか。分かりました。では私からそのお客様に説明をしましょう。皆は引き続きお客様からの注文の料理を作っていてください。ティタ、ティオン、引き続きお客様の料理を作ってください。できますか?」
 気遣うように二人を見る料理長に、双子は表情を引き締めて力強く頷いた。
「はい」
「分かりました」
 しかし、その客が騒いだ事でこのレストランには孤児だった料理人がいると町中に噂され、孤児という言葉に悪いイメージを持つ人はそのレストランに寄り付かなくなってしまった。
「今日も、目標金額に達しなかったな」
「ここ最近、お客様が減ったからな。はぁ~、ティタとティオンが何をしたって言うんだよ」
「でも事実、罪を犯す者の大半は孤児だからな。悪いイメージを持つのも仕方ないが……」
 ため息を吐く仲間を陰からこっそりと見ていたティタとティオンは、初めて自分達を捨てた親を憎く思い、そして同時に『自分達が孤児である』という、変える事の出来ない事実が悔しかった。
「……俺達だって孤児になりたくてなった訳じゃないのに……」
「ね。俺達、ただ産みの親に捨てられただけなんだけどなぁ……」
 お互いに悲しい表情をしており、向かい合えば鏡を見ているようだった。
 双子の噂によって経営が厳しくなっている事は、すぐにオーナーである義父の耳にも入り、ある日二人は夫婦の部屋に呼ばれた。
「はい、なんでしょう。お義父とうさま」
「突然呼んですまなかったね。とりあえず、座りなさい」
「ティタ、ティオン、大丈夫? 辛くない? 虐められていないかしら?」
 二人が座った瞬間、義母が心配そうな表情で二人を見つめ、早まる妻にオーナーは「まあまあ」と手を握ってなだめた。
「最近、君達も私も忙しくて家に帰れず、全然話が出来ていなかったからね。少し、話をしようと思ったんだ。あぁ、もしかしたら噂の件で不安があるかもしれないから始めに言っておくけど、私達は君達を引き取ったことを後悔したことは無いし、本当の息子のように思い、愛しているつもりだ。そこは、信じてくれるかい?」
「……大切なお店を、衰退させたのが俺達でも?」
 二人で顔を見合わせ、ティオンがオーナーに申し訳なさそうな顔でそう言うと、オーナーはやはり気にしていたかと気の毒そうな表情を浮かべたが、鷹揚にうなずいてから穏やかな表情と声で二人に言葉を掛けた。
「もちろん。それに、店の経営が厳しくなった原因は二人の事だけが原因じゃない。この国は平和だけど、最近はどこの国も戦争をしているし、賊も増えているからね。物価が上がっているんだ。だから、もし今まで通りの客足があったとしても経営は厳しくなる。仕方のない事なんだよ。だから、二人が気に病むことはないさ」
「でも、俺達が孤児じゃなかったら、あんなことを言われる事はありませんでした……。俺達、悔しいんです」
「そうだね。報告から、どんな風に噂が広まっているのか知っている。報告を聞いた時は私も、優秀な息子達に向かって何を言ってくれているんだと憤りを覚えたよ。でも、だからこそ言うが、二人が孤児であったことは変えられない。それは、分かっているね。私達も、君達が最初からこの家に来てくれていたら、こんなつらい思いをさせることなく育てられたのにと変えられない事を悩んだ。けれど、そんな都合のいいもしもを実現することは出来ない。だからこそ、誰にも貶められないように、もっと腕を磨くんだ。誰もが、二人の料理を口にした瞬間、幸せになれる。孤児である事など些事であると思わせる。そんな圧倒的な技術を手に入れて欲しい。そうすれば、誰も君達を見下したりしない」
「でもね、もし辛くて辛くて、もうダメだと諦めてしまっても、私達はそれでもいいと思っているわ。だから、思う存分挑戦していいのよ。帰る所はここにあるからね。そして、諦めてしまったその時は、この家でティタとティオンが好きな料理を私やダーリンに振舞いながら、穏やかに過ごしましょう」
 オーナーの真摯で力強い希望の言葉、義母の優しく包み込むような声と愛情に、二人はそんな未来があるのかと半信半疑ではあったが、それでもひしひしと伝わってくる夫婦からの愛情は失敗しても大丈夫という安心感を与えてくれた。
「……俺達、頑張ります。今まで以上に努力して、オーナーの期待に応えます」
「俺達はお義父とうさまと、お義母かあさまに恩を返せるように、超一流になる。だから、俺達を見捨てないで」
「どんな二人でも、私達はティタとティオンを愛しているよ。一緒に乗り越えて行こう」
「えぇ、えぇ……! どんな時も、母はティタとティオンを見捨てたりしないわ」
 愛情深いオーナー夫婦に、ティタとティオンは愛というものを身に染みて感じ、泣きながら夫婦に感謝を伝えた。
 ここまでは良かったのだ。愛を知り、さらに努力を重ねようと決意した二人。このまま何も起こらずに過ごすことが出来れば良かった。しかし、運命はそう優しくなかった。

 外の国では戦争が激化しつつあり、平和なこの国にも火種が飛ぶようになった。中立国としてどこの国にも干渉しないスタンスを取っていたが、この国の土地は周辺国にとって奪えばどこの国へも攻めやすくなる立地にあった。故にどこの国も同盟を結ぼうと躍起になっていたが、そのすべての返答にNOを出していたために、力ずくで奪おうという方向に切り替わってしまった。その為政府は若者を徴兵し、国の防衛のために戦うことを決意した。
 そして戦争に向けた重要な会議の場に、どういう訳かオーナーの店が選ばれることになったのだが、噂ではティタとティオンの事を孤児だと知って騒いだ客が重鎮の一人だったらしく、彼がオーナーの店を推薦したのだと言う。どういうつもりなのかと従業員もオーナーも憤りを覚えたが、光栄な事であるには変わりないため、二階の広間に会食用の席をセッティングした。
 一応、彼がいるとの事なのでティタとティオンは調理の方には参加せず、給仕として参加することとなった。

 当日、貸し切りとなったレストランに国の重鎮たちが続々と入店し、会食がスタートした。どうやら食事をしてから大切な会議をするらしく、食事中は穏やかな空気で各々が料理に舌鼓を打ちながら談笑をしていた。ティタとティオンも次々と出来上がる料理を丁寧に運び、空いた皿を片付ける仕事を黙々としていたのだが、メインディッシュが運び込まれるタイミングで会場が凍り付く発言をした男がいた。
「ん? おい、お前。お前達だな? この店で働く孤児というのは。……はっ、上品な身なりをしているが、お前たちが着ていると服の品が落ちる。お前ら孤児には大それた服だな」
 ティオンが男の皿を下げようとしていた時だった。グイッとティオンの胸ぐらをつかみ、間近で顔を見られながらティオンを一方的に見下す男に、ティオンは頭に血が上りそうになったが、ここで怒りに任せれば店自体の評判に響くと深呼吸をして怒りを抑え、胸ぐらの手をそっと外させた。
「失礼いたします。お皿をお下げいたしますね」
「孤児を養子にするここのオーナーの気が知れないわ。…あぁ、ここの労働力にするために引き取ったのか。よくある事だ。タダで働く労働力を得るためにわざわざ孤児を受け入れる。お前たちもそういう類い……うごっ!?」
 一瞬の事だった。べらべらと喋る男の皿を黙々と下げようとしていたティタンだったが、オーナーの話になった途端その表情に、隠したはずの怒りが現れ、気付いた時には男の頬を殴り飛ばして男を椅子から落としていた。
「貴様っ! やはり、孤児など荒くれものばかりのクズだな! ハハッ、大臣見たでしょう? やはり最前線には孤児どもに行かせましょう。いい戦力にな…ぐあっ、やめ…グッ、やめろ! …アガッ…!」
「ふざけんな! 俺達の事は何を言ってもいい。でもな、オーナーの事を悪く言うなんて事は許さねぇ! オーナーは俺達をちゃんと愛してくれているんだよ!」
 笑う男にティオンは馬乗りになりながら何度も殴りつけ始め、それを見た従業員たちとティタが慌ててティオンの所に行って、男からティオンを引きはがした。そして、従業員に引きずられるようにしてティオンは会場を後にし、ティタが殴られた男に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。皆様にこれ以上お見苦しい姿をお見せする訳にはいきませんので、私達はこれにて失礼いたします。料理長が腕によりをかけて作ったメインディッシュを冷めないうちにお召し上がりくださいませ」
「貴様ら孤児など、いくら取り繕おうと根底に悪がある限り隠すことなどできないのだよっ!! 目ざわりだ、さっさと失せろ!」
 不愉快そうに立ち上がり、ティタを押しのけるとドカッと勢いよく椅子に座って美しく盛り付けられたメインディッシュに乱暴にフォークを入れて豪快にかぶりついた。ティタはそれを見届けてから会場を出て行き、衝動的になってしまった自分を悔やむ片割れの隣に座った。
「ティオン、大丈夫?」
「……ごめん、ティタ。俺、カッとなっちゃった。俺のせいで、またオーナーに迷惑かける」
 今にも泣きだしそうなティオンを抱き締めながら、ティタは口元に笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「ティオンは悪くない。悪いのはあいつだから。一度はちゃんと怒りを抑えたティオンは偉い。大丈夫、ティオンよりも悪いことを俺がしてきた。だから、ティオンは何も気にしなくていいよ」
「え? 俺よりも悪い事?」
「うん。俺、あいつに毒を盛ってきた。ちゃんと料理を食べる所まで見てきたから、あいつは死ぬよ」
 ティタがそう言った瞬間、会場の方が騒がしくなり、男が倒れた事を知らせた。
「ね? ……でも、料理長の料理を台無しにした俺はもうここにはいられない。だからティオンが、全て俺がやった事だとオーナーに知らせて」
「何言ってるんだよ。ティタがどこかに行くなら、俺も一緒に行くに決まってる。俺だってあいつ殴っちゃったし、ティタと離れるなんて考えられないから」
「……ティオン。でも」
「うるさい。ティタが止めなければ、俺があいつを殺してた。だから、俺達は同罪。オーナー達に手紙を書いたら出て行こう」
 騒がしい会場に背を向けて二人は一度家に帰り、手紙を残すと二人で家を出て行った。
オーナーもレストランの皆も二人が出て行ったことに対して、守ることが出来なかったと悔み、今もなおあのレストランで二人の帰りを待っているという。

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