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二章 ―少年から青年へ― (読み飛ばしOK)

―賊の襲撃事件― 4

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 二人が城に戻る途中、ドラゴンはトレイシーがあの場所に偶然居合わせた事を不思議に思い、その事を問いかけていた。
「そういえば、どうしてあの場所にトレイシー副団長がいたんですか?」
「それはこっちのセリフだけど? 俺は怪しい影が城壁を飛び越える姿を見つけたから追いかけてきただけ。それがドラゴンで、さらに路地裏の酒場に入っていくのを見たから驚いたよ。ま、あとで説教かなと思ってずっとつけていたんだ。それで? 未成年が酒場で何をしていたのかな?」
「それは……えっと……」
「言えないの?」
 しどろもどろになったドラゴンをトレイシーは威圧のある笑顔で「さっさと白状しろ」と言外に言い、その笑顔に逆らえないと悟ったドラゴンは、渋々といった体で白状した。
「……あそこのマスターに、兄さんの行方の手がかりを見つけてもらおうと思って、通っていたんです」
「ザギの行方を? …そっか。王家直属の密偵でも難航しているから、少しでも手は多いほうがいいね。でも、なんでみんなに秘密にしてこそこそと立ち回っていたんだい? 俺たちはドラゴンが王家を裏切るわけがないと信じているからいいものの、このことを貴族連中に知られたらまたドラゴンの立場が悪くなる可能性だってあるんだよ。こういう寂れた所にある酒場は不穏な輩がたむろしている可能性が高い場所だから、たとえやましいことがなくても賊と繋がっていると疑われたり、さっきみたいに襲われたりと危険なんだ。一人で行っていい場所じゃないよ」
「すみません。でも、俺が独自に兄さんを探しているなんて知られたら、陛下を疑っているみたいで嫌だったから……」
「まあ、分かるけどね。でも、これからは一人では行かないこと。行くなら最低一人は供を付けること」
 ドラゴンの言葉にトレイシーも苦笑をして同意をするが、すかさず条件を提示するトレイシーにドラゴンは眉をひそめた。
「供って…俺は王族でも、貴族でもないんですよ。そんな大それたこと、出来ませんよ」
「あのね、そういうことはちゃんと自分の身を守れるようになってから言いなさい。さっき、俺が来なかったら死んでいたと言っていたのは誰だい?」
「うっ」
 トレイシーに言葉を返すことが出来ずドラゴンは言葉を詰まらせると、観念したように「分かりました…」と了承した。
「いい子だね。あ、この事はラエル団長に報告、相談するから、そのつもりでいてね」
「はい。…あ、でも、陛下やリオやレイドにはこの事は言わないで欲しいです。あと、デルトアさんにも黙っていてくれると嬉しいです。デルトアさんに知られたら陛下にまで話が行きそうなので……」
「了解。ま、陛下たちに報告をして『ドラゴンが心配だから一緒に行く』とか言われても俺達が困るし、デルトア殿も侯爵位を持ってる高位貴族である上に陛下が一番信頼している側近だから同じように『付いていく』とか言って万が一のことがあっても困るしね。ラエル団長で止まると思うよ」
 その言葉にドラゴンはホッと息をついて、王への態度からは想像ができないほど過保護なデルトアに報告されることはないと安堵し、トレイシーと一緒に城に帰還した。
 しかしこの時、ドラゴンはとある失態を犯していた。しかしそれに気付くことができず、この後大惨事を引き起こすことになるのだった。

† †

 それからドラゴンはリオやレイロンドと何も話すことなく一週間を過ごし、近衛騎士団に入団した。
 本来であれば大々的に入団式と制服授与式が行われるのだが、今回ドラゴンは「騎士見習い」という前例のない肩書で近衛騎士団に入団する。そのため入団までの一週間、上層部でドラゴンの待遇をどうするか協議が重ねられた。
 そして話し合いの結果、ドラゴンが成人する三年後、一般騎士となった時に正式な入団式と制服授与式を行うことにし、今回は大きな式典を開かない事で決定した。そのためドラゴンの入団はとても簡素で、近衛騎士団がお祝いとして宴を開いただけだった。もっとも、近衛騎士だけで千人近くいるので、非番の騎士だけで宴を開いたとしても十分大きな宴会となり、立派な歓迎パーティーとなった。
 さらに制服もそのパーティーの時に渡されたのだが、見習いということなのでドラゴンの制服は近衛騎士たちが着ているような立派な制服ではなく、近衛騎士達が制服の下に着ている王家の紋章入りの黒いシャツと黒いズボン、そして近衛騎士団の制服の色と同じ臙脂えんじ色の襟付きベストが渡された。ラエルが言うには、ドラゴンのベストは王の命令により大急ぎで仕立てられ、この日の朝に届けられたらしい。
 後日、ドラゴンはベストを仕立ててくれた仕立て屋に礼をしに赴き、そこでドラゴンの美貌に惚れた仕立て屋夫婦の着せ替え人形にされた事は、近衛騎士団の中でしばらく笑い話となった。
 しかし城内の部屋から寮に移ったことでドラゴンは、リオやレイロンドに会うことがほぼなくなり、三人の溝を埋める機会がなくなってしまっていた。唯一、リオが毎朝挨拶をしに寮に来るが、それですら時間が合わなければ会える事はなく、顔を合わせたとしても気まずい空気になってしまうため言葉を交わすことはなかった。
 そんな風に二ヶ月ほどの時を過ごし、ドラゴンが真剣での稽古に慣れ、王城衛兵と宿舎街のパトロールをしたり、にぎわう王都で警邏隊の手伝いをして実戦経験を積んだりして、傷つくことに対する過度な反応が無くなってきたころに、レイロンドの生誕祭が始まった。
 レイロンドは今年で二十一歳となり、王位継承権の剥奪がなければ生誕祭ではなく戴冠式が行われる予定だったのだが、その予定が現実になることなく例年通り生誕祭が行われることになった。
 街ではレイロンドが生まれたときに王がレイロンドに贈った『カミモル』という可憐な白い花がいたるところに飾られ、噴水がある憩いの広場では連日、曲芸師や獣使い、ダンサーなどのパフォーマーがレイロンドの生誕を祝って芸を見せては集まった人達を喜ばせた。そして露店もいたるところで開かれて、賑やかな街はさらに賑やかとなり、お祭りムード一色となっていた。
 そして王宮でも連日、諸国の国王達や貴族達がレイロンドの生誕を祝って王宮を訪れ、王宮の警備はいつも以上に厳重なものとなり、王宮で働く者たちも貴人やそのお付きの人達の対応、客室の準備に総出で対応していた。
 そしてドラゴンも初めて、大きな催しの警備に回され、不審な人物がいないか目を光らせていた。
(そういえば、マスターが言っていた賊の襲撃は結局無かったな。あの情報を得てからパーティーの度に警戒していたけど、賊が侵入したって聞いてない。あれはガセだったのか?)
 二ヶ月前に聞いた情報を不意に思い出し、「信じていい」と言っていたマスターの言葉と裏腹に全然そういった動きが無かった事に内心首に傾げ、近々こちらから酒場に赴いて賊の動きについての情報が本当なのか探りを入れてみようと心に決めた。
「お、いたいた。ドラゴン、警備ご苦労さん」
「ラエル団長。お疲れ様です」
 いつもは省いている装飾もきちんとつけて制服を着こなしているラエルがドラゴンに近づいてくると、ドラゴンは二ヶ月で随分と様になった敬礼をラエルに向けた。ラエルはそんなドラゴンの敬礼を見ていつものごとく「立派になったなぁ」と頭を撫でて相好を崩すが、すぐに「楽にしていいぞ」と近衛騎士団長の顔に戻った。
「さて、今夜の舞踏会なんだが、お前は近衛騎士としての職務を遂行するのではなく、レイロンド殿下の友人として参加するように陛下から言い渡された」
「えっ、でも、俺、今日は城外警備のローテーションが回ってきているんですけど」
「んなもん、俺がいじっておいてやるから心配すんな。まあ、気は進まないかもしれないが、俺も今夜は舞踏会の会場の警備をする予定だから、すっぽかせばすぐに俺にバレるぞ。だから、ちゃんと来いよ~」
 そう言い、笑いながら手をひらひらと振って去っていくラエルに、ドラゴンは「はい」と返事をしつつもどんな顔でリオやレイロンドに会えばいいのか分からず困惑し、交代までの間ずっとそのことばかり考えていた。
 そして交代の近衛騎士が来ると、ドラゴンはすぐに部屋に戻りクローゼットの奥にしまい込んでいたパーティー用の服を引っ張り出してサイズの確認をした。
「……全滅か」
 しかし成長期真っただ中であるため、どれもこれもサイズが合わなくなってしまっていて、ため息をついて諦めると近衛騎士団の制服を着ていこうと決めて、シャワールームに向かった。そしてさっぱりとして部屋に戻り、ドアを開けた瞬間、ドラゴンは一瞬目を疑い、一度ドアを閉めた。
「……部屋を間違えたか? それとも幻覚か? …薬をやった記憶はないが……」
 ドラゴンは目頭をぐりぐりと揉んでそう呟くと、もう一度ドアを開けてため息をついた。
「なんだよ、その反応は。そんなに俺がここにいるのが嫌なのかよ」
「いや、悪い。そういう意味ではなかった。ただ、お前がここにいるとは思っていなくて驚いただけだ。…リオ、この忙しい時にこんな所にいてもいいのか?」
 ベッドに腰かけて不機嫌そうな顔でこちらを見るリオに、ドラゴンは苦笑を返しつつ部屋に入り、椅子に座った。
「良いわけがない。だけど、パーティーが始まる前に渡したいものがあったし、その…ちゃんと謝っておかないといけないと思ったから……」
 気まずそうな表情で目をそらしつつもそう言うリオに、ドラゴンも若干気まずい気持ちになったが、一度目を伏せるとあえて笑顔をリオに向けた。
「リオが謝ろうと思ってくれただけで十分だ。俺はリオに振り回されることにはもう慣れているからな。いまさら謝罪なんて必要ないだろう? それより、お前とレイドの仲の方が気になる。ちゃんと仲直りしたのか?」
 ドラゴンの言葉にリオは泣きそうな顔になりながら「ありがとう」と言い、近況を話し始めた。
「兄様とはわりとすぐに和解したよ。今はもう、わだかまりも何もない。で、最近は兄様に手伝ってもらいながら王になるために頑張ってるんだ。兄様や父様には及ばないかもしれないけど、俺なりに良い王になろうって思ってる」
「そうか。ちゃんと嫌いな勉強も頑張っているんだな」
「……ま、まあね」
 若干の間が空いて目をそらすリオに、ドラゴンは目を細めて怪しむようなまなざしを送ると、その無言の圧力に耐えかねてリオは重い口を開く。
「…時々逃げてる」
「ふっ、お前らしいな」
「俺らしいって…ひっでぇ~」
「でも、事実だろう?」
「まあね~」
 そう言うとどちらともなくフッと笑い合い、二人の間にあったぎこちなさや、わだかまりといったものがふわりと解けるように無くなっていくのを感じた。
「それで? 俺に渡したいものがあるんじゃなかったのか?」
「あ、そうそう。そうだった」
 リオはポンと手を叩くと、ベッドの上に置いてあった箱をドラゴンに差し出した。
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