英雄の末裔も(語り継がれないけど)英雄

E.ARS(アリサ)

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二章 ―少年から青年へ― (読み飛ばしOK)

―母との再会― 5

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 それからトントン拍子にレイリアとドラゴンが会う日程が決まり、ドラゴンが王宮に残ると決断してから一週間後に二人はもう一度会うことができた。
「また会えて嬉しいわ、ドラゴン。ありがとう。この前はごめんね。あなたの事情も知らずに色々と勝手な事を言って……」
「僕も酷いこと言って部屋を飛び出してごめんなさい。だから、今日は仲直りのために僕が城の庭園を案内してあげるから、ついてきて」
 まだ少し緊張しているようなぎこちない笑顔だったが、レイリアは気にすることなく嬉しそうに表情を綻ばせた。
「まあ、城内の庭園を見られるなんて嬉しいわ! しかもドラゴンが案内してくれるなんて、私は幸せ者ね。今日はよろしくね? 小さな案内人さん」
 ふふっと微笑んでウィンクをするお茶目なレイリアに、ドラゴンはようやくぎこちなさが取れた笑顔で笑い「任せてよ」と大きく頷いた。
 その様子を見てデルトアは大丈夫そうだと判断すると、衛兵に目配せをして貴族達の妨害が万が一でも入らないように警備を徹底するよう指示を出すと、次に王と接している時からは想像もつかないような爽やかな笑顔と優雅な所作でレイリアに頭を下げた。
「では、ごゆっくりとお楽しみください。もし何かありましたら近くに控えている兵にお声掛けください」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、行こう!」
 デルトアに見送られて二人は手入れの行き届いた庭園を散策し始めた。最初こそまだ緊張が残って説明に徹していたドラゴンだったが、レイリアがドラゴンの事を聞き始めると、次第に自然な会話が出来るようになり、散策をしながらお互いに様々な事を話した。
 ドラゴンがこの城に来てから得た様々な知識、リオとレイロンドと一緒に行った地方視察の話、読んだ本の感想、城に勤めている優しい人達の話。言葉の端々に感動や喜びといった感情が散りばめられていて、レイリアは聞いているだけで表情が綻ぶのを感じた。
 しかしそれはドラゴンも同じで、レイリアの故郷の話、レイリアが元傭兵であり、ギルドで偶然出会ったヴェルフに恋に落ちた時の話、ザギとドラゴンが生まれる前と生まれてきた時の話は、ドラゴンの心を温めるもので、聞いていて気恥ずかしい気持ちになりながらも幸せな心地になれた。
 そうして互いの事を話しているうちにすっかりと二人は打ち解けて、庭園の真ん中にある東屋でティータイムをする頃にはぎこちなさがあったとは思えないほど、自然に笑っていた。
「…流石、お城の華茶はなちゃね。すごく香りが良いわ~。私、こんなに美味しい華茶を初めて飲んだわ」
 出された華茶に口をつけたレイリアは自然と笑顔になり、頬に手を当ててその美味しさに驚いた。
「本当? 気に入ってくれて良かった! その華茶ね、僕が選んだんだ。僕が一番好きな銘柄なんだよ」
 少し照れ臭そうにしつつも、美味しいと言ってくれた事が嬉しくて満面の笑顔でレイリアに教えるドラゴンに、レイリアはさらに驚いた表情を浮かべたが、次に屈託のない笑顔でドラゴンの頭を撫でた。
「さすが私の息子ね! こんなに美味しい華茶を選ぶなんて鼻が高いわ♪」
「わわっ。もう、母さんったら、大袈裟だよ」
 そう言いながらも、ドラゴンはこの上なく幸せそうに笑っていて、少し離れたところで控えている使用人はそんな親子を幸せな心地で見守っていた。
「…ねえ、ドラゴン。ドラゴンはこのお城で暮らしていて幸せ?」
 撫でることをやめたレイリアは、さっきとは打って変わって静かな声で問い、穏やかさの奥に真剣な色を覗かせてドラゴンを見た。だからドラゴンも、少しだけ笑顔を引っ込めて真剣に答えた。
「うん、幸せだよ。大変な事も沢山あるけど、それ以上にリオやレイドと一緒にいる時間が楽しいし、陛下や王妃様からもいっぱい愛して貰ってるから、お城で暮らすことは苦じゃないよ」
「……そう。あのね、ドラゴン。私、王妃様から聞いたんだけど、何度も苛められて、そのせいでドラゴンが一度死にかけたって…。王妃様の言葉を疑う訳じゃないけど、それって本当なの? それでも、ドラゴンはお城で暮らしたいの?」
 心配で仕方がないというような表情でドラゴンを見るレイリアに、ドラゴンは苦笑のような笑顔で、それでもしっかりと頷いた。
「うん。僕は何度も貴族達から苛められているし、一回死にかけた。だけど、それでも僕はここが好きなんだ。贅沢が出来るからとか、リオ達が王族だからとか関係なく、僕は皆が大好きなんだ。それに…母さんには悪いと思うけど、僕は父さんが怖いと思うし、嫌いなんだ。だから、一緒には住めない」
「そう……」
 ドラゴンの返答に、レイリアは悲しそうに表情を曇らせつつも、なんとか笑顔を作った。
「ドラゴンがもうそう決めたのなら、私は何も言えないわね」
「母さん…。そんなに悲しそうに笑わないで? 僕がここに残る理由はあともう一つあるんだ」
 ドラゴンは席を立つとレイリアの隣に行き、堪えるように握りしめられたレイリアの手を小さな手で包み込んだ。
「もう一つの理由?」
「うん。僕ね、近衛騎士になりたいって思っているんだ。誰にも見下されないような、立派な近衛騎士になって、陛下や王妃様に恩返しをするんだ。それに、近衛騎士になれば、リオやレイドの側にずっと居られるからね」
「近衛騎士に…そう、立派な夢を見つけたのね。あんなに小さかったドラゴンがこんなに立派になって…私、嬉しいわ。ドラゴン、頑張って近衛騎士になってね。応援してるから」
 ギュッとドラゴンの手を握って少し涙目になりながら笑うレイリアに、ドラゴンは大きく「うん!」と頷いた。
「でも、近衛騎士になったら一度帰って来なさいよ? 立派な姿になったドラゴンを見せに来て?」
「分かった」
「あと、手紙も時々でいいから頂戴? せっかく繋がることが出来たから、途切れさせたくないの」
「うん、いいよ。母さんに手紙を書くね!」
「ありがとう、ドラゴン。母さん嬉しいわ」
 ギューッとドラゴンを抱き締めるレイリアに、ドラゴンも同じように抱き締め返し、母子おやこの絆は修復された。
 そうして終始和やかに会談は終わり、翌日にはヴェルフと一緒にナシュ村に帰っていった。
 見送りの時、レイリアとは笑顔で抱擁を交わしたドラゴンだが、隣にいたヴェルフにはやはり植え付けられた恐怖心からか、目も合わせられず、言葉も交わすことは無かった。そしてヴェルフもまた、罪悪感からドラゴンに声を掛けられず、目も合わせてくれないドラゴンに自嘲の笑みを浮かべることしか出来なかった。
 父と子の間にある溝はまだまだ深く、修復するには時間が掛かるだろうと思わせる再会だった。
 しかしドラゴンは母親との再会により、より一層決意は固まったようだった。
 再開から少ししてデルトアに後見人になってもらうと今まで敬遠していた訓練に参加するようになり、本格的に近衛騎士になるべく体を鍛え始めた。さらに勉学の方も、今まで以上に真剣に取り組み、文武両道を目指して日々を過ごすようになったのだった。
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