英雄の末裔も(語り継がれないけど)英雄

E.ARS(アリサ)

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一章 -幼少時代-

―悠久の友、信頼の臣の始まり― 6

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 そして、まだ少し肌寒いが全てがリセットされたような澄んだ朝の空気が包む街の中を二人は駆け抜けていたが、目的の場所に到着したのかリオが唐突に止まった。
「うわぁっ!?」
「ここだ…うぎゃっ!」
 …まあ、突然止まったリオに反応しきれずドラゴンが思い切りリオに突っ込んで、二人もろとも地面にダイブしたのは当たり前の結果であろう。
 しかし二人とも盛大に転んだにも関わらず、顔を見合わせるとケタケタと可愛らしく笑いはじめ、最終的には何が面白かったのか二人で大笑いしていた。
「アハハッ! あー、面白い。急に止まってごめんね」
「ううん、僕こそぶつかってごめんね」
 笑いの余韻を残しつつお互いに謝るともう一度クスクスと笑い、そのあとに二人ともしっかりとした足取りで立ち上がり、ホコリをはらうと当たり前のように手を繋ぎ直した。
「じゃあ、行こう!」
「おー!」
「ニシシッ! ドラゴンも慣れてきたね! それでここはね、結婚してない人が住んでいる寮でね、寝坊する人がいるから僕が直々に起こしてあげるんだ~」
 ルンルンと楽しそうに説明をするリオだが、ドラゴンは王子が直々に兵士を起こすものなのかと驚いた表情で話を聞いていた。
 勿論、王子の仕事にそんな事は含まれていないので単なるリオの趣味であり日課なのだが、この時ドラゴンは、王子の仕事に寝坊した兵士を起こす事も含まれているのだと思い込んでいた。
 そんな勘違いをしながら建物の中に入ると、まだ私服姿の衛兵達がおのおの食事を取っていたり眠気覚ましのコーヒーを飲んでいたりと朝の一時を過ごしていた。
「みんなおはよー!」
「おや、おはようございます。リオ殿下」
「おー、おはようございますリオ殿下! 今日も楽しそうですなぁ!」
「おはようございます、リオ殿下。今日もうちの寝坊助を叩き起こしてくれるんですか?」
「あったり~!」
 リオの元気な挨拶に、衛兵達は笑顔で挨拶に応えて朝早くから訪れるリオを歓迎した。
 一方、人見知りが激しいドラゴンは、たくさんの大人達に圧倒されてリオの後ろに隠れてしまい、リオのように挨拶をすることが出来なかった。そんなドラゴンを見かねたリオは、勇気付けるようにキュッと繋いだ手に力を込めて、チラッと後ろにいるドラゴンを見るとニッと笑った。そんなリオに勇気を貰ったドラゴンは、リオの手を握り返してから一歩リオの横にずれ、すぅっと息を吸う。
「お、おはよう、ございます…!」
 決して大きな声とは言いがたいが、一生懸命声を出したのだろうと裏返った声と真っ赤になった顔が教え、衛兵達はそんなドラゴンの努力を微笑ましく見ながらドラゴンの挨拶にも応える。
「おう、おはようさん! リオ殿下の友達ってお前さんの事だな? お前さん達が城に来てからリオ殿下が話す話題と言えば『ザギとドラゴンがね』から始まるものばかりだったぜ」
「ハハッ、確かに。リオ殿下が自慢する友人に実際に会えて嬉しいよ。君はザギ? それともドラゴン?」
「ど、ドラゴン・ロディアノスです! よろしく、お願いします…!」
 バッと頭を下げて名乗るドラゴンに、衛兵達は「いい子だな」と笑いながら褒めて、一人がドラゴンの頭を優しく撫でた。ドラゴンは一瞬ビックリしたように身体を震わせたが、叩かれた訳ではないと理解すると照れ臭そうにしつつも嬉しそうに笑った。
 その様子をリオは嬉しそうにしながら見守っていたが、「あっ」と声を上げて寮を取り仕切る寮長を視線で探し、トレードマークである眼帯を着けた細身の男性を見つけるとニィッと笑ってその男性に声をかける。
「ドーベル! 寝坊してる人いる?」
「あぁ? あー、そうだな…」
 ドーベルと呼ばれた寮長は、ザッとこの場にいる衛兵達を見回して小さくため息をつく。その表情に呆れが見えることから、リオはいつもの人が寝坊しているのだと見当をつけた。
「今日はガディアとレアーロンの二人だ。殿下の手を煩わせて悪いが、起こしてきて欲しい」
 ドーベルはそう言うと管理室から二つの鍵を持ってきて、リオに渡した。リオはその鍵を嬉しそうに受け取ると「りょーかい!」と見よう見まねで覚えた敬礼をドーベルに向けた。そんなリオの敬礼にドーベルは生真面目に正しい敬礼を返し、リオとドラゴンはそんなキリッとした敬礼に憧れの眼差しを向けてから部屋が連なる廊下へと向かった。
「えーっと、じゃあまずはレアーロンの方から起こしに行こう! レアーロンの方が部屋が近いからね!」
 鍵と一緒に付いているプレートの番号を確認したリオはドラゴンに教えると、意気揚々と廊下を進む。
「広い家だね。廊下ばかりだけど、迷わないの?」
 リオの手をしっかりと握ってはぐれないようにしているドラゴンが、キョロキョロと辺りを見回しながら少し不安げにそう言うと、リオは自慢げにニシシッと笑う。
「大丈夫だよ! ほら、ここに文字が書かれてるでしょう? これを目印にすれば迷わないよ」
 リオは壁に貼り付けられているアンティーク調のプレートを指差してドラゴンに見せると、ドラゴンは「へぇ」と綺麗な装飾が施されたプレートを見つめた。
 ちなみに、寮は華美ではないが所々に細やかな彫りがあったり貴族の邸に使っても差し支えのない上品な壁紙が張られていたりと、綺麗な印象を受ける内装である。外観も洋館を思わせる造りになっていて、パッと見では寮とは思えないくらい綺麗な邸になっている。
 衛兵は、実力、最低限の礼儀、一般常識の三つがあれば誰であろうともなれるので、学校に通う事が出来る家の子は大抵衛兵に憧れ、綺麗な寮に入ることを夢見る。外観、内装が綺麗なのはそんな夢見る子供達の夢を壊さないためと、王家管轄の寮が安宿のような造りでは体面が悪いからという意味が込められていた。
 そんな話をしながらリオとドラゴンは目的であるレアーロンの部屋に到着すると、リオは借りた鍵で遠慮なく鍵を開け、ドアを開けた瞬間にタッと駆け出した。相変わらずの唐突な動きにドラゴンは付いていけず、思い切りバランスを崩して敷いてあった絨毯の上に転んでしまったが、リオは気にすることなくあっさりとドラゴンの手を離し、部屋の奥にあるベッドの上で気持ち良さそうに眠っている男性に向かってダイブした。
「とうっ!」
「グフッ! な、んだ…?」
「あっははははは! おっはよー! レアーロン、寝坊だよ☆」
 うっすらと目を開けて自分の上にのしかかってきた重さの正体を見ようとするレアーロンに、リオは馬乗りになって甲高い声で笑ってから挨拶をした。その声と言葉にレアーロンはぎょっとなって飛び起き、慌ててリオに頭を下げる。
「おはようございます、リオ殿下! お手を煩わせてしまい申し訳ありません!」
「あはっ。別にいいよー、楽しいし! ほら、早く行かないと、食堂が閉まっちゃうよ~」
 リオはレアーロンから下りてからかうような口調でそう言うと、レアーロンはバッとベッドの上に置いてある時計を見てサッと顔を青ざめさせた。
「朝食抜きはキツい…! リオ殿下、失礼します!」
 そう言うやレアーロンはドタバタと部屋を出ていき、リオはのんびりと「いってらっしゃーい」と手を振った。
「リオ君…走るなら言ってよぉ~……」
 打ったところをさすりながら、放置されて寂しかったと言わんばかりにしょんぼりとした様子でリオに声をかけた。そんなドラゴンにリオはハッとして慌てて謝る。
「ご、ごめんね! いつも一人だったから、つい一人で行っちゃった。ケガはない?」
「うん、大丈夫」
「良かった。じゃあ、次は一緒にベッドに飛び乗ろうね! 楽しいから!」
 特に怪我が無いと分かってホッとしたリオは、パッと明るい表情に切り替えてドラゴンにそう提案すると、ドラゴンは嘘でしょと言わんばかりの表情で目を見開いた。
「え、いいの? そんなことして怒られない?」
「怒られないよ。だって、寝坊する人が悪いんだもん。特にガディアは最近よく寝坊してるから慣れてるよ。だから大丈夫!」
 リオはドラゴンの手を握り直すと「行こ!」と満面の笑顔でドラゴンを誘った。ドラゴンはそんな自信満々なリオの様子を見て『リオと一緒なら大丈夫かな』とほだされ、リオの手を握り返して「うん!」と大きく頷いた。
「じゃあ、走って行こー!」
「おー!」
 そして二人は次の部屋に向かって走り出した。
 いくつかの曲がり角を曲がるとリオは走る速度を落として目的のガディアの部屋の前で止まった。
「ここ?」
「そうだよ。じゃあ、鍵を開けるね~。ドアを開けたら走るから準備しててね!」
 そう言うとリオは鍵穴に鍵を差し込み、カチャリと鍵を開けるとドアを開けて先ほどと同じように駆け出した。今度は予告をされていたのでドラゴンも一緒に駆け出すことができ、リオと一緒に部屋の奥で気持ち良さそうに眠っている男性に向かってダイブした。
「とうっ!」
「えいっ!」
「グエッ! ……くっ…闘牛王子め……」
「あっははははは! おっはよー! ガディア~、今日も寝坊だよ!」
 のしかかってきた重さに、思い切り眉間にシワを刻むガディアにリオは笑いながら馬乗りになり、ドラゴンはすぐに脇に退けた。
「相変わらず、朝から元気だな。ふあぁ…ん? こっちの子供は誰だ? 見慣れないな」
 欠伸をしながら起き上がって上にいるリオを脇に下ろすと、視界にドラゴンの姿が映り、ガディアは首をかしげてドラゴンを見つめた。
「あ、えっと、僕はドラゴン・ロディアノスです! よろしくお願いします!」
「ドラゴンはね、僕の友達なんだよ!」 
「あー、殿下が最近よく言ってたやつか。よろしくな、ドラゴン」
 ガディアはそう言って笑うとベッドから下りて、軽く身体を伸ばした。
「うっし。んじゃ、いってくるわ~」
「いってらっしゃーい! たいちょーにお説教受けないようにね~」
「おー、善処するわー」
 からからと笑いながらガディアは急ぐ様子もなく部屋を出ていき、リオとドラゴンもそんなマイペースなガディアの後に続いて部屋を出ると、鍵を返しに管理室に向かった。
 そして鍵をドーベルに返すと、リオはドラゴンの手を引いて寮を出ていき相変わらず楽しそうにドラゴンに話しかける。
「次は近衛騎士団の所に行こう! さすがに近衛騎士で寝坊してる人はいないけど、暇な人が遊んでくれるよ!」
「へぇ~、そうなんだ! 行く!」
 行く気満々でそう言った刹那『くうぅぅ~……』とドラゴンのお腹の虫が切なげに空腹を知らせ、その音にドラゴンは恥ずかしくなって顔を赤く染めた。
「ドラゴン、お腹空いたの?」
「……う、うん」
「なーんだ! それなら先に言ってよー。じゃあ、ザギも起こして一緒に朝ごはん食べに行こ!」
「うん!」
 朝ごはんと聞いてドラゴンは恥じらいの表情からパッと嬉しそうな表情に変わって大きく頷き、二人はどちらともなく城の方へ駆け出した。
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