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三章 ―旅立ちの時― (ここからが本番)
―炎童の末裔― 5 ※暴力、残酷表現あり
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日が暮れるまで山を歩き続けた結果、最初の山の頂上付近まで来ることができ、今夜は頂上付近に建てられている山小屋で体を休めようと山小屋に入った。
「はーっ、疲れたぁ。寒いし暖炉に火を入れようぜ~」
リオが室内に備え付けられていた暖炉の中に薪を入れて、火を着けようと火打石を探していたが、ドラゴンは小屋に入った瞬間、違和感を覚えてリオを止めた。
「…待て。火をつけるな。……どうやら、この山小屋は棺桶にするために残している小屋らしい」
暗くなった小屋の中ではよく見えないが、目を凝らしてよく見ると小屋のいたるところに血が飛び散っており、かすかに血と魔物特有の臭いが小屋の中にこもっていた。
「マジかよ。どうする?」
「……交代で仮眠を取る。屋根のないところで休もうと思っても、さすがにこの寒さでは体は休まらない。火は使えないが、風がしのげるだけでもマシだろう。リオ、これを食べて先に休め。俺が先に見張りの番をする」
「いいのか? ドラゴンだって疲れてるだろう?」
ドラゴンが市場で買った干し肉とナッツをリオに渡すと、リオはそれを受け取りつつ心配そうな表情でドラゴンを見た。
「特に強い疲れは無いな。これくらいの山登りは訓練でよく行っている。幸い、道中で魔物に遭遇しなかったから体力の心配はまだいらない。それよりもリオの方が慣れない山登りで疲れただろう。だから、食べたら休め。三時間後に叩き起こす」
「…じゃあ、言葉に甘えて俺が先に休むぞ。もし、魔物が襲ってきたら叩き起こしてくれ。一人で戦おうなんて思うなよ」
「あぁ、分かっている。ほら、さっさと食べて寝ろ」
テキパキとリオの分の寝袋を用意してその中に入るよう促すドラゴンに、リオは笑いながら「母親かよ」と言って寝袋に入り、食料を食べるとすぐに寝息を立てて眠り始めた。
「相変わらず、寝つきのいいやつだな」
あまりにも早い寝つきに、ドラゴンの表情がフッと柔らかくなり、リオの髪をなんとなしに撫でるとすぐさま表情を真剣なものに切り替えてあたりの警戒をし始めた。
魔物に自分たちの気配やニオイを嗅ぎつけられて襲撃されないことを祈りつつ体が冷えないように適度に動き、戦闘になったとしても後れを取らないように周囲の気配に気を配った。
しかし、一時間が経過したときにその期待は甘いものであったことを教えた。
リオの隣に座り、意識だけは周囲に気を配りながら目を閉じていたドラゴンは、風で揺れて鳴る音とは違う草の音が聞こえ、ゆっくりと目を開けた。
(来たか……)
そのまま物音を立てないように窓際まで行って外の様子を見ると、すでに多くの悪鬼が山小屋を囲んでおり、退路は断たれている様子だった。
その様子を見た後、ドラゴンはチラリとリオを見る。リオは気持ちよさそうな表情で寝息を立てており、外の緊張感とは全く無縁な様子にドラゴンは思わず頬が緩んだ。そして荷物の中から魔物除けの薬を取り出すと、リオを囲むように中身をばらまいた。その臭いに気付いた悪鬼達はギャーギャーと威嚇するように鳴き始め、そのうるささに眉をひそめつつドラゴンは静かに〈ソウル〉の魔法剣を抜き、山小屋から出た。
「夜分遅くに何の用だ。あいにく我が主は就寝中でな。できれば静かにしていただきたい。代わりと言っては何だが、俺が要件を承ろう。…もっとも、主の安眠を妨害する奴らは皆殺しだが」
ドラゴンはその瞳に殺意を宿して吐き捨てるようにそう言うや、正面から悪鬼達に切りかかり、いきなりの攻撃に戸惑う悪鬼達を屠っていった。しかしその戸惑いもすぐに収まり、悪鬼達も反撃に移る。数を利用して四方八方からドラゴンに攻撃を仕掛け、ドラゴンを殺そうとしていたのだが、ドラゴンは大振りな動きで攻撃をしたかと思えば、ダンスステップを踏むように華麗に攻撃を避けながら次々と悪鬼達を切り伏せており、一向に攻撃が当たる様子はなかった。
ドラゴンの方が圧倒的な強さを持っていることは明らかだった。
それでも、悪鬼達の戦意が喪失することはなく、怒涛の勢いでドラゴンを殺しにかかってきていた。
(ここのゴブもしつこいな。強さを見せつけても戦意が削がれない。それどころか、攻撃が激しくなってきた…。統率も取れているから、もしかしたら悪鬼将軍か悪鬼王がいるかもしれないな。そうなると、ここでチマチマと戦うのも効率が悪いな……。だが、小屋から離れて戦うこともできない。さて…どうしたものかな)
次々と襲い掛かってくる悪鬼を切り伏せながら最善の手を探すドラゴンだが、リオを守りながらできる手はそう多くはなく、消耗戦を余儀なくされていた。
「ったく、うるさいなぁ」
小屋の方から不機嫌そうな声が聞こえてハッと小屋の方を見ると、声と同じように不機嫌そうな顔をしながら弓を構えるリオの姿が見えた。
「起こしたか。すまない」
「謝るところが違うだろうが。魔物が来たら叩き起こせって言ったよな? なに一人で戦ってるんだよ」
ドラゴンを襲おうとしていた悪鬼を矢で射抜きながらドラゴンを睨むリオに、ドラゴンは悪鬼を切り伏せた後に頭を下げた。
「すまなかった。気持ちよさそうに寝ているリオを起こすのは忍びないと思ってな。だが、起きたなら丁度よかった。屋根に上って、悪鬼将軍か悪鬼王がいないか見てほしい。戦意の喪失が見られないから、おそらくどちらかがいると思う」
「ったく、相変わらずドラゴンって人使い荒いよね。了解。見つけたら狙撃してもいいよね?」
「すまない。できたら頼む」
不機嫌な様子を隠さないリオだが、すぐさま軽い身のこなしで屋根に上って眼下を見渡した。そしてその光景を見た瞬間、リオはジワリと恐怖が腹の底から湧いてくるのを感じた。
「っ…嘘だろ…! ドラゴン! 村が…村が燃えてる…! そして…二人じゃ対処しきれない数が俺たちを囲んでいる」
「リオ、気を落としている時間はないぞ! 将を探せ! 将を討てば戦況は覆る!」
激しい攻撃を受けながら叫ぶドラゴンに、リオは歯を食いしばって冷たくなってしまった指先をこすって温め、ドラゴンの援護をしながら目を凝らして悪鬼を指揮する存在を探した。
「……いた!」
「殺れるか?」
「誰に言ってるのさ。もちろんだよ!」
ニッと笑って弓に矢をつがえ、弦が切れるギリギリまで引き絞って狙いを定めると、悪鬼将軍の首めがけて矢を放った。
矢は見事に悪鬼将軍の首に当たり、その痛みに悶えている間にリオはもう一発矢を放ち、見事に頭を打ち抜いて悪鬼将軍を絶命させた。
「よっし、倒した!」
「さすがリオだ。…さて、あとは残党の掃討だな」
改めて剣を構えなおし、ひっきりなしに襲い掛かってくる悪鬼を確実に仕留めていった。
「ん? 待って…えっ、ちょっ、まだ悪鬼将軍がいるんだけど…!」
ドラゴンの援護をしていたリオが表情を引きつらせながら叫ぶと、さすがのドラゴンもヒクっと頬が引きつってげんなりとした。
「マジか。何体いる」
「いち…に…さん……三体いる! でも、さすがの俺もあの距離は射抜けない」
「三体の位置は?」
「月を十二時の方向として、三時の方向に一体。七時の方向に一体。十一時の方向に一体。俺たちを囲むように陣取ってる。距離は一キロ先ってところかな。…多分、村の方にもいる。でも、俺たちを狙っているのは三体」
赤い炎を上げて焼かれる村を悲しげな表情で見つめながらそう言うリオだが、ドラゴンは非情とも取れるほど冷静に「村のことはとりあえず置いておけ。俺たちが生き延びる方が優先的だ」と返し、どうするべきか考えた。
「一キロか…リオ、これから地上戦にて各個撃破を行うぞ! ついてこられるか?」
「了ー解!」
呼び出し布に弓をしまい、続けて剣を取り出すと軽い身のこなしで屋根から飛び降りて着地ざまに悪鬼を突き刺して絶命させた。
「リオ、屋根から飛び降りるのは危ないからやめろ。下手をすれば骨折どころか命を落とすぞ」
「へへっ、ごめんごめん。でも、無茶をする奴に言われたくない、なっ!」
襲い掛かってきた悪鬼を切りつけつつ言い返すリオに、ドラゴンは「俺はいいんだ」としれっと返し、月を見上げた。
「まずは三時の方向にいる悪鬼将軍を倒すぞ」
「ハイよっ」
二人は阿吽の呼吸で悪鬼達を倒していき、すぐに悪鬼将軍の所に到達する。
「見つけたっ! 死ね!」
ドラゴンは悪鬼将軍を見つけるや高く跳躍し、大きく振りかぶって上から斬りかかった。しかし、悪鬼将軍は持っていた大剣でドラゴンの攻撃を受け止め、力任せにドラゴンを振り払った。
「おっと…! こいつ…普通のヤツよりも力が強い」
体勢を崩しつつも自慢の運動神経できれいに着地し、思った以上の強敵だと分かったドラゴンは、捨て身だった頃の名残で強くなる執念と自分を殺してくれるかもしれない期待に思わず口角が上がった。
その狂気的な笑顔を見たリオはゾッと背筋を凍らせて、また感情を失った日々に戻るのかと恐怖を感じた。しかし、すぐに気持ちを切り替えて悪鬼に斬りかかりながらいつもの明るい声でツッコミを入れた。
「ドラゴン、今の笑顔怖いからやめろー! ……あと、死ぬなよー!」
「誰に言っている。俺が死ぬわけないだろう。リオ、悪いが雑魚は頼んだ」
「まったく、王子使いが荒いって!」
互いに笑って言い返しながらも、リオはドラゴンの勝負に邪魔が入らないよう悪鬼退治にいそしみ、ドラゴンは悪鬼将軍をどう倒そうか隙をうかがいながら考えた。いつの間にか、狂気的な笑顔は消えていた。
正面から行っても弾かれるだけだと先ほどの攻撃で分かったため、ドラゴンは多様な動きでかく乱しつつ攻撃する方向に切り替え、様々な方向から悪鬼将軍に斬りかかった。
『ギギッ…!』
ドラゴンの素早い動きにいら立ちを隠せず、攻撃がだんだんと大振りになってきた悪鬼将軍に、ドラゴンは軽い動きでひょいひょいと攻撃を避けて挑発するように「動きが単調だな」と嗤った。そしてその直後、悪鬼将軍の攻撃を避けながら悪鬼将軍の心臓めがけて剣を突き立て、そのまま真っすぐに心臓を貫いた。
悪鬼将軍は一瞬硬直し、大きく目を見開くとそのまま後ろにドウッと倒れこみ、瘴気の霧となって霧散した。その瞬間、リオが応戦していた悪鬼達が途端に戦意を失って蜘蛛の子を散らすように撤退していった。
「うへー。ようやく散ってった……」
「時間をかけて済まなかった。次はどうする? リオが悪鬼将軍の相手するか?」
「あー、あと二体いるんだっけ? じゃあ、次は俺が倒すわ。ドラゴンは雑魚をよろしく」
「任された。次に行くぞ」
二人は夜の森を駆け抜けて次の悪鬼部隊の駆逐に取り掛かった。ドラゴンが時折木に登り、敵の位置を確認しながら進んでいくと、すぐに次の標的が見えてきた。
「おっ、見えてきたね。じゃ、突っ込むよ!」
「了解」
次はリオが先陣を切って悪鬼達に先制攻撃を仕掛け、ドラゴン以上に不規則で身軽な動きで悪鬼を屠る。ドラゴンは意気揚々と悪鬼を屠るリオの死角となる者を的確に仕留めてリオに危害が及ばないよう、徹底的にリオのサポートに回っていた。
「オラオラ! 将はどこだ! 俺たちにビビッて後ろで震えてるのかぁ!?」
リオが挑発的な言葉を叫びながら悪鬼達を倒していると、フッと急にリオの頭上が陰り、上からの殺気を感じるとリオはとっさに飛びのいてソレを避けた。
『グガアァァァアアア!』
ドーンと派手な音を立てながらリオがいた場所に着地したのは、怒りに震える悪鬼将軍だった。
「おっ、出てきたな? 挑発に乗ってホイホイ出てくるようじゃ、将としてまだまだだな。ドラゴン、手は出すなよ!」
「分かっている。存分にやれ」
リオはニッと笑いながら改めて剣を構えなおし、怒り心頭の悪鬼将軍をどうやって倒そうか考えながら攻撃に転じた。
乱雑な振り方でリオに攻撃してくる悪鬼将軍に対して、リオは生えている木や気にぶら下がっている太い蔦を巧みに利用して猿のように木々を移動しながら悪鬼将軍を翻弄し、攻撃をしていった。そうして少しずつ体力を奪い、悪鬼将軍が地面に膝をついたところでリオは上から一気に首を落とした。
ゴロンと頭が落ちた後、悪鬼将軍はすぐに瘴気の霧となって霧散し、周りにいた悪鬼達はそれを見て蜘蛛の子を散らすように逃げていく。それを見送り、ドラゴンはフーっと息をついた。
「さすがに疲れてきたな」
「だな~。あともう一体? あー、疲れる~」
「行くぞ。さっさと終わらせて休憩する。あと、俺は終わったら仮眠を取るから、休みがてら見張りを頼んだ」
「うへ~。了解」
二人は最後の部隊を目指して再び森の中を駆け、最早ヤケ気味に最後の悪鬼将軍を討伐した。
二人は再び山小屋に戻るとドラゴンは一時間ほど仮眠を取り、リオもドラゴンが仮眠を取っている間、体を休めた。そして夜明け前に指笛を吹いて二頭の翔王を呼び戻し、荷物を守ってくれたことに感謝すると出発した。
「はーっ、疲れたぁ。寒いし暖炉に火を入れようぜ~」
リオが室内に備え付けられていた暖炉の中に薪を入れて、火を着けようと火打石を探していたが、ドラゴンは小屋に入った瞬間、違和感を覚えてリオを止めた。
「…待て。火をつけるな。……どうやら、この山小屋は棺桶にするために残している小屋らしい」
暗くなった小屋の中ではよく見えないが、目を凝らしてよく見ると小屋のいたるところに血が飛び散っており、かすかに血と魔物特有の臭いが小屋の中にこもっていた。
「マジかよ。どうする?」
「……交代で仮眠を取る。屋根のないところで休もうと思っても、さすがにこの寒さでは体は休まらない。火は使えないが、風がしのげるだけでもマシだろう。リオ、これを食べて先に休め。俺が先に見張りの番をする」
「いいのか? ドラゴンだって疲れてるだろう?」
ドラゴンが市場で買った干し肉とナッツをリオに渡すと、リオはそれを受け取りつつ心配そうな表情でドラゴンを見た。
「特に強い疲れは無いな。これくらいの山登りは訓練でよく行っている。幸い、道中で魔物に遭遇しなかったから体力の心配はまだいらない。それよりもリオの方が慣れない山登りで疲れただろう。だから、食べたら休め。三時間後に叩き起こす」
「…じゃあ、言葉に甘えて俺が先に休むぞ。もし、魔物が襲ってきたら叩き起こしてくれ。一人で戦おうなんて思うなよ」
「あぁ、分かっている。ほら、さっさと食べて寝ろ」
テキパキとリオの分の寝袋を用意してその中に入るよう促すドラゴンに、リオは笑いながら「母親かよ」と言って寝袋に入り、食料を食べるとすぐに寝息を立てて眠り始めた。
「相変わらず、寝つきのいいやつだな」
あまりにも早い寝つきに、ドラゴンの表情がフッと柔らかくなり、リオの髪をなんとなしに撫でるとすぐさま表情を真剣なものに切り替えてあたりの警戒をし始めた。
魔物に自分たちの気配やニオイを嗅ぎつけられて襲撃されないことを祈りつつ体が冷えないように適度に動き、戦闘になったとしても後れを取らないように周囲の気配に気を配った。
しかし、一時間が経過したときにその期待は甘いものであったことを教えた。
リオの隣に座り、意識だけは周囲に気を配りながら目を閉じていたドラゴンは、風で揺れて鳴る音とは違う草の音が聞こえ、ゆっくりと目を開けた。
(来たか……)
そのまま物音を立てないように窓際まで行って外の様子を見ると、すでに多くの悪鬼が山小屋を囲んでおり、退路は断たれている様子だった。
その様子を見た後、ドラゴンはチラリとリオを見る。リオは気持ちよさそうな表情で寝息を立てており、外の緊張感とは全く無縁な様子にドラゴンは思わず頬が緩んだ。そして荷物の中から魔物除けの薬を取り出すと、リオを囲むように中身をばらまいた。その臭いに気付いた悪鬼達はギャーギャーと威嚇するように鳴き始め、そのうるささに眉をひそめつつドラゴンは静かに〈ソウル〉の魔法剣を抜き、山小屋から出た。
「夜分遅くに何の用だ。あいにく我が主は就寝中でな。できれば静かにしていただきたい。代わりと言っては何だが、俺が要件を承ろう。…もっとも、主の安眠を妨害する奴らは皆殺しだが」
ドラゴンはその瞳に殺意を宿して吐き捨てるようにそう言うや、正面から悪鬼達に切りかかり、いきなりの攻撃に戸惑う悪鬼達を屠っていった。しかしその戸惑いもすぐに収まり、悪鬼達も反撃に移る。数を利用して四方八方からドラゴンに攻撃を仕掛け、ドラゴンを殺そうとしていたのだが、ドラゴンは大振りな動きで攻撃をしたかと思えば、ダンスステップを踏むように華麗に攻撃を避けながら次々と悪鬼達を切り伏せており、一向に攻撃が当たる様子はなかった。
ドラゴンの方が圧倒的な強さを持っていることは明らかだった。
それでも、悪鬼達の戦意が喪失することはなく、怒涛の勢いでドラゴンを殺しにかかってきていた。
(ここのゴブもしつこいな。強さを見せつけても戦意が削がれない。それどころか、攻撃が激しくなってきた…。統率も取れているから、もしかしたら悪鬼将軍か悪鬼王がいるかもしれないな。そうなると、ここでチマチマと戦うのも効率が悪いな……。だが、小屋から離れて戦うこともできない。さて…どうしたものかな)
次々と襲い掛かってくる悪鬼を切り伏せながら最善の手を探すドラゴンだが、リオを守りながらできる手はそう多くはなく、消耗戦を余儀なくされていた。
「ったく、うるさいなぁ」
小屋の方から不機嫌そうな声が聞こえてハッと小屋の方を見ると、声と同じように不機嫌そうな顔をしながら弓を構えるリオの姿が見えた。
「起こしたか。すまない」
「謝るところが違うだろうが。魔物が来たら叩き起こせって言ったよな? なに一人で戦ってるんだよ」
ドラゴンを襲おうとしていた悪鬼を矢で射抜きながらドラゴンを睨むリオに、ドラゴンは悪鬼を切り伏せた後に頭を下げた。
「すまなかった。気持ちよさそうに寝ているリオを起こすのは忍びないと思ってな。だが、起きたなら丁度よかった。屋根に上って、悪鬼将軍か悪鬼王がいないか見てほしい。戦意の喪失が見られないから、おそらくどちらかがいると思う」
「ったく、相変わらずドラゴンって人使い荒いよね。了解。見つけたら狙撃してもいいよね?」
「すまない。できたら頼む」
不機嫌な様子を隠さないリオだが、すぐさま軽い身のこなしで屋根に上って眼下を見渡した。そしてその光景を見た瞬間、リオはジワリと恐怖が腹の底から湧いてくるのを感じた。
「っ…嘘だろ…! ドラゴン! 村が…村が燃えてる…! そして…二人じゃ対処しきれない数が俺たちを囲んでいる」
「リオ、気を落としている時間はないぞ! 将を探せ! 将を討てば戦況は覆る!」
激しい攻撃を受けながら叫ぶドラゴンに、リオは歯を食いしばって冷たくなってしまった指先をこすって温め、ドラゴンの援護をしながら目を凝らして悪鬼を指揮する存在を探した。
「……いた!」
「殺れるか?」
「誰に言ってるのさ。もちろんだよ!」
ニッと笑って弓に矢をつがえ、弦が切れるギリギリまで引き絞って狙いを定めると、悪鬼将軍の首めがけて矢を放った。
矢は見事に悪鬼将軍の首に当たり、その痛みに悶えている間にリオはもう一発矢を放ち、見事に頭を打ち抜いて悪鬼将軍を絶命させた。
「よっし、倒した!」
「さすがリオだ。…さて、あとは残党の掃討だな」
改めて剣を構えなおし、ひっきりなしに襲い掛かってくる悪鬼を確実に仕留めていった。
「ん? 待って…えっ、ちょっ、まだ悪鬼将軍がいるんだけど…!」
ドラゴンの援護をしていたリオが表情を引きつらせながら叫ぶと、さすがのドラゴンもヒクっと頬が引きつってげんなりとした。
「マジか。何体いる」
「いち…に…さん……三体いる! でも、さすがの俺もあの距離は射抜けない」
「三体の位置は?」
「月を十二時の方向として、三時の方向に一体。七時の方向に一体。十一時の方向に一体。俺たちを囲むように陣取ってる。距離は一キロ先ってところかな。…多分、村の方にもいる。でも、俺たちを狙っているのは三体」
赤い炎を上げて焼かれる村を悲しげな表情で見つめながらそう言うリオだが、ドラゴンは非情とも取れるほど冷静に「村のことはとりあえず置いておけ。俺たちが生き延びる方が優先的だ」と返し、どうするべきか考えた。
「一キロか…リオ、これから地上戦にて各個撃破を行うぞ! ついてこられるか?」
「了ー解!」
呼び出し布に弓をしまい、続けて剣を取り出すと軽い身のこなしで屋根から飛び降りて着地ざまに悪鬼を突き刺して絶命させた。
「リオ、屋根から飛び降りるのは危ないからやめろ。下手をすれば骨折どころか命を落とすぞ」
「へへっ、ごめんごめん。でも、無茶をする奴に言われたくない、なっ!」
襲い掛かってきた悪鬼を切りつけつつ言い返すリオに、ドラゴンは「俺はいいんだ」としれっと返し、月を見上げた。
「まずは三時の方向にいる悪鬼将軍を倒すぞ」
「ハイよっ」
二人は阿吽の呼吸で悪鬼達を倒していき、すぐに悪鬼将軍の所に到達する。
「見つけたっ! 死ね!」
ドラゴンは悪鬼将軍を見つけるや高く跳躍し、大きく振りかぶって上から斬りかかった。しかし、悪鬼将軍は持っていた大剣でドラゴンの攻撃を受け止め、力任せにドラゴンを振り払った。
「おっと…! こいつ…普通のヤツよりも力が強い」
体勢を崩しつつも自慢の運動神経できれいに着地し、思った以上の強敵だと分かったドラゴンは、捨て身だった頃の名残で強くなる執念と自分を殺してくれるかもしれない期待に思わず口角が上がった。
その狂気的な笑顔を見たリオはゾッと背筋を凍らせて、また感情を失った日々に戻るのかと恐怖を感じた。しかし、すぐに気持ちを切り替えて悪鬼に斬りかかりながらいつもの明るい声でツッコミを入れた。
「ドラゴン、今の笑顔怖いからやめろー! ……あと、死ぬなよー!」
「誰に言っている。俺が死ぬわけないだろう。リオ、悪いが雑魚は頼んだ」
「まったく、王子使いが荒いって!」
互いに笑って言い返しながらも、リオはドラゴンの勝負に邪魔が入らないよう悪鬼退治にいそしみ、ドラゴンは悪鬼将軍をどう倒そうか隙をうかがいながら考えた。いつの間にか、狂気的な笑顔は消えていた。
正面から行っても弾かれるだけだと先ほどの攻撃で分かったため、ドラゴンは多様な動きでかく乱しつつ攻撃する方向に切り替え、様々な方向から悪鬼将軍に斬りかかった。
『ギギッ…!』
ドラゴンの素早い動きにいら立ちを隠せず、攻撃がだんだんと大振りになってきた悪鬼将軍に、ドラゴンは軽い動きでひょいひょいと攻撃を避けて挑発するように「動きが単調だな」と嗤った。そしてその直後、悪鬼将軍の攻撃を避けながら悪鬼将軍の心臓めがけて剣を突き立て、そのまま真っすぐに心臓を貫いた。
悪鬼将軍は一瞬硬直し、大きく目を見開くとそのまま後ろにドウッと倒れこみ、瘴気の霧となって霧散した。その瞬間、リオが応戦していた悪鬼達が途端に戦意を失って蜘蛛の子を散らすように撤退していった。
「うへー。ようやく散ってった……」
「時間をかけて済まなかった。次はどうする? リオが悪鬼将軍の相手するか?」
「あー、あと二体いるんだっけ? じゃあ、次は俺が倒すわ。ドラゴンは雑魚をよろしく」
「任された。次に行くぞ」
二人は夜の森を駆け抜けて次の悪鬼部隊の駆逐に取り掛かった。ドラゴンが時折木に登り、敵の位置を確認しながら進んでいくと、すぐに次の標的が見えてきた。
「おっ、見えてきたね。じゃ、突っ込むよ!」
「了解」
次はリオが先陣を切って悪鬼達に先制攻撃を仕掛け、ドラゴン以上に不規則で身軽な動きで悪鬼を屠る。ドラゴンは意気揚々と悪鬼を屠るリオの死角となる者を的確に仕留めてリオに危害が及ばないよう、徹底的にリオのサポートに回っていた。
「オラオラ! 将はどこだ! 俺たちにビビッて後ろで震えてるのかぁ!?」
リオが挑発的な言葉を叫びながら悪鬼達を倒していると、フッと急にリオの頭上が陰り、上からの殺気を感じるとリオはとっさに飛びのいてソレを避けた。
『グガアァァァアアア!』
ドーンと派手な音を立てながらリオがいた場所に着地したのは、怒りに震える悪鬼将軍だった。
「おっ、出てきたな? 挑発に乗ってホイホイ出てくるようじゃ、将としてまだまだだな。ドラゴン、手は出すなよ!」
「分かっている。存分にやれ」
リオはニッと笑いながら改めて剣を構えなおし、怒り心頭の悪鬼将軍をどうやって倒そうか考えながら攻撃に転じた。
乱雑な振り方でリオに攻撃してくる悪鬼将軍に対して、リオは生えている木や気にぶら下がっている太い蔦を巧みに利用して猿のように木々を移動しながら悪鬼将軍を翻弄し、攻撃をしていった。そうして少しずつ体力を奪い、悪鬼将軍が地面に膝をついたところでリオは上から一気に首を落とした。
ゴロンと頭が落ちた後、悪鬼将軍はすぐに瘴気の霧となって霧散し、周りにいた悪鬼達はそれを見て蜘蛛の子を散らすように逃げていく。それを見送り、ドラゴンはフーっと息をついた。
「さすがに疲れてきたな」
「だな~。あともう一体? あー、疲れる~」
「行くぞ。さっさと終わらせて休憩する。あと、俺は終わったら仮眠を取るから、休みがてら見張りを頼んだ」
「うへ~。了解」
二人は最後の部隊を目指して再び森の中を駆け、最早ヤケ気味に最後の悪鬼将軍を討伐した。
二人は再び山小屋に戻るとドラゴンは一時間ほど仮眠を取り、リオもドラゴンが仮眠を取っている間、体を休めた。そして夜明け前に指笛を吹いて二頭の翔王を呼び戻し、荷物を守ってくれたことに感謝すると出発した。
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基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
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