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三章 ―旅立ちの時― (ここからが本番)
閑話 ―旅の準備―
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王の執務室を出たリオとドラゴンは一度別れて今日中に終わらせなければならない仕事に取りかかった。
「セサル、今日やるべき仕事はあとどれ位残ってる?」
執務室に戻ってきて早々そう言ったリオに、華茶を飲みながら書類の整理をしていたセサルは少し驚いたように目をまたたいた。
「…殿下、悪いものでも食べましたか?」
「セサルも時々ひどいよね。今、父上からドラゴンと各地の視察に行くように言われたんだ。準備ができ次第出発しろって言われてるけど、今日やるべきことくらいは終わらせてから行こうと思っただけだよ。それで、今日やるべきことはどれくらい残ってるの?」
椅子に座りながらそう言うと、セサルは手帳を開いて今日の仕事内容を確認した。
「今日残っている仕事は、残りの書類にサインを入れていただく仕事と、夕方から財務大臣とゲイティリー州の領主との謁見、夜にはその領主と晩餐会があります」
「……晩餐会があるの、忘れてた…」
「今日は出発することは出来ませんね」
「そうだね。じゃあ──」
「失礼します」
リオが諦めたような苦笑をしながら仕事に取り掛かろうとすると、さっき別れたはずのデルトアが部屋に入ってきた。
「あれ、デルトア。どうしたの?」
「陛下からの伝言をお伝えしに参りました。『謁見は私が引き受ける。だから、旅の準備に移りなさい』とのことです。セサル、リオ殿下の旅の準備に取り掛かりなさい」
「かしこまりました。デルトア様、何泊分の荷物をまとめればよろしいですか?」
セサルはすぐに気持ちを切り替えてデルトアに問うと、デルトアは少し考えてから口を開いた。
「…そうですね。今回の移動手段は馬だから、大荷物には出来ません。三泊分でいいでしょう」
「馬車ではないのですか?」
「今回は一年の海外公務で、多くの国を回る。だから、馬車では遅い。……あと、リオ殿下が不在の間、セサルは私の補佐をしてほしい」
「えっ、私はリオ殿下の側近として──」
「今回はドラゴンただ一人を側近兼護衛として付ける。……君の力不足という訳ではないが、今回は多くの供を必要としていない。だから私とゲルチア殿の力になってほしい」
デルトアの言葉にセサルは一瞬だけ悔しそうな表情を浮かべたが、一度大きく息を吸って気持ちを落ち着かせると恭しく頭を下げた。
「…かしこまりました」
「セサル。俺が留守の間、俺の居場所を守ってくれよ」
「当たり前です。ドラゴン殿が居れば大丈夫だとは思いますが、リオ殿下…どうかお気をつけて」
「ありがとう、セサル」
「では、私は準備をいたします。殿下は残りの書類を終わらせてください」
セサルはそう言い、デルトアに頭を下げると部屋を出ていった。デルトアはリオの机の上にある書類の量を見て王に手伝わせるかどうかを少し考えたようだが、出来るだろうと考えたのか「では、私も失礼します」と言って部屋を出ていった。
一方、一度近衛騎士が住む寮に戻ったドラゴンは、まず今回の遠征の報告書を作成し始めた。その報告書はドラゴンの性格がにじみ出るような生真面目な字と内容で、細かい所までしっかりと文章にまとめられていた。それでいて無駄な事は一切書かれていないため、読みやすい報告書だった。ドラゴンは完成した報告書を読み返して不備がないか確認すると、報告書を手にラエルの所へ向かった。
再び訪れたラエルの執務室には先ほど別れたはずのデルトアが先客として居て、ドラゴンは少し驚いたように目を見開いた。
「デルトアさん、どうしたんですか?」
「お前たちは本当に同じ言葉を言うんだな。今、ラエル近衛騎士団長にお前の事を話に来たんだ」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
デルトアはリオと同じ言葉を投げかけるドラゴンに微笑ましいものを感じて笑うと、ラエルが苦笑をしながら「ドラゴンは休みなんてないんだな」と同情の言葉をかけた。
「別に俺は休める時に休めればいいですよ。たまたま今は休めないだけで、この前休んだので今のところ問題ないです。ラエル団長、報告書を提出しに来ました」
「では、私は失礼します。ドラゴンも報告書を提出したら旅の準備に取り掛かりなさい」
「はい、分かりました」
デルトアはポンとドラゴンの肩を叩いてからラエルの部屋を出ていき、そのあとドラゴンが「お願いします」と報告書を提出した。ラエルはそれを受け取って机の上にとりあえず置くと、目の前にいるドラゴンに真剣な表情で話しかけた。
「今、デルトア殿から聞いたが、この旅の本来の目的は人間の滅亡を回避するためにスカイラインの英雄の末裔を探すこと…らしいな」
「はい」
「……ドラゴン、分かっていると思うがリオ殿下のことは命に代えても守り通せよ。危険な旅になるだろうからな」
ラエルの真剣な表情と声に、ドラゴンも真剣な表情で頷く。
「無論、俺の命はリオのためにあります。リオが生きるために、俺が死ぬことになっても構いません。その覚悟で俺は近衛騎士団に入団しました」
「そうだったな。お前はそういうやつだった。旅の健闘を祈る。くれぐれも、命を粗末にするなよ」
「はっ!」
苦笑混じりのラエルの言葉に、ドラゴンはしっかりと返事をして敬礼をすると、ラエルの執務室を後にした。
ラエルの執務室を後にしたドラゴンは、再び部屋に戻り、旅の準備に取り掛かった。
(今回の旅は馬で移動するから、水とテントを乗せる事を考えると二、三日分の荷物くらいが限界だろうな)
ドラゴンはそんな事を考えながら手早くバッグに服を入れると、唐突にコンコンとノックが聞こえ、返事をする前にルータンとアゼルが入ってきた。
「たいちょーいますか~」
「ノックをしたら返事を待て。それが礼儀だろうが」
「スミマセン、隊長…って、その荷物どうしたんですか?」
アゼルが今しがたドラゴンがまとめていた荷物を見て目を見開くと、ルータンも荷物に気付いて目を見開いた。
「隊長、まさか俺達を見限って旅に出るんすか!? そんなのあんまりっすよ! 俺達は隊長を慕って──」
「鬱陶しいぞ、ルータン。これはリオと海外公務に行くための準備だ。一年の間お前達に隊を預けるから、しっかりとまとめろよ」
泣きつくルータンに、ドラゴンはうるさそうにルータンを剥がし、バッグの口を閉めた。
「聞いてないです。本当なんですか?」
「今さっき、陛下から仰せつかったからな。今初めてお前達に話した。俺は準備ができ次第出発する」
ドラゴンの言葉に、二人は頭がついていかないのかルータンが遠慮なくドラゴンの肩を掴んでガクガクと揺さぶった。
「そんな急に任せるって言われても、無理っすー!!」
「隊長だから、あの部隊をまとめられるんです。無茶言うんじゃねぇよ!」
「ルータン! アゼル! 気を付け!」
動揺する二人にドラゴンは、ビシッと気持ちが引き締まるような声でそう言い、二人は反射的に直立姿勢を取ると、不満をあらわにした瞳でドラゴンを見つめた。
「……確かに、突然のことで動揺する気持ちは分からないでもない。だが、冷静になってよく考えろ。今まで俺がリオの側近として動いている間、お前たちは一度も不備を起こしたことがないだろう。それはお前たちが俺の見立て通りの、優秀な騎士だからだ。だから俺は安心してお前たちに隊を預けられる。そして万が一何かあったとしても、隊長である俺がすべて責任を負う。だから、頼んだぞ」
その瞳に二人への信頼を映してそう言うと、二人ともグッと唇を噛んで敬礼をした。
「たいちょーがそこまで言ってくれるなら、俺達は全力で第七百人小隊を守りますよ」
「隊長の信頼は恐ろしいほど真っすぐですね。まあ、だからこそ俺達は貴方を慕っているんですけどね。必ず、信頼に応えますよ」
二人がそれぞれ言うと、ドラゴンは満足そうにうなずいてから「そういえば」と思い出したように声を上げた。
「用件はなんだ?」
「今夜飲み会をするので誘いに来ました。でも、無理そうですね」
苦笑交じりにそう言うアゼルにドラゴンも苦笑を返しながら「そうだな」と言った。
「また、たいちょー抜きか~。一年後、帰ってきたら絶対に飲み会に来てくださいよ! 俺達、待ってるっす!」
「あぁ、必ず行こう」
穏やかに微笑みながら約束を交わすとルータンとアゼルは部屋を出ていき、ドラゴンもまた、荷物を持って部屋をあとにした。
そしてドラゴンは、リオの準備の進み具合を見るためにリオの私室に向かうと、部屋から何やら言い争う声が聞こえてきた。
「リオ、入るぞ」
ノックのあとそう言うと部屋の中に入り、その内容がはっきりと聞こえるようになる。
「だから、これは旅に全く必要がありません! 私が管理いたしますので置いて行ってください!」
「まだ全部読み切っていないんだ! 宿とかで読みたいんだよ!」
「そんな暇があるとは思えません! こっちだって何ですか? 私が目を離した隙になぜこんなに大量の娯楽物がバッグの中に入っているんですか! 旅行ではなく仕事なんですよ!」
「だ、だって、ドラゴンと少しは楽しい旅にしたいから……」
そんな二人の会話を聞いたドラゴンは、大きなため息をついてつかつかとリオの前に立った。
「セサル殿を困らせるな、バカ王子。荷物は必要最低限のものしか持っていけない。お前に必要なものは娯楽物ではなく自分の身を守るための魔法道具だろう」
「ドラゴン! もう終わったのか?」
「あぁ、あとはダージクにこの荷物と野営の為のテントをくくりつけるだけだ」
目の前に来たドラゴンの姿にリオは驚いた様子でそう言うが、すぐに何かを思い出したようにリオがポンと手を打った。
「そうだ! ドラゴンが百人隊長になった祝いに俺、新しい制服を特注してたんだった! 今回の旅で着てくれよ。セサル、持ってきて」
「かしこまりました」
ドラゴンが口を挟む前にセサルがクローゼットの中に入っていき、ドラゴンは困ったように眉間にしわを寄せた。
「新しい制服を特注って…お前もこの制服が王妃様から賜ったものだと知っているだろう。制服に代わりはなく、これ以外の制服を着るつもりはない」
「そんな堅いこと言うなよ。結構いい感じにできたんだぜ?」
「だが……」
「お待たせ致しました。ドラゴン殿、お受け取り下さい」
そう言っているうちにセサルが大きな箱をもって戻ってきて、その箱をドラゴンに差し出した。ドラゴンは少し困った様子だったが、断ってもどうせ引き下がらないであろうと予測し、素直に受け取った。
「開けてもいいか」
ドラゴンは少し面倒くさそうにリオに問いかけるが、それにリオが否を返すわけがなくドラゴンはさっそく箱を開けて中を見た。
「…これは……」
「いい色だろう? お前の瞳と髪の色に合わせたんだ」
「俺を全身紫人間にするつもりか」
「ニシシっ、でも色合いは暗くしたからあまり気にならないだろう?」
中に入っていたのは暗い紫色の制服で、制服の中に着るシャツやズボンも正規のものとは違って真っ黒ではなく、よく見ると紫がかっている特別なものだった。
「ドラゴン殿、旅に危険はつきものだと思います。なので、大切な制服をボロボロにしたくなければこちらを着用する方がいいと思いますよ」
「……そうですね。制服の形はそのままで色が違うだけだから何とか正装として使えそうだ。…リオ、ありがたくいただこう」
セサルの言葉にドラゴンは納得して紫色の制服を受け取ると、リオは嬉しそうに「着ろ」と言わんばかりのキラキラとした笑顔を向けた。
「分かったから、必要最低限の荷物をまとめろ! いいか、余計なものは入れるな。セサル殿のいう事を聞け」
「うぅ~。相変わらずドラゴンはひどいなぁ」
「……ルーナに負担を掛けさせたくないだろう?」
「!!」
ドラゴンの一言でリオはハッと黙り、自分の荷物を見ると黙って不必要なものを出し始めた。
「ドラゴン殿、ありがとうございます」
「いえ、礼には及びません。それより、道中は魔物との遭遇もあり得るでしょう。リオの身を守るために今城にある使用可能な魔法道具を用意してください」
「もう用意してありますよ。どれを使用するか、これから決める予定でした」
「さすがセサル殿」
ドラゴンは優秀な側近に笑顔を向けると、制服を持ってクローゼットの中に入り、すぐに一式を着用した。
「さすがドラゴン! よく似合ってるぜ!」
「あぁ、ありがとう。案外しっくりくるものだな」
新しい制服を着たドラゴンは満足そうな表情を浮かべて礼を言い、リオがまとめた荷物を確認して余計なものが全て出された事を確認すると、アクセサリー型の魔法道具をリオにいくつか付けさせた。そしてリオの執事が持ってきた水を持つと、二人はそれぞれの馬に荷物をくくりつけて旅に出たのだった。
「セサル、今日やるべき仕事はあとどれ位残ってる?」
執務室に戻ってきて早々そう言ったリオに、華茶を飲みながら書類の整理をしていたセサルは少し驚いたように目をまたたいた。
「…殿下、悪いものでも食べましたか?」
「セサルも時々ひどいよね。今、父上からドラゴンと各地の視察に行くように言われたんだ。準備ができ次第出発しろって言われてるけど、今日やるべきことくらいは終わらせてから行こうと思っただけだよ。それで、今日やるべきことはどれくらい残ってるの?」
椅子に座りながらそう言うと、セサルは手帳を開いて今日の仕事内容を確認した。
「今日残っている仕事は、残りの書類にサインを入れていただく仕事と、夕方から財務大臣とゲイティリー州の領主との謁見、夜にはその領主と晩餐会があります」
「……晩餐会があるの、忘れてた…」
「今日は出発することは出来ませんね」
「そうだね。じゃあ──」
「失礼します」
リオが諦めたような苦笑をしながら仕事に取り掛かろうとすると、さっき別れたはずのデルトアが部屋に入ってきた。
「あれ、デルトア。どうしたの?」
「陛下からの伝言をお伝えしに参りました。『謁見は私が引き受ける。だから、旅の準備に移りなさい』とのことです。セサル、リオ殿下の旅の準備に取り掛かりなさい」
「かしこまりました。デルトア様、何泊分の荷物をまとめればよろしいですか?」
セサルはすぐに気持ちを切り替えてデルトアに問うと、デルトアは少し考えてから口を開いた。
「…そうですね。今回の移動手段は馬だから、大荷物には出来ません。三泊分でいいでしょう」
「馬車ではないのですか?」
「今回は一年の海外公務で、多くの国を回る。だから、馬車では遅い。……あと、リオ殿下が不在の間、セサルは私の補佐をしてほしい」
「えっ、私はリオ殿下の側近として──」
「今回はドラゴンただ一人を側近兼護衛として付ける。……君の力不足という訳ではないが、今回は多くの供を必要としていない。だから私とゲルチア殿の力になってほしい」
デルトアの言葉にセサルは一瞬だけ悔しそうな表情を浮かべたが、一度大きく息を吸って気持ちを落ち着かせると恭しく頭を下げた。
「…かしこまりました」
「セサル。俺が留守の間、俺の居場所を守ってくれよ」
「当たり前です。ドラゴン殿が居れば大丈夫だとは思いますが、リオ殿下…どうかお気をつけて」
「ありがとう、セサル」
「では、私は準備をいたします。殿下は残りの書類を終わらせてください」
セサルはそう言い、デルトアに頭を下げると部屋を出ていった。デルトアはリオの机の上にある書類の量を見て王に手伝わせるかどうかを少し考えたようだが、出来るだろうと考えたのか「では、私も失礼します」と言って部屋を出ていった。
一方、一度近衛騎士が住む寮に戻ったドラゴンは、まず今回の遠征の報告書を作成し始めた。その報告書はドラゴンの性格がにじみ出るような生真面目な字と内容で、細かい所までしっかりと文章にまとめられていた。それでいて無駄な事は一切書かれていないため、読みやすい報告書だった。ドラゴンは完成した報告書を読み返して不備がないか確認すると、報告書を手にラエルの所へ向かった。
再び訪れたラエルの執務室には先ほど別れたはずのデルトアが先客として居て、ドラゴンは少し驚いたように目を見開いた。
「デルトアさん、どうしたんですか?」
「お前たちは本当に同じ言葉を言うんだな。今、ラエル近衛騎士団長にお前の事を話に来たんだ」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
デルトアはリオと同じ言葉を投げかけるドラゴンに微笑ましいものを感じて笑うと、ラエルが苦笑をしながら「ドラゴンは休みなんてないんだな」と同情の言葉をかけた。
「別に俺は休める時に休めればいいですよ。たまたま今は休めないだけで、この前休んだので今のところ問題ないです。ラエル団長、報告書を提出しに来ました」
「では、私は失礼します。ドラゴンも報告書を提出したら旅の準備に取り掛かりなさい」
「はい、分かりました」
デルトアはポンとドラゴンの肩を叩いてからラエルの部屋を出ていき、そのあとドラゴンが「お願いします」と報告書を提出した。ラエルはそれを受け取って机の上にとりあえず置くと、目の前にいるドラゴンに真剣な表情で話しかけた。
「今、デルトア殿から聞いたが、この旅の本来の目的は人間の滅亡を回避するためにスカイラインの英雄の末裔を探すこと…らしいな」
「はい」
「……ドラゴン、分かっていると思うがリオ殿下のことは命に代えても守り通せよ。危険な旅になるだろうからな」
ラエルの真剣な表情と声に、ドラゴンも真剣な表情で頷く。
「無論、俺の命はリオのためにあります。リオが生きるために、俺が死ぬことになっても構いません。その覚悟で俺は近衛騎士団に入団しました」
「そうだったな。お前はそういうやつだった。旅の健闘を祈る。くれぐれも、命を粗末にするなよ」
「はっ!」
苦笑混じりのラエルの言葉に、ドラゴンはしっかりと返事をして敬礼をすると、ラエルの執務室を後にした。
ラエルの執務室を後にしたドラゴンは、再び部屋に戻り、旅の準備に取り掛かった。
(今回の旅は馬で移動するから、水とテントを乗せる事を考えると二、三日分の荷物くらいが限界だろうな)
ドラゴンはそんな事を考えながら手早くバッグに服を入れると、唐突にコンコンとノックが聞こえ、返事をする前にルータンとアゼルが入ってきた。
「たいちょーいますか~」
「ノックをしたら返事を待て。それが礼儀だろうが」
「スミマセン、隊長…って、その荷物どうしたんですか?」
アゼルが今しがたドラゴンがまとめていた荷物を見て目を見開くと、ルータンも荷物に気付いて目を見開いた。
「隊長、まさか俺達を見限って旅に出るんすか!? そんなのあんまりっすよ! 俺達は隊長を慕って──」
「鬱陶しいぞ、ルータン。これはリオと海外公務に行くための準備だ。一年の間お前達に隊を預けるから、しっかりとまとめろよ」
泣きつくルータンに、ドラゴンはうるさそうにルータンを剥がし、バッグの口を閉めた。
「聞いてないです。本当なんですか?」
「今さっき、陛下から仰せつかったからな。今初めてお前達に話した。俺は準備ができ次第出発する」
ドラゴンの言葉に、二人は頭がついていかないのかルータンが遠慮なくドラゴンの肩を掴んでガクガクと揺さぶった。
「そんな急に任せるって言われても、無理っすー!!」
「隊長だから、あの部隊をまとめられるんです。無茶言うんじゃねぇよ!」
「ルータン! アゼル! 気を付け!」
動揺する二人にドラゴンは、ビシッと気持ちが引き締まるような声でそう言い、二人は反射的に直立姿勢を取ると、不満をあらわにした瞳でドラゴンを見つめた。
「……確かに、突然のことで動揺する気持ちは分からないでもない。だが、冷静になってよく考えろ。今まで俺がリオの側近として動いている間、お前たちは一度も不備を起こしたことがないだろう。それはお前たちが俺の見立て通りの、優秀な騎士だからだ。だから俺は安心してお前たちに隊を預けられる。そして万が一何かあったとしても、隊長である俺がすべて責任を負う。だから、頼んだぞ」
その瞳に二人への信頼を映してそう言うと、二人ともグッと唇を噛んで敬礼をした。
「たいちょーがそこまで言ってくれるなら、俺達は全力で第七百人小隊を守りますよ」
「隊長の信頼は恐ろしいほど真っすぐですね。まあ、だからこそ俺達は貴方を慕っているんですけどね。必ず、信頼に応えますよ」
二人がそれぞれ言うと、ドラゴンは満足そうにうなずいてから「そういえば」と思い出したように声を上げた。
「用件はなんだ?」
「今夜飲み会をするので誘いに来ました。でも、無理そうですね」
苦笑交じりにそう言うアゼルにドラゴンも苦笑を返しながら「そうだな」と言った。
「また、たいちょー抜きか~。一年後、帰ってきたら絶対に飲み会に来てくださいよ! 俺達、待ってるっす!」
「あぁ、必ず行こう」
穏やかに微笑みながら約束を交わすとルータンとアゼルは部屋を出ていき、ドラゴンもまた、荷物を持って部屋をあとにした。
そしてドラゴンは、リオの準備の進み具合を見るためにリオの私室に向かうと、部屋から何やら言い争う声が聞こえてきた。
「リオ、入るぞ」
ノックのあとそう言うと部屋の中に入り、その内容がはっきりと聞こえるようになる。
「だから、これは旅に全く必要がありません! 私が管理いたしますので置いて行ってください!」
「まだ全部読み切っていないんだ! 宿とかで読みたいんだよ!」
「そんな暇があるとは思えません! こっちだって何ですか? 私が目を離した隙になぜこんなに大量の娯楽物がバッグの中に入っているんですか! 旅行ではなく仕事なんですよ!」
「だ、だって、ドラゴンと少しは楽しい旅にしたいから……」
そんな二人の会話を聞いたドラゴンは、大きなため息をついてつかつかとリオの前に立った。
「セサル殿を困らせるな、バカ王子。荷物は必要最低限のものしか持っていけない。お前に必要なものは娯楽物ではなく自分の身を守るための魔法道具だろう」
「ドラゴン! もう終わったのか?」
「あぁ、あとはダージクにこの荷物と野営の為のテントをくくりつけるだけだ」
目の前に来たドラゴンの姿にリオは驚いた様子でそう言うが、すぐに何かを思い出したようにリオがポンと手を打った。
「そうだ! ドラゴンが百人隊長になった祝いに俺、新しい制服を特注してたんだった! 今回の旅で着てくれよ。セサル、持ってきて」
「かしこまりました」
ドラゴンが口を挟む前にセサルがクローゼットの中に入っていき、ドラゴンは困ったように眉間にしわを寄せた。
「新しい制服を特注って…お前もこの制服が王妃様から賜ったものだと知っているだろう。制服に代わりはなく、これ以外の制服を着るつもりはない」
「そんな堅いこと言うなよ。結構いい感じにできたんだぜ?」
「だが……」
「お待たせ致しました。ドラゴン殿、お受け取り下さい」
そう言っているうちにセサルが大きな箱をもって戻ってきて、その箱をドラゴンに差し出した。ドラゴンは少し困った様子だったが、断ってもどうせ引き下がらないであろうと予測し、素直に受け取った。
「開けてもいいか」
ドラゴンは少し面倒くさそうにリオに問いかけるが、それにリオが否を返すわけがなくドラゴンはさっそく箱を開けて中を見た。
「…これは……」
「いい色だろう? お前の瞳と髪の色に合わせたんだ」
「俺を全身紫人間にするつもりか」
「ニシシっ、でも色合いは暗くしたからあまり気にならないだろう?」
中に入っていたのは暗い紫色の制服で、制服の中に着るシャツやズボンも正規のものとは違って真っ黒ではなく、よく見ると紫がかっている特別なものだった。
「ドラゴン殿、旅に危険はつきものだと思います。なので、大切な制服をボロボロにしたくなければこちらを着用する方がいいと思いますよ」
「……そうですね。制服の形はそのままで色が違うだけだから何とか正装として使えそうだ。…リオ、ありがたくいただこう」
セサルの言葉にドラゴンは納得して紫色の制服を受け取ると、リオは嬉しそうに「着ろ」と言わんばかりのキラキラとした笑顔を向けた。
「分かったから、必要最低限の荷物をまとめろ! いいか、余計なものは入れるな。セサル殿のいう事を聞け」
「うぅ~。相変わらずドラゴンはひどいなぁ」
「……ルーナに負担を掛けさせたくないだろう?」
「!!」
ドラゴンの一言でリオはハッと黙り、自分の荷物を見ると黙って不必要なものを出し始めた。
「ドラゴン殿、ありがとうございます」
「いえ、礼には及びません。それより、道中は魔物との遭遇もあり得るでしょう。リオの身を守るために今城にある使用可能な魔法道具を用意してください」
「もう用意してありますよ。どれを使用するか、これから決める予定でした」
「さすがセサル殿」
ドラゴンは優秀な側近に笑顔を向けると、制服を持ってクローゼットの中に入り、すぐに一式を着用した。
「さすがドラゴン! よく似合ってるぜ!」
「あぁ、ありがとう。案外しっくりくるものだな」
新しい制服を着たドラゴンは満足そうな表情を浮かべて礼を言い、リオがまとめた荷物を確認して余計なものが全て出された事を確認すると、アクセサリー型の魔法道具をリオにいくつか付けさせた。そしてリオの執事が持ってきた水を持つと、二人はそれぞれの馬に荷物をくくりつけて旅に出たのだった。
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