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三章 ―旅立ちの時― (ここからが本番)
―不穏な予兆― 3
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飲み会が終わり、また変わらない日々を送ることが出来ると思っていたドラゴン達だったが、その矢先に再びドラゴン率いる第七百人小隊に召集がかかることになった。そして国の僻地で大量発生して凶暴化した悪鬼の討伐依頼が地方の領主と紅蛇傭兵団から入ったことを知らされ、その任務を第七百人小隊が請け負うことになったのだ。
さらに別の部隊も国同士の諍いを収める為に出動したり、魔物の脅威に備えるため、一時的にその国の守備に付いたりと忙しい日々が流れていった。
「最近、忙しいっすね」
「そうだな。特に魔物関連の要請が多いな」
「なんか嫌ですね。気色悪い雰囲気があるような感覚で」
近衛騎士団長に任務完了の報告をしに行く道すがら、ドラゴンとルータン、アゼルの三人はこの異様なほどの魔物の発生と凶暴化に眉をひそめた。
「それでも、命令が下ればそれに従うしかない」
「だけど今回の任務、悪鬼だと思って油断してたのもあるけど、重傷者が十人も出たんだぜ? 普通じゃねぇっすよ」
「確かに、いつもならある程度戦えば戦意を喪失して退く悪鬼だけど、今回はしつこかったですね。あの執拗なほどに攻撃をしてくる様には恐怖を覚えました」
アゼルの言葉にルータンも頷き、ドラゴンは「その言葉、部下の前では口にするなよ。士気が下がる」とたしなめるが、すぐに「だが、あの状況下でも冷静に動いてくれたこと、感謝する。ありがとう」と礼を口にした。
「俺達が冷静でいられたのは、隊長のおかげっすよ」
「えぇ、隊長が1番冷静だったから、俺達も冷静でいられたんです」
「そうか。では次からは俺がいなくても冷静でいられるように努めろ」
「はいはい」
ドラゴンの言葉に二人はクスクスと笑いながら軽く返事をし、近衛騎士団長、ラエルの執務室に着いた。
「ラエル団長、第七百人小隊、隊長ドラゴンです」
ノックのあと、そう言うと中から「入れ」と入室の許可がおりてドラゴン達は「失礼します」と言って部屋に入った。
部屋の中には報告に来ている別の隊長も居て、その中に中隊長補佐となったティトニーも報告に来ていた。
「よっ、ドラゴンも帰ってきたんだな」
「はい、さっき帰ってきました。ティトニーさんもどこか遠征に行ってたんですか?」
「俺はマルコスと一緒に留守番だ。半分以上の近衛騎士が出払ってるから、中隊を組もうにも人数が足りない。だから、ひたすら警護と訓練の日々だよ」
「そんなに要請が来ていたんですね」
ティトニーと会話をしていると、前の人が報告し終わったらしく「しゃべくってないで報告しろ~」とラエルが苦笑をした。
「俺は定期報告だから、あとでもいいわ。先にどうぞ~」
「ありがとうございます。珍しく優しいですね。明日は槍でも降りますか?」
「ははっ、俺が優しいのはいつものことだろ!」
軽口を叩きながらラエルの前に立つと、敬礼をした。
「第七百人小隊、ただいま任務を終えて帰還いたしました」
「ご苦労だった。大まかな報告を頼む。詳細は追って書面でくれ」
「分かりました。今回の遠征で怪我人が33名。うち10名が重傷を負いました。しかし民を困らせていた悪鬼は駆逐し、民の安全は確保されました」
ドラゴンの報告にラエルは眉を上げて驚き、頬杖をついてドラゴンを咎めるように見上げた。
「怪我人が多いな。手こずったのか?」
「はい。思った以上にしつこく、すぐに退くだろうと油断をしていた者が怪我をしたようです。ですが、一番の原因は私の伝達不足にあると考えています」
「…そうか。情報の重要性はお前がよく分かっていると思う。今後はそんなミスをするなよ。隊を預かるということは、隊全員の命を預かってると思え」
「はい、肝に銘じておきます」
ドラゴンは深く頭を下げるとラエルは頷いてから表情を緩めてドラゴンの頭を撫でた。
「よく無事に帰ってきたな。ルータンとアゼルもよく無事だった。遠征が立て続けに入って大変だっただろう。今日はゆっくり休め」
「ありがとうございます、団長」
「お言葉に甘えて、今日はダラダラさせてもらいますね」
ルータンとアゼルもラエルの激励に表情を緩めてそれぞれ言った。
「…ラエル団長、いつまで撫でてるんですか?」
ドラゴンが頭を下げたまま、言外に「子供じゃないんですけど」と言うように問いかけると、ラエルは最後にポンポンと頭を撫でてようやく撫でることをやめた。
「すまんな、つい。あぁ、そういえば…。ドラゴン、この後陛下の所に行け。陛下がお前を呼んでいる」
「分かりました。では、失礼します」
「失礼しました」
ドラゴンとルータンとアゼルは頭を下げて廊下に出ると、ドラゴンが二人を振り返った。
「二人はもう帰って休め。疲れているだろう」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
「隊長は大変ですねぇ」
「一応言っておくが、道具の手入れは今日中にやっておけよ」
ドラゴンの言葉に二人はやれやれと肩をすくめて「分かってますよ」と言葉を返してドラゴンに背を向けた。ドラゴンはその背中を見送ると、王の所へ行くべく王の執務室を目指した。
「お、ドラゴンおかえり~。これから父上の所に行くのか?」
向かっている途中で偶然リオと出会うと、リオは知っていたようにそう言い、ドラゴンの隣を歩いた。
「そうだが…なぜおまえが知っている?」
「勘~。まあ、俺も父上に呼ばれてるんだよ。執務がひと段落着いたら来いって」
「そうだったのか。俺はリオの次でいいから、先に陛下の用事を聞いてこいよ」
「ありがとな、ドラゴン」
二人は笑みをかわしながら廊下を進み、王の執務室の前まで来るとリオがノックをした。
「父上、リオです」
「入りなさい」
中から少々疲れたような声が聞こえ、ドラゴンが執務室のドアを開けると王とデルトア、そして近衛騎士と使用人以外に人はおらず、ちょうど休憩をしているようだった。
「リオとドラゴンも来てくれたか。丁度よかったんだな。さあ、二人とも中に入りなさい」
「俺は外で待ってます。俺はリオのあとでいいので」
「いや、二人に話したかったことなんだ。どちらかが先に来たら待ってもらう予定だったから、二人同時に来てくれて丁度よかったよ」
ドラゴンは廊下に出ようとしたが、王が笑顔でそれを引き留めて使用人がドラゴンの分の華茶を出したためドラゴンは腑に落ちないような表情で席に着いた。王はドラゴンのその表情にくすっと笑いつつ、王もソファーに座って使用人が入れた華茶を一口飲んだ。
「あぁ…デルトア以外の者は外に出ていなさい。デルトアが呼びに行くまで、休憩を与える。別の仕事がある者はそれをしていなさい」
「かしこまりました」
王の言葉に使用人と近衛騎士は王に頭を下げて部屋を出ていき、執務室には王とデルトア、そしてリオとドラゴンの四人のみとなった。
「……私にも休憩が欲しかったところですね」
「すまない。私が冷静でいられる自信がなかったから、デルトアにだけ残ってもらった」
「相変わらず、陛下は私を酷使しますね。……ま、ライの側近になった時から覚悟は決めていたけどな」
「ありがとう」
二人のやり取りで、何か深刻な内容であると想像したリオとドラゴンは、気持ちを引き締めて王の言葉を待った。
「さて…いきなり呼び出して悪かったね。あまり悠長に話す暇もないから単刀直入に話をするよ」
王がそう言った瞬間、ドラゴン達の角度からは見えなかったが、王の後ろに控えていたデルトアだけは王が覚悟を決めるようにギュッと手を握りしめたのを見た。
「何か、重大なことが起こったのですか?」
リオも、親子として話すときのような雰囲気ではなく王子として王に会う時の口調で問うと、王はおもむろに頷いて口を開いた。
「昨日の夜、〈先見〉が久し振りに発動された。そこで見たものは…悲しみと絶望と、そして並々ならぬ憎しみを具現化したようなものを見た。そして、その渦に巻き込まれるのは私が統べる人間と人間が治める土地、魔族だった」
「魔族?」
ドラゴンが理解できないというように眉をひそめると、王もその感情を読み取ったのか苦笑を浮かべた。
「私も、なぜ人間と魔族のみが憎しみの渦に巻き込まれるのか分からなかった。だが、分かっていることはこのまま何もしないでいれば、人間は滅び、魔族もまた大きな損害を受けるという事だ」
「人間が滅びる!? 嘘だろ!」
「殿下、お気持ちは分かりますが、声を落としてください。この事は現段階でここにいる四人のみの秘密事項といたします。なので、くれぐれもうっかり口を滑らせて、城に仕えるものも含めた民を不安にさせることなきようお願いいたします」
デルトアが視線を鋭くしてリオとドラゴンを見ると、動転したリオはたちまち冷静になって浮かせた腰を椅子に落ち着かせ、ドラゴンもまた力強くうなずいた。
「すみません。俺、思わず……」
「いや、私も〈先見〉でその未来を見た時は気が動転してリオレルに情けない姿を見せてしまったよ。だから、驚かないデルトアとドラゴンがすごいんだよ」
「俺も驚いたに決まっているでしょう。ただ、いつ何時も冷静でいるようにする癖がついているだけだ」
「俺も驚きました。表にでないのはデルトアさんとアリアーサ先生の指導のたまものです。それで陛下、何か対策を打つのですよね。このことを公にしないという事は、俺が何か陰で動けばいいという事ですか?」
王の言葉に少しムッとした従者二人だったが、ドラゴンは即座に頭を回転させてそう結論付けると王にそう問いかけた。その頭の回転の速さに王は少し驚いたようだが、ゆるゆると首を横に振って表情を引き締めた。
「この未来の回避に力を尽くすのはドラゴンだけではない。リオにも同じことを言い渡す。二人にしか出来ない極秘の任務をな」
王の言葉にドラゴンとリオは即座に表情を引き締めると椅子から立ち上がり、王の前に跪いた。
「何なりとお申し付けください、陛下」
「私たちは陛下の手となり足となり、動きましょう」
リオとドラゴンの言葉に王は複雑そうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに表情を引き締めておもむろに口を開いた。
「では、言い渡す。リオ・イズウェル・ルディン・アークス=ナヴァルとドラゴン・ロディアノスに命ずる。一年以内に敵の把握とスカイラインの英雄の子孫を集め、来たる戦闘に備えよ。なお、一年以内に戻らなければお前たち二人は死んだものとみなす」
「一年以内!? それはさすがに──」
「かしこまりました。全身全霊で陛下の期待に応えて見せます」
リオの言葉を遮るようにはっきりと言葉を発して深く頭を下げるドラゴンに、リオはガシッとドラゴンの肩を掴んだ。
「ドラゴン! いくら何でも一年でスカイラインの英雄の末裔を集めてここに戻ってくるのは無理だって! 正気の沙汰じゃないよ!」
「だが、やれと言われればやるしかない。俺達にしかできないことなら、なおさらだろう。リオが治めるべき民がいなくなれば、俺は騎士の誓いを守れなかったことになる。俺は、リオをちゃんと人間王にするために力を尽くす。俺の王は、主は、リオだ。リオが作る未来を守るために、俺はいる」
ドラゴンが正式に近衛騎士となった日を彷彿とさせる強い意志のこもった瞳に射抜かれたリオは、その言葉の重みに圧倒されるように息を呑み、掴んでいたドラゴンの肩をそっと離した。そしてその手で思い切り自分の頬を叩いた。
「…ぅっし! 父上、俺もドラゴンと一緒に任務に励みます。民を守るのが王の役目。父上の民を、俺がいずれ治めていく民を、全身全霊で守ります」
「よく決断してくれたね。ありがとう」
王は成長した我が子たちの姿に少し涙ぐみながら礼を言い、それを見たデルトアが「相変わらずですね」と呆れつつ手に持っていた書類をリオとドラゴンに渡した。
「表向きは各国の視察という事で各地を回ることになっていますが、先ほど陛下が言ったように、本来の目的は英雄の末裔探しです。私の方で出来る限り英雄の末裔の居場所を調べておきました。ただ、確実な情報が入ったのは人間種のみです。エルフ、リエル、魔族の情報は確実性に欠けるもので、参考程度にしかならないので注意してください」
「ありがとうございます。人間だけでも確実なら、あとは何とかします」
ドラゴンはざっと資料に目を通してそう言うと、四つ折りにしてポケットに入れた。それを見て王は再び口を開く。
「二人は準備が整い次第出発しなさい。時は一刻の猶予もないことを心得よ」
「はっ」
「はい!」
ドラゴンとリオは返事をすると、そのあとは留守中の対応をデルトアから聞いて王の執務室をあとにした。
「デルトア、子を危険な旅に出させるのは辛いものだな…」
「当たり前です。…無事に帰ってくることを祈り、陛下は国を守ることに専念すればいいんです」
「そうだな……」
二人が部屋を出ていくのを見送った王は、毅然としていた態度を一変させてソファーに背を預けると目頭を強く指で押さえてそう言った。そんな王にデルトアも言葉こそ励ますものだが、表情は苦痛を耐えるような表情だった。
執務室はしばらく重苦しい沈黙に包まれた。
さらに別の部隊も国同士の諍いを収める為に出動したり、魔物の脅威に備えるため、一時的にその国の守備に付いたりと忙しい日々が流れていった。
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「なんか嫌ですね。気色悪い雰囲気があるような感覚で」
近衛騎士団長に任務完了の報告をしに行く道すがら、ドラゴンとルータン、アゼルの三人はこの異様なほどの魔物の発生と凶暴化に眉をひそめた。
「それでも、命令が下ればそれに従うしかない」
「だけど今回の任務、悪鬼だと思って油断してたのもあるけど、重傷者が十人も出たんだぜ? 普通じゃねぇっすよ」
「確かに、いつもならある程度戦えば戦意を喪失して退く悪鬼だけど、今回はしつこかったですね。あの執拗なほどに攻撃をしてくる様には恐怖を覚えました」
アゼルの言葉にルータンも頷き、ドラゴンは「その言葉、部下の前では口にするなよ。士気が下がる」とたしなめるが、すぐに「だが、あの状況下でも冷静に動いてくれたこと、感謝する。ありがとう」と礼を口にした。
「俺達が冷静でいられたのは、隊長のおかげっすよ」
「えぇ、隊長が1番冷静だったから、俺達も冷静でいられたんです」
「そうか。では次からは俺がいなくても冷静でいられるように努めろ」
「はいはい」
ドラゴンの言葉に二人はクスクスと笑いながら軽く返事をし、近衛騎士団長、ラエルの執務室に着いた。
「ラエル団長、第七百人小隊、隊長ドラゴンです」
ノックのあと、そう言うと中から「入れ」と入室の許可がおりてドラゴン達は「失礼します」と言って部屋に入った。
部屋の中には報告に来ている別の隊長も居て、その中に中隊長補佐となったティトニーも報告に来ていた。
「よっ、ドラゴンも帰ってきたんだな」
「はい、さっき帰ってきました。ティトニーさんもどこか遠征に行ってたんですか?」
「俺はマルコスと一緒に留守番だ。半分以上の近衛騎士が出払ってるから、中隊を組もうにも人数が足りない。だから、ひたすら警護と訓練の日々だよ」
「そんなに要請が来ていたんですね」
ティトニーと会話をしていると、前の人が報告し終わったらしく「しゃべくってないで報告しろ~」とラエルが苦笑をした。
「俺は定期報告だから、あとでもいいわ。先にどうぞ~」
「ありがとうございます。珍しく優しいですね。明日は槍でも降りますか?」
「ははっ、俺が優しいのはいつものことだろ!」
軽口を叩きながらラエルの前に立つと、敬礼をした。
「第七百人小隊、ただいま任務を終えて帰還いたしました」
「ご苦労だった。大まかな報告を頼む。詳細は追って書面でくれ」
「分かりました。今回の遠征で怪我人が33名。うち10名が重傷を負いました。しかし民を困らせていた悪鬼は駆逐し、民の安全は確保されました」
ドラゴンの報告にラエルは眉を上げて驚き、頬杖をついてドラゴンを咎めるように見上げた。
「怪我人が多いな。手こずったのか?」
「はい。思った以上にしつこく、すぐに退くだろうと油断をしていた者が怪我をしたようです。ですが、一番の原因は私の伝達不足にあると考えています」
「…そうか。情報の重要性はお前がよく分かっていると思う。今後はそんなミスをするなよ。隊を預かるということは、隊全員の命を預かってると思え」
「はい、肝に銘じておきます」
ドラゴンは深く頭を下げるとラエルは頷いてから表情を緩めてドラゴンの頭を撫でた。
「よく無事に帰ってきたな。ルータンとアゼルもよく無事だった。遠征が立て続けに入って大変だっただろう。今日はゆっくり休め」
「ありがとうございます、団長」
「お言葉に甘えて、今日はダラダラさせてもらいますね」
ルータンとアゼルもラエルの激励に表情を緩めてそれぞれ言った。
「…ラエル団長、いつまで撫でてるんですか?」
ドラゴンが頭を下げたまま、言外に「子供じゃないんですけど」と言うように問いかけると、ラエルは最後にポンポンと頭を撫でてようやく撫でることをやめた。
「すまんな、つい。あぁ、そういえば…。ドラゴン、この後陛下の所に行け。陛下がお前を呼んでいる」
「分かりました。では、失礼します」
「失礼しました」
ドラゴンとルータンとアゼルは頭を下げて廊下に出ると、ドラゴンが二人を振り返った。
「二人はもう帰って休め。疲れているだろう」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
「隊長は大変ですねぇ」
「一応言っておくが、道具の手入れは今日中にやっておけよ」
ドラゴンの言葉に二人はやれやれと肩をすくめて「分かってますよ」と言葉を返してドラゴンに背を向けた。ドラゴンはその背中を見送ると、王の所へ行くべく王の執務室を目指した。
「お、ドラゴンおかえり~。これから父上の所に行くのか?」
向かっている途中で偶然リオと出会うと、リオは知っていたようにそう言い、ドラゴンの隣を歩いた。
「そうだが…なぜおまえが知っている?」
「勘~。まあ、俺も父上に呼ばれてるんだよ。執務がひと段落着いたら来いって」
「そうだったのか。俺はリオの次でいいから、先に陛下の用事を聞いてこいよ」
「ありがとな、ドラゴン」
二人は笑みをかわしながら廊下を進み、王の執務室の前まで来るとリオがノックをした。
「父上、リオです」
「入りなさい」
中から少々疲れたような声が聞こえ、ドラゴンが執務室のドアを開けると王とデルトア、そして近衛騎士と使用人以外に人はおらず、ちょうど休憩をしているようだった。
「リオとドラゴンも来てくれたか。丁度よかったんだな。さあ、二人とも中に入りなさい」
「俺は外で待ってます。俺はリオのあとでいいので」
「いや、二人に話したかったことなんだ。どちらかが先に来たら待ってもらう予定だったから、二人同時に来てくれて丁度よかったよ」
ドラゴンは廊下に出ようとしたが、王が笑顔でそれを引き留めて使用人がドラゴンの分の華茶を出したためドラゴンは腑に落ちないような表情で席に着いた。王はドラゴンのその表情にくすっと笑いつつ、王もソファーに座って使用人が入れた華茶を一口飲んだ。
「あぁ…デルトア以外の者は外に出ていなさい。デルトアが呼びに行くまで、休憩を与える。別の仕事がある者はそれをしていなさい」
「かしこまりました」
王の言葉に使用人と近衛騎士は王に頭を下げて部屋を出ていき、執務室には王とデルトア、そしてリオとドラゴンの四人のみとなった。
「……私にも休憩が欲しかったところですね」
「すまない。私が冷静でいられる自信がなかったから、デルトアにだけ残ってもらった」
「相変わらず、陛下は私を酷使しますね。……ま、ライの側近になった時から覚悟は決めていたけどな」
「ありがとう」
二人のやり取りで、何か深刻な内容であると想像したリオとドラゴンは、気持ちを引き締めて王の言葉を待った。
「さて…いきなり呼び出して悪かったね。あまり悠長に話す暇もないから単刀直入に話をするよ」
王がそう言った瞬間、ドラゴン達の角度からは見えなかったが、王の後ろに控えていたデルトアだけは王が覚悟を決めるようにギュッと手を握りしめたのを見た。
「何か、重大なことが起こったのですか?」
リオも、親子として話すときのような雰囲気ではなく王子として王に会う時の口調で問うと、王はおもむろに頷いて口を開いた。
「昨日の夜、〈先見〉が久し振りに発動された。そこで見たものは…悲しみと絶望と、そして並々ならぬ憎しみを具現化したようなものを見た。そして、その渦に巻き込まれるのは私が統べる人間と人間が治める土地、魔族だった」
「魔族?」
ドラゴンが理解できないというように眉をひそめると、王もその感情を読み取ったのか苦笑を浮かべた。
「私も、なぜ人間と魔族のみが憎しみの渦に巻き込まれるのか分からなかった。だが、分かっていることはこのまま何もしないでいれば、人間は滅び、魔族もまた大きな損害を受けるという事だ」
「人間が滅びる!? 嘘だろ!」
「殿下、お気持ちは分かりますが、声を落としてください。この事は現段階でここにいる四人のみの秘密事項といたします。なので、くれぐれもうっかり口を滑らせて、城に仕えるものも含めた民を不安にさせることなきようお願いいたします」
デルトアが視線を鋭くしてリオとドラゴンを見ると、動転したリオはたちまち冷静になって浮かせた腰を椅子に落ち着かせ、ドラゴンもまた力強くうなずいた。
「すみません。俺、思わず……」
「いや、私も〈先見〉でその未来を見た時は気が動転してリオレルに情けない姿を見せてしまったよ。だから、驚かないデルトアとドラゴンがすごいんだよ」
「俺も驚いたに決まっているでしょう。ただ、いつ何時も冷静でいるようにする癖がついているだけだ」
「俺も驚きました。表にでないのはデルトアさんとアリアーサ先生の指導のたまものです。それで陛下、何か対策を打つのですよね。このことを公にしないという事は、俺が何か陰で動けばいいという事ですか?」
王の言葉に少しムッとした従者二人だったが、ドラゴンは即座に頭を回転させてそう結論付けると王にそう問いかけた。その頭の回転の速さに王は少し驚いたようだが、ゆるゆると首を横に振って表情を引き締めた。
「この未来の回避に力を尽くすのはドラゴンだけではない。リオにも同じことを言い渡す。二人にしか出来ない極秘の任務をな」
王の言葉にドラゴンとリオは即座に表情を引き締めると椅子から立ち上がり、王の前に跪いた。
「何なりとお申し付けください、陛下」
「私たちは陛下の手となり足となり、動きましょう」
リオとドラゴンの言葉に王は複雑そうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに表情を引き締めておもむろに口を開いた。
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リオの言葉を遮るようにはっきりと言葉を発して深く頭を下げるドラゴンに、リオはガシッとドラゴンの肩を掴んだ。
「ドラゴン! いくら何でも一年でスカイラインの英雄の末裔を集めてここに戻ってくるのは無理だって! 正気の沙汰じゃないよ!」
「だが、やれと言われればやるしかない。俺達にしかできないことなら、なおさらだろう。リオが治めるべき民がいなくなれば、俺は騎士の誓いを守れなかったことになる。俺は、リオをちゃんと人間王にするために力を尽くす。俺の王は、主は、リオだ。リオが作る未来を守るために、俺はいる」
ドラゴンが正式に近衛騎士となった日を彷彿とさせる強い意志のこもった瞳に射抜かれたリオは、その言葉の重みに圧倒されるように息を呑み、掴んでいたドラゴンの肩をそっと離した。そしてその手で思い切り自分の頬を叩いた。
「…ぅっし! 父上、俺もドラゴンと一緒に任務に励みます。民を守るのが王の役目。父上の民を、俺がいずれ治めていく民を、全身全霊で守ります」
「よく決断してくれたね。ありがとう」
王は成長した我が子たちの姿に少し涙ぐみながら礼を言い、それを見たデルトアが「相変わらずですね」と呆れつつ手に持っていた書類をリオとドラゴンに渡した。
「表向きは各国の視察という事で各地を回ることになっていますが、先ほど陛下が言ったように、本来の目的は英雄の末裔探しです。私の方で出来る限り英雄の末裔の居場所を調べておきました。ただ、確実な情報が入ったのは人間種のみです。エルフ、リエル、魔族の情報は確実性に欠けるもので、参考程度にしかならないので注意してください」
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「二人は準備が整い次第出発しなさい。時は一刻の猶予もないことを心得よ」
「はっ」
「はい!」
ドラゴンとリオは返事をすると、そのあとは留守中の対応をデルトアから聞いて王の執務室をあとにした。
「デルトア、子を危険な旅に出させるのは辛いものだな…」
「当たり前です。…無事に帰ってくることを祈り、陛下は国を守ることに専念すればいいんです」
「そうだな……」
二人が部屋を出ていくのを見送った王は、毅然としていた態度を一変させてソファーに背を預けると目頭を強く指で押さえてそう言った。そんな王にデルトアも言葉こそ励ますものだが、表情は苦痛を耐えるような表情だった。
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