英雄の末裔も(語り継がれないけど)英雄

E.ARS(アリサ)

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三章 ―旅立ちの時― (ここからが本番)

―不穏な予兆― 1

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 ドラゴンが正式に近衛騎士となり、初恋を悲しい結末で幕を下ろしてから5年の時が経った。
 リオはあの年の12月に成人して名を新しく、リオ・イズウェル・ルディン・アークス=ナヴァルと名乗るようになった。そしてリオが成人すると、リオの命によってドラゴンは正式にリオの側近となり、騎士として、そしてリオの側近として毎日忙しい日々を送るようになった。
 さらにドラゴンは、側近として忙しくしているにもかかわらず、めきめきと実力を伸ばして異例の早さで百人隊長の座まで上り詰めていた。
 ドラゴン率いる第七百人小隊は隊長が若いという事もあり、若い近衛騎士を中心に編成されていて、少々気性の荒いやんちゃな騎士が多く所属していた。その為、はじめの頃は納得のいかない若手近衛騎士がドラゴンとの一騎討ちを所望して列を作り、連日誰かがドラゴンの手によって医務室送りにされていた。
 そしてきっちり全員と手合わせをして納得させると、ドラゴンは百人隊長として部下と共に数々の任務をこなしていった。
 任務をこなしていく中で第七百人小隊は、猪突猛進ながら統率の取れた部隊ということで有名になり、騎士達の見た目と戦い方から『ワイルドナイト』と呼ばれるようになっていた。
 そして5年経った今、ドラゴンは23歳、リオは22歳となり、それぞれ仕事に慣れて忙しい日々を過ごしていた。

 王の命により、一ヶ月の隣国遠征に出て国同士のいさかいを収めていたドラゴン率いる第七百人小隊は、帰還するや否や制服を脱いで私服に着替え、飲みに出ていこうとしていた。
「たーいちょ♪ 一ヶ月の遠征を頑張った今日くらいは俺達と一緒に飲みに行きましょうよ!」
 ドラゴンの補佐としてついている副官の一人、ルータンがラエルへの報告を終わらせたドラゴンの肩に遠慮なく腕を乗せて笑うと、ドラゴンはため息をついてその腕を鬱陶しいと言わんばかりに払った。
「悪いが今日は無理だ。俺はこれからリオの所に行かないといけないからな。飲みに行くのはいいが、羽目を外し過ぎるなよ」
「今日の間違いじゃないですか? 隊長」
 ルータンの後ろからひょこっといたずらな笑みを浮かべる男性が現れてそう言うと、ドラゴンはうるさそうに手を振って「あー、そうだな」と適当に返した。
「適当に返さないでくださいよ~。俺、傷ついちゃいますよ~」
「思ってもないことを言うな、アゼル。お前の図太さは知っている」
「ハハッ、ま、俺の取り柄は鋼の精神ですからね」
 カラカラと笑うアゼルも、ドラゴンの補佐を務める副官で、ドラゴンがリオの側近として働いている時はルータンとアゼルの二人がドラゴンの代わりとして隊を預かり、動かしていた。
「でもよ~、毎回毎回俺達の誘いを断るなんて、隊長付き合い悪すぎるっすよ~」
 うだうだと今度はドラゴンの首に腕を絡めて後ろから抱き着くような格好になると、ドラゴンは容赦なくルータンの脇腹に肘鉄を食らわせて撃沈させた。
「文句を言うなら、仕事をよくサボるリオに言え。俺の仕事が終わらないのは大体リオのせいだ」
「うぐぅ…いやいや、さすがに殿下に文句を言うのは無理っすよ……」
「いくら俺達が、猪突猛進、礼儀知らずのワイルドナイトと呼ばれていても、さすがに王族に対して礼を欠くことはできませんよ。俺達は王家に絶対の忠誠を誓っていますからね」
「……なんだ、その別称は。俺が率いていながらそんな風に言われているのか」
 ドラゴンが不満そうに眉間にシワを寄せると、二人はキョトンと顔を見合わせて、何が不満なのか分からないといった表情を浮かべた。
「何か問題があるんすか?」
「近衛騎士は品行方正が基本だろうが。それなのに……はぁ…」
 嘆かわしいと言うように大きなため息をつくドラゴンに、二人は軽く笑ってドラゴンの背中をポンポンと叩いた。
「大丈夫っすよ! 俺達、やる時はやるんで!」
「常に心掛けろ」
「無理ですね。これが俺達の個性なんで」
 ドラゴンの言葉をバッサリと切ったアゼルに、ドラゴンは深いため息しか出ず、しっしと早く飲み会に行くように促した。
「はぁ…。まあ、言ったところで改善されないことはもう学習した。だから俺にかまってないでさっさと飲み会に行ってこい。俺も行けたら行く。いつも飲んでる所だろう?」
「そう言って、来た試しがないけど…まあ、いつもの場所っす」
「待ってますからね、隊長」
 ルータンとアゼルは渋々といった様子でドラゴンから離れ、他の騎士達からも「待ってますからねー!」と言われてドラゴンは苦笑を返しつつ「期待はするな」と返して、部下たちを見送った。
 部下たちを見送るとドラゴンは真っ先にリオの執務室に向かい、つまらなそうにしているであろうリオを想像しながら執務室の扉をノックした。
「どーぞ」
「入るぞ」
 中からけだるげな返事が聞こえ、自分の予想通りだったことにかすかな笑みを浮かべながら執務室のドアを開けると、大量の書類に囲まれて力尽きるリオの姿が目に入った。
「リオ…疲れているな」
 思わず第一声でそう声をかけると、リオは顔を上げて「ドラゴ~ン!」と泣きっ面を見せた。その瞬間、ドラゴンはダッシュで机まで行き、リオが下敷きにしている書類を取り上げた。
「おいっ、泣くな! 書類が涙と鼻水で汚れるだろうが!」
「俺より書類の心配!?」
「当たり前だ。これは公文書だぞ。汚れたら再提出してもらわなくちゃならないものだ。提出者に同じものをまた書かせるつもりか」
「うぅ~、分かったから俺の心配もして~! 帰ってきて早々、ドラゴン冷たすぎるよ~。セサルの方が優しい~」
 うだうだと机に突っ伏してわめくリオに、ドラゴンは棒読みで「あー、大丈夫ですか、リオ殿下」と言った。あまりにも棒読みなそれに、リオがさらに嘆いたのは想像に難くないだろう。
 ちなみに、セサルはリオが指名したもう一人の側近で、王の側近の一人のゲルチア・アーガ・カルヴィーノ侯爵の一人息子、セサル・ガウロ・カルヴィーノという。カルヴィーノ侯爵家は代々王家の側近を務めていて、セサルも幼い頃から王家の側近になるべく教育を受けていた。そしてセサルは本来であればレイロンドの側近になるはずだったのだが、レイロンドの王位継承権が剥奪され、更に賊の手によって命を散らせてしまったことから、リオに仕えることを決めた男性だった。
「とにかく、さっさと仕事を終わらせろ。終わったら、俺の隊の奴らと飲みに行くぞ」
 ドラゴンがそう言った瞬間、リオはガバッと起き上がって目を輝かせた。
「えっ! いいの!?」
「来いと言われているんだ。俺一人だろうが、お前がさらに一人増えようが、変わらんだろう」
「やった! 俺、頑張るわ」
 もてあそんでいたペンをしっかりと握り直し、書類に向き合い始めるリオに、ドラゴンは「現金なやつだな」と笑ってさらに言葉を付け足した。
「言っておくが、大衆的な店だから、良いものはあまり無いぞ」
「いい! ドラゴンと飲みたいし、騎士達の声も聞きたいから」
「そうか」
 ドラゴンは、相変わらず身分差など気にしないリオの態度にフッと笑むと、表情を引き締めて側近として仕事をし始めた。
 ようやく全ての書類を片付けた時には日付が変わっていて、明日の事を考えると飲みに行くのは得策ではない時間だった。
「うぅぅぅ…行けなかった…」
「…いや、行くぞ」
「えっ…でも、もうさすがに帰ってきてるんじゃ…」
「あいつらの事だ。まだ飲んでるだろう。だから、さっさと行くぞ」
 ドラゴンはそう言うや執務室を出ていき、リオは慌ててドラゴンのあとを追った。
「ドラゴン、珍しく乗り気だね。何かあった?」
「リオが頑張った褒美だ。ただし、飲みすぎるなよ」
「ドラゴンが優しい……! 天変地異の前触れかもしれないけど、ありがとう、ドラゴン!」
「一言余計だ。馬鹿王子」
 軽くリオの頭を小突くドラゴンに、リオは大袈裟に「ってー」と言うがとても楽しそうに笑っていて、二人の仲の良さが見えるようだった。
 そして二人は真夜中の街に出ていき、近衛騎士がよく飲みに行く店を目指した。
 真夜中だが街はまだ賑わっていて、真夜中の街を歩いたことのないリオは目を輝かせた。
「真夜中でもこんなに活気があるんだな!」
「あぁ、この国が平和な証だ。…だが、はしゃぎすぎてはぐれるなよ」
 ふらふらとどこかに行きそうなリオの腕をつかみながらそう言うドラゴンに、リオは慌ててドラゴンの隣に戻り「わ、分かってるよ!」と言葉を返した。しかしそのあともドラゴンに何度か腕を引っ張られ、最終的に手を繋ぐはめになった。
「うぅ…ドラゴンの手、ゴツゴツしすぎ……」
「毎日剣を振っていればこうなる。俺も我慢してるんだ。店につくまで我慢しろ」
「はぁい……」
 大の大人が二人、手を繋いで歩く様は目立つが、人混みと夜の暗さがあったお陰で、気付かれることなく道を歩けた。
 そして近衛騎士がよく行く居酒屋に着くと、ドラゴンはリオの手を離して「ここだ」と足を止めた。
「他の店より大きいね。これは確かに団体でも大丈夫そうだ」
「あぁ、一番奥が百人程度が飲み食いできる大広間になっている。今日もそこで飲んでいるだろう」
 中から賑やかな笑い声が聞こえてくる中で、聞き慣れている声も見つけると、ドラゴンは少し表情を和らげながらドアを開けた。
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