英雄の末裔も(語り継がれないけど)英雄

E.ARS(アリサ)

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二章 ―少年から青年へ― (読み飛ばしOK)

閑話 ―リオと婚約者―

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 ドラゴンが近衛騎士団に正式に入団する二週間前。
 この日はリオの婚約者がここホートラルド城にやって来て、正式に婚約を交わす予定があり、朝からうろうろと落ち着きのない様子でドラゴンの部屋を歩き回っていた。
「……リオ、邪魔」
「だってよ~! 婚約者と初めて会うんだぞ。緊張するだろう!?」
鬱陶うっとうしい……」
「本気で迷惑そうな顔をするなよ~!」
 ガクガクとドラゴンの肩を掴んで揺らすリオに、ドラゴンはされるがままになりながら、器用にふみを書き、封筒に入れた。
「…手紙を出しに行く、退いて」
「ドラゴン~!」
 リオは立ち上がるドラゴンの首に抱きついて、ズルズルと引っ張られて部屋を出ていった。
 そして、気持ちを紛らわせるためにリオはドラゴンに手合わせをしてもらったのだが、結局勝つことが出来ずに訓練場を後にする。
「……ほら、さっさと着替えろ」
「うあー! 緊張しすぎて最早逃げたい! ドラゴン頼む! 俺の側近として一緒に来てくれ!」
 詰め襟の深い青の服を渡すドラゴンに、リオはすがりつくようにドラゴンの手を掴むと、ドラゴンはもう片方の手でリオの手を外して服を確実に手渡した。
「分かったから着替えろ。団長に許可を取ってくる。…俺が帰ってくるまでに着替えてなかったら、一人で行け」
 ドラゴンはそう言い残してリオの部屋を出ていくと、リオは渡された服手にため息を吐いた。
「リオ様、腹をお括りなさいませ。私どもがリオ様の魅力を完璧に引き出しますので」
「うぅ…ありがとう、よろしく……」
 リオ専属の執事にそう言われ、リオはガックリと項垂れつつ服を渡してされるがままに着替えを済ませた。
 着替えと髪の毛のセット、軽い化粧を終わらせたリオは普段のリオとは全く別人のようだった。憂いの表情で窓の外を見つめるその様子は、まるで絵画の中から飛び出してきた王子様のように綺麗で、着替えを手伝っていた侍女たちはその美しさにほぅと息をついて見惚れるほどだった。
 するとコンコンとノックが聞こえて「俺だ」とドラゴンの声が聞こえると、リオは「入っていいよ」と答えて侍女が扉を開けた。
「団長からの許可は得て、お前についている間の業務は免除してくれた。さらに、デルトアさんにも許可を取ったから問題ない」
 部屋に入ってきたドラゴンはいつもの近衛騎士団の見習い制服ではなく、デルトアから借りた側近が着用する正装姿で、ぴっちりと髪の毛も整えられたその姿は大人の男性としての色気が漂うほどに似合っていた。そのため部屋にいた侍女たちは例外なく頬を赤く染め、業務中でなければきっと悲鳴を上げているだろう。もっとも、彼女達が持つプロ根性が働き、一切浮わついた表情を浮かべることはないが。
「……お前、側近の正装すごく似合ってるな。俺も綺麗にしてもらったけど自信無くすわ」
「そうか…? お前も普段以上にカッコよくなってるから自信を失うほどではないと思うが」
 首をかしげて率直な意見を言うドラゴンに、リオは少し照れたように笑って「やっぱお前の言葉が一番いいな」とドラゴンの肩を叩いた。
「リオ殿下、そろそろご婚約者様がいらっしゃる時間です。玄関前でお出迎えをしますのでご準備を」
 開いていたドアから外交官が恭しく頭を下げて声をかけると、リオはゆったりと立ち上がってニッと笑った。
「っし、行くぞ、ドラゴン!」
「あぁ」
「そこは『おう!』だろう!? 空気読んで!?」
「? 空気は吸うものだろう?」
 いつものやり取りをかわしつつ、表向きは緊張を見せずに笑顔で玄関へ向かったが、すぐそばにいたドラゴンには緊張で震えるリオの手を見つけて明るく話し続けるリオにドラゴンは少しでも気が紛れればと話に付き合った。
「殿下、コートを」
「ありがとう」
「ドラゴン殿も、コートをどうぞ」
「…ありがたくいただきます」
 玄関まで着くと二人は侍女からコートをもらって羽織り、寒さに少し身を縮こまらせながら外に出た。
 外はうっすらと雪が積もっていて雪が光に反射し、目に映る世界全てがキラキラと輝いていた。
「う~、寒っ! 相変わらず外は寒い!」
「…冬だから当たり前だ」
「それを言ったら何も反応できなくなるからやめて!?」
 外に出ても独特のテンポで話し続ける二人は目の前の景色に目を向ける余裕もないのか話し続けていて、後ろから王とデルトアが近づいてきたことも気づかないほどだった。
「落ち着きなさい、リオ」
「っ!! ち、父上!」
「陛下自らがお出迎えを?」
 盛大に驚いて振り返ったリオとは反対に、ドラゴンは全く驚いた様子を見せずに振り返ると軽く頭を下げて王に問いかけた。
「いずれ娘となる者を出迎えぬわけにはいかないだろう? それにしても、外は寒いなぁ」
「冬なんですから、当たり前でしょう」
「デルトア…相変わらず吹雪のように冷たい反応だね。王様泣いちゃう!」
「それだったら、陛下の怠惰のせいで私に仕事が押し寄せてくる方が泣けてきます。愛娘と妻の顔をここ二週間見ていないんですよ? それは誰のせいか、分かっていますよね?」
「ゴメンナサイ……」
 どこかで聞いたような会話を王とデルトアもしつつ、相変わらず実はデルトアの方が立場が上ではないかと思うようなやり取りを繰り広げていた。
 そうこうしているうちに門の方から最北の国、ファム皇国王家の紋章が描かれた馬車がこちらに向かってきた。その途端にじゃれ合いをやめて公務の時の顔になり、迎える準備をする。
「うぅ…緊張する」
「それはお前の婚約者も同じだ。お前の方が年上だし、お前がガチガチになって婚約者を不安な思いにさせるなよ。遠いところから、少しの従者しか連れてこれない中、お前に会いに来ているんだ」
 ドラゴンの言葉でリオはハッとそのことに気付き、ようやく腹をくくったのか表情に不安なものが無くなった。
 そして目の前に馬車が来ると、御者が馬車の扉を開けて緊張の面持ちで降りてくる皇女の下りる手助けをした。そして地面に足が付くと緊張で震える声で、しかしファム皇国の皇女として恥じないようにいようという気持ちが伝わってくる優雅な所作で王とリオに頭を下げた。
「初めまして、陛下、殿下。わたくしはファム皇国第一皇女、グラシアナ・オルグレン・ファムと申します。この度はホートラルド城にお招きいただきありがとうございます」
「グラシアナ皇女、遠路はるばるよく参られた。私がこの国の王、ライメティア・イーゼ・オズウェル・ルディン・アークス=ナヴァルだ。会うことができて光栄だよ」
「こちらこそ、人間王陛下にお会いできて光栄です。ファムから特産品も持って参りましたので、後ほどご覧いただければと思います」
 ファム皇国の皇女、グラシアナと王の挨拶が終わると、グラシアナはリオの方に身体を向けた。
「はじめまして、リオ殿下。殿下にもわざわざわたくしを出迎えてくださったこと、感謝いたします」
「…………」
「…リオ?」
 グラシアナが挨拶をしたが、リオは呆然とグラシアナを見つめていて、後ろに控えていたドラゴンが訝しく思ってリオの耳元でリオの名前を呼んだ。リオはドラゴンの声にハッと我に返り、顔を赤くしてガシッとグラシアナの手を握った。
「グラシアナ嬢、今すぐ結婚しよう! 俺、絶対に幸せにするから!」
「えっ!」
「!?」
「ほう?」
「やりますね」
 リオの言葉に、グラシアナは驚いた表情を浮かべ、ドラゴンは表情を引きつらせて思考が一瞬停止し、王とデルトアは顎に手を当てて面白いと言わんばかりにニヤニヤと笑っていた。
「リオ…いきなり何を言っている。グラシアナ様も困惑して──」
「リオ殿下、ありがとうございます。とても、嬉しいですわ」
 リオと同じように頬を赤らめて嬉しそうな笑顔ではにかむグラシアナは、先ほどの凛とした大人びていた時よりも幼い、年相応の愛らしい少女に変わり、二人の間には冬とは思えないほど温かい空気が漂っていた。
「ハハハッ! いや、若いとはいいものだね。だがリオ、今日は正式な婚約が目的だから、結婚はまだ先の話だよ。さあ、ここは寒いからね。中に入ってゆっくりと話しをしよう」
 王が見つめ合う二人を見て上機嫌に笑うとリオの肩を叩いてそう言い、王が中に案内した。王に笑われた二人は顔を赤らめながらもリオはグラシアナの手を離さず、部屋までエスコートをした。
 部屋に着くとまずは改めて形式的な挨拶をしたが、玄関前で交わした挨拶よりもリラックスした様子で笑顔も見られ、リオのプロポーズが彼女の緊張をほぐした事は確実だった。
 王とリオとグラシアナが和やかに話をしていると、公爵家のお茶会に行っていた王妃も遅れてやってきた。
「失礼いたしますわね。遅れてごめんなさい」
「おぉ、リオレルも帰ってきたか。おかえり」
 王と王妃は人目もはばからずに軽くキスをしてラブラブな様子を見せ、見ている方が照れる程二人の雰囲気は愛で満ちあふれていた。そんな王と王妃のラブラブムードに唯一負けなかったデルトアは、わざとらしく咳払いをして「王妃様も席にお着きください」と王妃の席の椅子を引いた。
「ありがとう。…グラシアナ皇女、はじめまして。わたくしはゾルアーナ皇国からここに嫁いできた、リオレル・アナスタ・ロイスト・ゾルアーナです。グラシアナ皇女、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします。わたくしはファム皇国第一王女、グラシアナ・オルグレン・ファムと申します。よろしくお願い致します、王妃様」
「えぇ、よろしく。それにしても、グラシアナ皇女は可愛いわね。リオのお嫁さんになってくれてありがとう。私、娘は産めなかったから、初めてできる娘が嬉しいのよ~。ね、陛下?」
「あぁ、私達はグラシアナ皇女がリオの嫁に来ることを楽しみにしているよ」
 笑顔で礼を言って王妃が席に着くと、そこからは形式ばった会話はすぐになくなり、ものの数分でその空間は『家族』となった。それは王妃だからこそなせる技であり、才能でもあった。
 そしてしばらく話していると、デルトアが王の耳元で何かを囁き、王は小さくため息を吐くとゆったりと立ち上がった。
「さて、と。すまないが、私は次の仕事に取りかからなければならなくてね。ここでおいとまさせてもらうよ。グラシアナ嬢、この城でゆっくりと過ぎしなさい。何か不便があったら遠慮なく言うんだよ?」
「ありがとうございます、陛下。お言葉に甘えて、帰還までの一週間、お世話になります」
 グラシアナの言葉に王は笑顔で頷き、デルトアを従えて部屋を出ていった。
「じゃあ、ドラゴンの任命式にはもういないのか……。一緒に見たかったな」
 王が出ていったあと、ポツリと呟いたリオの言葉にグラシアナは「ドラゴン?」と首を傾げて説明を求めると、リオはニッと笑って立ち上がり、リオの後ろに控えているドラゴンの隣に行って肩を組んだ。
「こいつがドラゴン! 俺の大切な親友で兄弟で、将来俺の側近になる男だ」
「ドラゴン・ロディアノスと申します。僭越ながらリオ殿下に気に入られ、側に置いてもらっています」
「まあ、ロディアノス家の方は王家に仕えていたのですね。古の英雄が二家も揃っているなんて、素晴らしいですわ」
 その言葉にドラゴンは静かに頭を下げるだけで言葉を返すことはなく、リオがカラカラと笑って「だろう?」と明るく返した。
 この対照的な組み合わせにグラシアナは戸惑ったが、ここにいる誰もがそれ以上の追及を許さず、喉まで出かかった言葉は嚥下された。
「じゃあ、とりあえず一週間の間よろしく、グラシアナ嬢!」
「はい、よろしくお願いします。リオ殿下」
 こうしてリオとグラシアナの初対面が終わり、それからの一週間は二人で城内を散歩したりお忍びで城下を見て回ったりと、幸せな一週間を過ごしたのだった。
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