英雄の末裔も(語り継がれないけど)英雄

E.ARS(アリサ)

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二章 ―少年から青年へ― (読み飛ばしOK)

―ドラゴンの初恋― 1

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 レイロンドが命を落としてから三年の時が経った。
 あの後、王宮の警備を監督していたラエル近衛騎士団長とクライヴ王城衛兵総長に半年の減給と二ヶ月の謹慎の処分が言い渡された。しかし謹慎期間が終わると、クライヴ王城衛兵総長はレイロンドを死なせてしまった責任と部下を死なせてしまった責任を負うためという理由で、辞表を出して城を去っていった。
 一方、目の前でレイロンドの死を見てしまったドラゴンは強くなる事への執着が強くなり、近衛騎士団の訓練はもちろん自主的に訓練をする回数も増え、きらびやかなパーティーの場に姿を現すことが無くなった。そんなドラゴンの不在を令嬢達は悲しんだが、一度だけ出席したパーティーで変わってしまったドラゴンの姿を見ると、途端に令嬢達はドラゴンから距離を置き、笑わないドラゴンに眉をひそめるようになった。
 そしてリオも、レイロンドを亡くした当初は傷悴しきってしばらく食事も喉を通らない様子だったが、喪が明けると周囲に笑顔を見せて、いつも通りの振る舞いで周囲を安心させた。しかし、レイロンドが亡くなる前は勉強を毛嫌いして逃げていたが、レイロンドがいなくなってからは真面目に勉強をするようになり、着々と王になる為の知識を身につけていた。
 それでも、やはり家族を失った悲しみは計り知れない。リオは両親である王と王妃と家庭教師のアリアーサ、そして兄弟同然のドラゴンにのみ度々涙を見せ、兄の死を受け入れようとしていた。しかしドラゴンだけはあれ以来泣くことも、悲しみの表情を浮かべることも、さらには笑うことすら無くなって無表情でいることが多くなっていた。
 そうしてドラゴンが十八歳を迎えて成人する二月五日、かねてより準備が進められていた制服授与式と入団式が行われようとしていた。

 早朝、ドラゴンは日課となっている鍛錬を行うべく動きやすい服装に着替えて〈ソウル〉の魔法剣を手に部屋を出ていこうとした。しかし、ドラゴンがドアノブに手をかけた瞬間ガチャッとドアが開き、早朝にもかかわらず元気そうな笑顔のリオが「おはよ!」と声をかけた。
「……おはよう。相変わらず、朝から元気だな」
「フフ~ン、今日はドラゴンの誕生日だから特に気合が入ってるよ! 誕生日おめでとう! そして、正式な近衛騎士団入り、おめでとう!」
「あぁ、ありがとう」
 で? とでも言いそうな表情で礼を言うドラゴンだが、リオは気にせずバシバシと背中を叩いてカラカラと笑った。
「相変わらずどうでもよさそうな表情だな! もう少し嬉しそうにすればいいのによ~」
「……そう言われてもな。そこまで嬉しいと思うことがない」
「いやいや、誕生日は嬉しいだろ。特に今年は成人したんだし、近衛騎士団に正式に入団するんだしよ」
「…分からないな」
 首をかしげて本気で分からないというような表情を浮かべるドラゴンに、リオはため息をついて軽く肩を竦めた。
「もったいない奴め。で、これから鍛錬に行くんだろう? 俺も今日は付き合ってやるよ」
「ダメだと言っても付いてくるんだろう? 勝手にするといい。言っておくが、今日はそんなに長い時間やるつもりはないからな」
「よしっ! じゃあ、一発勝負の手合わせしようぜ」
「そうだな。それが良さそうだ。俺を殺す気で来いよ?」
 ニヤリと少し狂気じみた笑顔を浮かべてそう言うドラゴンに、リオの笑顔が若干引きつった。
 あの日以来、ドラゴンは笑わなくなったのだが、一つだけ例外がある。
 それが戦闘時である。
 ドラゴンは戦うときだけ笑顔になり、相手が強ければ強いほど、命懸けであればあるほど、狂気じみた笑顔と命を省みない捨て身な戦い方で相手に挑んでいくようになっていた。
「ドラゴン。お前の笑顔、怖ぇぞ」
 リオが指摘した瞬間、ドラゴンはいつもの無表情に戻り首を傾げた。
「…怖い?」
「一度、自分の笑顔を見た方がいいレベルにはな」
「……そうか、すまん」
 ドラゴンの謝罪にリオは苦笑を返し、別の話題に変えた。
「そうだ。今日は騎乗戦にしないか?」
「リオがそうしたいなら、それでも構わない」
「じゃ、決まりだ! 厩舎に行こう!」
 二人は厩舎の方向に方向転換すると、白い息を吐きながら各々の愛馬を迎えに行った。
 厩舎に着くと馬達は食事の時間だったらしく、乾草をんでいた。そんな馬達を眺めつつ、リオは一際綺麗で真っ白な白毛の馬の所に、ドラゴンは見事な漆黒の青毛の馬の所に向かった。
「ルーナ~! おっはよー! 今日も相変わらず綺麗だね~、美人さんだね~」
「ダージク、食事中に悪い。鍛練に付き合ってくれ」
 二頭の馬は主人の来訪に、嬉しそうに鼻を擦り寄せて歓迎し、二人は騎乗の準備を自らし始めた。
 リオのルーナとドラゴンのダージクは、普通の馬とは少し異なり、数千頭に一頭の確率でしか産まれてこない『翔王しょうおう』と呼ばれる馬だった。
 翔王は普通の馬よりも体格が良く、怪我や病気にも強い長寿な馬なのだが、一番の特徴としては、乗り手を翔王自身が選び、生涯自らが認めた主しか背に乗せないのである。
 その為、例え翔王を捕らえて王侯貴族に献上したとしても、翔王が認めなければ誰一人としてその背に乗ることは叶わず、結局自慢の脚力で以て逃げられてしまうのである。なので翔王の背に乗ることが出来るという事はとても名誉なことであり、誰もが羨む事であった。
「リオ、終わったか?」
「バッチリ」
 馬装を終わらせた二人は手綱を引いて馬房を後にし、騎乗戦の訓練を行う訓練場に到着するとひらりとそれぞれの馬に跨った。
「俺は〈ソウル〉を使うが、リオの武器は何にするんだ?」
「俺は槍を使おうかな。最近使ってないからなまってると思うし」
 リオはそう言うと呼び出しを取り出してそこから芸術的かつ実用的な槍を出した。
「相変わらず、お前の武器は派手だな」
「ドラゴンが普段使ってる剣がシンプル過ぎるんだよ。それに、魔法剣の切れ味に対抗できる武器なんてそうそう無いんだからね。これは、魔法剣と本気でぶつかっても刃こぼれしない、超一流の職人が作った槍なんだから」
「もしかして、ラフォレオン横丁に住んでいるドワーフが作った槍か?」
 リオの槍をまじまじと見て問いかけるドラゴンに、リオは驚いたような表情を浮かべた。
 ちなみにラフォレオン横丁は、多くの鍛冶職人や武器商人が軒を連ねる横丁で、近衛騎士団も王城衛兵もこの横丁にある店で武器を調達している。
「その通り! 偶然ドワーフの職人に会ってね。話していたら武器を作ってくれるってことになったんだ。今持ってる俺の武器は全部横丁のドワーフが作ってくれたものなんだぜ」
「最近、リオの武器が一新されたのはそれが理由だったか。ドワーフが作った武器なら、思い切り刃を交えても問題なさそうだな。行くぞ」
 ドラゴンはそう言うや最小限の動きでダージクに走る合図を送ると、ダージクは勢いよく走りだし、ドラゴンはその勢いに乗ってリオに斬りかかった。
「おっと」
 リオは本気で斬りかかってきたドラゴンの剣を、槍の柄を使っていなすと柄頭を使ってドラゴンの剣をはじいた。そしてそのまま槍を薙いで逆にドラゴンに斬りかかろうとした。しかし、ドラゴンはとっさに身体を反らしてかわし、ダージクがリオから距離を取った。
「逃がすかよ」
 それを追いかけるようにルーナがドラゴンを追いかけ、リオも追撃をしようとしたが、すぐに体勢を整えたドラゴンはすぐにダージクをリオの方に向かわせてすれ違いざまに思い切り武器を交わした。ガキーンッと金属がぶつかる甲高い音が寒空に響き渡り、リオとドラゴンはすぐに馬首を翻して再び武器を交える。
 そんな手がしびれるような激しい打ち合いを何度も繰り返し、人馬一体の動きで互いに一歩も譲らない戦いを繰り広げていたが、一瞬の隙が勝負の明暗を分けた。
 少し手の力が緩んでしまったリオは、ドラゴンの強烈な攻撃に耐えきれず槍が宙を舞い、ダメ押しと言わんばかりにドラゴンはリオの首に薄っすらと赤い線を付けた。
 その瞬間、猛烈な勢いで動いていた二人はその動きを緩やかなものにして、体から湯気を上げている二頭の首を軽く叩いてねぎらうと、呼吸を整えるために馬首を並べて歩き始めた。
「…俺の勝ちだな」
「あのさ、勝ったならもう少し嬉しそうにしてくれない? 淡々とし過ぎてなんか腹立つんだけど」
「? 今、喜ぶところか…? ……ところで首は痛くないか? 少し切ったからな」
「相変わらず、容赦ないよね~。王子の首に傷を付けるなんて、普通あり得ないからね。極刑ものだよ?」
 さすさすと切られた所を撫でながら唇を尖らせるリオに、ドラゴンは軽く肩をすくめた。
「手加減をするなと言ったのはリオだ。真剣勝負に怪我はつきものだろう」
「まあね! 手を抜かれて勝つのも嫌だから気にしてないよ。それに、俺もドラゴンに攻撃を当てたからね♪」
「当たった?」
 リオの言葉にドラゴンはキョトンと目を瞬かせた。
「あれ、気付いてなかったのか? 柄頭で腕を掠めさせたんだけど」
 リオの言葉にドラゴンは腕を見ると、確かにシャツが破れてうっすらと血が滲んでいた。
「…気付かなかった」
「フフン、ドラゴンが気づかないうちに攻撃を当てる俺ってスゴくない?」
「そうだな。俺もまだまだって事だな」
 綺麗に地面に刺さったリオの槍を通りがけに引き抜き、リオに返しながらそう言うドラゴンに、リオは受けとりながら笑顔を深めた。
「珍しく悔しそうだね。完璧主義は大変だ~」
「……茶化すな」
 少しムッとした表情で言い返すドラゴンに、リオはカラカラと明るく笑ってドラゴンの背を叩くと、もうしばらく二頭を歩かせてから訓練場を後にした。
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