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一章
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ダーリアの背の上で一夜を過ごした二人は、休むために森の中へ降りた。
「ダーリア、お疲れ様。ありがとう」
カルラはポンポンとダーリアの首を軽く叩いてねぎらうと、嬉しそうにクルルルと喉を鳴らす。
「ダーリア、俺からも礼を言う。ありがとな」
グンドルフも同じようにダーリアを労おうと近付いた瞬間、甘えた声を出していたダーリアは途端に牙を剥いてグンドルフにグルルルルッとうなり声をあげた。
「おぉ⁉」
「殿下、不用意にダーリアに近づかない方がいいですよ。私以外の人には懐かない可愛い子なので」
「…そのようだな」
撫でようとした手を下ろして苦笑するグンドルフに、カルラはふと笑んだ後に斧槍を置いて兜を脱ぐとその場に跪いた。
「殿下、ご無事で何よりでございました」
「あぁ。カルラとダーリアのおかげだ。助けに来てくれてありがとう」
「私の名を知っておいででしたか。光栄でございます」
グンドルフがカルラの名前を出した瞬間、カルラは驚いた様子だが少し嬉しそうに目を細めて頬が少し緩んだ。
「竜騎士団の女性はそう多くないからな。赤い竜に乗る女性騎士はカルラだけだ。あぁ、頭を上げて楽にしてくれていい」
「はっ」
許しにカルラはゆっくりと顔を上げて立ち上がると、その綺麗な顔とメリハリのある体に思わずグンドルフは息を呑んだ。
「こんな美人が竜騎士団にいたのか……」
「よく言われます」
ニコッと笑って全く謙遜しないカルラに、グンドルフはカラカラと笑って「そうか」と言いながらカルラに近づくと、まじまじと近くで顔を眺め始めた。
「……なあ、カルラ。俺の側室にな――」
「なりません」
グンドルフの言葉を遮って軽蔑するような眼差しで言い切るカルラに、グンドルフは「即答かよ」と苦笑した。
「当たり前です。私は殿下の側室になるために竜騎士団に入った訳ではありませんし、そもそも私の恋愛対象は女性です。男に微塵も興味がなければ魅力も感じません」
「俺のような色男でもか」
「殿下が色男かどうかはひとまず置いておきますが、返答はYESです。そもそも殿下は煙草を吸われますよね。その時点で受け付けられません。主としては好ましいですが、それ以上の感情は持ち合わせていませんね」
容赦なく淡々と事実を述べるカルラにグンドルフは取り付く島もないというように苦笑を深めつつ、大切なことはしっかりと反論しなければと口を開く。
「俺は色男だから覚えておくといいぞ」
「はあ…分かりました。とりあえず、これからどうしますか?」
全く興味が無いという表情でカルラが話を切り替えると、納得いかないとムッとしたが、それよりもこれからの事が重要であるため真剣な表情に切り替えた。
「そうだな。これから、ルーヘン以下ルーヘン派のジジイどもに乗っ取られた国を奪還するために同盟国に助けを求めに行く。そこで兵を貸してもらえないか話をする予定だ。まずは隣国、ガーバス国へ行く」
「かしこまりました。では、私はこれから旅に必要な物資を買いに行ってきます。殿下はダーリアの翼の下で休んでいてください」
マントを羽織りながらそう言うカルラに、先ほど盛大に威嚇されたグンドルフはギョッと目を丸くした。
「えっ、俺に食われろって言ってる?」
「大丈夫ですよ。私の命令には忠実に聞いてくれるので、攻撃しないよう命令すれば何もしません」
笑いながら言ってダーリアに近づくと、主人の言動を眺めていたダーリアが近づくカルラを見て嬉しそうに尻尾を揺らした。
「ダーリア、私は今からちょっと出掛けるから、私がいない間この方を護りなさい。この方は私の大切な主だから、絶対に死なせないで」
カルラの言葉に、ダーリアは上げていた頭を地面に付けて服従の意を見せると、自らグンドルフの所へ行ってグンドルフを包み込むように丸くなった。
「ね、大丈夫でしょう?」
「お、おう…」
近づいてきたダーリアに驚いて腰を抜かしてしまったグンドルフに笑いかけてから「では行って参ります」と頭を下げて近くの村へ徒歩で向かった。
村は本当に小さな村だったが、とても穏やかで王宮であった事など何も知らない平和な村だった。カルラは国内巡視の際に時々そういった小さな村にも立ち寄っているため、この村の人とも交流を持っていた。
「こんにちは。今日も天気で良かったですね」
畑仕事をしている老婆に笑顔で声をかけると、老婆はカルラの姿を見て嬉しそうにそのしわくちゃの顔をさらにクシャッとさせて嬉しそうに笑った。
「あらあら、カルラちゃん久し振りだねぇ。相変わらず綺麗だねぇ」
「お母さんも、負けずに綺麗だよ」
「こんなお婆ちゃんにそう言ってくれるのは、カルラちゃんくらいだよ」
カルラの言葉に、老婆はカラカラと笑いながらカルラの肩を軽く叩き「おーい、みんな~。カルラちゃんが来たよ~」と大きな声で村の人たちにカルラの来訪を知らせた。するとすぐに子供たちが走ってカルラの所に来て、キャーキャーとカルラの足に抱き着いた。
「カルラお姉ちゃん、いらっしゃい!」
「ねえねえ、今日はどんな話をしてくれるの?」
「僕、武器の使い方を教えて欲しい!」
「俺は竜に乗りたい!」
「おっと、ごめんね。今日はゆっくりとしていられないんだ。今日はちょっと欲しい物があって立ち寄ったんだ」
子供たちの頭を撫でながら、申し訳なさそうにそう言うカルラに、子供たちは不服そうに「え~」と言いつつも素直にカルラから離れてカルラと手を繋いだ。
「じゃあ、僕達もお手伝いする! それならいい?」
「おや、良いのかい? ありがとう」
子供たちに囲まれたまま村の奥へ行くと、カルラの来訪を聞きつけた村人たちがわらわらと広場へ集まっていた。
「カルラさん、いつもこんな小さな村にまで気に掛けてくれてありがとうございます」
「あ、カルラちゃん! 丁度良かった。お菓子焼いたから持って行って~」
「うちで取れた野菜も、持っていきな~!」
あちこちから声を掛けられ、カルラはその一人一人に笑顔で「ありがとう、お嬢さん」と言葉を返していった。そして目的の小さな道具屋に入ると、店主の若旦那が笑顔で「いらっしゃい」とカルラを迎えた。
「こんな小さな道具屋に来るなんて珍しいですね。何をお求めですか?」
「これから少し長旅をしなくてはならなくてね。でも手ぶらで城を出てしまったからここで揃えられるだけ揃えたいんだ」
「おや、カルラさんがそんなおっちょこちょいをするなんて珍しいですね。分かりました。少々お待ちください」
若旦那はすぐに旅に必要な物資を店内の商品の中から選りすぐり、一緒に付いてきた子供たちはカルラの言葉にまた不満そうな顔でカルラを見上げた。
「え~、またずっと来ないの?」
「ごめんね。まあでも、必ずまた顔を出しに来るよ。だからそれまで、ちゃんとお父さんとお母さんのお手伝いをしてるんだよ」
「分かった。ちゃんとお手伝いするから、カルラお姉ちゃんもちゃんとまた来てね!」
「約束するよ」
子供一人一人と指切りを交わして約束をすると、その様子を見ていた若旦那が朗らかに笑いながら「相変わらず人気者ですね」と鎧のメンテナンス油をカウンターに置いた。
「嬉しい限りだよ。あ、この油良い品物だよね。ありがとう。あと、もう一人連れがいるから寝袋は二つ欲しいんだけどある?」
「おや、そうでしたか。すみません、ここはそこまで在庫のストックが無くて…この一つしかないです」
申し訳なさそうに眉を下げる若旦那だが、カルラは首を横に振って「気にしなくていいよ」とほほ笑んだ。
「一つあれば十分さ。私はどこでも寝られるからね。これで全部かな?」
「はい、私の店で揃えられる物はこれくらいです。すみません、そんなに多くなくて」
「いや、十分だよ。ありがとう」
提示された金額を支払い、袋に入れた荷物を担いだ。そして、軽い荷物をまとめた袋を子供たちに渡す。
「じゃあ、この袋を村の出口まで持ってくれるかな? みんなで交代しながら荷物を持ってくれると嬉しいな」
荷物を渡された子供たちは、頼られた嬉しさに目を輝かせて満面の笑顔で「任せて!」と荷物をみんなで受け取った。
「ふふ、大切な荷物だから落とさないように気をつけてね。じゃあ旦那、また来るよ」
「ありがとうございました」
道具屋を出ると村の娘たちがカルラの事を待っており、カルラの姿を見るとみんなその顔にパッと笑顔が咲いた。
「カルラ様!」
「またお会いできて嬉しいです」
「あ、あの…よければ髪留めを作ったので貰っていただけませんか?」
「わざわざ会いに来てくれたのかい? 私もまた会えて嬉しいよ」
三人の村娘の姿にカルラは嬉しそうに目を細めると荷物を置いてから手を取り、手の甲にキスを落としていった。
「可愛い三人のお嬢さんにまた会えるなんて思わなかった。さらにプレゼントまであるなんて、感激したよ。大切に使わせてもらうね」
緊張した面持ちで髪留めを手渡す村娘を抱き締めながら嬉しそうに声を弾ませると、村娘は「ひゃ~」と赤面させて体を硬直させた。
「あぁ、時間があれば皆でお茶を飲みたい所だったけど、今日は時間がないからまた次回に持ち越しだね」
名残惜しそうに離れると、貰った髪留めを早速自分の前髪に差してニッと笑った。
「じゃあね」
荷物を持ち直して手を振ると、子供たち主に女の子たちがカルラの袖を引っ張った。
「カルラお姉ちゃん、私にもチューしてよ~!」
「私も、カルラお姉ちゃんからのチュー欲しい!」
「ふふ、まだ君達には早いかな。十年後、君達が立派な女性になったら私からキスをしてあげるよ。だから、それまではこれで我慢してね」
そう言って投げキッスをするカルラに、女の子たちはキャーッと笑ってカルラに抱き着いた。そして次々に渡される野菜やお菓子を受け取りながら村を後にし、グンドルフが待つ森に戻ると、フワッと煙草の香りが風に運ばれてきた。その煙草のにおいに少し顔をしかめつつ、ゆったりとくつろぐ相棒の姿を見つけると「ただいま」と声をかけた。するとダーリアはすぐに顔を上げておかえりと言うようにクーッと鳴いた。
「帰ってきたんだな。おかえり、カルラ」
「ただいま戻りました。…やはり眠れませんか?」
ダーリアに寄りかかって静かに煙草をふかしているグンドルフだが、その表情には疲れが見える。それでも上に立つ者として育てられた為か、気丈に笑顔でカルラを迎えた。
「まあ、野原で寝た事がないからな。それにしても、ダーリアは温かいな。竜がこんなに温かい生き物だって知らなかった」
「えぇ、ダーリアは特に火属性の竜なので体温は他の竜に比べて高めなんですよ。さあ、殿下。少し休んでください。寝袋を買ってきましたから、地べたで眠るよりは眠れるでしょう」
買ってきたばかりの新品の寝袋を広げて中に入るよう促すと、グンドルフは煙草の火を消してから興味深そうに寝袋を見た。
「これも初めてだな。使っていいのか?」
「殿下に使ってもらうために買ってきましたから、むしろ使ってください」
「そうか、ありがとう。じゃあ遠慮なく使わせてもらう」
礼を言うと寝袋に入り、疲れと眠気が一気に襲ってきたのかすぐに眠りに落ちた。それを見届けてからカルラもダーリアにくっついてウトウトと仮眠を取り始め、ダーリアはそんな二人を護るように尻尾で囲いを作り、こちらをうかがう鳥や獣たちと戯れながら二人が起きるのを待った。
二時間ほど仮眠を取っていると、遠くから竜の咆哮が聞こえてきて、その鳴き声にカルラとグンドルフは目を覚ますとグンドルフは寝袋から出ながら「もう追手が来たか」と杖を手に取る。そして即座に魔法が使えるよう集中すると擬態魔法を自分にかけてからすぐに浮遊魔法を自分にかけて上空に出る。すると目視できる距離に追手と見られる竜騎士が飛んでおり、このまま何も対策をせずにダーリアが飛び立てばすぐに見つかってしまうだろうと容易に想像できた。
「カルラ、白い竜に乗る褐色の肌の男は見逃してくれそうか」
出発の準備を整えているカルラの所に戻ると、すぐにカルラに自慢の視力で分かった情報を伝えると、カルラは少し考えたのちに「あー」と微妙な表情を浮かべた。
「白い竜に乗る褐色肌の男は何人かいるのですが、そのうちの半分はルーヘン様が管轄する部隊の人間で、もう半分は陛下が管轄する部隊の人間です。まあ私の部下にも一人だけいますが…。賭けのリスクは高いと言えます」
「そうか。じゃあ、このまま転移魔法を使った方が安全だな。カルラとダーリアは魔法に耐性はあるか? 無いと俺の魔法は気が狂うかもしれん」
なるべく魔力酔いをしないような計らいとして、グンドルフは問いかけながら早速杖で地面に魔法陣を描き始める。
「魔物も魔法を使う事がありますから、ダーリアも魔法による攻撃には耐性がありますが、転移魔法のような全身を魔力で包まれるとなると私もダーリアも体験したことが無いので分かりません」
「そうか~。まあ、普段転移魔法なんて魔力消耗の激しい魔法はあまり使わないからな。分からないのも無理はないか。じゃあ、俺の魔力に包まれる感覚を覚えてもらうかな。暴れる可能性も全くない訳じゃないから、カルラは俺の後ろで待機していてくれ。人間はある程度の魔力には耐えられるが、竜は人間よりも魔力に敏感な生き物だから、慣らさないと暴れて上手く転移先に飛べないかもしれない」
話しながらパパッと魔法陣を描き終わらせたグンドルフは、踏んで陣が消えないように気をつけながらダーリアの方へ足を向けると、自分に何かされると感じ取ったのかダーリアは牙を剥いてグンドルフを威嚇した。
「殿下、危険です。下がってください」
今にも嚙みつきそうな勢いで唸り声をあげるダーリアに、カルラは二人の間に入ってグンドルフを止めようとしたが、グンドルフは魔法使いとしての真剣な表情でもって「カルラ、危険だから巻き込まれたくなかったら俺の後ろに居ろ」と命じた。
「っ…分かりました。ダーリア、大丈夫。怖くないよ」
カルラは身分だけでなく力でも逆らえないと本能で感じ取ると、牙を剥くダーリアに向き直って笑顔でそう言い、鼻先を撫でてからグンドルフの後ろに下がった。カルラが自分の後ろまで下がったことを確認すると、グンドルフは未だ牙を剥くダーリアに穏やかな低い声で語りかける。
「ダーリア、俺はお前に危害を加えるつもりはない。俺を知ってほしいだけだ。だから俺に従わなくていい、ただ俺を受け入れて欲しい。俺の作る流れに身を任せてほしい。お前の主を守るためでもある」
語りかけながらゆっくりと一歩ずつダーリアと距離を詰め、ダーリアがグンドルフを噛み殺せるような距離まで近づくと、グンドルフはようやく足を止めて自分の杖を掲げた。そしてトンッと地面に杖を突いた瞬間、グンドルフの体から力強く輝くオーラが出始め、そのオーラはゆらゆらとまずはダーリアの鼻先をかすめた。
相変わらずグルルルルと威嚇する声は出しているが、グンドルフのオーラが鼻先に触れてもグンドルフに攻撃をしようとはせず、まだ様子を見ている様子だった。
「うんうん、良い子だ」
ダーリアの反応にグンドルフは満足げに笑うと、次にオーラを操ってダーリアの頭部を包み込む。ダーリアは最初こそまとわりつく光を振り払おうと頭を振り、咆哮を上げていたが、グンドルフは構わずに「どうどう」と再び杖を地面に突いた。すると元凶を思い出したというようにグンドルフを睨みつけ、フーッ、フーッと鼻息を荒くして怒りを表した。
「そうだ、俺はここにいる。俺を受け入れろ」
そう言った直後、グンドルフは思い切り杖を地面に叩きつけてダーリアの体全体にオーラをまとわせると、ダーリアはビクッと体全体を振るわせた瞬間急に後ずさりをし始め、自分の身を守るように身をかがめて翼で頭を覆った。
「えっ、ダーリアが怖がってる…」
「……俺の魔力は世界で屈指の強さだからなぁ。竜は賢い生き物だから、自分より強い相手には喧嘩を売らない。怖がらせるつもりはなかったんだが…まあ仕方ないか。ダーリア、怖がらなくていい。俺はお前の敵じゃない」
グンドルフはダーリアにまとわせていたオーラを消して怯えるダーリアに近づくが、すっかり怯え切ってしまったダーリアはグンドルフが近づくだけで後ずさってしまい、グンドルフは困ったように眉を下げた。
「カルラ、どうしよう。俺、ダーリアに近づけない」
「当たり前でしょう。人間で例えたらこんにちは~って言いながら近づいてきたナンパ野郎が力強く腕を鷲掴むようなものですよ。ただでさえ知らない男が声をかけてきて怖いのに、無遠慮に腕をつかまれたらさらに恐怖でしょ。レディーに対して失礼です」
「あー、それはダメだな。どうしたらいい?」
情けない顔でカルラに振り返るグンドルフに、カルラは軽蔑するような眼差しでグンドルフを見つつ、ダーリアに近づいてよしよしと怯えるダーリアの頭を撫でる。
「ダーリア、ごめんね。私の主、力加減と言うものを知らなくて。でも、私の主は最強の味方だから怖がらなくていいんだよ」
ダーリアの目を見ながら優しく語りかけ、ちょいちょいと手招きでグンドルフを呼ぶとダーリアが怖がらないように「味方だからね、大丈夫」と何度も声をかけた。
「ダーリア、ごめんよ~……っと、ちょっと時間をかけすぎたかな」
ダーリアではない別の竜の咆哮が近くで聞こえ、グンドルフは真剣な表情で空を見上げると、直後に白い竜が上空を通過した。
「一応、場所をかく乱させる結界魔法を使っているけど、さすがに徹底的に調べられたらバレるから、早いとここの場から離れないとヤバいかな」
「さすが殿下。バレたかと思いました。近くで見て分かりましたが、あの竜はルーヘン様が管轄する部隊の人間の竜ですね」
「なら、なおさら早くしないとな。カルラ、緊急だからちょっと手荒なことをするぞ。許せ」
グンドルフはカルラに断りを入れてからダーリアの足元に一時的に獣を服従させる魔法陣を敷く。そして小刀を取り出して指を少し切ると一滴だけ血を陣に落とした。その瞬間グンドルフから逃げようとしていたダーリアは大人しくなり、グンドルフに頭を下げた。
「よし、良い子だ。じゃあ、魔法陣の上に立ってくれ。カルラも、ダーリアと一緒に乗ってくれ」
「ダーリアに何をしたんですか」
大人しく命令に従うダーリアに、カルラは相棒を取られたような気持になり、湧き上がる怒りのまま、思わずグンドルフを睨みつけていた。
「怒るなって。一時的な服従の魔法だ。服従の魔法陣に術者の血を垂らすことで魔法にかけられる。血の量が多ければ多いほど強力な術になるが、俺は一滴しか垂らしてないから効力は持って数分だろう。だからさっさと移動する。カルラも陣の中に入れ」
「……分かりました」
グンドルフの説明に、カルラはまだ怒りが収まらない様子だったが急いでここから離れなければならない事は理解しているためグンドルフに従って陣の中に入った。そして二人とも陣の中心に立ったことを確認してからグンドルフも魔力を高めて杖の魔法石を輝かせると陣に入り、掘った溝に自分の魔力を流し込んで魔法陣を光らせる。それと同時に行き先の風景を強く念じながら魔法陣の中心に並び立つと、力強く杖を魔法陣に叩きつけた。
その瞬間、かく乱の結界の効力が無効になるほどの濃厚な魔力と魔力による光が天に上り、近くを飛んでいた竜騎士はルーヘンから渡された魔法妨害の魔法が仕込まれた薬瓶をその光に投げ込もうとしたが、それよりも早く光は収束しグンドルフ達がいた場所には魔法陣の跡だけが残っていた。
こうして無事にグンドルフは国の外へ脱出することが出来たのだった。
「ダーリア、お疲れ様。ありがとう」
カルラはポンポンとダーリアの首を軽く叩いてねぎらうと、嬉しそうにクルルルと喉を鳴らす。
「ダーリア、俺からも礼を言う。ありがとな」
グンドルフも同じようにダーリアを労おうと近付いた瞬間、甘えた声を出していたダーリアは途端に牙を剥いてグンドルフにグルルルルッとうなり声をあげた。
「おぉ⁉」
「殿下、不用意にダーリアに近づかない方がいいですよ。私以外の人には懐かない可愛い子なので」
「…そのようだな」
撫でようとした手を下ろして苦笑するグンドルフに、カルラはふと笑んだ後に斧槍を置いて兜を脱ぐとその場に跪いた。
「殿下、ご無事で何よりでございました」
「あぁ。カルラとダーリアのおかげだ。助けに来てくれてありがとう」
「私の名を知っておいででしたか。光栄でございます」
グンドルフがカルラの名前を出した瞬間、カルラは驚いた様子だが少し嬉しそうに目を細めて頬が少し緩んだ。
「竜騎士団の女性はそう多くないからな。赤い竜に乗る女性騎士はカルラだけだ。あぁ、頭を上げて楽にしてくれていい」
「はっ」
許しにカルラはゆっくりと顔を上げて立ち上がると、その綺麗な顔とメリハリのある体に思わずグンドルフは息を呑んだ。
「こんな美人が竜騎士団にいたのか……」
「よく言われます」
ニコッと笑って全く謙遜しないカルラに、グンドルフはカラカラと笑って「そうか」と言いながらカルラに近づくと、まじまじと近くで顔を眺め始めた。
「……なあ、カルラ。俺の側室にな――」
「なりません」
グンドルフの言葉を遮って軽蔑するような眼差しで言い切るカルラに、グンドルフは「即答かよ」と苦笑した。
「当たり前です。私は殿下の側室になるために竜騎士団に入った訳ではありませんし、そもそも私の恋愛対象は女性です。男に微塵も興味がなければ魅力も感じません」
「俺のような色男でもか」
「殿下が色男かどうかはひとまず置いておきますが、返答はYESです。そもそも殿下は煙草を吸われますよね。その時点で受け付けられません。主としては好ましいですが、それ以上の感情は持ち合わせていませんね」
容赦なく淡々と事実を述べるカルラにグンドルフは取り付く島もないというように苦笑を深めつつ、大切なことはしっかりと反論しなければと口を開く。
「俺は色男だから覚えておくといいぞ」
「はあ…分かりました。とりあえず、これからどうしますか?」
全く興味が無いという表情でカルラが話を切り替えると、納得いかないとムッとしたが、それよりもこれからの事が重要であるため真剣な表情に切り替えた。
「そうだな。これから、ルーヘン以下ルーヘン派のジジイどもに乗っ取られた国を奪還するために同盟国に助けを求めに行く。そこで兵を貸してもらえないか話をする予定だ。まずは隣国、ガーバス国へ行く」
「かしこまりました。では、私はこれから旅に必要な物資を買いに行ってきます。殿下はダーリアの翼の下で休んでいてください」
マントを羽織りながらそう言うカルラに、先ほど盛大に威嚇されたグンドルフはギョッと目を丸くした。
「えっ、俺に食われろって言ってる?」
「大丈夫ですよ。私の命令には忠実に聞いてくれるので、攻撃しないよう命令すれば何もしません」
笑いながら言ってダーリアに近づくと、主人の言動を眺めていたダーリアが近づくカルラを見て嬉しそうに尻尾を揺らした。
「ダーリア、私は今からちょっと出掛けるから、私がいない間この方を護りなさい。この方は私の大切な主だから、絶対に死なせないで」
カルラの言葉に、ダーリアは上げていた頭を地面に付けて服従の意を見せると、自らグンドルフの所へ行ってグンドルフを包み込むように丸くなった。
「ね、大丈夫でしょう?」
「お、おう…」
近づいてきたダーリアに驚いて腰を抜かしてしまったグンドルフに笑いかけてから「では行って参ります」と頭を下げて近くの村へ徒歩で向かった。
村は本当に小さな村だったが、とても穏やかで王宮であった事など何も知らない平和な村だった。カルラは国内巡視の際に時々そういった小さな村にも立ち寄っているため、この村の人とも交流を持っていた。
「こんにちは。今日も天気で良かったですね」
畑仕事をしている老婆に笑顔で声をかけると、老婆はカルラの姿を見て嬉しそうにそのしわくちゃの顔をさらにクシャッとさせて嬉しそうに笑った。
「あらあら、カルラちゃん久し振りだねぇ。相変わらず綺麗だねぇ」
「お母さんも、負けずに綺麗だよ」
「こんなお婆ちゃんにそう言ってくれるのは、カルラちゃんくらいだよ」
カルラの言葉に、老婆はカラカラと笑いながらカルラの肩を軽く叩き「おーい、みんな~。カルラちゃんが来たよ~」と大きな声で村の人たちにカルラの来訪を知らせた。するとすぐに子供たちが走ってカルラの所に来て、キャーキャーとカルラの足に抱き着いた。
「カルラお姉ちゃん、いらっしゃい!」
「ねえねえ、今日はどんな話をしてくれるの?」
「僕、武器の使い方を教えて欲しい!」
「俺は竜に乗りたい!」
「おっと、ごめんね。今日はゆっくりとしていられないんだ。今日はちょっと欲しい物があって立ち寄ったんだ」
子供たちの頭を撫でながら、申し訳なさそうにそう言うカルラに、子供たちは不服そうに「え~」と言いつつも素直にカルラから離れてカルラと手を繋いだ。
「じゃあ、僕達もお手伝いする! それならいい?」
「おや、良いのかい? ありがとう」
子供たちに囲まれたまま村の奥へ行くと、カルラの来訪を聞きつけた村人たちがわらわらと広場へ集まっていた。
「カルラさん、いつもこんな小さな村にまで気に掛けてくれてありがとうございます」
「あ、カルラちゃん! 丁度良かった。お菓子焼いたから持って行って~」
「うちで取れた野菜も、持っていきな~!」
あちこちから声を掛けられ、カルラはその一人一人に笑顔で「ありがとう、お嬢さん」と言葉を返していった。そして目的の小さな道具屋に入ると、店主の若旦那が笑顔で「いらっしゃい」とカルラを迎えた。
「こんな小さな道具屋に来るなんて珍しいですね。何をお求めですか?」
「これから少し長旅をしなくてはならなくてね。でも手ぶらで城を出てしまったからここで揃えられるだけ揃えたいんだ」
「おや、カルラさんがそんなおっちょこちょいをするなんて珍しいですね。分かりました。少々お待ちください」
若旦那はすぐに旅に必要な物資を店内の商品の中から選りすぐり、一緒に付いてきた子供たちはカルラの言葉にまた不満そうな顔でカルラを見上げた。
「え~、またずっと来ないの?」
「ごめんね。まあでも、必ずまた顔を出しに来るよ。だからそれまで、ちゃんとお父さんとお母さんのお手伝いをしてるんだよ」
「分かった。ちゃんとお手伝いするから、カルラお姉ちゃんもちゃんとまた来てね!」
「約束するよ」
子供一人一人と指切りを交わして約束をすると、その様子を見ていた若旦那が朗らかに笑いながら「相変わらず人気者ですね」と鎧のメンテナンス油をカウンターに置いた。
「嬉しい限りだよ。あ、この油良い品物だよね。ありがとう。あと、もう一人連れがいるから寝袋は二つ欲しいんだけどある?」
「おや、そうでしたか。すみません、ここはそこまで在庫のストックが無くて…この一つしかないです」
申し訳なさそうに眉を下げる若旦那だが、カルラは首を横に振って「気にしなくていいよ」とほほ笑んだ。
「一つあれば十分さ。私はどこでも寝られるからね。これで全部かな?」
「はい、私の店で揃えられる物はこれくらいです。すみません、そんなに多くなくて」
「いや、十分だよ。ありがとう」
提示された金額を支払い、袋に入れた荷物を担いだ。そして、軽い荷物をまとめた袋を子供たちに渡す。
「じゃあ、この袋を村の出口まで持ってくれるかな? みんなで交代しながら荷物を持ってくれると嬉しいな」
荷物を渡された子供たちは、頼られた嬉しさに目を輝かせて満面の笑顔で「任せて!」と荷物をみんなで受け取った。
「ふふ、大切な荷物だから落とさないように気をつけてね。じゃあ旦那、また来るよ」
「ありがとうございました」
道具屋を出ると村の娘たちがカルラの事を待っており、カルラの姿を見るとみんなその顔にパッと笑顔が咲いた。
「カルラ様!」
「またお会いできて嬉しいです」
「あ、あの…よければ髪留めを作ったので貰っていただけませんか?」
「わざわざ会いに来てくれたのかい? 私もまた会えて嬉しいよ」
三人の村娘の姿にカルラは嬉しそうに目を細めると荷物を置いてから手を取り、手の甲にキスを落としていった。
「可愛い三人のお嬢さんにまた会えるなんて思わなかった。さらにプレゼントまであるなんて、感激したよ。大切に使わせてもらうね」
緊張した面持ちで髪留めを手渡す村娘を抱き締めながら嬉しそうに声を弾ませると、村娘は「ひゃ~」と赤面させて体を硬直させた。
「あぁ、時間があれば皆でお茶を飲みたい所だったけど、今日は時間がないからまた次回に持ち越しだね」
名残惜しそうに離れると、貰った髪留めを早速自分の前髪に差してニッと笑った。
「じゃあね」
荷物を持ち直して手を振ると、子供たち主に女の子たちがカルラの袖を引っ張った。
「カルラお姉ちゃん、私にもチューしてよ~!」
「私も、カルラお姉ちゃんからのチュー欲しい!」
「ふふ、まだ君達には早いかな。十年後、君達が立派な女性になったら私からキスをしてあげるよ。だから、それまではこれで我慢してね」
そう言って投げキッスをするカルラに、女の子たちはキャーッと笑ってカルラに抱き着いた。そして次々に渡される野菜やお菓子を受け取りながら村を後にし、グンドルフが待つ森に戻ると、フワッと煙草の香りが風に運ばれてきた。その煙草のにおいに少し顔をしかめつつ、ゆったりとくつろぐ相棒の姿を見つけると「ただいま」と声をかけた。するとダーリアはすぐに顔を上げておかえりと言うようにクーッと鳴いた。
「帰ってきたんだな。おかえり、カルラ」
「ただいま戻りました。…やはり眠れませんか?」
ダーリアに寄りかかって静かに煙草をふかしているグンドルフだが、その表情には疲れが見える。それでも上に立つ者として育てられた為か、気丈に笑顔でカルラを迎えた。
「まあ、野原で寝た事がないからな。それにしても、ダーリアは温かいな。竜がこんなに温かい生き物だって知らなかった」
「えぇ、ダーリアは特に火属性の竜なので体温は他の竜に比べて高めなんですよ。さあ、殿下。少し休んでください。寝袋を買ってきましたから、地べたで眠るよりは眠れるでしょう」
買ってきたばかりの新品の寝袋を広げて中に入るよう促すと、グンドルフは煙草の火を消してから興味深そうに寝袋を見た。
「これも初めてだな。使っていいのか?」
「殿下に使ってもらうために買ってきましたから、むしろ使ってください」
「そうか、ありがとう。じゃあ遠慮なく使わせてもらう」
礼を言うと寝袋に入り、疲れと眠気が一気に襲ってきたのかすぐに眠りに落ちた。それを見届けてからカルラもダーリアにくっついてウトウトと仮眠を取り始め、ダーリアはそんな二人を護るように尻尾で囲いを作り、こちらをうかがう鳥や獣たちと戯れながら二人が起きるのを待った。
二時間ほど仮眠を取っていると、遠くから竜の咆哮が聞こえてきて、その鳴き声にカルラとグンドルフは目を覚ますとグンドルフは寝袋から出ながら「もう追手が来たか」と杖を手に取る。そして即座に魔法が使えるよう集中すると擬態魔法を自分にかけてからすぐに浮遊魔法を自分にかけて上空に出る。すると目視できる距離に追手と見られる竜騎士が飛んでおり、このまま何も対策をせずにダーリアが飛び立てばすぐに見つかってしまうだろうと容易に想像できた。
「カルラ、白い竜に乗る褐色の肌の男は見逃してくれそうか」
出発の準備を整えているカルラの所に戻ると、すぐにカルラに自慢の視力で分かった情報を伝えると、カルラは少し考えたのちに「あー」と微妙な表情を浮かべた。
「白い竜に乗る褐色肌の男は何人かいるのですが、そのうちの半分はルーヘン様が管轄する部隊の人間で、もう半分は陛下が管轄する部隊の人間です。まあ私の部下にも一人だけいますが…。賭けのリスクは高いと言えます」
「そうか。じゃあ、このまま転移魔法を使った方が安全だな。カルラとダーリアは魔法に耐性はあるか? 無いと俺の魔法は気が狂うかもしれん」
なるべく魔力酔いをしないような計らいとして、グンドルフは問いかけながら早速杖で地面に魔法陣を描き始める。
「魔物も魔法を使う事がありますから、ダーリアも魔法による攻撃には耐性がありますが、転移魔法のような全身を魔力で包まれるとなると私もダーリアも体験したことが無いので分かりません」
「そうか~。まあ、普段転移魔法なんて魔力消耗の激しい魔法はあまり使わないからな。分からないのも無理はないか。じゃあ、俺の魔力に包まれる感覚を覚えてもらうかな。暴れる可能性も全くない訳じゃないから、カルラは俺の後ろで待機していてくれ。人間はある程度の魔力には耐えられるが、竜は人間よりも魔力に敏感な生き物だから、慣らさないと暴れて上手く転移先に飛べないかもしれない」
話しながらパパッと魔法陣を描き終わらせたグンドルフは、踏んで陣が消えないように気をつけながらダーリアの方へ足を向けると、自分に何かされると感じ取ったのかダーリアは牙を剥いてグンドルフを威嚇した。
「殿下、危険です。下がってください」
今にも嚙みつきそうな勢いで唸り声をあげるダーリアに、カルラは二人の間に入ってグンドルフを止めようとしたが、グンドルフは魔法使いとしての真剣な表情でもって「カルラ、危険だから巻き込まれたくなかったら俺の後ろに居ろ」と命じた。
「っ…分かりました。ダーリア、大丈夫。怖くないよ」
カルラは身分だけでなく力でも逆らえないと本能で感じ取ると、牙を剥くダーリアに向き直って笑顔でそう言い、鼻先を撫でてからグンドルフの後ろに下がった。カルラが自分の後ろまで下がったことを確認すると、グンドルフは未だ牙を剥くダーリアに穏やかな低い声で語りかける。
「ダーリア、俺はお前に危害を加えるつもりはない。俺を知ってほしいだけだ。だから俺に従わなくていい、ただ俺を受け入れて欲しい。俺の作る流れに身を任せてほしい。お前の主を守るためでもある」
語りかけながらゆっくりと一歩ずつダーリアと距離を詰め、ダーリアがグンドルフを噛み殺せるような距離まで近づくと、グンドルフはようやく足を止めて自分の杖を掲げた。そしてトンッと地面に杖を突いた瞬間、グンドルフの体から力強く輝くオーラが出始め、そのオーラはゆらゆらとまずはダーリアの鼻先をかすめた。
相変わらずグルルルルと威嚇する声は出しているが、グンドルフのオーラが鼻先に触れてもグンドルフに攻撃をしようとはせず、まだ様子を見ている様子だった。
「うんうん、良い子だ」
ダーリアの反応にグンドルフは満足げに笑うと、次にオーラを操ってダーリアの頭部を包み込む。ダーリアは最初こそまとわりつく光を振り払おうと頭を振り、咆哮を上げていたが、グンドルフは構わずに「どうどう」と再び杖を地面に突いた。すると元凶を思い出したというようにグンドルフを睨みつけ、フーッ、フーッと鼻息を荒くして怒りを表した。
「そうだ、俺はここにいる。俺を受け入れろ」
そう言った直後、グンドルフは思い切り杖を地面に叩きつけてダーリアの体全体にオーラをまとわせると、ダーリアはビクッと体全体を振るわせた瞬間急に後ずさりをし始め、自分の身を守るように身をかがめて翼で頭を覆った。
「えっ、ダーリアが怖がってる…」
「……俺の魔力は世界で屈指の強さだからなぁ。竜は賢い生き物だから、自分より強い相手には喧嘩を売らない。怖がらせるつもりはなかったんだが…まあ仕方ないか。ダーリア、怖がらなくていい。俺はお前の敵じゃない」
グンドルフはダーリアにまとわせていたオーラを消して怯えるダーリアに近づくが、すっかり怯え切ってしまったダーリアはグンドルフが近づくだけで後ずさってしまい、グンドルフは困ったように眉を下げた。
「カルラ、どうしよう。俺、ダーリアに近づけない」
「当たり前でしょう。人間で例えたらこんにちは~って言いながら近づいてきたナンパ野郎が力強く腕を鷲掴むようなものですよ。ただでさえ知らない男が声をかけてきて怖いのに、無遠慮に腕をつかまれたらさらに恐怖でしょ。レディーに対して失礼です」
「あー、それはダメだな。どうしたらいい?」
情けない顔でカルラに振り返るグンドルフに、カルラは軽蔑するような眼差しでグンドルフを見つつ、ダーリアに近づいてよしよしと怯えるダーリアの頭を撫でる。
「ダーリア、ごめんね。私の主、力加減と言うものを知らなくて。でも、私の主は最強の味方だから怖がらなくていいんだよ」
ダーリアの目を見ながら優しく語りかけ、ちょいちょいと手招きでグンドルフを呼ぶとダーリアが怖がらないように「味方だからね、大丈夫」と何度も声をかけた。
「ダーリア、ごめんよ~……っと、ちょっと時間をかけすぎたかな」
ダーリアではない別の竜の咆哮が近くで聞こえ、グンドルフは真剣な表情で空を見上げると、直後に白い竜が上空を通過した。
「一応、場所をかく乱させる結界魔法を使っているけど、さすがに徹底的に調べられたらバレるから、早いとここの場から離れないとヤバいかな」
「さすが殿下。バレたかと思いました。近くで見て分かりましたが、あの竜はルーヘン様が管轄する部隊の人間の竜ですね」
「なら、なおさら早くしないとな。カルラ、緊急だからちょっと手荒なことをするぞ。許せ」
グンドルフはカルラに断りを入れてからダーリアの足元に一時的に獣を服従させる魔法陣を敷く。そして小刀を取り出して指を少し切ると一滴だけ血を陣に落とした。その瞬間グンドルフから逃げようとしていたダーリアは大人しくなり、グンドルフに頭を下げた。
「よし、良い子だ。じゃあ、魔法陣の上に立ってくれ。カルラも、ダーリアと一緒に乗ってくれ」
「ダーリアに何をしたんですか」
大人しく命令に従うダーリアに、カルラは相棒を取られたような気持になり、湧き上がる怒りのまま、思わずグンドルフを睨みつけていた。
「怒るなって。一時的な服従の魔法だ。服従の魔法陣に術者の血を垂らすことで魔法にかけられる。血の量が多ければ多いほど強力な術になるが、俺は一滴しか垂らしてないから効力は持って数分だろう。だからさっさと移動する。カルラも陣の中に入れ」
「……分かりました」
グンドルフの説明に、カルラはまだ怒りが収まらない様子だったが急いでここから離れなければならない事は理解しているためグンドルフに従って陣の中に入った。そして二人とも陣の中心に立ったことを確認してからグンドルフも魔力を高めて杖の魔法石を輝かせると陣に入り、掘った溝に自分の魔力を流し込んで魔法陣を光らせる。それと同時に行き先の風景を強く念じながら魔法陣の中心に並び立つと、力強く杖を魔法陣に叩きつけた。
その瞬間、かく乱の結界の効力が無効になるほどの濃厚な魔力と魔力による光が天に上り、近くを飛んでいた竜騎士はルーヘンから渡された魔法妨害の魔法が仕込まれた薬瓶をその光に投げ込もうとしたが、それよりも早く光は収束しグンドルフ達がいた場所には魔法陣の跡だけが残っていた。
こうして無事にグンドルフは国の外へ脱出することが出来たのだった。
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