母を訪ねて[こうりがし]

君の五階だ

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よっつ

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「オヨー!(ミッションスタート!)」

 しかし、ひとつ問題があった。
 玄関ドアの向こうにいる息子の存在だ。
 ここで手間取っていたらミッションに支障をきたすのは明らかだ。
 いつもの息子であったなら諦めて帰って行ったのだが、なぜか今日はダラダラと無駄話をしてずっと居座っている。
 邪魔なので処理しなければ目的は達成されないだろう。

「オッ?(なにかないかしら?)」

 なにか対処法を探して周りを見渡したが、使えそうなのはホウキとチリトリしか見当たらなかった。
 両方を手に取った瞬間、一句思いついた。

 ……ゴミはゴミ箱に……

 一句と言うよりもただの標語なのでは? とツッコんではいけない。

 彼女はニンマリした。
 自分にはお笑いのセンスがあるのではないかと。
 しかし、すぐに首を振った。
 さすがに自分の息子をゴミ呼ばわりするなんて……最低な、わ・た・し(笑)。
 反省しながらもニッコリスマイルな母であった。

(とっとと部屋を出て、さっさと振り切ればいいだけじゃない、あんなの)

 安易な発想である。
 彼女はホウキとチリトリを戻して靴を履いた。
 正確にはサンダルだ。
 手には必須アイテムである買い物カゴを持って、最後に髪型を整えて玄関のドアのロックに手を掛けた。

「チッ」

 舌打ちをした息子は立ち往生して考えあぐんでいた。
 だが結局、ドアノブを回してガチャガチャする事しか思いつかなかった。
 今までは躊躇してドアノブを回そうとはしなかった。
 そんな事をしてドアが開いて顔を合わせたりしたら、私情が湧き上がって仕事に撤しられなくなりそうだと思っていたからだ。

(まぁ、カギが掛かっているから、開きやしねぇけどな)

 息子はそんな軽い気持ちでドアノブを回した。

“ガチャ!”
“ガチャ!”

“キィ~……”

「⁉︎」
「⁉︎」

 ドアロックを外した直後にドアノブを回したのでドアは開いてしまった。
 
「あっ⁉︎」
「ヨッ⁉︎」

 まさに驚愕の瞬間が二人に訪れたのだ。
 ドアの僅かな隙間から新たな展開が始まるなんて……
 驚いた二人は瞳孔が開ききった目でお互いを見つめ合っていた。
 一瞬の出来事であったが、永遠とは言わないまでもそれなりに長い時間を感じた二人であった。

「ああ~あっ!」

 息子は動揺してドアノブから手を離した。
 その瞬間、母親はドアを思いっきりの力で閉めて速攻でロックしてしまった。
 
“バン‼︎ ガチャ!”

 息子は茫然として立ち尽くした。
 なにがどうなったか分からない……なぜ閉めたのか?

“ドンドン!”

 ドアを叩いても反応がない。
 息子の顔が見る見る暗くなっていく……
 母親の仕打ちに心が暗くなっていく……

 でも新たな展開が始まった事で決心がついた。 
 男の心はビジネスマンよりも血縁関係を重視する息子である方を選ぶ事に。

「おふくろぉ~ん」

 息子は年甲斐もなく本格的に甘えた声を出し始めた。
 ほんの一瞬見えた母親の顔を思い出して心がはち切れんばかりに泣きそうになったからだ。
 ずっと会えなかった長い歳月で、母親の顔はすっかり老けこんで面影すら感じられなくなっていた。
 さらに、げっそりと痩せこけ顔色も悪く元々美人ではなかったが、あそこまで変わってしまった姿にショックは小さくなかった。
 まったくの別人になってしまった母親に、息子はウソぶくことにした。

「や、やっぱり、お、おふくろだ……と、当時のままだ……おふくろ……ひ、ひさしぶりに顔が見られて……う、嬉しいよ」

 息子はドアに顔を貼りつけて呟いた。
 さらに嘆かわしい事に、母親の顔を見たのは一瞬だったので覚えきれずに瞬時に忘却してしまったのだ。
 そんな鳥頭の自分を悔やんだ。

 そして、こんな風な出会いでしか母親と接点を作れなかった自分を……真っ当な仕事に就けなかった自分をやっと恥いた。
 それから、そんな自分を責める事が出来る自分は本当は真っ当な人間なんだとすぐに頭が切り替わった。
 自己否定からの自己陶酔に瞬時にチェインジした鳥頭がそこにいた。

 真っ当な自分だから母親も真っ当な人間に改心出来ると思い込み、まずは優しい口調で語りかける事にした。

「おふくろ……元気だったか?
 元気そうで……よ、よかったよ。
 か、家族みんなで、食事とか……
 どうかな?
 とにかくカギを開けて、中に入れてくれないかな……
 もう怒鳴ったりしないから……えへへ」

 母親は恐怖した。
 こういった優しい口調ですり寄ってくる金銭目的の人間は危険であると。
 コッチの経験は豊富にあった。

 さらに母親は驚愕もした。
 息子が昔の面影がなく、まったくの別人になっていたことに……子供の頃の思い出の姿からかけ離れたむさいヤンキーに変わり果てていた事に驚いたのだ。
 オマケの驚愕として今まで自分を騙した男達にソックリだった……髪型が。
 ショタ好きでもあった彼女の思い出の息子は、短パンに長めの白いソックスの純粋無垢な少年であった。
 ……それでは面影がまったくないはずだ。

「なぁ、おふくろぉ……えへっ、声だけでも聴かせておくれよぉ」

 母親は甘えた催促の言葉にも警戒した。
 そのような母性本能をくすぐる催促の言葉で、昔の男達にお金を工面してあげて散財したのだから。

 だが、じっとしている訳にもいかない。
 もう部屋を出なければならない時間が、とっくに過ぎてしまったのだ。
 ミッションは絶対に遂行されなくては、いけないのだ。

「もう一度、もう一度だけでいいから、顔を見せてくれないか?」

「……オヨ、オヨヨヨ!(……もう帰りな!)」

「お、おふくろぉ……」

「オヨヨヨ、オヨヨ、オヨヨヨヨヨ、オヨヨ!(お前に魅せる顔なんてないよ!)」

「おふくろ、なんて?」

「オヨヨヨ、ヨヨヨヨヨ、ヨヨヨヨ、オヨヨヨヨ!(これからヤル事があるから邪魔だよ!)」

「おふくろ……なにいって……」

「オヨヨヨヨヨ、ヨヨ、ヨヨヨ(分かったなら、もう行きな)」

「なに言ってるか解んねぇだろうがぁ‼︎
 オヨ! オヨ! って解んねぇだろうがよぉ‼︎
 このクソババァ‼︎ いや、このオヨババァ‼︎」

「オヨ~~!(およ~~!)」

 今、息子は怒りの頂点に達していた。
 久しぶりの会話が意味不明だからだ。

「ふざけやがって、もう怒った!
 金返せ! 金返せ!」

「ヨヨヨヨヨ~(あわわわわ~)」

 母親は決して、ふざけていた訳でもなかった。
 最後に別れた男は暴力男(DV男性)であり、顔面を蹴られて前歯を失ってしまったのだ。
 入れ歯を使用していたが、支えていた歯も失って入れ歯が付けられなくなったのが、今の状態だ。

 それに、もうひとつ理由があった。
 今までの人生の不幸で精神薄弱になり、ハッキリ元気よく会話が出来なくなってしまったのだ。
 しかも息子の攻撃的な催促に萎縮して、さらに悪化したのだ。

「オヨ~(しょんぼり~)」

 でも今日はめげなかった。

「オヨ!(ダメよ、ミッションを遂行しないと!)」

 しかし、この買い物カゴだけでは今の息子には歯が立たない。
 母親はまわりを見渡した。
 なにか武器になる物が、なにか相手を行動不能に出来る物があれば……

(はっ!)

 部屋の片隅に鈍く光る物体が。
 それは、ずっしりと重く長い金属質でありながら人間工学に基づいて握りやすい部分がある、武器としても充分使用可能な物体が。
 それを握りしめた母親は、なぜか力と勇気が湧き上がるのであった。

 力強い足取りで玄関ドアに向かいロックを解除した。

“ガチャ!”

「オヨ!(ファイティン!)」 
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