アヒルの子~元王女は世界で一番憎い人と結婚します~

有楽 森

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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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 ドクムヂンがこと切れて、私は意識を失っている男性を、足元に見下ろした。

 アクセサリー型の道具は、エグモンドおじ様に掴まった時にほとんど、取られてしまっているから、私の使える手札は殆どない。


 持っているのは、単純に見つからなかったり、簡単には取り外しができないようになっている魔法具がいくつかと、アートを逃がす時に預かった変身するための魔法具。

 後は、お父様とお母様からもらったお守りがあるけれど、これって魔法具で良いのかしら。性能が良く分からないのよね。

 ケガの治療ができる道具は、この前イヴに使ったのしか持っていなかった。


 攻撃は最大の防御とか言わずに、治療ができる魔法具を、もっと体に仕込んでおくべきだった。


「……ごめんなさい」


 私は下唇を噛んだ。

 今はこの男の人も辛うじて胸を上下させているけれど、噛みちぎられた足からの出血はおびただしく、すぐにでも対応しなければ危ういかもしれない。

 分かっているのに、私はこの人を置いて行く。


 罪悪感に蓋をして私が足を後ろへ引いた。そんな時だった。


「俺が手当する」


 背後から若い男の声が聞こえた。とたんに喉がキュッとなった。

 声の主が誰かなんて、すぐにわかった。

 その人は声だけで私の心を掻き乱す、世界で一番憎い人物だから。


「……ート」


 苦しくて、苦しくて。
 息を吸いたくて口を開くのに、上手に呼吸ができなくて、体が震える。顔は真っ青に違いない。ざっと血の気が引く感じがしたから。


 どうしてここに……お城で軟禁されてるはずじゃ……マンナも一緒に……だいたい、何故またあの日と同じ服装で……早く逃げた方が……いえ、魔獣を放仕留めないと……では兄上に……私の役目は……


 ケガをして意識のない男の傍にうずくまるアートを見下ろしながら、私は取り留めのない事を考えている。


「といっても、簡単な応急処置しかできないけど」


 アートは俯き加減で、白い髪が彼の目線どころか横顔も隠して、私からはどんな顔をしているのかすらわからない。

 けれど、彼はアートに間違いないと、心臓がドクドクと音を立てる。


「この人は何にやられたかわかるか?」


 なんてことないっていう風に声を掛けるのね。


「ドクムヂンに……」


 あ、声も震えた。
 声も、しっかり届いてしまった。

 アートはさすがに変に思うわよね。それから私に気付くかもしれない。

 どうしよう。

 罵倒……はされないと思うけれど、何も言わず消えてしまった様なものだもの。少しぐらいは恨み言を言われるかもしれない。

 逆に同情でもされたら、きっと、私は怒ってしまう。


「え……と……」


 焦燥感が心を焦がし、私は一瞬にして何をしたら良いのか分からなくなった。

 そうなると、どんな顔をしてアートと顔を合わせれば分からない。


「ドクム……毒を受けた可能性は?」


 どんな顔をしてアートと顔を合わせれば良いのか分からなくて、つい顔を背けてしまう。


 真面目な顔をで魔獣の声を探ったり無関心を装って、反対に、心の中ではどうしようどうしようってそればかり。


「は?え?えっと……」


「そこまでは分からないか。けど、一応解毒の処置もした方が……」


「いえ!ドクムヂンは毒を持っているっけれど……」


 その男の人が毒を浴びたかは分からない………………


「ではやっぱり解毒も必要だな」 


 …………のなら解毒した方が良いわよね。


 アート私と会話の際中も、テキパキと傷口の止血し、今はもう解毒の準備をしている。

 案外、しっかりしているじゃない。何もできない箱入り息子というわけではないね………ってつい感心している場合ではなくてね。


 そうではなくてね。


 もしかしてだけれど、気付いていない?

 こんなに震えているのに、変に思わない?

 姿は変わったかもしれないけれど、私の声、そのままよ? 

 顔だってどこかで見た顔に、よく似てるでしょう?

 私が変身の魔法具持ってるの知ってる……わよね?


 ……………本当に気付いていない?


 私は目をまん丸にして、パチパチと何度も瞬いてアートを見下ろす。


 まったく、予想外だわ。


 確かに、声も喋り方も変えていないけれど、顔は全然違うし。

 震えているのだって、普通の人は魔獣が襲ってきたら震えて怖がるわよね。

 けれどね……ちょっとぐらいね…………ねぇ?



 自分でもなんと表現して良いのかわからない、感情が沸々と湧いてくる。


 どうしてくれようかしら。

 アートの背中を眺めながら、薄らぐらい感情に染まっていく。


 そんな私を正気に戻したのは、耳の通信機から聞こえるオーリーの声だった。


【何かあったのか?】


 ハッとして、耳に手を当てた。

 そうだったわ。今はこちらに集中すべきじゃない。
 
 私ったら、何を考えているの。

 アートだって所詮は王子。私にとってかたきも同然じゃない。


 そんなものを気にしている時間がもったいないわ。



「男性が一人負傷。ドクムヂンに足を噛みちぎられてるの。出血あり。意識はなし。応急処置をしてくれている人がいるわ」


【今は……メイヤシトー通りだな。人を向かわせる。アイは?ケガはないか?】


「私は大丈夫」

 
 大丈夫……大丈夫よ。


 私は両手の得物を一度しまい、走り出した。

 体はさっきよりも震えているかもしれない。


 魔獣を前にして武者震いしているのよね、私。


 通り沿いの建物に手をかけ地面を蹴る。

 そして、屋根の上まで一気に駆け上がると、悲鳴が一番聞こえる方に向かう

 見えてきたのは、一番森に近い公園。

 案の定、魔獣の群れがいた。


「今から、ザラテ公園に入るわ。応援も必要だと思う」


 私は両腕を振り、得物を握った。


【了解、気をつけろよ】


「ええ、ありがとう」


 今は気が立ちすぎているから、逆に気が散ってしまうから。


 私は自分でも意識しない内に、指でリズムを取りながら、魔獣の中に飛び込んだ。
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