125 / 130
第二章~自由の先で始める当て馬生活~
55
しおりを挟む
ドクムヂンがこと切れて、私は意識を失っている男性を、足元に見下ろした。
アクセサリー型の道具は、エグモンドおじ様に掴まった時にほとんど、取られてしまっているから、私の使える手札は殆どない。
持っているのは、単純に見つからなかったり、簡単には取り外しができないようになっている魔法具がいくつかと、アートを逃がす時に預かった変身するための魔法具。
後は、お父様とお母様からもらったお守りがあるけれど、これって魔法具で良いのかしら。性能が良く分からないのよね。
ケガの治療ができる道具は、この前イヴに使ったのしか持っていなかった。
攻撃は最大の防御とか言わずに、治療ができる魔法具を、もっと体に仕込んでおくべきだった。
「……ごめんなさい」
私は下唇を噛んだ。
今はこの男の人も辛うじて胸を上下させているけれど、噛みちぎられた足からの出血はおびただしく、すぐにでも対応しなければ危ういかもしれない。
分かっているのに、私はこの人を置いて行く。
罪悪感に蓋をして私が足を後ろへ引いた。そんな時だった。
「俺が手当する」
背後から若い男の声が聞こえた。とたんに喉がキュッとなった。
声の主が誰かなんて、すぐにわかった。
その人は声だけで私の心を掻き乱す、世界で一番憎い人物だから。
「……ート」
苦しくて、苦しくて。
息を吸いたくて口を開くのに、上手に呼吸ができなくて、体が震える。顔は真っ青に違いない。ざっと血の気が引く感じがしたから。
どうしてここに……お城で軟禁されてるはずじゃ……マンナも一緒に……だいたい、何故またあの日と同じ服装で……早く逃げた方が……いえ、魔獣を放仕留めないと……では兄上に……私の役目は……
ケガをして意識のない男の傍にうずくまるアートを見下ろしながら、私は取り留めのない事を考えている。
「といっても、簡単な応急処置しかできないけど」
アートは俯き加減で、白い髪が彼の目線どころか横顔も隠して、私からはどんな顔をしているのかすらわからない。
けれど、彼はアートに間違いないと、心臓がドクドクと音を立てる。
「この人は何にやられたかわかるか?」
なんてことないっていう風に声を掛けるのね。
「ドクムヂンに……」
あ、声も震えた。
声も、しっかり届いてしまった。
アートはさすがに変に思うわよね。それから私に気付くかもしれない。
どうしよう。
罵倒……はされないと思うけれど、何も言わず消えてしまった様なものだもの。少しぐらいは恨み言を言われるかもしれない。
逆に同情でもされたら、きっと、私は怒ってしまう。
「え……と……」
焦燥感が心を焦がし、私は一瞬にして何をしたら良いのか分からなくなった。
そうなると、どんな顔をしてアートと顔を合わせれば分からない。
「ドクム……毒を受けた可能性は?」
どんな顔をしてアートと顔を合わせれば良いのか分からなくて、つい顔を背けてしまう。
真面目な顔をで魔獣の声を探ったり無関心を装って、反対に、心の中ではどうしようどうしようってそればかり。
「は?え?えっと……」
「そこまでは分からないか。けど、一応解毒の処置もした方が……」
「いえ!ドクムヂンは毒を持っているっけれど……」
その男の人が毒を浴びたかは分からない………………
「ではやっぱり解毒も必要だな」
…………のなら解毒した方が良いわよね。
アート私と会話の際中も、テキパキと傷口の止血し、今はもう解毒の準備をしている。
案外、しっかりしているじゃない。何もできない箱入り息子というわけではないね………ってつい感心している場合ではなくてね。
そうではなくてね。
もしかしてだけれど、気付いていない?
こんなに震えているのに、変に思わない?
姿は変わったかもしれないけれど、私の声、そのままよ?
顔だってどこかで見た顔に、よく似てるでしょう?
私が変身の魔法具持ってるの知ってる……わよね?
……………本当に気付いていない?
私は目をまん丸にして、パチパチと何度も瞬いてアートを見下ろす。
まったく、予想外だわ。
確かに、声も喋り方も変えていないけれど、顔は全然違うし。
震えているのだって、普通の人は魔獣が襲ってきたら震えて怖がるわよね。
けれどね……ちょっとぐらいね…………ねぇ?
自分でもなんと表現して良いのかわからない、感情が沸々と湧いてくる。
どうしてくれようかしら。
アートの背中を眺めながら、薄らぐらい感情に染まっていく。
そんな私を正気に戻したのは、耳の通信機から聞こえるオーリーの声だった。
【何かあったのか?】
ハッとして、耳に手を当てた。
そうだったわ。今はこちらに集中すべきじゃない。
私ったら、何を考えているの。
アートだって所詮は王子。私にとって敵も同然じゃない。
そんなものを気にしている時間がもったいないわ。
「男性が一人負傷。ドクムヂンに足を噛みちぎられてるの。出血あり。意識はなし。応急処置をしてくれている人がいるわ」
【今は……メイヤシトー通りだな。人を向かわせる。アイは?ケガはないか?】
「私は大丈夫」
大丈夫……大丈夫よ。
私は両手の得物を一度しまい、走り出した。
体はさっきよりも震えているかもしれない。
魔獣を前にして武者震いしているのよね、私。
通り沿いの建物に手をかけ地面を蹴る。
そして、屋根の上まで一気に駆け上がると、悲鳴が一番聞こえる方に向かう
見えてきたのは、一番森に近い公園。
案の定、魔獣の群れがいた。
「今から、ザラテ公園に入るわ。応援も必要だと思う」
私は両腕を振り、得物を握った。
【了解、気をつけろよ】
「ええ、ありがとう」
今は気が立ちすぎているから、逆に気が散ってしまうから。
私は自分でも意識しない内に、指でリズムを取りながら、魔獣の中に飛び込んだ。
アクセサリー型の道具は、エグモンドおじ様に掴まった時にほとんど、取られてしまっているから、私の使える手札は殆どない。
持っているのは、単純に見つからなかったり、簡単には取り外しができないようになっている魔法具がいくつかと、アートを逃がす時に預かった変身するための魔法具。
後は、お父様とお母様からもらったお守りがあるけれど、これって魔法具で良いのかしら。性能が良く分からないのよね。
ケガの治療ができる道具は、この前イヴに使ったのしか持っていなかった。
攻撃は最大の防御とか言わずに、治療ができる魔法具を、もっと体に仕込んでおくべきだった。
「……ごめんなさい」
私は下唇を噛んだ。
今はこの男の人も辛うじて胸を上下させているけれど、噛みちぎられた足からの出血はおびただしく、すぐにでも対応しなければ危ういかもしれない。
分かっているのに、私はこの人を置いて行く。
罪悪感に蓋をして私が足を後ろへ引いた。そんな時だった。
「俺が手当する」
背後から若い男の声が聞こえた。とたんに喉がキュッとなった。
声の主が誰かなんて、すぐにわかった。
その人は声だけで私の心を掻き乱す、世界で一番憎い人物だから。
「……ート」
苦しくて、苦しくて。
息を吸いたくて口を開くのに、上手に呼吸ができなくて、体が震える。顔は真っ青に違いない。ざっと血の気が引く感じがしたから。
どうしてここに……お城で軟禁されてるはずじゃ……マンナも一緒に……だいたい、何故またあの日と同じ服装で……早く逃げた方が……いえ、魔獣を放仕留めないと……では兄上に……私の役目は……
ケガをして意識のない男の傍にうずくまるアートを見下ろしながら、私は取り留めのない事を考えている。
「といっても、簡単な応急処置しかできないけど」
アートは俯き加減で、白い髪が彼の目線どころか横顔も隠して、私からはどんな顔をしているのかすらわからない。
けれど、彼はアートに間違いないと、心臓がドクドクと音を立てる。
「この人は何にやられたかわかるか?」
なんてことないっていう風に声を掛けるのね。
「ドクムヂンに……」
あ、声も震えた。
声も、しっかり届いてしまった。
アートはさすがに変に思うわよね。それから私に気付くかもしれない。
どうしよう。
罵倒……はされないと思うけれど、何も言わず消えてしまった様なものだもの。少しぐらいは恨み言を言われるかもしれない。
逆に同情でもされたら、きっと、私は怒ってしまう。
「え……と……」
焦燥感が心を焦がし、私は一瞬にして何をしたら良いのか分からなくなった。
そうなると、どんな顔をしてアートと顔を合わせれば分からない。
「ドクム……毒を受けた可能性は?」
どんな顔をしてアートと顔を合わせれば良いのか分からなくて、つい顔を背けてしまう。
真面目な顔をで魔獣の声を探ったり無関心を装って、反対に、心の中ではどうしようどうしようってそればかり。
「は?え?えっと……」
「そこまでは分からないか。けど、一応解毒の処置もした方が……」
「いえ!ドクムヂンは毒を持っているっけれど……」
その男の人が毒を浴びたかは分からない………………
「ではやっぱり解毒も必要だな」
…………のなら解毒した方が良いわよね。
アート私と会話の際中も、テキパキと傷口の止血し、今はもう解毒の準備をしている。
案外、しっかりしているじゃない。何もできない箱入り息子というわけではないね………ってつい感心している場合ではなくてね。
そうではなくてね。
もしかしてだけれど、気付いていない?
こんなに震えているのに、変に思わない?
姿は変わったかもしれないけれど、私の声、そのままよ?
顔だってどこかで見た顔に、よく似てるでしょう?
私が変身の魔法具持ってるの知ってる……わよね?
……………本当に気付いていない?
私は目をまん丸にして、パチパチと何度も瞬いてアートを見下ろす。
まったく、予想外だわ。
確かに、声も喋り方も変えていないけれど、顔は全然違うし。
震えているのだって、普通の人は魔獣が襲ってきたら震えて怖がるわよね。
けれどね……ちょっとぐらいね…………ねぇ?
自分でもなんと表現して良いのかわからない、感情が沸々と湧いてくる。
どうしてくれようかしら。
アートの背中を眺めながら、薄らぐらい感情に染まっていく。
そんな私を正気に戻したのは、耳の通信機から聞こえるオーリーの声だった。
【何かあったのか?】
ハッとして、耳に手を当てた。
そうだったわ。今はこちらに集中すべきじゃない。
私ったら、何を考えているの。
アートだって所詮は王子。私にとって敵も同然じゃない。
そんなものを気にしている時間がもったいないわ。
「男性が一人負傷。ドクムヂンに足を噛みちぎられてるの。出血あり。意識はなし。応急処置をしてくれている人がいるわ」
【今は……メイヤシトー通りだな。人を向かわせる。アイは?ケガはないか?】
「私は大丈夫」
大丈夫……大丈夫よ。
私は両手の得物を一度しまい、走り出した。
体はさっきよりも震えているかもしれない。
魔獣を前にして武者震いしているのよね、私。
通り沿いの建物に手をかけ地面を蹴る。
そして、屋根の上まで一気に駆け上がると、悲鳴が一番聞こえる方に向かう
見えてきたのは、一番森に近い公園。
案の定、魔獣の群れがいた。
「今から、ザラテ公園に入るわ。応援も必要だと思う」
私は両腕を振り、得物を握った。
【了解、気をつけろよ】
「ええ、ありがとう」
今は気が立ちすぎているから、逆に気が散ってしまうから。
私は自分でも意識しない内に、指でリズムを取りながら、魔獣の中に飛び込んだ。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。
ところが新婚初夜、ダミアンは言った。
「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」
そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。
しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。
心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。
初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。
そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは─────
(※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

彼女がいなくなった6年後の話
こん
恋愛
今日は、彼女が死んでから6年目である。
彼女は、しがない男爵令嬢だった。薄い桃色でサラサラの髪、端正な顔にある2つのアーモンド色のキラキラと光る瞳には誰もが惹かれ、それは私も例外では無かった。
彼女の墓の前で、一通り遺書を読んで立ち上がる。
「今日で貴方が死んでから6年が経ったの。遺書に何を書いたか忘れたのかもしれないから、読み上げるわ。悪く思わないで」
何回も読んで覚えてしまった遺書の最後を一息で言う。
「「必ず、貴方に会いに帰るから。1人にしないって約束、私は破らない。」」
突然、私の声と共に知らない誰かの声がした。驚いて声の方を振り向く。そこには、見たことのない男性が立っていた。
※ガールズラブの要素は殆どありませんが、念の為入れています。最終的には男女です!
※なろう様にも掲載

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる