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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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 審判が手を上げ、試合開始の合図を出した。

 ルールは本番は同じで武器はなしで戦う。魔法は、野次馬の中から名乗りを上げてくれた人の防御魔法のみ。

 後は殴るも蹴るも自由というわけだ。


 相手の女性ファイ・ガーグリーが全身でリズムを刻んでいる。トントンと軽く跳ねさせ、私の反応を伺っている。

 私を馬鹿にしていたので、すぐに打ち込んでくるかと思っていたけれど、意外とそうでもない。

 このまま互いに様子を見合っていても仕方ないので、私の方から軽く打ち込んでいく。

 けれど、さすがは去年の優勝者といったところか、簡単には捕らえさせてもらえない。軽くいなされる。


 これは決して負け惜しみではないけれど、私だって本気ではないもの。

 私が本気になれば、もう少しはすごいはずだもの。


 もちろんファイも避けているばかりじゃない。それまでガードに徹していたファイの拳が、突然伸びて来た。


 私がガードしつつ後ろへ下がると、観衆が湧きヤジが一層大きくなる。


 生意気やら身の程知らずやら、中には殺人鬼なんて言葉も混じっている。

 それに対して、オーリーが吠える様に反論したのも聞こえた。


「さっきまでの威勢はどしたん?もう終わりって事ないやろ」


 ファイはすごく楽しそうに笑っているけれど、私を睨む眼光は鋭いまま。
 きっと私を煽り手の内を暴きたいのね。

 けれど、このままでは困るの。

 私は彼女の攻撃を避けながら、途中でワザと後ろに転んだ。

 ファイがそのまま馬乗りになろうとしてきたので、乗られる前に、両足で彼女の足を押し蹴り転ばせた。

 私自身は横に転がり、慌てた様子で這って逃げる。

 簡単に転ばされたファイをか、もしくは私の動きが滑稽に映ったのか、観客から笑いが起こる。

 私としては、コケにされたとファイが激高してくれるのを、少しばかり期待したのだけれど、起き上がり戦闘態勢に入ったファイの表情からは、まだ笑みは消えない。


 さっきは簡単に挑発に乗るから、もっと簡単かと思った。


 その後も殴り殴られの応酬が続いた。

 それほど時間も経っていなかったと思う。

 相手の手癖を見極めながらの腹の探り合いは、唐突に終わりを告げる事になった。




「魔獣だ!魔獣が町に侵入したぞ!」



 そう叫んだのは女の声だったか。

 ちょうどファイの腕が伸びて来たところで、私は魔獣という単語に、反射的に動いた。

 ファイの拳を避けながら彼女の腕を掴み投げ飛ばして、続けざまに腕を捩じり上げた。

 ファイの腕をへし折ってしまわなかったのは、始めにかけられた防護魔法のおかげと、咄嗟の事で身体強化が間に合わなかったから。



「続きはまた今度ね」


「……せやな」


 ファイは立ち上がり、指輪を元の大斧の戻し振り回した。見事な斧捌きだった。

 ファイは目を閉じ大きく息を吐き出すと、次に目を開けた時には顔つきも変わっていて。


 私を見向きもせずに悲鳴の上がる方へ走って行ってしまった。

 観衆もあっという間にと散り散りになっていく。


 私もボヤボヤしていられない。


「アイ!」


 逃げる人に逆らうように、オーリーとイヴと、いつの間にか戻って来ていたエリンが駆け寄ってきた。



「俺は状況を確認しに行ってくる。お前はエリン達を頼む」


 エリンが目を見開きオーリーを見た。何かを言いかけて息を呑む。


「あなたが行くの?」


 私が尋ねれば、オーリーは短く頷いて答える。


 オーリーはこの短期間に、私の性格を良く把握している。

 ここでエリンとイヴと一緒に避難しろと言われて、私が大人しく従うはずない分かっている。


 私だって解っている事がある。

 オーリーは守り人としての責任感の強い人。今だって役目を果たそうと懸命に務めている。

 だからこそ、私は彼を行かせるわけにはいかない。



「その前に教えて欲しいのだけれど……」

「何だ?」

「こういう場合、対策本部はどうするの?」

「本当に魔獣が侵入したのであれば、まずはハンター組合に所属している組合員がその場で討伐。それで収まらない場合は、役所に対策本部が置かれる。ハンター組合長と、状況によっては守り人もその場に呼ばれて、対策を協議、指示が出されるはずだ」

 だから、まずが現状の把握が先だとオーリーは言う。


「なら、私が行ってくるわ。イヴ、申し訳ないのだけれど、通信機を貸してもらえないかしら。オーリーと繋いだ状態でね」


「はぁ!?」


 オーリーが納得していないと、私の腕を掴んだ。

 イヴの方は、一瞬戸惑った様子でオーリーを見たけれど、自分の耳につけていた飾りを外して私に渡してくれた。


「良いから、二人と一緒に避難してろ!森から魔獣があぶれたなら、守り人の役目だ!」


 私を心配してだけじゃない。守り人としてのプライドがあるからそう言うのよね。

 ちゃんと分かってる。けれど……


「だからこそ、あなたじゃなくて私なのよ」


 森と町とはそれなりの距離があって、オーリー達が住まいを構えて見張っている。
 今もクライブとジェスが家にいるはず。

 にもかからず、町に魔獣が侵入してきたという事は偶発的じゃなく作為的かもしれなくて、こういう時は最悪を想定すべきなの。


「本部には親父が行くから大丈夫だ」


「クライブでは駄目よ」


 言い切った私に、オーリーが眉を潜めた。


「今、森を守っているのはオーリーだもの。クライブは最近の森を知らないわ」


 クライブはオーリーに足りない知識と経験を補う役目でしかない。


「あなたがどう思っていようと、あの森の守り人は、実質オーリーなのよ」



「俺が……」


 オーリーが呆然と、舌の上で言葉を転がした。


 まるで確かめる様に。まるで怯えている様に。






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