アヒルの子~元王女は世界で一番憎い人と結婚します~

有楽 森

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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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 殺人鬼なんて印象の強い単語が飛び出したから、それまで見物していた人たちが、私を疑わしげに見ている。


「そんな……酷い……」


 私は声を震わせた。

 目は力強く、けれど悲痛な面持ちで、瞳は涙にぬれ潤んでいる。

 そんな少女がいたら、人は可哀想に、もしくは同情的な気持ちになるもの。


 問題は私の姿。

 数日前までの子供の姿のままの私ならなんの問題もなかったでしょうけれど、今の私は年相応の姿をしている。

 大きくなれて嬉しかったはずなのに、今だけは小さい方が良かったなんて、都合の良いようにかんがえてしまう。


「大丈夫?」


 イヴは私の様子から察してくれたのか、憐れむように私の肩と背中に手を添えてくれて
 

「女性にフラレたぐらいで、悪態を吐くなんてみっともない」


 加えてジージールが、さもそうであるかのように言えば、効果は目に見えて上がった。

 事情を良く知らない人々は男たちへの見方を変え、首を横に振る者や、非難がましい目を向ける者、ため息も聞こえてくる。


「この禄でもない二人は、私が連れていきましょう」


「は、はい。助けていただいてありがとうございます」


 イヴが礼を述べると、答える様にジージールは頷き、男たちに立つように促した。


「おい!皆騙されるな!こいつらは兄妹だ!」

「芝居打っているだけだ!猫被ってやがるんだ!」

「畜生な奴だ!」



 男たちは口々に悪態をついているのにも関わらず、言葉とは裏腹に、素直にジージールに付いていく。


 魔法を使ってるのでしょうけれど、口が自由過ぎないかしら。



 私は声を大にして言い返したい。

 私とジージールが兄妹だったら、何だと言うのかしら。被害者ぶらないで。

 私達が共謀して二人を陥れようとしているとでも言いたいのかしら。

 そこまでする価値が自分たちにあると思っているのなら、随分とおめでたいおつむだわ。

 屋敷での事を虐殺だって言うけれど、そもそもあれは正当防衛で、寧ろ、あの人数を相手に生き延びたのだから、たとえ魔法具の守りがあったとしても称賛される所業だと思うの。

 私は誘拐された被害者。


 それに私は立派な淑女なの。

 演技は淑女の武器だし、猫を被って然るべきなの。

 お出かけするのに着替えるのと一緒。部屋着のまま外へ出る人なんていないわ。


 何より一番言いたいのは、可憐な乙女を捕まえて、畜生だなんてあんまりじゃない。

 私の事を畜生だというけれど、その畜生に声をかけてきたのはそっちだし、さっきは可愛いって言ったのに。   

 嘘つき。


 なんて脳裏を駆巡る反論を押し込めて、誤魔化すのって結構大変ね。


 私がそんなのデタラメよ、と言っても嘘のように聞こえるでしょうし、だからといって言われっぱなしも印象が悪くなるだけ。


 図星を突かれたと思われるもの。


「えっと……何を言ってるの?」


 分からないと首を横に振りながら、次はどうしょうか考える。すると、代わりにイヴが事もなげに言った。


「お名前を知らなくて、お兄さんって呼ぶのは馴れ馴れしかったですよね、すみません」


「名前も知らないものどうしだと、どうしてもお兄さんなんて呼び方になるもんです。気にしないで下さい」
 

 イヴとジージールのやり取りで、それもそうだと、通行人たちはいとも簡単に男たちが勘違いしてくれた。

 彼らの目が、ほら見ろ違うじゃないかと、男たちを非難する。


 こういうのはよくあるのか、ジージールが男たちを連れていなくなると、通行人も興味をなくして散っていった。

 ただの野次馬たちがいなくなると、私達も人の目から逃れるように場所を移した。

 と言っても、お店の正面から、建物の横に移動しただけ。



 物陰に隠れて、人目を気にしなくて良くなると、私もイヴもため息を吐いた。それはそれは大きな、長いため息を。


「ありがとう。合わせてくれて助かったわ」


「私も、助けてくれてありがと」


 さっきも思ったけれど、やっぱりイヴの話し方が変わっている。
 いつもはもっとお淑やかな様子なのに、今は、どちらかというとエリンのような活発さと、どことなくジージールに似た乱暴さ……と言っていいのか、荒々しさがある。


 もしかしてこれが地なのかしら。



「さっきの人、どういう関係か教えてくれるんだよね?」

「噂って何の事か教えてくれる?」


 瞳をギラつかせ、イヴが私に迫って言うのと、私がイヴに尋ねたのはほど同時だった。


 一瞬の沈黙の後、私が先に答えた。


「さっきので全部よ」


「兄弟なのは疑ってないよ。良く似てるし……」


 イヴは言いながら次第に俯き、指先を遊ばし始めた。

 私は頬を緩めてフフッと笑った。


「あの人の……その、普段、どう、してるのとか……」


「兄上の私生活が知りたいの?」


 まさかの私生活。てっきり私と兄上の関係を知りたいのかと思い込んでいたわ。


「そうよね、好きな人の事なら何でも知りたいわよね」

 イヴの力になりたいのはやまやまだけれど、兄上の私生活は良く知らないの。  

 好きな食べ物とかなら……子供の頃と変わってなければだけれど。



「すすす好き!? って違う違う違う!私生活とかでもなくて!」


「では何なの?」


「オーリーたちは知ってるの?お兄さんの事とか。一緒にオーリーの家にいるの?」


 私生活も良いけど、とイヴが小さな声で付け足した。


 しっかり聞こえてるわよ。言わないけれど。


「これは本当は教えてはいけないのだけれど……」


 イヴがゴクリと喉を鳴らし、無言で頷いた。


「兄上は姿を消して、いつもそばにいてくれるの。だから一緒にオーリーの家にいると言えるけれど、オーリーたちは何も知らないわ」


 彼らの中ではまだ、記憶喪失で天涯孤独のアイのまま。


「……護衛って事?」


「フフッ……ストーカーと言われなくて良かった」


 スクスク笑う私とは対象的に、イヴは引きつった笑みを浮かべている。


「そう、いつも危険から私を守ってくれているの。なのに、私が黙って離れたから怒ってるの」 


「は、へぇ……」


 私は十分過ぎるほど強いから過保護に思えたみたい。後になってイヴが教えてくれた。

 ついでに特権階級も大変だねって、同情もされた。


「あっ」

「何?」


 大事な事を忘れてた。


「イヴは書くもの持ってる?」


 尋ねれば、イヴは訝しげにしながらも、持っていた鞄の中から手帳とペンを取り出した。

 私はそれにサラサラっと、ジージールの連絡先を書き留める。


「これ、兄上の連絡先よ。夜に連絡してちょうだい」


 私はイヴの耳元で囁いた。

 イヴは真っ赤な顔で手帳を胸にしっかり抱き締めている。


「私は通信機を持っていないの」


 戯けて言えば、イヴがそのまま頷いた。


 ニヤけるのを一生懸命我慢しているイヴを見ていたら、私がニヤニヤしちゃったわ。




 

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