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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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「何よ! それ!」


 ジージールの手を振りほどき立ち上がった。

 私は目をキッと釣り上げ、ジージールを見下ろした。
 眉間に皺を寄せ目を細めれば、瞬きを忘れたジージールが、音もなく私の名前を呟いた。


「待ってても、待ってても、待ってても待ってても探しに来なかったじゃない! ……待ってたのに!」


 目頭が熱い。


「もっと本気で探せば良かったじゃない!できたはずでしょう!?」


 ダン!――足を踏み鳴らした。


「それなのにお葬式までして!」


「っ…………」


 ジージールが何かを言いかけて奥歯を噛んだ。グッと眉間に皺を寄せる。


 本当は私も分かってる。

 きっとお葬式だって何か事情があってしたの、ちゃんと分かっている。

 例えば、私がまだ狙われているとか。例えば何かから目を逸らす為とか。

 これでも、元王女ですからね。エグモンドおじ様以外に命を狙われる事だってあるの。
 

 私が邪魔になったのなら、お葬式あんな事しないで、ノコノコ戻って来た所を始末すれば良い。

 所詮私だもの。簡単よ。


 けれど、しなかったのだから、つまりはそういう事。


 そして、私はお葬式により、城へ帰れなくなった。


 あの時、殺されたのは王女で、決して私じゃない。

 私はこうしてのうのうと生きている。自由にしている。

 けれど、何かが喉につっかえて飲み込めない。ずっと息苦しいの。


 お城にいた時と変わらないの。


「何よ……私を……ぅて……」


 これ以上はどうしても言えず唇を噛み、けれど、目だけは逸らさなかった。


 無言を貫く私。

 ジージールが口を開いて、閉じる。
 何度も喉まで出かかった言葉を飲み込み、まるで正解を探しているかのようで苦しそう。


 やがてジージールが、ポツリと溢すように言った。


「お前が生きてるってのは分かってたんだ。それに連絡できる環境にあるのに、してこないってのもから……」


「へ?」


 え? ちょっと待って。何を根拠に言ってるの?


「きっとお前の意志で消えたんだろうって……」


 ジージールはまるで見たかのように言う。
 私が無事でどういう環境に置かれているのかを、把握していたみたいに。


 まさか、本当に見ていた?


 ザッと血の気が引いて、本当に寒いわけじないのに、体がブルッと震えた。


 もしかして、みたい、ではなくて本当にそうなのかしら。


 私がどこで何をしているのか知っていて、本当はとっくの昔に見つけていたのに、あえて放置されていたとしたら?

 だって、私を守っていた魔法具は発信機も兼ねているもの。

 今は、あの魔法具は壊れてしまってないけれど、壊れる前は洞窟の中でジッとしていたんだもの。

 壊れた後もさほど離れていないこの町にいたし、私は隠れていたわけでもない。

 探そうと思えば見つけるのは難しくないはず。

 オーリー達は私を不明者として届けているし簡単よ。


 ジージールは私を心配したけれど、私を見つけた後は黙って監視してた?

 あり得ないとは言えない。けれど、もしもそうならちょっとショックだわ。



「だから、あの葬儀はお前を自由にしてやるってメッセージもあってだな……」


 ピクリと私の肩が揺れた。


「……れも自由にして欲しいと言ってないわ」


 自由には憧れていたけれど、誰にも言ってはいないから、今のは決して嘘じゃない。

 強気に睨む私から、今度はジージールが視線を逸らした。


「そうだよな。お前の意志を確認してからするべきだったよな。自らの意志で消えたにしても、気分の良いもんじゃないよな」


「だから、私に逃げたわけじゃないわ」


 厳密に言うと、屋敷にいた人たちから逃げたのであって、ジージール達から逃げたわけじゃない。


 確かに……確かに、連絡しなかったけれど、それは単に王女を名乗って不敬罪にされたくなかったからだし。

 お金貯めて自力で城に戻ろうと、お葬式を見る前は思っていたし。


「死んでる私がお城に行くの変じゃない」


 複雑な心境の私。やっとそれだけ言う。

 恨みがましい感じになってしまったけれど、まあ、良いわ。


「本当は私をずっと監視してた?」

 
 本当は聞くつもりなかった。けれど、どうしても我慢できなくて、つい口に出してしまう。

 それにしてもどういうつもりで、私を監視していたのかしら。

 私が秘密を漏らさないか疑われていた?

 それか、生活力はなくても戦闘力だけはあるもの。犯罪行為に手を染めると思われた?

 皆に内緒で勝手をするなんて、良くあった。だからかしら。

 あれだけ一緒にいたのに、信用されていなかったとしたら、これ程ショックな事はない。

 心がシュンとして、表情もつられる。



 ジージールがクスリと笑った。私の頬に包み込む形で触れ、親指で優しく撫でる。


「やっと見つけたって言ったろ?」


「じゃあ、どうして私の状況が分かるの?」


「俺の映し身だよ。お前を探すように命令したんだ」


「兄上の映し身って、あの兄上によく似た?そういえば捕まっていた王家の別荘で見かけたわ。王子様を探していたのでしょう?」

 
 あの子は私を見ても、なんの反応もしなかった。それどころか私を避けていた。

 私はほっぺを膨らます。
 ジージールが困り顔で溜息を吐いた。


「あの時、現し身にはお前の魔法具を追うように命令したんだ。まさかお前が魔法具を外すとは思っていなかったからな」


「なるほど……」


 だからあの時、私には寄ってこなかったのね。


「こいつ、あの時からずっとお前の中にいたみたいでな。戻ってこないし、呼びかけても返事はないし、なんなら魔法具が壊れた後も戻ってこなくて。やっと返事をしたと思ったら、お前が帰ろうとしないからって、居場所を教えないどころか、デタラメを言いやがってな」


 ジージールが笑いながら、私に向かって手を差し出した。

 もう良いだろう?目が優しく問いかけているよう。


 すると、私の胸元が光り、光の中からジージールによく似た映し身が現れた。

 ジージールに睨まれた映し身は、手足をピンッと伸ばして震え、それからピャッと鳴いて私の後ろに隠れた。


「俺の映し身のくせに、主人に逆らいやがって……きっとお前を守ってるつもりだったんだな。おかげでお前を探すのに苦労した」


「フフッ……ジージールに怒られると思ってるのね」


 私の事ちゃんと覚えていたのね。私の事心配して一緒にいてくれたなんて。


「ありがとう」


 私は小さな友人に頬ずりしながら礼を言った。





 




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