アヒルの子~元王女は世界で一番憎い人と結婚します~

有楽 森

文字の大きさ
上 下
105 / 130
第二章~自由の先で始める当て馬生活~

35

しおりを挟む
「あのぅ……つかぬことをお伺いしますが……」


 恐る恐る切り出す私。そのつもりはないのに、ついつい手を揉み合わせる。

 唐突に畏まった私に、オーリーは不信感を持ったようで、引きつった顔を今度は歪めた。


「何だよ?」


「……オーリーは生物の記憶媒体に干渉する魔法なんて……使えたりは……」


「……んだそれ」


「つまり、他人の記憶を見たり、変えたりする魔法なんだけど……」


「はぁ!?」


 何を突拍子もない事を。オーリーの顔が雄弁に語る。

 当り前じゃない。私はホッと胸を撫でおろした。

 あれは禁術中の禁術で、はるか昔に封印された魔法。今は魔法式を閲覧するだけでも違法だ。

 オーリーが知っているわけないじゃない。

 ではオーリーがさっき変な顔をしたのは、やっぱり私の振る舞いが子供過ぎたのね。


「そんな便利なもんが使えたらとっくにっ……」


 オーリーが何か言いかけて唇を噛んだ。言い訳めいた瞳が足元に落とされる。

 何を言いかけたのか分からないけれど、もしも私の頭の中を覗いたと言いかけたのだったら、途中で止めて正解。

 そんな事言われたら、いくら私でもどうしたら良いのか分からないもの。

 私は良い気になり、笑みを隠さず首を傾げた。


「いや、何でもない。できるだけ早く帰ってくるから。何かあったら、すぐに連絡するように。良いな?知らないやつが来ても、絶対家に中に入れるんじゃねぇぞ」


 あら?オーリーの態度に懐かしさを覚えて、心の中で首を傾げる。


「分かってるわ。前回で嫌という程学んだもの。安心して。今度こそ無事に留守を預かって見せるわ」


 私は拳で胸を叩く。勇ましい戦士になったつもりで胸を張る。

 私はいたって真面目にしているのに、どうしてかオーリーが口元を抑えた。


「くっくく……」


 漏れ出る苦笑。

 まぁ、失礼しちゃう。


「何で笑うのよ、もう!さっさと行けば良いじゃない」


 私は大人っぽさなんて忘れて、頬を膨らませてオーリーを睨んだ。



「悪かったって。そうむくれるなよ」


 オーリーはまだ笑ってる。謝る人の態度じゃないわ。

 それにこのやり取りって、ジージールみたいじゃない?マンナもそうだけれど、ジージールも結構過保護なにょね。

 やっぱり子供扱いされているだけ?


「何よっもう!私真剣なんだから!この前の事もあるし、留守も預かれないと思われるのは……というか……」


 このままでは、元王女としてのプライドが許さないというか。

 私はそこらへんのちやほやされているお嬢様とは違うんだから。



「とにかく、あなたの信頼を得る為にはお留守番くらいは軽くこなして見せないと」


「俺の?」


 一瞬、オーリーの瞳が艶めく。


「そうよ。あなたやクライブやジェスの信頼が欲しいの」


 私がそう言うと、オーリーは顔から力が抜く。笑ったんじゃない。期待外れ、表情が訴える。
 オーリーは目を瞬かせ、私から視線を逸らした。


「何だって、そんなものが欲しいんだ?」


「あら、あなたが言ったのよ?推薦状があれば組合に入れるって。推薦状を書いてもらうには私という人物がハンターとして実力、人格共に十分であるとあなた達に認めてもらわないと。いつまでもここでお世話になるわけにはいかないもの」


「…………っといれば良いじゃないか」


 オーリーがキュッと口を結んだ。やはり私から視線を逸らしたまま。

 耳はほんのり赤くなっている様な気がしないでもない。


 オーリーは照れているのね。オーリーがお世辞を言うならきっとまっすぐ目を見ているはずだもの。

 やはり、私を好いているに違いないわね。


「なぜそんな事を言うの?」


 私は心の中を態度に出さないように必死だ。ニヤリと笑いそうになり、慌てて済まし顔で尋ねた。

 首を傾げて上目遣いも忘れずに。


「別に……っり、猟も森の管理も楽だしな。行ってくる」


 オーリーが速足で去っていく。
 背中を見送りながら、私はニンマリ笑みを浮かべる。そして姿が見えなくなると、私はグッと拳を握った。


 ずっといれば良いじゃないか、ですって。あぁ!私の美貌が怖い!

 私は興奮しながら、つい独り言ちる。


 「オーリーはおちてる。間違いないわ」


 もしかしてだけれど、この状況は、私の演技力が向上している証ではないかしら。

 人はどこか自分と似たような人に惹かれると思うの。庶民が好きになるのは、きっと庶民。

 だとすると、素直で可愛らしい可憐な女の子を演じられる日も遠くなはず。


 私は腕を組み片手を顎に当てる。
 ニンマリとした笑顔が歪み、先程のセリフも相まっておおよそ王女らしくない。


「私……自分の才能が怖いわ」


「王女としてあるまじき顔になってるぞ」


「あら、もう王女じゃないもの。平気、よ?」


 誰とも分からない声に返事をして、違和感を覚えたのは言い終わろうかという時。

 語尾にはてなマークがつく。語尾が上がるのと同時に、首を傾げた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

白い結婚のはずでしたが、王太子の愛人に嘲笑されたので隣国へ逃げたら、そちらの王子に大切にされました

ゆる
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...